goo blog サービス終了のお知らせ 

天地わたるブログ

ほがらかに、おおらかに

マカオのじじばば来たる

2025-08-07 03:19:59 | 身辺雑記



きのうの夜、結と優希、彼らのじじばばがマカオからうちへ来て夕食会となった。妻はこのために一昨日から準備した。
李さん夫妻である。じじばばといっても娘の歳からして小生より一回りは若い。それに50台くらいの女性マコさんがいつも一緒。マコさんと李夫妻とは血縁関係ではなく近所つきあいだが関係は凄く濃い。3人組といってよく李夫妻のみを見たことがなく家族なのだ。マコさんに連合いはいないように見える。結と優希は7月15日にマカオへ行ってからずっと母のほか3人と行動し3人に可愛がられたのであろう。
李夫妻もマコさんも日本語はもちろん英語も話せない。歯科医が職業なのだから英語は話せると期待したがまるでだめ。「サンキュー」も聞いたことがない。したがって夕食会のように長時間を共有するのは辛いが、とにかく料理を出してニコニコし、好意をもってます、と伝えるしかない。妻の料理は口に合うようでやはり食は人を引き付ける。それに2人の孫が潤滑剤。孫は広東語をまったく話さないがマカオじじばばは目の中へ入れても痛くないようだ。よかった。




 米倉宏江得意のポテトサラダ

マカオの人たちはそこが狭くカジノしかないせいか、とにかく旅行する。背後の中国本土へ行くか飛行機に乗るかであり飛行機に乗っていちばん近いのが日本。それがあって娘を東京へやるのに反対しなかったのではないかと思うほど来日する。1年に3度は来て娘と孫の家に長逗留する。今回も8月いっぱいは米倉家を根城にしてあちこちへレンターカーを走らせるのであろう。小生より日本の観光地を知っていると思う。旅行できるというのは金持ちである。たくさんのお金を日本で使ってくれるお客様である。われわれは湯水のようにお金を使うことと行動力をただただ仰ぎ見る。




興奮してはしゃぐ2人

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

世界中電波まみれや蜘蛛の巣も

2025-08-05 02:33:48 | 身辺雑記

乃南アサ『しゃぼん玉』の舞台、宮崎県東臼杵郡椎葉村(椎葉村HPより)



先日、自転車に乗っていたとき、突如スマホが鳴った。ネット句会の仲間のH子さん。大阪の人である。自転車を止めると切れた。しばらくしてまた鳴ったので出るとまた切れた。こちらから電話すると出ない。またスマホが鳴るので出るとやっとH子さんが出て、電話したつもりはない、と言いつつも自分の方に問題があると悟り、平謝りした。同じことを小生もしているので「いいですよ、いいですよ」で終わった。
ウォーキングするときスマホを時計代り使う。ズボンのポケットにスマホを入れておくと摩擦で電話がかかってしまうことがある。ザックの中よりズボンは摩擦があるとわかる。知らない人にかかっても彼は無視するからまあいい。知人は反応するから迷惑をかける。
「露の世やみな端末を見て一人」という句を去年書いたが、一人の向こうに一人がいるのである。
アパート管理の賃仕事をしている。仕事開始の8時と終了の10時に管理会社にメールして知らせる。管理するほうは便利。きちんと働いたか捕捉できる。ところが管理会社から昼ごろ電話が来て「今日、仕事はしましたか」と正すではないか。メールが届いていないようだ。翌日また同様のことを正してきて辞めようかと思ったが怒らず応対した。それは回線の不具合で先方が番号を変更して解決した。
スマホは便利だけれどかんじがらめにされているような気がする。メール大好き人間は、送ったメールがすぐ読まれることを期待する。着信音のしないメール相手がいてそういう人に限ってメール大好き人間なのだ。それでしゅちゅうスマホを見る癖がついてしまった。すると送信してなかなか既読の点かない人が嫌になる。「おまえ怠惰だぞ」と罵倒したくなり、12時間既読サインの点かない人とはサヨナラしたくなる。
こんなに電波に牛耳られていいのかなあ、という反省はある。




乃南アサ『しゃぼん玉』(2004年/朝日新聞社)を読み、舞台となった宮崎県東臼杵郡椎葉村における人間関係を思うと、スマホなど持たず鎌や鍬を持って山野で働くほうが健康と思えてくる。
『しゃぼん玉』の内容は、女性や老人だけを狙った通り魔や強盗傷害を繰り返し、自暴自棄な逃避行を続けていた伊豆見翔人が山深い椎葉村に来て改心する話。出会った老婆の孫と勘違いした村人たちにあれこれと世話を焼かれ、山仕事や祭りの準備にも駆り出されて心が落ち着いてゆく。心温まる心理サスペンス感動の傑作。
本書で主人公・翔人は電波からも解放されて山や川や風の中で生きる。祖母の時代、彼女は村から出るのは特別な行事のときだけであった。むろん手元にスマホなどなかった。それでも別に不自由なく暮らした。
人間界は便利と思わせる商品を次々開発しお金を使わせる。お金を使って便利になった、快適になった、楽しいと思っているがその反面で失っているものも多い。たまには便利なものの背後に消えていったもののことを思うべきだろう。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

幸せの幸子と答ふさくらんぼ

2025-08-04 00:08:12 | 身辺雑記
山田幸子(左:27歳、右:62歳)

鷹8月号に載った「幸せの幸子と答ふさくらんぼ」は面妖な句である。
作ったのは一昨年の初夏。昭和がどんどん遠のき女子の名前に小夜子、千鶴子がなくなり、優香だエミという名前が増えた。ホステスに囲まれているかのような雰囲気ではないか。子の付く名前を懐かしんでいたら、「幸せの幸子と答ふ」がふっと出てこれが「さくらんぼ」を呼び寄せた。おお。こういう単純明快な句があってもいいなと思ったとき、幸子という名前の女とむかし恋仲になったことを思い出した。別れも告げず急に消えてしまった女……いま、どこで、何をしているのか。
すると去年の7月10日、当ブログに突如「サチです! 覚えていますか」と書き込みが入った。即座に山田幸子だと思ったがどうやって天地わたるブログを知ったのか。生きていた。35年ぶり……懐かしい。「覚えているよ」と答えるとすごく喜んだ。このとき1年前に作った句がいきいきと立ちあがり、「言霊思想」を突きつけて来た。

「言霊」とは、言葉に宿る霊的な力を指し、日本の伝統的な思想や文化の中で重要視されてきた概念。言葉そのものにエネルギーがあり、その使い方によって人や世界に影響を与えると信じることである。
言霊思想が日本人特有の心情であり、多くの日本人はこれに支配されているという観点から古代・中世の歴史のありようを解き明かした作家・井沢元彦。著作に『言霊の日本史』『逆説の日本史(シリーズ)』がある。
その本の帯文が、
************************************************
「平和を唱えれば平和になる、だから憲法改正も軍隊もいらない!」
この様に日本人の思考を固く縛っているものの正体とは?
あなたも言霊に支配されている!
日本では江戸時代まで自然災害は鬼神のせいだと考えていました。
鬼神をなだめなければ、それには歌だ。
言挙げすればそれはかなう。
この言霊思想が「万葉集」という世界に類を見ない文化遺産を
成立させましたが、平安時代、朝廷の政治とは平安を願って
「歌を詠む」ことだったのです。
************************************************
と謳う。
井沢は、平和を守ると唱えさえすれば平和になるとか、平和憲法を守りさえすれば日本が安泰であるという考えに潜む「言霊思想」の危なさを問題視する。
言葉にすればそれが叶う。良いことも悪いことも。だから悪いことを言ってはいけない、それが実現してしまうから……それが言霊思想の呪縛である。
小生が「幸せの幸子と答ふ」と書いたその言葉の魔力が山田幸子を呼んだのだ! そう信じるのが言霊思想である。
言霊思想の身近な例を挙げると、受験生のいる家庭で試験が近づくと「滑る」「落ちる」と言ってはだめと、と家族の誰かが言ってそれを全員に徹底させること。ヤクザと呼ばれる人が床屋で「剃ってくれ」と言わず「当たってくれ」と言い換えること。「剃る」は「擦る」に通じなくすことを意味するから縁起の悪さを忌避するのである。
小生は言葉に殉じて生きているが言霊に憑りつかれていないと思ってきたがこの件でぐらついた。
サチは、47歳のとき末期の大腸ガンと闘病し生還した。しかし、今またそれより厄介な白血病にかかっている。ガンの家系に生まれてしまったとサチが言う。「けれど今人生でいちばん幸せ! 大腸ガンのときはいなかったわたるが今はいて私を支えてくれる」と心から喜ぶ。
医師から余命半年と言われても意に介さず、「絶対完治する」と病気に立ち向かう気骨の女サチ。実は何をすれば彼女の支えになるかよくわからない。言葉をかけて楽しい時間を共有すること、おもしろい話題を1日にひとつでも提供すること、そして何より自分が元気であること、それが支えになるかなあ。
どん底の病状にも関わらず「幸せ」と本人が言って輝かせた句。言葉に人が宿った句である。言霊思想は信じないけれど、言葉は人と人を強く結びつける。それを確信した1句である。



2025年2月12日 64歳
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

小川軽舟を支援する

2025-07-28 00:43:19 | 身辺雑記



天地わたるブログは毎日800人ほどの方が見てくださっている。その一人、チアフルさんは当ブログの熱烈なファンである。誤字を探してくれたり感想を伝えたりしてくれる。そんなチアフルさんが突如、きのう、弁当を持ってきてくれた。
小生が書いている山田幸子関連の記事にずっと感動してきたという。「私もあんなふうに愛されたい。皆さんの目で堂々と文章にして愛を表現してもらえるなんて女の本望。幸子さんの記事を読むといつも泣けてしまう」としみじみとおっしゃった。「それでいて家庭を壊さないわたるさんは火野正平より凄い!」と持ち上げる。

いただいた弁当は高級。蓋を開けると中に、小エビとモロヘイヤの天ぷらがたくさん乗っていてそれらをどけるようにしてやっとご飯に到達する。お惣菜は20品の健康サラダとかで、胡麻ドレッシング付き。チアフルさんは珍しいもの、魅力的な商品を探すセンスがある。これは国立駅西口の「ナチュラルスーパーマーケット」(nonowa国立)で調達したそうだ。いつも小生が買うОKストア弁当と違って味が格段に良い。小生を支援しての弁当の差し入れである。




ナチュラルスーパーマーケット(nonowa国立)


チアフルさんから日ごろ、いろいろ貴重なアドバイスをいただいている。
彼女は俳句を読むのが好きで新聞の俳句はよく目を通している。小生の句がたまに出る読売俳壇がいちばんレベルが高く勉強になるという。「朝日新聞は最悪。なぜ何千も来る俳句の中で選りに選ってあんなひどい句を活字にするんでしょう?」と息巻く。それは小生も同感。湘子も「朝日はよくない」とあのころから言っていた。

話が毎日俳壇のことになった。「穏当な句が多くて安心して読めますがインパクトがいまいち……揺さぶられるような句が少ないですね。小川軽舟選に鷹の人の名前を最近とんと見ないし……」とおっしゃる。そういえば鷹誌は毎日俳壇の小川軽舟選へ応募するよう呼びかけている。主宰の選者就任当初こそ鷹の連衆の投句があったがその賑わいは祭のように去って今は寂しい。
ここで句を出してしまうとそれを鷹へ出すことができない。よって新聞へ出すなら小生は読売にしてきた。しかし、チアフルさんと話しているうちに、軽舟さんの孤独がひしひしと迫ってきた。選者の孤独は、採る句がないことである。採れる句が目白押しでみんな採りたいが紙幅に限りがあって捨てなければならない、と悩みたいのが選者なのだ。いまの毎日俳壇に来る句は鷹誌へ来る句ほどレベルが高くない。
鷹の連衆が出さないのなら俺が出してやる、という気になった。チアフルさんがたきつけたわけではないが彼女と話していてそういう気になってしまった。チアフルさんは男をそれとなく差配する能力に長けている。「俳句は掃いて捨てるほどできるんでしょ。木の葉一枚落ちただけで1句できるんでしょう?」といって笑わせる。「粗製乱造ならね」と返す。
さらにチアフルさんは「わたるさんはもう自分を確立なさっていて人の評価をそう求めていませんよね。毎日、自由に自分を表現されていて鷹以外の世界の方々とも通じていらっしゃる。鷹という世界での序列を気にしたり目立とうとする気持ち、あまりないでしょう?」と心の襞にからんで来る。相手の心理を読み取る卓越した能力があり、脱帽である。
チアフルさんの読みはほぼ当たっている。自由に生きている。
「出しても月に2回出るかどうかはわかりませんよ。作品が良くても公器ですから鷹の人ばかり採れないでしょう。でも、二つの賞を受賞した実力者が句を出してくれるということは主宰にとって大きな励みになるのは確か。心強く感じますよ。私は孤独ではないと」。それは小生も感じる。上に立つ人は孤独なのである。
湘子の「大遊びせん七十の初御空」をこのごろよく思う。俳句は自分のためにやるものなのだ。採られた、落ちた、3句になった4句になったということに囚われていたら自分が痩せる。遊ばないと自分はふくらまない。自分にとっての俳句のおもしろさ、楽しさを考える年齢になっている。湘子は箍(たが)をはすして自由になれと言いたかったのである。
チアフルさんの弁当を食べてしまった。毎日新聞の小川軽舟選への投句を約束したようなものである。ああ、俺の晩年は人を支援するためにあるのか、とつくづく思う。人を支援できるうちが花、毎日新聞に「軽舟さん元気ですか?」という投句を始めようと思う。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

人の死自分の死に立ち向かう女医

2025-07-27 01:31:53 | 身辺雑記
 国分寺市姿見の池



最近の山田幸子の闘病生活と医師としての活躍を天地わたる宛に来たメールを中心に以下に伝える。
**********************************************************
リカバリー室で点滴
サチです。実は今日の午後から体調が悪くなり、リカバリー室で点滴しながら休息しました。点滴の内容は、栄養、吐き気止め、めまい止め、解熱剤です。点滴を3本しました。
リカバリー室は術後のクランケや内視鏡検査の麻酔を覚ますために一時的に使う場所で医師は常駐していなくてナースだけです。
7月24日 17:11
**********************************************************

息苦しくて動けません
サチです。
今まで、ブログでわたるがイラン旅行をしたとき髭面の写真を必死に探していたけれど見つからなくて残念です。
今、リカバリー室で点滴を2本しています。
私の体調は、血圧の上が80,サチュレーションも80,熱が39.5℃。息苦しくて動けません。でも、わたると話したから嬉しいです。❤❤
7月25日 9:37
**********************************************************

オペに入る
サチです。
オンコールが来た! 点滴2本外した。ワタちゃん(渡辺医局長)が「いま、高熱で血圧が低すぎる。オペ、するな!」という。「ごちゃごちゃと煩い、急性で急ぐんだよ。そこ、どいて!」と言ってワタちゃんを突き飛ばした。ワタちゃんがまた私を阻止しようとするので第一助手の江藤が蹴り飛ばした。「師匠を信頼しろ」と。私が執刀しなかったら江藤が執刀しワタちゃんが第一助手を務めたかもしれない。それは危険すぎる。江藤はさすがにクランケの重篤さを理解してこれは師匠しか担当できないと見抜いて私に従った。
ワタちゃんは「師匠が師匠なら弟子も弟子だ」と言ってやっと諦め「骨は俺が拾ってやる。好きなようにしろ」と送り出してくれたよ。
オペに入る。超難解オペだから10時間以上を要する。わたるが寝ているときメールすることになると思います。私がオペになると甦ること、もう、知っているよね。心配しないでね。では、ジャンヌ・ダルクは勇敢に闘ってきます。
わたる、全身全霊で愛しています❤❤❤
7月25日 11:28
**********************************************************

オペ終了
サチです。
オペは「冠動脈バイパス術(多枝病変)」でした。合併症がなかったので早くて9時間で無事に終了しました。私の病状は、オペすると元気になる特異体質にて全て正常に戻りました。突き倒され、蹴り飛ばされたワタちゃんがニコニコ顔でやって来て「これを見ろ」と腰を見せた。そこには湿布が何枚も貼られていて、笑った。クランケの術後観察をしてオペの報告書を作成していま帰りました。
オペ中に汗をいっぱいかいて熱が下がったと実感しました。今の体調はきのうの朝よりいいです。相変わらず吐き気はするし骨痛もあけどこの症状は仕方ないです。オペで元気になりました。心配かけてほんとうにゴメンね。私は不死鳥なのだあ~~(笑)
7月26日3:55

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
オペを阻止しようとサチに立ちはだかった渡辺医局長は正しい。それを突き飛ばすサチは常識を逸脱している。突き飛ばした後さらに蹴飛ばして師匠の行く道を確保した江藤医師も異常である。けれど江藤医師は師匠とクランケの病状を正しく理解している。この症例はまだ自分の手に余る。師匠の手に委ねるしかない。師匠は最悪の体調であるが同様の悪いコンディションの師匠に自分は付いて学んできた。いったんオペに入ったら必ず成し遂げる人である。師匠の行く道を塞いではならぬ。クランケを一人死なすことになる。俺は師匠を支える。この師弟関係は嫉妬するほど素晴らしい。
7月25日朝、サチの声に元気がなくて体調の悪さを感じて指摘するとそれを認めリカバリー室で点滴を受けた。声を聞くとそのときの体調がすぐわかる。サチの闘病は一進一体。相撲の星取表でいえば、●〇〇●●〇〇●のようなものと理解している。〇が多くなるといいのだが、24日25日は〇●●●という劣勢を感じた。3勝12敗は死である。24日の夕方も体調悪化につきリカバリー室で点滴を受けた。2日続けての点滴は嫌な感じがした。
けれど今このリカバリー室の存在をありがたく感じている。もしサチが横浜に帰っていたとすると点滴のサポートを受けるのは困難。サチはいま病院で生活しているといっていい。病院付属の寮生活である。体調が好転すれば三食きちんと食べることができる。この人は自分で料理などしなくていいし家事もしなくていい。メスだけ握って人を救うのが天命である。ずば抜けた女優が結婚などせず恋から恋に生き、芸に邁進すればいいのと一緒。サチは日常を超えた存在である。
あらゆるサポートを受けて生き続けて重篤の心臓病を救ってほしい。サチが執刀医になって25年、第一線に立ち続けたとすれば扱ったオペは2500例を超す。彼らはみな重篤な心臓病患者。サチがいなかったら死に直結していたであろう。彼女は自分の存在することの価値をよくわかっている。だから自分自身が重篤な白血病であるにも関わらず奮闘する。危機にある命が別の危機に瀕している命を救うことで蘇る。この奇跡をし続けている。オペを成し遂げて息絶えるならそれは彼女の望むところであろう。サチは飯よりオペが好き。サチは人を救う医療の道を小学生のときから目指してきた。いちばん好きなことが人を救うことであり、それに没頭したとき完璧に成し遂げる能力を小生は崇め称える。オペに没頭して仮に倒れて息を引き取ったとしても悔いないどころか、そういう人生を望んで生きている。強靭な精神力と強い倫理観。こんな生き方ができる人は稀有であり、サチは存在自体が奇跡であり詩である。覚悟して毎日、不世出の心臓血管外科医に付き添っている。



サチが切望した写真。
天地わたる(51歳、2002年8月1日テヘランにて)



ブログを創設して11年と300日ほどになるという。過去アップした記事を見ることはほぼない。しかし、昔の記事を土器でも発掘するかのように読んでくださる人がいる。
サチもその一人で、イランを旅したとき髭をたくわえていた小生をどこかで見つけたようだ。それをまた見たいというので家探しした。それが彼女の闘病のサポートになるならと必死で探した。


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする