稽古なる人生

人生は稽古、そのひとり言的な空間

Google Choromeが突然重くて仕事にならない!

2021年09月22日 | つれづれ
楽天市場、amazon、yahooをメインにショップを経営してます。
ウェブブラウザは、Google Choromeと、Firefoxを使い分けしてます。
以下、仕事仲間に送ったメール内容です。

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今朝、パソコン立ち上げたら、Google Choromeが朝から超重くって仕事にならない。
PC再起動でも同じで重い重い・・・

Firefoxだと大丈夫なので回線のトラブルでは無さそうだ。

choromeのクッキー、履歴を全部消したけど駄目。
念のため、もう一度、パソコンを再起動でも変わらない。重い重い・・・

Google Choromeの拡張機能を見ると、使っていないもの、
記憶に無いものが15個前後あったので、この際、ほとんど消してみた。

パソコン再起動したらまともに動くようになった。
とても快適、気持ちが良い。

朝からのトラブルでした。
ご参考まで。

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(画像は楽天市場の処理画面)
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最近の稽古・あれこれ

2021年09月14日 | 剣道・剣術
真夏に比べて少しは涼しくなったかもしれないが湿度はそれなりにある。
剣道は面を被っているので気温が少し低くても湿度で呼吸が苦しい。
マスクをしていると酸欠状態になってくるのがもろに感じられる。
非常事態宣言、延長、再延長とかで、もうどちらが常態なのかわからなくなった。
好きな時に稽古が出来て、好きな時に酒を飲めるような日は戻ってくるのだろうか。

8月28日、往馬玄武会
8月31日、なんば養正会
9月4日、往馬玄武会
9月5日、無門会
9月11日、往馬玄武会

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8月28日、往馬玄武会(生駒市武道館)


生駒一振会から2名の参加で合計7名での稽古。基本稽古と回り稽古。
異なる剣風の者が入ってくると面白い。
この日は不用意な面を打って出小手を2ついただいた。

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8月31日、なんば養正会(大阪府立体育会館)


コロナ対策のため、18時25分~19時半の稽古なのでなかなか行けない。
この日も基本稽古には間に合わず自由稽古から参加。8人と稽古。
鎬、崩れない事、振りは小さめに・・・の3つを自分の課題とした。

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9月4日、往馬玄武会(生駒市武道館)


6名で、基本+回り稽古。
返し胴は基本打ちだとぎこちない。回り稽古だと問題は無い。
不思議だ。意識し過ぎるせいだろうか・・・

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9月5日、無門会(島本町体育館)


15時からの稽古なので(遅れたが)参加出来た。合計21名の参加。
同門のK藤六段も来ていた。彼は自宅が島本町から近いのだ。

京都のO川先生と初めて稽古が出来た。良い稽古だ。
翌日、仕入れ先の三重のO田さんに聞いたら「京都で親しくしている稽古仲間だよ」と言われた。
おやおや、やはり剣道界は狭いものだ。
写真の右から二組目で構え合ってるのがO川先生と私(向こう側)である。

9月12日も稽古があったが12時からなのであきらめた。
12時からの時は仕事的に無理である。日曜日は本当に忙しい。

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9月11日、往馬玄武会(生駒市武道館)


同門のK芦五段はお休み。
N岳五段は基本稽古でアキレスを痛めて早々と帰った。
残った4人で基本稽古と回り稽古。
回り稽古は2回やったが、一回目は3分で長く感じた。
湿度が高いせいもあるが、回り稽古で3分間、気力を継続することは難しい。
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全日本剣道道場連盟の発足と看板

2021年09月13日 | 剣道・剣術


2017年7月に閉館した長正館(現在も稽古は存続中)には、
“全日本剣道道場連盟本部”の看板が掲げてあって、長らく「なぜなんだ?」と不思議に思っていた。

以下は、今年7月に亡くなった井上勝由先生からお聞きした話。

全日本剣道道場連盟は、昭和36年から37年にかけ、大阪にて、
長井長正先生の師である吉田誠宏先生が全国の有志に声をかけ創立に向けて尽力した。
吉田誠宏先生の右腕として事務をされていたのが長井長正先生で、そのお手伝いを井上勝由先生がされていた。

吉田誠宏先生が亡くなられた後、吉田誠宏先生の志を継ぎ、
長井長正先生が大阪府剣道道場連盟の結成と運営に尽力された。(事務的には井上勝由先生が中心となっていた)
その後、長井長正先生は長正館を立ち上げられ、長井長正先生が亡くなられたあと井上勝由先生があとを引き継いだ。

大麻勇次先生は明治20年生まれで武専(大日本武徳会武道専門学校)では吉田誠宏先生(明治22年生まれ)の先輩にあたる。
発足の委員長は大麻勇次先生だが、実際に尽力したのは委員の吉田誠宏先生だった。
そして大麻勇次先生は全日本剣道道場連盟の初代会長に就任された。
その後、組織の中で、大麻勇次先生や小澤丘先生(明治33年生まれ)などと意見の食い違いがあって、
吉田誠宏先生は全日本剣道道場連盟と距離をおかれたらしい。

写真の「全日本剣道道場連盟本部」の看板は吉田誠宏先生の自筆で、
東大阪市善根寺の聖和道場(吉田誠宏先生のご自宅にあった道場)から長正館に移され、2017年7月まで道場に掛けてあった。
つまり、全日本剣道道場連盟の発足時は、東大阪市善根寺(旧枚岡市(ひらおかし)善根寺)の聖和道場に本部があったということになる。
看板は、現在、長正館の三代目館長である粕井が奈良の自宅に保管している。
長正館の道場を閉鎖する際に、捨てるに捨てられず、粕井が自宅に持ち帰ったというのが本当のところである。


(長正館の資料箱から出て来た封筒)


(全日本剣道道場連盟発足時の連盟規約)



この連盟規約には、本部は大阪の聖和道場とある。


(連盟への参加申込書に書かれた面々)

この時の集合場所は吉田誠宏先生の聖和道場である。

昭和38年6月20日の「全道連発第一号」の報告書には、事務連絡所は岐阜の双柳館浅川道場になっているので、
吉田誠宏先生は、この時点で全日本剣道道場連盟と距離を置かれたものと推測する。


(のちほど改訂された連盟規約)


(吉田誠宏先生は監事となり、大阪地区委員は未定になっている)

連盟規約は改訂された。吉田誠宏先生は監事という脇役に追いやられている。
近畿地区の責任者が未定になっているのが如実に混乱を現わしていると思う。
吉田誠宏先生が連盟と距離を置かれ、あわてて連盟規約を改訂したのだろうか?
全日本剣道道場連盟の歴史の表には出てこない長正館の裏話である。

【参考1】吉田誠宏先生について
https://blog.goo.ne.jp/kendokun/d/20181116/

【参考2】「水平の行者 栗須七郎」吉田誠宏のこと
https://blog.goo.ne.jp/kendokun/d/20190825/
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ご飯粒を残す人のこと

2021年09月06日 | 食べ物の話など


ある日の剣道稽古の帰りのこと。
たまたま出るのが一緒だったのと方向が同じで昼飯時だったので、
「途中で飯食いに行きましょか?奢りますよ。」と、その剣友と昼飯を食べた。

剣道の話など話は弾み、さあ帰ろうと思って相手の茶碗を見て驚いた。
ご飯粒が茶碗全体に散らばるように残っているのだ。

相手は年上だし、一瞬ためらったが見過ごすことは出来ない。

私「いつもご飯粒は残すんですか?」
彼「うん、いつもやで」
私「子供の時、叱られたことは無いのですか?」
彼「いやあ、無いなあ・・・」
私「申し訳ないですが、ご飯つぶは残さんといてくれますか?」

少し、いぶかる表情の彼だったが全部食べていただいた。

マナーの問題、躾、教育の問題、見た目の問題、価値観の問題・・・・
理由はともあれ、私はご飯粒を残すような人物を軽蔑する者である。
古いと言われればそれまでだが、ご飯粒を残す行為は生理的に受け付けない。
今後、彼を食事に誘うことは滅多に無いと思う。

(写真を撮る暇は無かったので画像は借り物ですが、ほぼこんな状態でした)
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眞子さま「年内結婚」で日本人が覚悟すべきこと

2021年09月02日 | 政治や歴史など


皇室の眞子さまが、皇籍離脱して小室圭なる者と結婚しアメリカで新生活を送るということだそうだ。

だいたい世論は二分しており、何んとか阻止すべきという論と、
まあいいじゃないですか幸せならば・・。という論に分かれているようにも感じる。

私は断固として阻止すべきという気持ちが強かったが、
眞子さまが皇籍を離脱して1億3000万円余りとみられる一時金も辞退するという話を今朝聞いて、
その一途な気持ちもわからないわけでは無いという気持ちに傾きつつある。

いかに皇室といえども、眞子さまは一人の独立した人間であり、
独立した人間であるならば、幸せを得ようと考えることはごく当たり前であるからだ。
たとえ、世間の風当たりが強く、親が許さなくても・・・だ。

でもしかし懸念は広がってきた。
眞子さまが新婚生活をアメリカで送るということである。
皇籍を離脱するとなると眞子さまは一般人である。

眞子さまは一般人

このことを、我々日本人は本当に理解し、そして覚悟しているのか?
いや、小室圭なる者も、眞子さまも、わかっているのだろうか?
結婚さえすりゃ何とかなる・・的な気持ちになってはいないのだろうか?

小室圭なる者の給料では、自宅の警備も、眞子さまの警護も不可能なのは明らかである。
知り合いの警備に詳しい者に聞くと「完璧な警備と警護だと年間で数億円はかかるだろう」ということだ。
小室圭なる者の給料ではそんなことは絶対に無理である。
せいぜい防犯カメラ、防犯アラーム程度だろう。

とにもかくにも眞子さまは世界中から狙われる。
ますは世界中のパパラッチ(スクープ屋)に狙われる。
世界中の諜報機関が日本を陥れるために何か弱みは無いかと活動する。
過激派組織に拉致され、身代金あるいは理不尽な要求をされることも考えられる。
もちろん、一般的な犯罪に巻き込まれる可能性もあるだろう。

静かに暮らされたら良いのになあ

など望むのは、とうてい無理なのが今回のご結婚なのだ。

今回の結婚、そして今後の結婚生活は、静かに暮らすことはとうてい不可能である。
日本の政府が何かと関与し、日本人が眞子さまを心配する限り、それは出来ないと考えた方がよい。

唯一うまくいく方法は、ガン無視すること。

眞子さまが皇籍を離脱した瞬間に、皇室も、日本政府も、マスコミも、一般人も、

何があっても知らない

という姿勢を貫くことである。
気になるならぬの問題では無い。ガン無視することが唯一うまくいく方法である。

小室圭なる者が生活費に困って食うや食わずになろうが、
金に困って皇室のスキャンダル本を書いて儲けようとしようが、
眞子さまが結婚生活に破綻して日本に戻ってこようが、
テロ組織に拉致されて何かしらの要求をしてこようが、
無視しまくることこそが唯一丸く治まる道であると思うのだ。

そういう意味で、たとえばご結婚されるその日を限りに、
皇室、日本政府、マスコミ、日本国民全員が、眞子さまに対し、

いっさいの関係を断ちます

という宣言をすべきだ。関係だけでなく関心をも断ち切る覚悟があるべきだと思うのだ。
言ってみれば「眞子さま断捨離」である。これは少しのほころびも許されない。

でなければ、ズルズルと、小室圭なる者の起こした禍(わざわい)に、
日本国と日本人は引きずり込まれ、今後何十年も、いや何百年も苦しむことになる気がする。

とここまで書いてはみたが、これはやっぱり無理だろうな・・・
で、やっぱり結婚はしないで欲しいというのが本音だ。何としてでも。。
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