稽古なる人生

人生は稽古、そのひとり言的な空間

ダイキン工業合同稽古会(2018年10月14日)

2018年10月15日 | 剣道・剣術
8月12日に次いで、摂津市剣道協会主催の
ダイキン工業有心館合同稽古会に参加した。
場所はダイキン工業淀川製作所(攝津市)内の「有心館」である。

14日は地方審査(初段~五段)が近畿大学で実施している。
そちらも見たいし・・と迷っていたが、いまの自分の剣道を確認することにした。
行ったら長正館のK藤五段もすでに着替えて待っていた。

全部で50名ぐらい。八段1名、七段20名ぐらい。
10時から始まり、10時10分~50分過ぎまで2分半の地稽古。
11時10分から11時50分まで自由稽古だった。


(いつもお世話になっている摂津市西一津屋1-1のダイキン工業淀川製作所)


(有心館の入口前にて)


(準備運動、素振りから始まる)


(K藤五段は、まずは兵庫のT七段に掛かる)


(やや強引に打ちに行くクセが出る)


(香川のT六段に掛かるK藤五段、構えは随分と良くなった)


(しかしながら「打ちたい」という気持ちが出過ぎる傾向が出るようだ)


(稽古終了後、K藤五段と)


(稽古の後はダイキンの社員食堂で昼食、これで430円なり)


(いただき物の集合写真)


【感想・反省点】

初めて岸本先生(教士八段)と稽古をお願いした。
気持ちは対等のまま触刃から交刃の間に入る。
すると先生がこちらの呼吸を読んでいるのに気付いた。

岸本先生は呼吸を読む天才である。
打ち間に入ろうとするところや打ち間に入って、
もし息を吸ってしまったら、すかさず攻められ打たれてしまう。
人間、息を吸うときは動けないものだ。

呼吸を読まれないように上半身を楽にしてセオリーどおりに対応した。
(この辺の入り方は我が師匠の言うとおりにしているつもり)

数回動かされたが思いのほか良い稽古が出来た。
終ったあとに右手の動きの注意を受けた。
動かされた時に、小手を表から摺り上げようとする準備段階のハッとした動きだ。
「あー!見られていたか!?」という感じ。さすがに八段先生である。

前半、京都の名札を付けたSという先生が居て良い稽古をされていた。
さっそく並んだのだが時間切れで稽古が出来なかった。
午後からと思ったがS先生は前半で帰られたようだ。

他の人との稽古は、ともかく崩れないように意識した。
崩れない姿勢のまま、基本通りの技を出すことが自分の課題である。
なかなか難しいが道は間違えていないと思う。
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長正館、小野派一刀流の稽古(2018年10月13日)

2018年10月14日 | 剣道・剣術
午前中の生駒の剣道稽古(往馬玄武館)は行ったらお休みだった。残念。

時間があるので四条畷の佐藤武道具店に行ったらお休みだった。
師匠は恐ろしく忙しいので仕方が無い。事務所で15時まで仕事。

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長正館、小野派一刀流の稽古は17時から19時まで。
大阪市東住吉区中野中学校格技場にて。

前半に大太刀の打方を努めた。
涼しく感じられる気候になったが打方は汗だくになる。
有酸素運動は痩せると聞く。ダイエットにはちょうど良い。

休憩、円陣での構えの稽古の後は仕方に回る。
長正館の仕方は楽である。

いろいろ(内緒)あったので有志で近くの焼肉店に向かう。
おいしいと評判の店で、確かに美味かった。
車なので酒を飲めないのが残念である。白飯大盛りにした。


(四条畷の佐藤武道具店)


(前半の途中、汗を拭く間に撮影する)


(後半は円陣で構えの稽古から始まる)


(後半稽古の「上段霞」)


(後半稽古の「発」)


(T先生の「発」、最後に仕方は陽に構える)


(食べ終わったあとの店先で)


【感想・反省点】

長正館の一刀流の稽古は二人組みにならずに数人の打方に、
仕方(5~10名)が並んで掛かる方法を取っている。
鬼篭手や指導者の数が少ないなごり(今もか)である。
だから打方は仕方に比べて何倍も過酷である。

前半の打方だけでは運動量として物足らなかった。
後半も打方を努めようかともふと思ったのだが、
もしかしたら翌14日にダイキンへ出稽古に行くかも知れないので自粛した。

吉田さんから「粕井さんが打方やると引き締まるわあ」とお褒めの言葉を戴く。
単純に形をなぞるのではなく真剣勝負のつもりで一本一本を努めている(つもり)。
わかっていただいて嬉しい。ダラダラした稽古など無用である。

がしかし、一刀流稽古による有酸素運動で、
せっかく脂肪を燃焼させたのに焼肉と御飯大盛りで元の木阿弥なのが悔しい。

食事に行ったので夜の生駒の稽古(宝剣会)はお休みした。
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大東市剣道連盟に出稽古(2018年11月12日)

2018年10月13日 | 剣道・剣術
仕事が終って、久々に難波の養正会へ行こうと思った。
ふと稽古日カレンダーを見たら稽古が無い。
事前に見ておいて良かった。
過去に何度も難波の府立体育館まで行って空振りで帰ってきたことがある。

稽古が無いとなると無性にしたくなってくるもので、
金曜日の19時から稽古をしている大東市民体育館へ行ってみた。
稽古時間と場所はサイトで調べたのだ。

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大東市剣道連盟 稽古概要
第1・3火曜日 
 18:30~ 小学生以下
 19:45~20:45 一般
 大東市市民体育館(小体育室)

毎週金曜日
 19:00~20:45 
 小学生以下・一般
 大東市民体育館
 (大体育室)
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ここは勤務先から一番近く、しかも自宅への帰り道途中である。

初めて行くので勝手もわからず19時少し前に行ってみた。
知ってる人が誰も居なければ稽古やめようかな・・と若干気弱になりつつ・・・

19時前だと意外に人数が少なく6人ぐらいがおられた。
おそるおそる入って行くと四条畷で顔馴染みのY積先生がおられたのでホッとした。

19時過ぎから剣道形の稽古が始まる。少しずつ人も集まりだした。
稽古費の300円を支払っているとやはり古い顔馴染みのK芝さんが来た。
K芝さん、7月に五段を戴いたと聞いた。
7月の五段審査は特に厳しく女性五段は大したものである。

長正館の亡くなられた櫻田先生のお友達のI先生も来られた。
これで顔見知りは3人。初めての場所では心強い。

稽古は19時半から始まった。大東市剣道連盟の先生方が上座である。
最初は基本。切り返し、正面打ち、小手打ち、小手面打ち。
そのあとは回り稽古。この日は5回。
3回目と4回目に大東市剣道連盟の先生と当たり、なかなか良い稽古が出来た。

5回目の回り稽古はそのまま自由稽古に繋がる。
5回目は五段のK芝さん。

大人だけでも30名近くいるので、自由稽古は相手を選ぶことにした。
一番人気はN川先生。長い行列が出来ていたので今回はあきらめる。
ふと見ると、Y尾先生とY積先生が稽古をされていた。
お互いスピードと足捌きのある剣風で見ていて気持ちが良い。
で、本日の稽古はY尾先生とY積先生に決めた。稽古は数では無いのだ。
案の定、縁を切らない真剣味のある良い稽古が出来た。

あとで挨拶に行くと、Y尾先生は国士舘の出身で、
長井長正先生や西善延先生の後輩にあたり随分と可愛がってもらったとか。


(大東市立市民体育館)


(19時からは剣道形稽古)


(Y尾先生とY積先生の気迫あふれる稽古)


(大人だけでも30名近くはいる)


【感想・反省点】

稽古は回り稽古の5人と、Y尾先生とY積先生だけだったが内容のある稽古だった。
たまの出稽古は、師匠から習ったことを実践するためである。

実践は長正館でも意識してやっているが同じメンバーだけでは手の内がわかってくる。
だから、たまには出稽古もやっておいたほうが良いと考えている。
まあ「腕試し」である。

Y尾先生、Y積先生との稽古は、ともに身構え気構え、そして攻防も互角であったと思う。
5年ほど前まではY積先生にはオモチャにされたが今は気持ちでも負けていない。
日頃、木曜会で、師匠からならったことを実践しているだけだが、
やはり師匠の指導法は間違っていない正しい剣道であると確信が持てた。

ただスタミナが続かない。
足捌きが巧みなY積先生にも何とか応じているのだが、
最後は足がもつれるのではないかと感じたぐらいだ。
あと数分稽古が長引いたら気持ちが萎えていたかも知れない。
(稽古中は疲れていることなどオクビにも出さないが・・)

持久力に問題あり・・と自分を評価して稽古は終了した。
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テーマは「残心」(木曜会、2018年10月11日)

2018年10月12日 | 木曜会(四條畷)
四條畷市立四條畷西中学校の体育館。
今年35回目。参加者20名少し。

以下、先週に引続き、別枠初心者O野君の指導ゆえ、
部分的に聞き取れた部分のみ書き記す。

剣道は「先(せん)の気位」が大事である。
先の気位とは「打突する準備」のことである。
いつでも打てるという準備が先の気位になる。
「打とうとする気」ではない。

準備は相手より先に行う必要がある。
それには残心の取り方がとても重要になる。

例えば面を打って、基本正しく真っすぐ抜けても駄目で、
すれ違う時にも相手から目を離さずに肩残心引き残心で必要な間合いを取り、
相手より先に準備(身構え気構え)をしなくてはならない。
先に準備するから「いつでも打てる」という先の気位が生まれる。

適正な間合いは目で判断するしかない。
だから相手より先に相手を見つけなければならない。
(剣道形七本目のように相手から目付を離さないことが大事)

右足は低空飛行で前に出す。膝を上げないで滑らすように。
摺り足が大事。馬足(うまあし=膝を曲げて前に出す)にならないように。

幼稚な切り返し(抜重による飛び跳ねた切り返し)をしないように。

心気力の一致した気剣体の一致の技。
例えば相手が小手を打ってきた。
その相手の動きを感じとり瞬時に判断して返して面を打つなど。

打ちに冴えが出ないのは右手が邪魔してるから。
矯正方法としては打つ瞬間に右手を左手にくっつけみると良い。

打つ瞬間は点で打つこと。流れてしまうと強度と冴えがなくなる。
身体が崩れてしまう(前傾する)と打ちも流れてしまう。

懐(ふところ)が広い構えは攻めるにせよ守りにせよ対処出来る空間が広がる。
この懐が広い構えは身体が前傾していては出来ない。
寸田と丹田を結んだ線が垂直になっていなければならない。

動きの一つ一つに意味が無ければならない。
ただ剣先をカチャカチャ合わせたり、身体でリズムを取ってはならない。

攻めが通じなければさらに攻める二段の攻め。

一寸の攻めが大事。
打つか打たれるかというギリギリの間合いで一寸の攻めが出来るかどうか。
打ち間からしっかり打てる技術が無ければ一寸の攻めも効かない。
形だけ真似て、足を出していても「何してんの?」と思われるだけ。


(点で打つと強度と冴えが出る)


(流れて打つと強度と冴えが出ない)


【感想・反省点】
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初心者指導については、前傾姿勢はかなり改善されたが、
手と足が一致しない。足が先で手が遅れるというパターンである。
手を変え注意点を変え指導するがなかなかタイミングが合わない。
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(右足を出し振りかぶり、右足出しながら打ち込む練習)


(前傾姿勢はかなり改善されたが、手と足が一致しない)

剣道の難しいのは、この「打ち込み」であると思う。
これが出来ないまま次に進むと変なクセがついてずっと悩むことになる。
ここは時間を取ってしっかり指導したいと考えている。

ある程度出来るようになったので、こちらが面を着用して打たせてみたら、
まったく打てなくなった。「うまく打とう」という意識が働くせいかも知れない。
続いて切り返しを教えようとしたが今回はまだ無理である。

このように試行錯誤しながら、
適切な指導方法について(毎日のように)悩んでいる次第である。

来週もがんばるぞ!
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長正館定例剣道稽古(2018年10月10日)

2018年10月11日 | 剣道・剣術
大阪市東住吉区の矢田中学校の体育館で19時半から。
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【長正館練習生募集中】
初心者、経験者を問わず練習生募集中。
レベルに応じて個別指導を行います。
詳しくは長正館ホームページまで。
http://www.doujyo.net/choseikan/kendo-nyuukan.htm
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七段3名、六段2名、五段2名、四段1名、三段1名、二段1名、
子供2名(うち初心者1名)の合計12名。

いつもと同じく準備運動、素振り、礼をして基本稽古、自由稽古、21時終了。
気温は低いがそこそこ湿度があったので厳しい稽古だった。
しかし休憩は自由。無理の無い稽古が長正館の特徴でもある。
初心者の指導は、手の空いた者が打ち込み中心の指導稽古とした。


(いつも通り準備運動から始まる)


(基本稽古は回り稽古方式)


(その間に井上館長は初心者指導を行う)


(C六段とH尾二段)


(K野三段とH井七段)


(C六段とK川四段)


(TちゃんとF六段)


(F六段とT中君、F六段は子供の面倒見が良い)


(手前はH尾二段とH井七段、奥は井上館長とK芦五段)


(C六段と井上館長)


(最後は掛かった先生方に寸評を受ける)


(F六段とぶつかって出血した右足中指)


【感想・反省点】

面が得意なF六段には何度も面を打とうと試みたが打てない。
私より身長が高いF六段は、私が間合いに入る前に面に跳んでくる。
相面で上に乗る事も出来ない。いわゆるガチャンコになるのである。
少し遅らせて裏から面を打つことは出来るがオジンくさくなる。
返し胴もまたしかり。だから何とか面で仕留めたい。研究中の課題である。

14日に五段審査を控えたK川五段には肩残心のやり方を教えた。
すれ違いざまに相手を目の端に捉えつつ右足中心にくるっと回るのである。
ともかく相手より早く次の準備が終っていることが審査では重要である。
がんばって欲しい。

右足で蹴り癖のあるK芦五段には、
体軸を垂直に立てたままコンパスのように足を出し、
そこから左足で押し出して右足を踏み出す矯正方法を教えた。
自分の間違いを認めて素直に努力し続けることだ。
教えたことは忘れないで続けて欲しいと願う。
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旭日旗マグカップを買った(2018年10月9日)

2018年10月10日 | つれづれ
隣国が何と言おうが旭日旗が好きである。
父が海軍中尉だったことも関係があるのかも知れない。

だいたい隣国と戦争をした歴史は無いのだ。
一緒に戦っておいて何をかいわんやである。

舞鶴に行って、改めて旭日旗に惚れ直した。
日章旗(日の丸)といい旭日旗といい、これほどすばらしいデザインは無い。
舞鶴で日の丸のマグカップが無いかと探したが売ってなかった。
「無いのなら100個ほど作って自分の店(とんぼ堂)で売ろうかな?」と思っていた。

自宅に戻り、ネットで探したら幸いに売っていた。
考えていたデザインと少し異なりカップも少し大きいが概ね満足している。


(「旭日旗マグカップ」1,580円、配送料360円、合計1,940円)


(海上自衛隊の軍艦旗掲揚)
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夜空を写した(2018年10月8日)

2018年10月09日 | 写真
昼間にクレーム処理と出荷の段取りをやっていたら、
ある剣友会のサイトの更新作業をする時間が無くなってしまった。

堺は金岡の誠心館様
http://www.doujyo.net/seishinkan/

こういう時はあきらめて事務所に泊まって深夜に作業をする。
深夜の作業は邪魔が入らず慣れれば効率が良い。
猫に会えないのだけが寂しいのだが・・・

食事をするために外に出たら秋の夜空にうろこ雲。
持っていたカメラで撮影してみた。
手持ち撮影なので若干手ぶれしている。
夜空と言っても午後6時ぐらいだから真っ暗ではない。

(SONY NEX-C3 f/3.5 0.8秒 ISO-1600 18mm)
(コントラスト、エッジ強調)


(事務所の前から夜空を写す)


(少しUPで、事務所の前から夜空を写す)


(中部緑地にて)


(これはオマケのみーちゃん、10月7日撮影 f/4 1/125秒 ISO-1600 24mm)
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舞鶴一泊旅行(2018年10月6日~7日)

2018年10月08日 | つれづれ
毎年この時期は一泊旅行をすることに決めている。
結婚記念日が10月3日、家内の誕生日が10月5日だからだ。
日頃、家内には無償で働いて貰っているのでその償いの意味もある。

舞鶴までは木津から高速に乗れば2時間で行ける。
今回は以前からゆっくり見たかった海上自衛隊を堪能するのだ。
台風が来ていたが、さほどの雨や風ではなかった。
湾内の遊覧船が運休だったのが残念である。
ともかく歩きに歩いた。桟橋を行ったりきたり。

台風が過ぎたのに翌日は天気が悪かった。
海上自衛隊舞鶴航空基地にも行ったのだが見学は14時からだと言われてあきらめ、
赤レンガ倉庫に寄って土産だけ買ってすぐ帰ってきた。
家には早く帰れたが、妙に疲れていて夜の稽古はサボってしまった。


(駐車場に車を停めたら、真直ぐ桟橋まで駆け足である)


(だがしかし、台風による天候不良のため運休だった)


(赤れんが博物館での鏡越しの撮影)


(昼食は定番の「海軍カツカレー」だ)


(アドミラル東郷のビールも買った)


(秋が近づく赤れんが倉庫)


(晴れ間をねらって撮影)


(多用途支援艦「ひうち」12.7mmM2機関銃用の銃架が艦橋上にあるのが確認できた)


(ミサイル艇「うみたか」、後ろは護衛艦「あさぎり」)


(護衛艦「ひゅうが」の艦橋)


(護衛艦「ひゅうが」の旭日旗)


(護衛艦「まつゆき」の旭日旗)


(対岸に係留されている護衛艦「せんだい」、小型ながら実用的な地方隊のワークホースである)


(護衛艦「あたご」)


(護衛艦「ひゅうが」、手前は補給艦「ましゅう」)


(補給艦「ましゅう」の浮体式防舷材だけが頑丈なタイプだった)


(舞鶴水中処分隊の水中処分母船)


(足を伸ばして「海軍記念館」にも行った)


(海軍記念館の講堂)


(講堂の端から全体を写す)


(さらに足を伸ばして「舞鶴引揚記念館」にも行った)


(上の写真と山並みが同じ、舞鶴引揚記念館の展望デッキの上で)


(宿泊は宮津のホテル)


(夕焼けがきれいだった)


(夕食はディナーバイキングと飲み放題プラン、案の定、飲み過ぎてしまった)
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No.28(昭和61年8月27日)吉田先生が長井に対して

2018年10月07日 | 長井長正範士の遺文


○吉田先生が長井に対して
長井がいろいろな悩みを気がねして私のところへ来るが、
わたしは道を大切にするから邪魔くさいと思った事はない。
長井も迷惑をかけやしないかと気をつかう心配いらぬ。それは個人の問題である。
だから道を求めて来たら、それを導く人間も共に道を歩むんだ。
如何にして正しい道を民族に教えてゆくか、
流儀は正しく後輩に流して伝え残してゆかなけれなならない責任がある。
と、誠に有難き哉。

○昔の級と今の段。( )内が今の級・段。
七級 白紐
六級 上(二級) 中(三級) 下(四級) 白と青のまんだら紐
五級 上(二段) 中(初段) 下(一級) 青紐
四級 上     中     下(三段) 茶紐

吉田誠宏先生、二十才の時(明治四十二年~三年)は六級の上(今の二級)であった。
堀正平(1888年・明治21年12月2日~1963年・昭和38年12月27日、範士九段)先生は
四級の下(今の三段)であった。

その夏、武者修行をされ、信州で四十余名けいこされた。
五級の下(今の一級)になれば月謝として一年に一円貰えた。
六級の上では、けいこに行っても上座にすわれないのであった。
何とかして五級の下(一級)にと思い、死ぬ思いでけいこされ、
秋には五級の下になられた。ちなみに当時四級の下(三段)で卒業であった。

宮崎茂三郎(1892年・明治25年~1972年・昭和47年、大日本武徳会剣道範士)先生は
伊勢から京都へ来て、半年経って五級の下(一級)になった。吉田先生の二年後輩である。
宮崎先生は背丈大きく、わざも大きいから、またたく間に上達された。

持田盛二(1885年・明治18年1月26日~1974年・昭和49年2月9日、範士十段)先生は
養成所に入られて一ヶ月目に試験を受けられ五級の下になられた。

これから考えて見ると、
死んだ和崎君は今の七段は昔の三段ないかも知れぬと言った、とは
吉田先生のお言葉である。
(註:三重の宮崎茂三郎先生が武徳会へ来られたのは十八才であった)

○武者修業者の待遇に三段階あった(明治末期~大正)
1.めし 稽古して飯だけ食わして貰うだけで帰された。(今の五段ぐらい迄の人)
2.わらじ銭 当時五十銭ぐらい。(今の七段ぐらい)
3.酒肴料 当時一円ぐらい。
当時、米が一石十円ぐらいだったから、八千円~一万円ぐらいである。
(これは今の八段以上範士級であったと言う)

この項終り
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No.27(昭和61年8月25日)文武両道について

2018年10月06日 | 長井長正範士の遺文


○文武両道について。
文を学ぶのには先ず片仮名から始め、ひらがな、
そして、やさしい漢字から次第に字画の多い字を学ぶのである。
そして毛筆の書き方の基本を総合した「永」を学んでゆくのである。

そうして漢字をおぼえてゆくのにも、書く順序を名称づけ、呼称し乍らおぼえてゆく。
このように文武両道というからには武も亦、文と同じように基本から、
いちいち名称づけて教えてゆかねばならない。果して文のように教えているだろうか。
大半は自分の浅い経験だけで自分勝手な考えで教えている。
これでは文武両道とは言えない。
故に剣道も亦、文と同じように指導の段階を考ゆかなければならない。
即ち基本を一歩一歩踏んでゆくのである。
剣道即学問と考えていって、文武両道という限りには両道が平行してゆかなければならない。
従って剣道にも文学のように段階を踏んでゆかなければならない。

○剣道も時代と共に伸びなければならない。
昔、宮本武蔵は六十才過ぎたら剣道をせずに山に篭った。
このような時代は刀を二本差し、わらじで歩いた侍達の時代であるから、
体力も消耗していたから、六十才で剣を握らない時代であるとするなら、
今の時代で言えば八十才に相当すると思う。
何もかも発達しているからである。
故に八十才ぐらいまでは剣道出来なくてはならない。
即ちワラジ時代と自動車時代の差があるのだから、
剣道も時代的に伸びてゆかなければならない。
剣道の無形の精神力、偉大さを知らなければならない。

○吉田誠宏先生が三十五才の時、精神的に苦しまれた話。
それは「剣禅一如」は剣と禅が同じというのか、
そこに連絡があるのならどこに基点を持ってゆくのかということである。
南天老師の所へゆき、半年ほど苦しまれた。
南天老師(南天棒=中原鄧州・なかはらとうしゅう)は
鐘を六回叩かれたがどうしても判らない。
南天老師は心配されて「吉田さん、あんた剣道をやめなさい」と言われた。
それから吉田先生は三年苦しまれたのである。

そして或る日、電車を降りてハッと気がつかれた。
それですぐさま老師の所に行って「三年経ってようやく判りました。
鐘が鳴るのか撞木が鳴るのか、これでは禅が通らぬ。
「鐘と撞木との間が鳴るんだ」と悟られたのである。
剣道も、打つ人も打たれる人も、
間に音が生ずるものでなくてはいけないと悟られたのである。

私は現在七十一才、既に老境に入るも
三十五才の吉田先生の悟りのお話を承って恐懼再拝し、
身の遠く及ばざる我が未熟さを恥じたのである。

○吉田先生と西宮海晴寺へ行った時の話(おぼえがき)
乃木中佐と南天老師の話。
あんたは軍人だから百万の部下があり「さあ戦え」と言ったらどうするか?
乃木中佐は考えていると、南天老師は八帖の間を中佐に四つんばいにさせ、
馬乗りになって部屋を三回乗り回し言われるのに
「真剣とは身を捨ててこそ真剣味が判るんだ」と。
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足捌きからの打突(木曜会、2018年10月4日)

2018年10月05日 | 木曜会(四條畷)
四條畷市立四條畷西中学校の体育館。
体育館の建て替えが終り、やっと戻って来れた。
今年34回目。参加者30名ぐらい。

始まる前にK芦五段の足捌きを指導する。
K芦五段は面を打つときに右足を蹴り出してしまう。
踏み出す感じではなく膝(ひざ)を使って蹴り出しているのである。
いくら右足を速く蹴り出してもあまり意味はない。
打突の距離や速さは左足が生み出すからである。
「右足は左足で押し出すようにするんですよ」と教えるがうまくいかない。


(この足は踏み出しているのではなく蹴り出しているのである)

まあ、以上の話は余談。
別の機会に書くかもしれない。

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以下、木曜会。
先週に引続き、別枠で初心者のO野君の指導をおおせつかったので
聞き取れた部分のみ記す。

稽古は擦りかぶりの復習から始まった。
両手を高く上げて右足のつま先は床を滑らすように。
両足とも踵を付かない。左足のヒカガミは伸ばしたまま。

切り返しはきちんと正しく行うこと。
左の返しが不充分な人が多い。

しっかりした体幹の上で足を出さなければ剣道にならない。
必ず体幹を整えたところから打突すること。
イチ、ニ、サンの足捌き。イチ、ニィー、サンの足捌き。イーチ、ニ、サンの足捌き。
左右の足捌き(横の足捌き)も重要である。(島野大洋先生、松原輝幸先生の足捌き)
打つ時は右足スイッチを入れて打つ。

一つひとつの動きに意味が無くてはならない。
意味も無く、何となくフワフワしていては駄目。
ただ動いているのではなく、上を攻めたり、下を攻めたり、右を攻めて左に変わったり、
必ず次の技に繋がるような動きをしなければならない。

基本稽古だからと言って打ちっぱなしにしないこと。
肩残心、引き残心から、しっかり間合いを取って、相手より先に準備完了すること。
中途半端に竹刀が交わったところで残心を取ってはならない。
離れたところで残心を取るから相手を観察し優位に立てるのである。

出頭面は速く打とうとすればするほどガチャンコしてしまう。
相手の頭上に出来るだけ速く竹刀を持って行って上から下に打つこと。
応じ技は自分から攻めて打つこと。待っていての応じ技は決まらない。

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以下、1分半の地稽古にて

地稽古の中で究極の基本技を稽古しなくてはいけない。
打ちたい打たれたくないという気持ちが出て崩れてはならない。
構えた時には捨て身になっていること。打たれても良い。

特に小手を打ったあとに守りに入ってる者が多い。
試合をしているのではないので身を捨てて技を出すこと。


(新しく建て替えられた四條畷西中学校の体育館)


(しっかりした体幹から足捌きで攻めてからの打突の説明)


(足捌きを伴った攻めからの正面打ちの練習)


(初心者のO野君も面を着けての正面打ちをやらせてみた)


【感想・反省点】
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初心者指導は右腕を伸ばし打った時は右腕が床と平行になること。
前傾はしないで上体は起こしたまま打つこと。手と足の動きを一致させること。
すべてリズム良く行うこと。以上を重点指導した。
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初心者指導はどのへんを妥協点とするかで悩む。
素手、甲手を嵌めて、面を着けて・・、足だけ、手刀、エアー竹刀と、
何回も条件を変えながら正面打ちを教えるが、なかなか上手く出来るものではない。
何かが出来ると他の何かが出来なくなったりの連続である。

最初に書いたK芦五段の例でもそうだが、妙なクセがつくとなかなか直せない。
どのレベルで妥協して、次の指導(次は切り返し)に移るのか悩むところである。

最後の1分半の地稽古(六段以上と五段以下に別れて審査を意識した稽古)にだけ参加した。
六段1名、七段2名。いやいや、なかなか攻めが通じない。

左右前後の足捌き。どうやって入るか、どこまで入るか。
入ったあとのスイッチの入れ方など試していたら最後までドタバタしてしまった。
どうしても「打たれたくない」の気持ちが出てしまう。困ったものだ。
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長正館定例剣道稽古(2018年10月3日)

2018年10月04日 | 剣道・剣術
大阪市東住吉区の矢田中学校の体育館で19時半から。
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【長正館練習生募集中】
初心者、経験者を問わず練習生募集中。
レベルに応じて個別指導を行います。
詳しくは長正館ホームページまで。
http://www.doujyo.net/choseikan/kendo-nyuukan.htm
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F六段は仕事のため休み。
K林君は足の捻挫のためお休み。
定例稽古としてはH井七段が初参加。合計11名。

いつもと同じく準備運動。本日はH尾君が号令。
素振り、礼をして基本稽古、自由稽古、21時終了。


(準備運動は5人で始めた)


(切り返しと基本稽古)


(井上館長は初心者の指導)


(I口初段とK部五段)


(H尾二段とS口二段)


(K部五段とI口初段)


(井上館長にかかるK芦五段)


(K芦五段とH井七段)


(井上館長とH尾二段)


(S口二段とH井七段)


(手の空いた者は初心者の打ち込み稽古の指導に入る)


【感想・反省点】

途中で調子が悪くなった。
息があがってしまうのである。
よくよく考えてみれば二日酔いが残ったままである。
前日は別の剣友会の者としこたま難波で飲んだのだ。
生ビールジョッキ3杯、純米酒を2杯、ハイボールジョッキ3杯、
最後に生ビールジョッキ1杯を追加注文したような気もする。
どうも剣道の話題で酒を飲むと飲み過ぎるようだ。

本日の甲手は良いほうの甲手を使った。
H井七段との稽古のためである。
H井七段は先輩七段だが、出稽古なので私のほうが上に立たせてもらった。
さすが七段。縁を切らない良い稽古が出来たと思っている。

初心者には正面打ちを念入りにやらせている。
正面打ちがしっかり出来ていないのに面を着けて地稽古などさせると、
手足がバラバラで変なクセがついて、あとで直すに苦労するからである。

少年少女剣士募集のチラシは若干手直しした。
前のは「月館費:月1000円」を「館費は一ヶ月で1000円」とした。
まずは小学校に貼らせてもらってみるつもりだ。

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No.26(昭和61年7月20日)大道連講習

2018年10月03日 | 長井長正範士の遺文


(昭和61年7月20日13:30より)大道連講習 講師 長井長正 於長正館

○日本の国体を離れての剣道はない
剣道は日本民族の最も大切な教育であり、人類の愛を根源にしたものである。
之が為、剣道自体が修養に適した剣道でなければならない。
従って剣道を修養する者は剣によって、理に叶った正しさを表現しなくてはならない。
そして正しい心を養うために平素から道徳心を身につけるよう努め、剣をもって心を求め、
心をもって道を求めてゆく心がけで、不断の修錬をし、
誰からも信頼されるような立派な人柄の社会人になることが剣道の本質である。

○剣道は己れを守るためにやる
今の剣道は守りを知らない。即ち間合をはずすことを知らない。
間合によって気のつめ方をおぼえるのである。
一歩進んだら一歩退くことを教える。こうすることにより鍔ぜり合いが無くなる。
今は打つことばかり考えて、引くことを知らない。

私は剣道は藝術也と前に述べたが、藝術は天地の総合したものであり、
陰と陽との二つから成っている。故にこの二つの調子が狂うと藝術(剣道)とは言われない。
昔、命をかけて作った形にはすべて己れを守り、生き残るためのもの、
この古流の形にはすべて陰陽の理合が整然と備わっている。是非とも古流をやって頂きたい。

古流を知らずして、ただ前へ攻めて打つことばかり考えて、
あとえ間合をとることを知らない人の剣道は本物ではない。間抜けの剣道である。
前へ陽に、後ろに陰に、攻防のバランスのとれた剣道は本物である。

このように剣道で一番大切なことは間合をとることである。
ついでに述べておくが、古流の形は心が動揺しないため、肝を錬るためにやった。
然も理に叶っている。よく言う不動の精神のことだが、
磐石の精神とは違うと言うことをはっきりと認識しておいて貰いたい。

磐石の精神だけではいけない余裕のある精神がなければならない。
その点、不動の精神は一刀流で教えている敵に従うの勝、応変自在等、
相手の意に即し乍ら勝つ、即ち相手の動きに動じ乍ら動じてない。

位われ上位に在りという精神が最高の不動の精神である。
この精神があればこそ、静から動、動から静と自然に移り変るのである。
稽古で自分が打ち間に入った瞬間が勝負だから(打ちに入った時は相手も打つ間だから)
入った時の瞬間の理念を確立する。

即ち、仁義礼智信の五常の精神を確立するのが剣道の最高の姿である。
(打ち間に入った時の理念は、恩師吉田誠宏先生の教え也)

○腰の入れ方について
腹の皮の中側に、中の皮を押し出すように力を入れる。
腹は左拳、剣先の力を一致しなければならない。
腰の力は両方のつがいと臍下の三角形の総合の力である。
このように腰の中の肉を中心に考えねばならない。

蹲踞から立ち上がる時は足腰に力を入れてゆっくり立つこと。
それから剣道が始まるのである。

腹腰を中心とした自然体、これが正しい剣道の姿勢である。
顎が出ると腰に力が入らない。又、手元の堅い者は腰に力が入ってない証拠である。
腰に力が入っておらないと上達しない。
面を打つ時、左足にぐっと力を入れると左足の内ももに力が入る。
この内ももの力の入れ方が得られれば腰が座るのである。

(以下、別紙)

○正しい食生活について(元農学校教諭として)
正しい食生活をして、綺麗な血液を保つこと。
これがしっかりした肉体を作ることになる。
そこで大切な食生活でナトリウムとカリウムのことについて書いておきたい。
(本来は金属元素の一つである)

Na ナトリウム(+)(左回りの渦巻き)
人参等の根菜類の根。魚、肉、海草類。食べすぎると血液が汚れ頭に昇る。
血液を濃くする→体を温める→肉体をひきしめる→肉体のしまった病気→脳溢血、心筋梗塞
ナトリウムは比重は水より小、銀白色でやわらかい、トンネルの灯など

K カリウム(-)(右回りの渦巻き)
緑の濃い野菜。夏の作物、トマト、胡瓜等。
血を薄くする→体を冷やす→肉体をゆるめる→肉体のゆるんだ病気→癌
(毎日出来ているが、白血球が働いて免疫力で殺している)・糖尿病

カリウムは銀白色で酸化し易い。水に入れると水素を発生し、
淡紫色の炎をあげて水面を走る。ガラス、石けんの原料

我々の人生は(+)から(-)への旅路である。
赤ちゃん(+)から成人してゆき(-)で死んでゆく。
幸いにも日本には春夏秋冬の四季があり、
夏は(-)で体を冷やし、冬は(+)で体を温め、バランスをとっている。
これを中和するのが穀物なのである。
食で大切なのは生きた丸ごと生命を頂く、これが大切。
長生きする人は副食に海草類、人参、南瓜、骨つき小魚を常食とし、バランスよく食べている。

穀物→五穀(米、麦、あわ、きび、大豆)
穀物(根葉、葉菜、海草、果物)四対(魚、肉)二が大切。
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少年少女剣士募集チラシを作ってみた

2018年10月02日 | 剣道・剣術


剣道素材のとんぼ堂というサイトを作ったのは16年前の事である。
最終更新日が2010年8月9日なので、もう放置状態のサイトだ。
カウンターも壊れてしまっているようだ。

剣道素材のとんぼ堂
http://www.tombodo.com/



このサイトはイラストを描くのが上手な剣士と一緒に、
剣道の募集用のポスターやホームページなどで使ってもらえたらと、
ヒマを見つけてはせっせと画像をUPしたサイトである。

長正館は昨年7月に道場が閉館して体育館で稽古をするようになった。
当初は子供の募集などせず、大人の稽古会でいいやと思っていたが、
ちらほらと新規に子供たちが入館するようになって気を改めた。

そうだ、募集しよう!

で、昨夜、仕事が終ってから、
ちょこちょこと作業して募集用のチラシ見本を作った次第である。
イラストはもちろん「剣道素材のとんぼ堂」である。

明日の長正館の稽古で皆に見てもらい、
内容と展示、配布方法を相談しようと思っている。

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No.25(昭和61年2月6日)一歩十歩ということ

2018年10月01日 | 長井長正範士の遺文


○一歩十歩ということ(吉田誠宏先生よりご指導頂く)
これは本当の切り返しはこうでなければならないと言うことを一歩十歩で示された。

実施の大要

元太刀)正面を打たす。
仕太刀)一足一刀の間合から正面を打って出る。

元太刀)約十歩あとへさがる。
仕太刀)仕太刀の竹刀のもの打ちが、元太刀の頭上にあるよう、元太刀のさがる度合いに応じて前に進む(この際、自分の調子で進み過ぎ、元太刀に接触したり腰がひけ、もたれぬように)

元太刀)そこから前に進み乍ら切り返しを受ける。
仕太刀)後へさがり乍ら右から(元太刀の左面から)九本切り返しを行う。

元太刀)九本うけて正眼に構え、正面を打たせ、又十歩後へさがる。
仕太刀)一歩引いて正眼に構え、一足一刀の正面打ちをし、最初と同様前に進む。

以下同然、これを繰り返す。          

○これを一歩十歩と言う。

留意事項

1.元太刀があとへ十歩さがるのだから、仕太刀を道場の中央よりあとへさがらし、自分も前の方へ進んで構え、後ろを充分あけるようにする(狭い道場では余計間積りを考えてやること)

2.切り返しは後ろへさがり乍ら行うところに意義がある。打ち込みげいことは反対である。その目的とするところは全然違うのであって、これを混同してはならない。(打ち込みとは前へ前へとどんどん打ち入り込むの意味で、あとへさがって打たないのである)即ち切り返しは、後へさがって(左腰からさがり=左右伴う)左右面を切り返し打つのである。(手と足とが一致すること)このように左腰を鍛えるためにやるのが重要なポイントであることを忘れてはならない。勿論、切り返しの習得のねらいは、構え(姿勢)、刃筋、手の内、間合のとり方、呼吸法をおぼえ、又旺盛なる気力、体力を養い、「気剣体一致」打ちにあることは言うまでもない。

3.次に重要な仕太刀の動作において忘れてならないのが肩は上下、手(手の内)は左右の運動をするのであると言うことである。即ち竹刀を振りかぶった時は肩はあがるが、打った時は肩を下げなければならない。肩があがったまま打つのは、肩に力が入って本当の打ちが出来ないのである。この肩の上下運動と手の(手の内)左右の運動を同時に行うところに切り返しの大切さがある。特に左手握りは己の中心をはずさぬように手首のかえりを重要視している。(剣道で左足と左手は自分を守る大切な手足であるからである。)

4.尚、元太刀の受け方は正眼の構えから竹刀を稍々(やや)立てて、左の鎬、右の鎬と受けるのであるが、相手の力量の度合に応じて呼吸を合わせ、浮けた瞬間の力を竹刀を通じ、わが手の内に感じとり応じてやる、所謂二八の十、五五の十の教えの通り、或いは切って返す相手の竹刀を返しやすいように稍々すりあげ気味に受けるとか、稍々切り落とす手の内で受ける等、すべて相手に応ずる気持ちが大切である。

尚、元太刀が受ける場合、左拳は絶対自分の中心より左右にはずさぬように。
これが最も大切なことである。
理由:剣道で人間形成を重きにおいているなら元太刀と雖(いえど)も己の修養を忘れてはならない。教えてやる、受けてやると言ったような考えでは修養にならない。この時こそ左手を中心にして受けることを天から与えられた好機会と感謝し、これを実行し体得する心構えこそ人間形成への道ではなかろうか。

この項終り

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【粕井注記】

一歩十歩の切り返しは、言ってみれば、大きな面への打ち込み(一歩)と、
その距離に応じた、下がりながらの左右面(十歩)と考えられます。
残念ながら、私が長正館に入館した平成10年には行われていませんでした。

昔は道場ごとに切り返しの方法が違っていましたが、時代の流れで
全剣連の統一した切り返しに従うようになったと推測する次第です。

しかしながら「左拳は絶対自分の中心より左右にはずさぬように」という
長井長正先生の教えは長正館の伝統として守っていこうと思っております。


以下、参考記事

切り返しを受ける際の足捌きについての考察(2018年7月27日)
https://blog.goo.ne.jp/kendokun/d/20180728
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