少女は大声で泣き叫び、両親のところにもどろうとするが、
ドイツ兵は少女の首を掴んで、
「ジャマなガキだ、手間をかけるな。」
と怒声とともに、少女のからだを放り投げた。
投げ飛ばされた少女の目の前で、鉄の扉は鈍い音を立て閉まっていく、
地べたを這ってガス室へ入ろうとする少女を、
「ガチャン!」と鍵のかかる音がして鉄の扉が遮断した。
それっきり少女は、愛する両親と永遠に引き離されたのだ。
やがて任務を終えたドイツ兵は立ち去った。
かれらは次の任務のために、少女のことなど忘れ去っていた。
少女の名前は、両親とともにガス室で殺された人の中にはいっていたので、
生存者名簿からはずされた。
その結果少女は、この世からもあの世からも抹消され、
惨めな身になって、ひとり残されたのだ。
ロスは少女の話を聞いて、このいたいけな少女が哀れでならなかった。
「神よ、もしおわすのであれば、なぜこの子に、
これほどむごい試練をお与えになるのですか。」
天を仰いで訴えたい気持ちであった。
少女は女のロスが見てもハッとするほど美しかった。その美しさがよけい
少女を痛々しく見せた。
「それで、あなた、いままでどうしていたの。」
少女にはなまじっかな同情など、言葉にだせなかった。
どうやって生きてきたのか、と訊くのがやっとだった。
少女はロスがドイツ人でなく、スイスから来た医学生と知って安心したようだ。ロスの問いに答え話を続けた。
それからの少女は、だだっ広い収容所の片隅に、ドイツ兵に見つからない
よう、自分がやっと入れる穴を掘ってそこに隠れた。
昼間はドイツ兵に見つかるので、夜、見廻りの兵隊が去るのを確かめて穴
を出た。食料を探すためだ。
草の根や昆虫が食べ物で、何もないときは積もった雪を口に入れて、
飢えをしのいだこともあった。
続く