カイロじじいのまゃみゅむゅめも

カイロプラクティック施療で出くわす患者さんとのやり取りのあれこれ。

吉本隆明 『ならずもの国家』異論

2016-03-25 17:41:32 | 本日の抜粋
晩年の著書であるから、多分口述筆記だ。
その分、読みやすい。

そしてその内容は予想してたものだ。

でも、そこにはやっぱり吉本節が炸裂していた。

  *****
政治家たちは、万が一戦争になって日本列島が戦場になった場合、じぶんたちの指導の下で国民を動かすつもりでいるようですが、そんなのは冗談じゃない、一般民衆はそんなものにはしたがいません。憲法にしたがわなければいけないのは政府と自衛隊と官僚たちであって、国民一般は要するに個人でもあるわけですから、したがうまいとおもったらしたがわなくてもかまわないわけです。(中略)
戦中から戦後にかけてぼくが学んだことは、戦争になった場合、逃げようが戦おうが、その判断をするのは個人あるいはその家族だということです。個人およびその家族がいちばんいいとおもったことをすればいいのです。
  *****

彼の希求する、成熟した社会の成員の在り様だ。

現実は違う。
我々はその場の空気を読み、その場の雰囲気から外れないように振る舞おうとする。
外れ者になる事を恐れ、自我を押し隠すことを美徳とする。
個が確立していないのだ、、、。


憲法九条に対する彼の見解も繰り返し反芻したい。

  *****
あの非戦の条項は敗戦間もないころの国民大衆の実感に適っていたし、しかも百数十万人の国民大衆の戦争死によってあながわれた唯一の戦利品だということです。敗戦直後の焼け野原、食べ物その他の生活仏需品の欠乏、あるいは職もなく家もないという情況のなかで、戦争はもうたくさんだという国民大衆が心底から同感した条項、それが第九条でした。思想的にも世界に先駆けた優れた条項で、どの資本主義国にもどんな社会主義国にもない「超」先進的な世界認識だといえます。だからぼくは、日本はこれを外に対しても具体的に主張したり宣明できるようになるべきだとおもっています。いいかえれば、この非戦条項を外に対しても打ち出すことによって、アメリカやロシアといった軍事大国だけでなく、世界中の国家意思を変更させること、それを日本の外交活動の目標にすべきだとかんがえているのです。
  *****


それか空論であろうと、理想主義だとあざけられようと、声に出すことが、まず重要だと、、、。




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