稽古なる人生

人生は稽古、そのひとり言的な空間

吉田誠宏先生について

2018年11月16日 | 剣道・剣術
長井長正先生の遺文を書き写す作業を続けているが、
吉田誠宏先生の名が随分と出てくる。
お会いしたことも無い、名前だけの先生で、なかなかイメージがわかない。
さて吉田誠宏先生とは何者なのか?少し気になったので調べてみた。

-------------

昔、近鉄奈良線の石切駅の奈良寄りに「孔舎衛坂(くさえざか)駅」という駅があった。
旧生駒トンネルを出たすぐの駅で、次の石切駅の間にも鷲尾トンネルがあり、
トンネルとトンネルに挟まれた、山間の薄暗い駅だった記憶がある。
(現在の石切駅は、開削した鷲尾トンネルの跡地に作られた)
-----------------------------------
1914年(大正3年)7月17日、日下駅(くさかえき)として開業。
1918年(大正7年)鷲尾駅と改称。
1940年(昭和15年)6月、孔舎衛坂駅と改称。
1964年(昭和39年)7月23日、新生駒トンネル開通の路線変更により廃駅。
-----------------------------------
孔舎衛坂駅跡の西寄りに日下新池(天女が池)という池があり、
そこには大正時代に日下遊園地という遊園地が存在した。

日下遊園地は、大正15年の「あやめ池遊園地」、
昭和4年の「生駒山上遊園地」の開園でさびれてしまった。

昭和12年に日下遊園地の料理旅館「永楽館」を買い取って改装し、
「孔舎衙健康道場」という結核療養所を設立したのが吉田誠宏先生である。


(孔舎衙健康道場跡、現「パンドラの丘」にあった案内板を撮影)

吉田誠宏先生は香川県出身。
警察官だったという話もあるが警察官ではなく、
実際は警察(現大阪府警)で剣道の指導をされていた。
そういう意味では職業剣道家でありプロである。
正義感が強く熱血漢でもあり、私財を投じて「孔舎衙健康道場」を創設した。
「孔舎衙健康道場」は、太宰治の小説「パンドラの匣」のモデルにもなった。

しかし戦中の物資不足で昭和17年秋「孔舎衙健康道場」は閉鎖された。

この孔舎衙健康道場から1キロほど北に吉田誠宏先生のご自宅があった。
(直線距離は1キロだが、実際に歩くと2キロのアップダウンの道である)
自宅の敷地内には「聖和道場」という剣道場があり別名「心身鍛錬道場」とも言った。

現在は吉田誠宏先生の娘さんが書道教室を開かれている。

--------------------------
吉田誠宏、香川県出身
明治22年(1889年)~昭和54年(1979年)
大日本武徳会武道専門学校講習科卒業。
昭和20年~27年、連合国軍(GHQ)によって剣道が禁止されたが細々と稽古は続けられた。
古賀恒音、宮崎茂三郎、堀正平と交流があった。大阪税関師範。
西川源内、長井長正など、多くの剣士を育てたが段位や称号には無頓着だった。
長井長正先生は昭和35年から吉田誠宏先生に師事する。
--------------------------

井上勝由(いのうえかつよし)現長正館館長は今年の12月で92歳を迎えるが、
若い頃、長井長正先生と聖和道場に稽古に行ったことがあるらしい。
その時、道場の山側では、阪奈道路の工事をしていたという。
阪奈道路西行きが開通したのは昭和45年(1970年)である。
同じ年(昭和45年)に長正館の道場が開設となった。


(昭和50年4月、長正館創立5周年にて、吉田誠宏先生)


(昭和50年4月、長正館での祝辞、吉田誠宏先生)


(昭和51年1月11日、聖和道場の初稽古、吉田誠宏先生)


(昭和51年1月11日、吉田誠宏先生宅にて、長井長正先生)


(昭和51年1月11日、吉田誠宏先生宅にて)


(昭和51年12月19日、聖和道場における大阪剣道道場連盟研究会にて)

-----------------------

追記

【参考】「水平の行者 栗須七郎」吉田誠宏のこと
https://blog.goo.ne.jp/kendokun/d/20190825/


【追記】2023年10月5日
東大阪市善根寺まで行く用事があったので聖和道場まで足を伸ばした。
改めて、娘さんに吉田誠宏先生のお話を聞こうとおもったのだ。

ところが敷地は整地され、別の建物が建っている。
近所の方にお話を聞くと、住んでいた吉田さん(吉田誠宏先生の娘さん)は、
数年前に心臓か何かを悪くされて突然亡くならっれたそうな。
残念である。帰りにすぐ近くの善根寺春日大社にお参りしておいた。
ご冥福を祈ります。合掌。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

長正館定例剣道稽古(2018年11月14日)

2018年11月15日 | 剣道・剣術
大阪市東住吉区の矢田中学校の体育館で19時半から。
----------------------------------------


【長正館練習生募集中】
初心者、経験者を問わず練習生募集中。
レベルに応じて個別指導を行います。
詳しくは長正館ホームページまで。
http://www.doujyo.net/choseikan/
----------------------------------------

北側の通用門がペンキ塗りたてで西側の正門から入る。

本日は遠方よりMさんが飛び入り参加。6月以来だ。
Tちゃんはインフルエンザの予防接種で腕に腫れがあるとかでお休み。
T君は来ると聞いていたのにお休み。K林君は足を痛めてるのですぐ帰った。

19時半~20時過ぎまでは準備運動と基本稽古。
20時過ぎから21時過ぎまでは自由稽古。合計11名。


(途中で帰る者もいるので最初に1枚集合写真)


(定例の準備運動と素振り)


(基本稽古、井上館長の指導付き)


(K川五段は、五段に受かったあと構えが重厚になったように思う)


(稽古の順番を待つMさん)


(F六段に面を打ち込むS口二段)


(K部五段とK芦五段、K芦五段は18日に六段審査だ)


(MさんとF六段)


(終了後にも集合写真)


【感想・反省点】

窮屈な小手を使ってみたら、手の握りがおかしくて前半は調子が悪かった。
使っているうちに汗で伸びてくるのか違和感は少なくなる。

先週の土曜日の生駒の稽古(10日)から左のアキレス腱が痛むようになってきた。
急に寒くなったせいかも知れない。次回からはサポーターを着けるつもり。

F六段には何とか面を打ちたいと頑張ったが打てなかった。

F六段のほうが私より打ち間が遠い。
大きく右足を出して打ち間に入って打ってみるが、下がられるか出小手を狙われる。
逆にF六段が打とうと動き始めた部分で打ちに出るとガチャンコになる。
間合いの遠い、スピードと跳躍力のある剣士に面を打つのは至難の技である。
一足一刀の間での駆け引きも、お互いの手の内がわかっているのでやりにくい。
課題と研究は次回も続くのである。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

No.31(昭和61年10月30日)瓢箪のこと

2018年11月14日 | 長井長正範士の遺文


○瓢箪のこと
私は数年前、自分の畑で瓢箪を作り、その中から形と言い、大きさと言い、
お酒を入れる徳利用として相応しいものを選んで、今日までわが友として愛用している。
こう言えば私は如何にもお酒好きの飲兵衛のように思われるが、
私は元来酒弱く余り飲めない方であるのに、何故瓢箪を愛し大事にしているかを申し上げたい。

それは私が六十二才の時(昭和五十二年)剣道範士の称号を頂いたおり、
吉田誠宏先生が色紙に朱で瓢箪の絵を画き、その胴体の中に墨で
「中に風露の香りあり」と書かれ、祝いとして私に下さった時からである。

即ち長年の間、瓢箪のお酒を愛飲し、これを大事に手入れをし、磨き乍ら今日に至っているが、
瓢箪自身もお酒を吸うて出来て来た何とも言えない良い色つやと
内から発する風雅な此上ない良い香りが外にただよっている。

このように人間も長年の修業により何とも例えようのない品性風格が
備わるような人間にならなければならないと教えられた。
それ以来、私は自分の作った瓢箪を愛すると共に自分の修養の糧としている。
そして瓢箪を磨き、剣道のわざを磨き、
いつの日か相共に光澤を放つように生涯かけて修業して行きたいと思っている。


○無欲の欲について
(前述№20に巽義郎君の社是について詳述したが尚彼の言葉を記しておく)
その前にもう一度彼の会社の社是を記しておく。

『売る商品に心を乗せて、物みなに感謝し、商売を楽しむ無欲の欲』

過日、某メーカーの臨時代理店総会が催された時節柄、
拡販依頼の会合だろうと推察すれば、出席して頂く出足もにぶるでしょうが、
是非にとのことであった。会議には本社から新任の専務が出席し、
形どうり「日頃はお世話になっている」とのお礼の言葉と
新任重役のお目見得の挨拶にとどまり、一席をもうけているので、
よろしく歓談して欲しいと会議はあっけなく終った。

拡販のための代理店を督励する会議だとばかり予想していたが
「拡販」という一言もなく、予想は全く外れ、みごとに肩すかしをくった感じ。

それでは宴会で何かいうのだろうと憶測する。
宴席は乾杯で始まり、なごやかに盃がくみかわされる。
一向に商売の話も要望もない。しびれを切らした某代理店から発言がある。
「只今まではメーカーから何の注文もありません。
無条件でご馳走にあずかってよろしいのでしょうか」

メーカーは「その通りです。日頃のお礼ですので遠慮なく時間の許す限り飲んで下さい」と言う。
では遠慮なくと笑いがおこる。座が和やかになる。
その時さらにもう一社が「ちょっと待って下さい。条件なしと言われるが、
これは大変な責任のあることですよ。お互い腹を決めてご馳走を頂かなければいけませんぞ」
この声に出席した代理店の各社は、一ように無条件の条件というか
無条件の重みをズッシリと両肩に感売上増をめざし「がんばらなくっちゃ」
と意欲に満ちた姿勢が、和やかな雰囲気の中に感じられたのである。

何の作為も無く、然も最大の効果を得たものは人の心を打つ。
以上が竹馬の友、巽義郎君の言葉であった。
私は前に述べた通り巽君の会社経営の方針、統率の非凡な力量と
社員を引きつける温かい人間味にいつも引きつけられ、
彼の生きざまが即ち剣道であるという数々の教えを感謝し、
自分の修養の糧としている。有難き哉。

以上
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

なんば養正会で稽古(2018年11月12日)

2018年11月13日 | 剣道・剣術
場所は大阪は難波の大阪府立体育会館(エディオンアリーナ大阪)。
なんば養正会。大人の稽古は19時~20時15分まで。
----------------------------------------------------------

なんば養正会のホームページ。(管理人は私です)
http://www.doujyo.net/youseikai/
----------------------------------------------------------

確認せずに事務所を出て来たので、高速に乗る前に、
剣(つるぎ)武道具店へ「今夜は稽古ありましたっけ?」と電話した。
幸い稽古はあると言うので高速に乗って難波まで。
過去に何回も、空振りに終った経験がある。
高速代とガソリン代と駐車場代と時間のムダ+虚脱感。

19時半までは基本稽古。
そのあと1分間の回り稽古でここから参加。
回り稽古のあとは自由稽古。20時15分頃まで。

休憩無しだったので稽古中の写真は無し。


(基本稽古風景、手前は初心者指導)


(稽古終了後、七段以上は撮影の位置に整列している)


【感想・反省点】

回り稽古で4人、自由稽古(地稽古)で10人ほど。
相手を動かして打つ稽古、中心を取って相面の稽古、指導稽古。

強引に飛び込んで打つ者に返し胴を2回。
あとで点検したら新しい竹刀なのに割れてしまっていた。
割れた部分はもの打ちなので打ち方に問題は無いとは思うが、
こんなにしょっちゅう折れるということは手の内が悪いということだ。
まだまだ無駄な力が強い。師匠(誠先生)のように華麗に打つことは難しい。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

バンバン200にボックス取り付け(2018年11月11日)

2018年11月12日 | バイク・クルマ
数多くのバイク暦があるが、
20年ほど前バイクからはボックスを取り付けている。
ただバイクに乗るだけならボックスは無いほうが良いのだが、
ボックスを付けると実用性が大幅にアップするのだ。


(過去の写真、最初に付けたのはシグナス125)


(過去の写真、郵政カブのMD90、川上村の源流館へ稽古に行った時)


(過去の写真、同じ郵政カブだがMD70を合法改造して115ccにボアアップしたもの)


(過去の写真、先代のヤマハSR250)

ボックスはホームセンターで売っている灯油缶用のもの。
実はこれが優れもので、剣道の防具一式が丸ごと収まってカギもかけられる。
滋賀での合宿や名古屋の審査も一般道を使って行ったこともある。

最近は稽古に行くにも車を使うので、バンバン200もボックスは付けないでいた。
ボックスを付けないバンバン200は気持ち的にも軽快でそれなりに気に入っていた。

しかし荷台が小さく、大きな荷物は積めないし、荷物を落したりして、

靴と弁当が・・・(2018年7月6日)
https://blog.goo.ne.jp/kendokun/d/20180707

やっぱりボックスがあれば買い物にも便利だし、雨具や防寒具、カメラなど、
何でも気軽に放り込んでおける気楽さがいいよなあ・・・という思いは深まっていたのだ。

11日はダイキンの稽古もあったが休むことにし、
思い切ってバイクにボックスを取り付けることにした。

ボックスと取り付け用の下板は以前のものを活用。
適当に加工して、紐とゴムベルトで固定して終了。

ハンドルカバー、ナビ、雨具、オーバーパンツなどを放り込み、
東大阪の事務所まで、ゆっくりポタリングを楽しんだ。


(やっぱりボックスがあると落着く)


(せっかくなので、四條縄の月泉寺と千光寺跡=寺口遺跡に寄ってみた)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

剣道称号「教士」筆記試験(2018年11月10日)

2018年11月11日 | 剣道・剣術
骨折や仕事のため、やっと数年遅れての受験となった。
-------------------------------
行事名: 剣道称号「教士」筆記試験(兵庫県会場)
開催日: 2018年11月10日(土)
会場名: 神戸市勤労会館
-------------------------------

剣道教士の称号は戴いたからと言って特に何も変わることもなく、
敢えて受けないという剣道七段もいる。
受審料が 20,550円、受かったら登録料が 68,900円、計 89,450円もかかる。
教士の称号は、地方審査の審査員や、京都の剣道祭の立ち合い
などしなければ、必要無いし、な~んにも役に立たない。
ほぼ9万円もかかる費用が何より惜しい・・という気持ちもわかる。

しかしでも、段位や称号は、足の裏にくっついた飯粒のようなもので、
「取らないとなあ、気色わるいんもんなんや」とは、
養正会の会長だった、故 田坂覚先生の言葉である。

--------------------

試験勉強は小さな頃から苦手で、特に暗記ものはからきし駄目である。
試験は3時限あって、1時限目は選択問題、
2時限目は選択問題と記述問題、3時限は小論文ということだ。

普段はワープロに頼りきりで漢字をキチンと書けない危険性がある。
読めはすれども書け出来ず・・である。

で、使いそうな漢字だけをひたすら覚えた。
修錬、鍛錬、錬磨(「錬」は「練」と間違いやすい)、蹲踞、技倆、頸部、
熟達、精通、倦怠感、脱力感、強さと冴え、提刀、尊重、旺盛、平和繁栄。

いつもは書ける文字でも、緊張していると出てこない可能性もある。
その他、大丈夫と思える漢字も同時に書いて覚えるようにした。
あとは、剣道の理念と、修錬の心構えだけは丸暗記。

-----------------------

10日の朝は生駒の武道館に寄って往馬玄武会に顔だけ出した。


(朝の生駒市武道館)

事務所に行き、少し仕事して自転車で駅まで行って三宮まで。
三宮で昼食とコーヒータイム。試験会場は駅近くの神戸市勤労会館。
12時半から受付開始となっていたので、ちょうどに行ったら、
すでに受付は始まっていて、席はほぼ埋まっていた。


(12時35分に撮影、13時10分から説明が始まり13時半から試験開始)

----------------------
1時限目 13:30-14:20
----------------------
1)指導法、2)試合・審判

----------------------
2時限目 14:30-15:20
----------------------
1)日本剣道形、2)称号・段位、3)健康・安全
(下記の2問中1問を出題)
(1)熱中症の種類、症状および予防対策
(2)剣道用具の安全管理

----------------------
3時限目 15:30-16:30
----------------------
小論文(下記の2問中1問を出題・・約700字程度)
(1)剣道における指導のねらい
(2)剣道指導者としてのあり方

----------------------------

1時限目は、穴埋め式の語句を選ぶ試験だから楽勝。
2時限目も、1)と2)は同じで楽勝。
3)健康・安全は「剣道用具の安全管理」だった。
竹刀のささくれや割れ、甲手などの破けなど、普段やっている事や
思っている事を書き連ねたら行数が一杯になった。これも楽勝かな。

3時限目は「剣道指導者としてのあり方」だった。
普段から文章を書くのは好きなので特に困りはしない。

ただ、まとまった文章を書くのは20年以上も記憶が無いほどで、
もともと筆圧が高いほうなので3Bのシャーペンは脆くてポキポキ折れる。
途中で何度も右手を振ってコリ(こわばり)をほぐしたほど。

そんなこんなで順調に書き進み、
30分を過ぎたら出て良いというので試験会場を出てきた。
急いで事務所に戻り、防具を車に積み込んで生駒武道館まで。

宝剣会の稽古は3人しか集まらず。
切り返し、基本打ち、そして少し長めの地稽古。
少し肌寒い気温だったが汗だく息あがりの厳しい稽古だった。


(少し遅れて行ったので、大急ぎで着替えて防具を着ける)


【感想・反省点】

教士の筆記試験は思ったよりも楽で拍子抜けしてしまった。
簡単過ぎるとあまりありがたみを感じない。
教士の称号は戴いてから自分で磨いていくものなのかも知れない。

選択方式の問題は、空白の数と選択文字の数が同じだから
1つ間違えると2つ間違えることになる。
自信が無ければ空白のまま進み、あとで埋めるとピッタリ収まる。

審判法のみ ○×形式。
「相前後して場外に出たら両方を反則とする」で一瞬迷った。

---------------------

宝剣会の稽古ではバテてしまった。
いつも通りの近間から始まる師範の稽古。
こちらは間合いを取りたいので交刃まで少しだけ下がる。
下がるとぐんぐんまた入られるので攻め足から面を打つ。
面を打つと決まったように手元を上げて防がれる。
防いだ右小手を斜に打つと「真っすぐ打て」と叱られる。
仕方が無いので面を打つとその場で返し胴をされるのだ。

前回は右脇腹が赤く腫れた。
今回は胴着の中の右脇腹に手拭いを忍ばせた。
効果はバツグンで、胴を打たれてもかなりマシである。

攻め足をすると小手を打ってきた。
抜いて大きく面を打ったらドカンと当った。
この打ちは珍しく褒められたが自分としては不本意である。

最後は打ち込み稽古と切り返しで終了。
3人だけの稽古だが中身は濃かった。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

竹刀の柄の長さ、太さ

2018年11月10日 | 剣道・剣術
長正館定例剣道稽古(2018年11月7日)のことである。
愛用の竹刀が割れていたのに気がついて普段使っていない竹刀を手にした。

妙に違和感がある。
一刀流の稽古(木刀稽古)のあとで竹刀を握ったような感覚である。
竹刀の柄が異様に長いような気がしたのである。

使っているうちに違和感はしなくなったが、
どうも最後まで竹刀の捌きがいまいちのような気はしていた。

翌日、竹刀の柄の長さを比べたら1.5センチほど長かった。
1.5センチでもずいぶんと感覚が変わるものである。

竹刀の柄の長さ、太さ、重さは出来るだけ揃えておくほうが良い。
多少違っていても、稽古が始まってしばらくしたら馴れるものだが、
出来るなら最初の違和感も無いほうが良いに違いない。

柄革を短くするには、柄頭の革を切る方法と、
鍔側ほうを折りたたむ方法とがある。
多少面倒だが習得しておくとあとあと役に立つ。


(柄革の長さは昔に比べて短いほうを好むようになった)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

技前(わざまえ)と残心(木曜会、2018年11月8日)

2018年11月09日 | 木曜会(誠先生の剣道教室)
四條畷市立四條畷西中学校の体育館。
今年38回目。参加者30名近く。
来週の審査対象は六段受審者が6名。(見取り稽古に七段受審者が1名)
来週15日は学校の都合でお休み。

-------------

面を着けて伸びやかな切り返しと呼吸法の切り返し。
面を打った時は右腕が打ち切った形になるようにと全体に注意があった。

近い間合いからの一挙動の正面打ち。右足スイッチの正面打ち。
膝は曲げないで右足を真っすぐ床を滑らすように前に出す。
右足を擦りながら最後の最後に上がるように。

審査で大切なことは間合い。
普段の稽古から、礼をして蹲踞をした時に、審査の開始線の間合いになるようにする。
立ち上がってすぐに一歩前に入ってしまう人は打てないものだ。
立ち上がったすぐはしっかり構えること。
遠間触刃の間でしっかり自分の形が作れることが大切。
交刃の間でヤアヤアやってても全部中途半端になってしまう。
攻めるスペースと打つスペースは分けて、相手が守り切らないところで打つ。

-------------------------

【審査を意識した稽古】

礼から蹲踞し、立ち上がって構えを作り、
そこから自分の打ち間にしっかり入って打つ稽古。(足の運び方は自由)
------------------------
肩残心、引き残心の徹底。
技前(わざまえ)の間合いの取り方と残心を意識して。
------------------------

出頭面の稽古。
------------------------
遠間、触刃、交刃、一足一刀、打ち間と言ってるが、
これは、間合いが5つに分かれているわけでは無い。
遠間と触刃はワンパック、交刃から先もワンパック。
相手の心理状況、出かたによって変わってくる。
交刃の先に一足一刀の間や打ち間があるわけではない。
交刃の間に入ったら「いつでも打てる」という状態になっていなければならない。
------------------------

回り稽古方式で、相面、出小手、相小手面引き残心、相面体当り引き残心、
小手引き残心、返し胴、面に対する応じ技。
------------------------
いずれも技前の作り方と残心(歌舞伎で言う見栄)に注意して。
肩残心は相手との間合いを一旦しっかり開けてから詰めるように。
審査で鍔迫り合いが1回でもあったら駄目。
引き残心をしている時は相手は打ってこない。
引き残心はピョンピョン跳ねないように。円塾性。
残心は歩み足でOK。
審査では肩から肩が面、拳から肩までが小手、脇から垂れまでが胴。
打った時に相手が避けて空間を打ったとしても打ち切って残心を取る。
(打った事に責任を取る)(審査は試合では無い)(試合のような残心も×)
返し胴は力を入れ過ぎない。打った時には力を抜く。右足は大きく出す。
------------------------

最後に審査を意識した1分間稽古。
------------------------
立ち上がってすぐに打ちにいくようでは駄目。
礼をして出る時、蹲踞する時によく相手を観察すること。
この時に合わせようとしない相手は自分勝手に打ってくることが多い。
受ける稽古はしない。残心=技前と意識して。
稽古の中で打った打たれたはあまり意識しないこと。
まずは姿勢と気勢。姿勢を良くするには気勢が良くなければいけない。
声が出ない場合は姿勢を良くすること。
技前、攻め、溜め、打つべき機会を捉えて捨て身の打突。
空振りしても打った責任を取って残心。身構え気構えから次の準備。

審査は打った打たれただけを見ているのでは無い。
有効打突の12項目の要素用件身構え気構えを見ているので、
たまたま相手が避けたとしても他の10項目が良ければ合格する。



(稽古前の風景)


(子供達の稽古は20時まで)


(六段七段受審者は稽古後にアドバイスを受ける)


【感想・反省点】

引き残心でピョンピョン跳ねるクセは我が身にそのまま当てはまる。
確かにピョンピョン跳ねていては重みも何もあったものでは無い。
稽古でも抜けれない場合が多く引き残心は多用する。
今後は気をつけていきたいと思う。
きょうの稽古は良い事を指摘していただけた。

審査を意識した回り稽古では、六段七段相手は互角稽古、
六段受審者には引き立て稽古とした。
休みの無い稽古はハードだった。左足の脹脛に違和感が残る。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

長正館定例剣道稽古(2018年11月7日)

2018年11月08日 | 剣道・剣術
大阪市東住吉区の矢田中学校の体育館で19時半から。
----------------------------------------
【長正館練習生募集中】
初心者、経験者を問わず練習生募集中。
レベルに応じて個別指導を行います。
詳しくは長正館ホームページまで。
http://www.doujyo.net/choseikan/
----------------------------------------

本日は平野剣道協会さんとの合同稽古。
角谷先生、T中先生、他、子供たち10名ほどが参加。
19時半~20時までは別々に基本稽古。
20時過ぎから21時までは自由稽古とした。

平野剣道協会さんは、長井長正先生の頃から交流があり、
故櫻田章夫先生が角谷先生の大学の先輩であったり、
距離的にも近い事もあり両方に所属している館員がいたり、
仲良く交流させていただいている。


(2つに分かれて準備運動から始まる、手前が長正館、奥が平野剣道協会さん)


(面を着用して基本稽古)


(Tちゃんはいつも通り井上館長から手ほどきを受ける)


(それぞれ自由稽古が始まる)


(井上館長にかかる平野の小学生)


(角谷先生にかかる平野の中学生)


【感想・反省点】

休み無く稽古したので写真は少ない。

次から次へと平野剣道協会さんの子供たちが懸かってきた。
小学生には竹刀を短く持ってお相手する。
全員が試合上手な剣風で、動きが鋭く油断すると良いところを打ち込まれる。
最初は動きを合わせてみたが、合わせると裏を取られるので敢えて動かないようにしてみた。

打たれても打たれた気がしないのは強度と冴えが足りない事が多く、
打っても打ったような気がしないのは相手の実ではなく虚ばかり打ったからである。
しかしまあ剣風の違う者と稽古するのもまた面白いものだ。

最後に平野のT中先生とお稽古いただいた。
しっかりした構えと剣風の先生でお互いに決め技が無く乱戦もようとなる。
自分としての課題は多いが、打っても打たれても気持ちの良い稽古が出来た。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

おい!守れよ!信号の無い横断歩道は歩行者優先だぞ!

2018年11月07日 | バイク・クルマ
毎日のように車で通勤しているので車の運転にはうるさいほうだ。
正直言って、交通法規を完全に遵守しているわけでは無いが、
本当に守らねばならないところはきちんと守っているつもりだ。

特に最近気になるのが信号の無い横断歩道である。

ほとんどの車が「信号の無い横断歩道は車優先」と勘違いしている。
知っててやっているなら悪質だが、きっと知らないのだと思う。
(ここでふと「自覚の無い悪癖は直らない」という一昨日の言葉を思い出した)



(横断歩道等における歩行者等の優先)第38条
----------------------------------------------------
車両等は、横断歩道又は自転車横断帯(以下この条において「横断歩道等」という。)に接近する場合には、当該横断歩道等を通過する際に当該横断歩道等によりその進路の前方を横断しようとする歩行者又は自転車(以下この条において「歩行者等」という。)がないことが明らかな場合を除き、当該横断歩道等の直前(道路標識等による停止線が設けられているときは、その停止線の直前。以下この項において同じ。)で停止することができるような速度で進行しなければならない。この場合において、横断歩道等によりその進路の前方を横断し、又は横断しようとする歩行者等があるときは、当該横断歩道等の直前で一時停止し、かつ、その通行を妨げないようにしなければならない。
----------------------------------------------------
罰則は「3月以下の懲役又は5万円以下の罰金に処する」とある。

横断ほどの前には◇形のマークがある。30mと50m手前に表示される。
つまり◇形があったら80m先に横断歩道があるよ、ということになる。
◇形マークは「要注意」の印。歩行者、自転車はいないか必ず確認せねばならぬ。

歩行者、自転車がいたら、それは赤信号と同じ意味となるのが交通法規だ。
つまり信号の無い横断歩道で歩行者妨害をしたら、
それは信号無視と同じ交通違反なのである。
マナー違反のレベルでは無い。

以下、ドラレコの画像(2018年11月6日撮影)で説明。
(画像の丸いぼんやりした白いものはカーナビの上に付けた日よけです)


事例その1


(ここは手前の◇形マークが消えかかっているが要注意モードになる必要がある)


(横断歩道を渡ろうとしている人を発見し減速し始める)


(減速し、手で「渡ってください」と合図する)


(車は動いているが、ほとんど停止状態である)


事例その2


(道路上の◇形マークがあるので要注意モードに入る)


(横断歩道を渡ろうとしている人を発見し減速し始める、同時に対向車に気付く)


(この直前、対向車にパッシングして「止まれ」と意思表示した)


(対向車は減速もせず、無視して行き過ぎた)


【思うこと】

原則的に歩行者を見つけた時に一旦停止はしない。
一旦停止をすると、追い越す車やすり抜けるバイクがあるからだ。
減速し、徐行し、周囲の安全を確認してから歩行者に合図するようにしている。
タイヤが止まらないようにするのがコツである。
動いている車を追い越す後続車は少ない。

対向車にはパッシングすると止まってくれる確率は高くなる。
しかし何のことかわかっていない対向車が圧倒的に多い。

夜間は安全の確保が難しいことが多い。
残念だが、安全の確保が難しい時は歩行者を無視することもある。
(夜間は下手に止まると事故を誘発しかねないからである)

止まるほうが正しいのだが、まだまだ「歩行者優先実行派」は少数のため、
逆に、追い越した車が歩行者をはねたり、すり抜けたバイクが歩行者にぶつかったり、
スピードを出した対向車が歩行者や自転車をはねたり・・・
という事故を引き起こしかねないのも事実である。

歩行者優先が当たり前のようになるよう、警察の指導や取り締まりは強化して欲しい。

-------------------

この他、スマホ歩き、自転車の無灯火、自転車の信号無視、スマホ自転車、
自動車の無灯火、ウィンカーを出さないで右左折する、スマホ自動車、
テレビを見ながらの運転、ゴミのポイ捨て、などは本当に良く見かける。
時と場合によっては口頭で注意している。

「いつか刺されるよ」と家人からは注意されている。
簡単に刺されるようなことはさせないつもりでもいる。

交通安全も、これまた自分にとっては「道」なのだ。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

No.30(昭和61年10月4日)剣と禅について(続き)

2018年11月06日 | 長井長正範士の遺文


剣禅一如の境地や如何(いかが)、吉田誠宏先生曰く「無我なり」と。
相手の技に自然に応じていける境地なりと。

この境地に入れた時、始めて剣も禅も一如であると言えるのである。
何事もそうであるが、水のように形に表れてはいけない。
これはあたかも字を書くのと一緒で筆が止まったら点が出来る。
これは自然ではない。禅の考察ははっきり答えが出るものである。

昔、ある貧乏村の和尚が駕篭に乗って隣村の檀家に葬式に出かけた。
駕篭に乗って出かけたのは良いが古ぼけたボロ駕篭だったので途中で底が抜けてしまった。
そこで担いでいた人たちは応急策として古縄を拾ってきて、
和尚を中に入れたまま駕篭をがんじがらめに縛って担ぎ、
よいしょよいしょと言って村の入口に着いた。

するとそこへ、ちょうどお参りをして
お説教を聞いて来たばかりの爺さん婆さん達が通りがかった。
「おや可愛そうに、今度お説教で聞いたばかり、無常の風は時を嫌わず、
南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」とお念仏を唱えだした。

これはてっきり土左衛門(水死体)と思ったわけだ。
たとえ死人と間違われても、事実、自分は生きているのだから、
和尚はただ黙って自己に親しんで拝まれていれば良いのに
「縁起でもない、俺は生きているぞ」と言わんばかりに
駕篭の中で「エッヘン」と大きな咳払いをした。

爺さん婆さん達は驚いた。
「おやおや死人かと思うたら科人(咎人・とがにん=罪を犯した人)じゃそうな」と言った。
するとその和尚、いよいよムカムカして「馬鹿、科人じゃないぞ」と怒鳴った。
すると皆が「おや科人かと思うたら、可愛そうに、これは気狂いじゃそうな」と言った。
という話である。

これはまあたわいもない話だが、しかし我々としては大いに教えられる所がある。
人生にはこのような事は随分あるからである。
人が何と言おうが何と思おうが、本当に自分を掴んで本当の自分だけは見失わない。
そして真の自己に親しんでいる。こういう人になるような修行してゆかなければならない。

------------------------------

○剣道に対する理念を考える事
自分が打突に入った瞬間が勝負である。
相手も打間に入っているから、入った瞬間の理念を考えねばならぬ。
即ち静から動へ変わる瞬間の理念は五常(仁義礼智信)を明らかにする。
そうでなければ迷ってしまうのである。
即ち気剣体の一致、心気力の一致の鍛錬の根源は五常の道にあるのである。
(№16の項、参考のこと)

○腹の落着と手の打方とは一致すると言う事
時は下腹、間合に入った時は中腹、甲手を打つ時は咽喉、面を打つ時は上腹に夫々変化する。
これが呼吸の稽古とつながるのである。

それを知らず終始下腹に力を入れて下腹からかけ声を出してやると
肉体が堅くなり気剣体一致の技が出ない。
力を入れる事を知っておっても力を抜くことを知らなければ呼吸の稽古は出来ないのである。
前へ攻める事を知っておっても、後へ引く事を知らなければ何にもならない。
なぜなら自然は二つから成り立っている。
即ち陰と陽、上下、左右、東西南北、プラスマイナス、
男女、深い浅い、濃い薄い、白黒、昼と夜、等々である。

剣道も自然から生れたものであるから、この二つの調子を狂わさない事である。
(この項は、№8、9、10を再度参照のこと)以上
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

長正館月例稽古(2018年11月4日)

2018年11月05日 | 剣道・剣術
長正館の月2回の日曜稽古を「月例稽古」と呼ぶ。
東住吉区湯里小学校の体育館。
----------------------------------------
【長正館練習生募集中】
初心者、経験者を問わず練習生募集中。
レベルに応じて個別指導を行います。
詳しくは長正館ホームページまで。
http://www.doujyo.net/choseikan/kendo-nyuukan.htm
----------------------------------------

17時から一刀流の稽古。
集まったのは井上館長を入れて5人のみ。
刃引の形と剣道形をおさらいした。

17時から20時まで一刀流の稽古は可能なので、
一刀流のみの者も、もっとこの月例稽古を活用して欲しいものだ。

剣道稽古は全部で10名。
長正館7名と出稽古3名だった。
涼しいと思っていたが、休み無く稽古をすると汗だくになる。
気の抜かない稽古だったのが良かった。


(渋滞を予測して早めに行ったら早過ぎてしまった)


(ヒマつぶしに愛車のデリカスターワゴンを撮影)


(I口初段によるK藤五段に対する胴の結び方指導)


(S口二段が先日の指導で戴いた色紙)


(稽古は18時半より準備運動から始まる)


(素振り)


(稽古風景)


(K藤五段と井上館長)


(F本六段とF六段)


(同じくF本六段とF六段)


(同じくF本六段とF六段)


(F本六段とS口二段)


(井上館長による指導)


(Mさんは三段を頂くちょっと前から面打ちが良くなった)


(足を痛めているK藤五段は、誘い出して出小手の集中稽古)


(稽古終了、面取れ~)


(稽古終了)


(同じく)


【感想・反省点】

F六段から「乱戦になると担ぎ面になってますよ」と言われた。
昔からのクセである。直したいがなかなか直らないクセである。

わかって担いでいるなら良い。
困ったことに、担いでる自覚が無いのだ。
乱戦の時は自分自身を冷静に見ることは出来ない。
自覚の無い悪癖は直せない。

自覚しようにも自覚できない悪癖。
直すことは出来るのか・・・


(土山武暢氏撮影、典型的な担ぎ面、2015年8月30日、奈良県橿原市の橿原公苑柔剣道場にて)

-------------------------------

稽古の前から腹具合が悪かったが、
稽古が終ってから「これは駄目かも」の状態になった。
ともかく東大阪の事務所に寄ろうと思ったが、
車に乗ったら何とか治まったので自宅に戻ることにした。
生駒山を越えて「そうそう給油しなくっちゃ」とガソリンスタンドへ。
車から降りて寒気にあたった瞬間に襲われる。
あわてて給油して自宅に戻ってトイレに駆け込んだが脂汗が出るほど危なかった。
いくら稽古を積んでも下痢腹には勝てない・・・
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

長正館一刀流と宝剣会の稽古(2018年11月4日)

2018年11月04日 | 剣道・剣術
午前中の稽古はする予定では無かったが、
用事があったので、生駒市武道館(往馬玄武館の稽古)に行ったらお休みだった。
先週、聞いておけば良かった。

長正館、小野派一刀流の稽古は17時から19時まで。
大阪市東住吉区中野中学校格技場にて。
前半のみ参加。打方(剣道形で言う打太刀)を務める。
稽古の前に、構えの写真を何枚か撮影する。
さすが高段者になると構えが安定しそれぞれの味も出てくると思う。

夜は生駒市武道館(宝剣会の稽古)。
石丸師範はお休みで七段2名、五段2名で稽古。
久々に剣道形の稽古もした。


(着替える前に撮ったうちの1枚、一刀流の木刀は剣道形の木刀に比べて太くて短い)


(長正館の小野派一刀流の稽古)


(夜は生駒の宝剣会)


【感想・反省点】

構えは徐々に自然な姿になりつつある。
しかし意識をしていなければ崩れる場面も多々ある。
一刀流の稽古の時には何よりも構えを意識しているつもりである。
剣先の向き、意識の向きと入れ具合、足捌き、
つまりは常に途切れない、正しい姿勢と気勢である。

夜の宝剣会の稽古は妙に疲れた。
何をやっても決まらないのである。
宝剣会の稽古ではいつもの「攻め」が通じず奇襲攻撃のほうが決まりやすい。
しかしこれは本来目指しているような剣道では無い。

防ぎ上手な相手とどう稽古するのか。
また悩みは続くのである。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

文化の日に思う(2018年11月3日)

2018年11月03日 | 剣道・剣術

(11月3日、出勤時にアトレー7の運転席から撮影)

文化の日(ぶんかのひ)は、日本の国民の祝日の一つである。
日付は11月3日。明治天皇の誕生日にあたり、
明治期に天長節、昭和初期に明治節として祝日となっていた日である。
(出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)

-------------------------

祝日には国旗を揚げる。
新婚時代から続けているので36年にもなる。
国旗は色褪せて買い換えたので二代目である。いや三代目かも。

朝から剣道教士の筆記審査(11月10日)のため少しだけだが勉強していた。
教士の審査は怪我や仕事のため、七段同期よりも3年ほど遅れている。
落ちては恥なので、少しは勉強しておかなくてはならない。
丸暗記は昔から苦手なので、剣道の「剣道の理念」と「剣道修錬の心構え」だけ暗記し、
小論文は、それを元に自分の考えを書こうと思っている。

-------------------------------------------------

【剣道の理念】
剣道は剣の理法の修錬による人間形成の道である。

【剣道修錬の心構え】
剣道を正しく真剣に学び
心身を錬磨して旺盛なる気力を養い
剣道の特性を通じて礼節をとうとび
信義を重んじ誠を尽くして
常に自己の修養に努め
以って国家社会を愛して
広く人類の平和繁栄に
寄与せんとするものである

-------------------------------------------------

しかしながら、なんと明快で清々しい言葉であろうか。
日本人として恥ずかしくない生き方がここに全部書かれている。

剣道人として日本人として、立派に生きようと、改めて姿勢を正している。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

時にはエンジンを回してやらねば・・

2018年11月02日 | バイク・クルマ

(職場の駐車場にて)

いつも仕事で使っているのはアトレー7。ダイハツの小型車。
平成14年(2002年)初登録だから、もう16年を超える老車である。
走行距離は14万キロ近い。オイルはきちんと交換している。

アトレー7は、ベース車が軽四のアトレーワゴンで、
排気量1300cのエンジンに乗せ換え、全長を37センチ、幅を4センチ広げ、
3列シートにした7人乗りのコンパクトワゴンである。

----------------------------------
販売期間 2000年7月7日-2004年11月30日
乗車定員 7名
ボディタイプ 5ドアミニバン
エンジン K3-VE 型 直列4気筒 DOHC 1.3L (92ps/6000rpm)
駆動方式 FR
変速機 4速AT
サスペンション 前・ストラット+コイルスプリング
後・3リンク+コイル+リジッド
全長 3,765mm
全幅 1,515mm
全高 1,895mm
ホイールベース 2,430mm
車両重量 1,100kg
----------------------------------

7人乗りと言いながら幅は軽四とほぼ変わらないので2列目の3人座りは子供しか無理。
大人6人で出かけたこともあったが、荷物は膝の上という狭苦しさだった。

家では多人数で移動の時はデリカスターワゴン(8人乗り)を使うので、
このアトレー7は3列目シートを外し、もっぱら仕事専用車として使っている。
何より小さいので、東大阪市や大東市など、道幅が狭くても取り回しがし易い。
毎日のように生駒山を越えるが、山道でもそこそこ走るパワーがある。

このアトレー7、6年前に、とんぼ堂のパートさんが、
廃車して新車に買い換える・・というので安く譲ってもらった。
譲ってもらった時は5万キロ程度しか乗っていない。
ワンオーナーで整備もしっかりしている。

最初、燃費はリッター13キロ前後で走っていた。
そこで、もっと燃費を良くしてやろうと回転数を上げない運転をしたのだ。
いわゆる省エネ運転。巡航速度で2万回転ぐらい。あまり高回転は回さない。

ところが、最初のうちこそリッター13キロを越えていた燃費が、
最近は12キロを割り込み11キロぐらいまで悪化してきていた。
おまけに僅かながらタペット音も出てきた。
「古い車だから仕方が無いか・・・」とも思っていたのだ。

で、荒治療することにした。
最大馬力を発揮する回転数6000まで回すのだ。
方法は阪奈道路の登り坂でレンジを2に入れ走行するというもの。
回転数は上がるが速度はさほど上がらない。7000rpmまで上げてみた。
高回転走行は30分ほどである。

結果は良好。
燃費はリッター13キロ台に戻りタペット音も無くなった。

古いエンジン、労わるばかりでなく、たまには高回転で回してやるもんだ。



(運転席まわり)


(運転席のフロアーマットは、ハトメが取れてしまった)


(竹刀の柄革と金具を加工して糸で補修した)


(アトレーの弱点は電装系のツマミ、割れてきたので糸で縛って木工用ボンドで固めた)

【修理箇所】

譲ってもらった時はグリーン系のシルバー色で、
あちこちキズだらけだったので板金屋で補修後にブラックに全塗装(内外)した。
他、サイドミラーが緩みやすかったので車屋で締め増しし、緩み止めを塗布した。
ウィンドウの集中スイッチが最初から接触不良気味だったので新品に交換した。

他は問題なく、実用的な一台として重宝している。
車は大事にしない主義だがオイル交換だけはきちんと行い、
修理不能になるまで乗り続ける主義である。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする