渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う(パンセ) 渓流詩人の徒然日記 ~since May, 2003~

映画『ウインディー』(1984)の謎

2021年05月24日 | open



映画『ウインディー』(1984)
の謎。
本作は邦題も洋題も「ウイン
ディー」である。
なのに、なぜ、最初のオープ
ニングでこの題名テロップが
出てくるのか。
謎。

似たようなことに、大林宣彦
監督のオートバイが重要な物
として扱われた映画『彼のオ
ートバイ.彼女の島』(1986)が
ある。
あれは片岡義男の原作小説で
は『彼のオートバイ、彼女の
島』なのだ。
映画のDVDなどでは、『彼の
オートバイ 彼女の島』とな
っている。
しかし、映画本編では『彼の
オートバイ.彼女の島』なの
だ。
原作、映画本編、メディア
製品で題名がそれぞれ異なる
のである。

こうしたことはさしたること
ではないように思うフシもあ
るだろうが、文学作品などで
は、こうした混迷はあり得な
い。あってはならない。
特に詩などは、一言一句、改
行位置に至るまで改変してし
まっては作品として成立しな
くなるので、校閲は慎重の上
に慎重を期する。
他の小説作品なども同様だ。
高橋源一郎の小説などは、印
刷物となった後の視覚効果ま
で狙って、句読点や改行を配
している。校閲が勝手に字面
を改変したら、作品そのもの
が成立しなくなる。

原作者の表記を作者に許可な
く改変してはなら
ない。それは、句読点に至る
までだ。
文芸作品における文章表現は
広告チラシの文言ではないの
で、一言一句すべてが「作品」
を構成しているからだ。
また、法律文書もそうで、一
字たりとも違う文字が使われ
ていたら、許認可や登記関係
書類は受理されない。法律文
書は「形式主義」(法律用語)
だからである。
目的は異なるが、法律文書と
文芸作品において表記に厳格
性を要するという要件に違い
は無い。

それにしても、この84年の
映画『ウインディー』のオー
プニングの題名テロップは謎だ。
私は公開時に映画館に観に行っ
た。
パンフレットもチラシも持って
いるが、それについての説明は
無い。
37年後の今も謎である。


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