カイロじじいのまゃみゅむゅめも

カイロプラクティック施療で出くわす患者さんとのやり取りのあれこれ。

堀田善衛 『時間』 2

2016-02-01 16:56:03 | 本日の抜粋

  *****
目覚めた楊に上海の病院へ行くか、とたずねた。
 長いあいだ、五分ほども黙っていたが、
「もし入院するとしたら、金陵大学の病院へ入りたい」
 と云う。
 今度はわたしが黙ってしまった。刃物屋も驚いたようで、目を瞠っていた。金陵大学は、彼女が、そして莫愁が、犯され殺された場所なのだ。
「よくなるものとしたら、外(ほか)のところへ行くんじゃなくて、こんな身体にされた、その現場でよみがえりたいの。外のところで、心や体の傷を忘れたようなふりをして、それで快癒したりしたくないの」
「だけど、それはたいへんなことだよ。ひどい目にあった現場で、ってことは、結局、入院中は、毎日毎日、その、ひどい目を追体験することになるよ。幻視や幻聴がひどくなるばかりじゃないかな。たいへんな意志のいる仕事だよ。転地療養ってのは、病気のためには正当な……」
「いえ、たいへんな意志が要るってことは、わかっているの。だけど、いま従兄(にい)さん、たいへんな意志のいる、何だって云った?」
「仕事、って云ったかな」
「ええ、現場にいなければ、病気がよくなることが、わたしの仕事にはならないように思うの。仕事がなかったら、上海なんかへ行ったら、かえって幻視や幻聴のなかで生きるようになるように思うの」
「ふーむ」
「いまね、この窓から庭の樹を見ていて、そんなこと考えたのよ。樹木ってね、とても智慧がある、とそんなに思ったの。樹木はどんなに傷をうけても、現場を動けないでしょう、逃げもかくれも出来ないわね。その場にいるより仕方ないでしょう。樹木はね、どんなにひどい目に遭っても、その場で一生懸命待っているのよ、一生懸命根を働かして」
「そうか、根を働かして、か」
「わたしだって、自分が強姦された現場にいるのは、いや。だけど本当になおりたいなら、その場で徹底してゆくより法が無いんじゃないかしら」
 わたしはうなずいた。
  *****

日本軍は南京攻略後、殺、掠、姦の暴虐の限りを尽くした。
しかしこの小説では、その行為に対する描写は控えめだ。
中国人主人公の怒りは極力抑えられている。
その抑制力によって、南京大虐殺の、戦争のおぞましさがかえって立ち上る。

鬼子(クイズ)と日本軍を呼ぶことを自ら封印する。
彼等は鬼ではない。人間だ。


殺戮の後、広場に積み上げられた死体の山(積屍という表現が使われてる)を河に投げ捨てられる事を命じられる。
まだ、息のあることが判っていても投げ捨てる。
やがて、彼も一斉掃射を受けるが奇跡的に積屍の山に紛れ込み九死に一生を得る。

一緒に逃げた家族、妻莫愁と息子とお腹の中の子は殺され、従妹の楊は強姦され梅毒にかかり、その苦痛から逃れるためにヘロイン中毒にまでなっていた。

抜粋部は、ようやく主人公に引き取られた楊が自殺を図った後の会話。



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