叙事詩 人間賛歌

想像もできない力を持つ生命の素晴らしさを綴っています !

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「目覚める人・日蓮の弟子たち」 五十

2010年11月08日 | 小説「目覚める人」

 法華経の行者 二十四 

 香は板戸を自分であけると走りながら土間に入って来た。囲炉裏の
側にいる小源太を見つけると、

 「あっ、ととさまがおいでじゃ、お魚がいっぱいとれたのよ。
ととさまにも見せてあける、早く来て。」と弾んだ声で言った。

 「まあ香、こんなに長い間外にいて、寒くはなかったの。」

とりょうが乱れた髪を手で直しながら言った。

 「寒くなんかなかったわ。ととさま、早く来て。」

香はせかすように言った。小源太がどれどれと言いながら土間に行く
と、じいやの仙三がおおきな籠を重そうに持って入って来た。

 「これは御前さま、おいででございましたか。」仙三は丁寧に頭を
下げた。

じいやの仙三は、りょうの父親六助が生きていた頃郎党で奉公してい
たが、りょうがこの家に引っ越した折に一緒に来てそのまま長屋に住
んでいたのだ。

 「仙三か、達者そうだが寒い時ゆえ、体には気をつけるのだぞ。」

小源太が言うと仙三は、はい、ありがとうございます、と言いながら
籠を傾けて中を見せた。籠の中には鮒やら海老に混じって大きなウナ
ギが白い腹をみせて何匹ももつれあって動いていた。仙三は重そうに
どさりと籠を土間に降ろした。

 「これはずいぶん捕れたものだな、仙三、いつもこんなにたくさん
捕れるのか。」

 「はい御前、この頃は仕掛けをしておきますとずいぶんたくさん捕
れます。凶作続きで人間さまが飢えているせいか、ウナギめも餌に飢
えているようですぐにかかります」

続く


「目覚める人・日蓮の弟子たち」四十九

2010年11月01日 | 小説「目覚める人」

 法華経の行者 二十三     

 「ほほう、それでまた出てきたかな、」

 「いいえ、それがモグラのほうがこわがってどこかに逃げたみたい
です。それからは一度も出てきませんから。」

「モグラのほうがこわがったか、ワッハッハ..」小源太は愉快そうに
笑った。

「とのに似て気の強いお子です。」

「それはりょう、わしに似ているのではないぞ、そなただってずいぶ
ん気の強いところがあるではないか。」

小源太に言われてりょうはパッと顔を赤くした。このあいだの夜のこ
とをとのは言われているのだ。先日一緒に過ごした夜のことを思い出
してりょうは恥ずかしかったのだ。
顔を赤くしたのを小源太に見られないために、りょうがそっと立ち上
がろうとするのを小源太が腕を伸ばしてグィと止めた。そのまま肩を
抱かれてりょうは小源太の膝の上に倒された。

「まあとの、外はまだ明るいのに、」とりょうは小声で言った。

「りょう、本番は暗くなってから致すとして、早駆けじゃ。」

 と言いながら帯をゆるめた小源太の手がりょうの着物の裾をまくっ
た。むきだしになったりょうの白い下半身が囲炉裏の火を映して赤く
染まった。

 「とのったら..」

明るい外の周りを気にしていたりょうの両腕が、やがて小源太の背中
を強く抱きしめた。

江ノ島の上にあった太陽がやや西のほうに移ったころ、香ははしやい
で帰ってきた。

「ははさま、お魚がたくさんとれたのよ、じいや、早くははさまに見
せてあげて」

続く  

 

   
 


「目覚める人・日蓮の弟子たち」 四十八

2010年10月29日 | 小説「目覚める人」

 法華経の行者 二十二

「見つけるのが早かったので命に別状ないが、この寒空に濡れた着物
では生きたここちもしないだろうと、彦四郎の家に連れていって手当
てをするようにしたのだ。今頃は暖かいものを着て生き返った思いで
いるだろう。」

「との、それは善いことをなさいました。そのかたも殿のような人に
見つけられて本当に幸せなかたです。」

「その女が幸せかどうかはこれから決まることだが。」

と言って小源太は口をつぐんだ。彦四郎の話では、女はいくえが分か
らなかった りょうの母親だと言っていたが、今それを自分の口から
言ったのではりょうが肩身の狭い思いをするだろう。
 なにか深いわけがありそうだし、よく事情を確かめたうえで彦四郎
の口からりょうに伝えてやろう。と考えていたのだ。

「ところで香が見えないが、とちらか参ったのか。」小源太は話題を
かえて聞いた。 
    
「はい、じいやがウナギ捕りの仕掛けをあげるのを手伝うと言って、
一緒に行きました。」

「ウナギ捕りか、男の子が興味をもつものだが。」

「はい、あの子は男勝りのところがありまして、このあいだもこんな
ことがありましたのよ。庭にモグラがいるとみえて時々地面が掘れて
モグラの作った穴があるのです。
香が棒でモグラの穴をつついて遊んでいたら、いきなりモグラがとび
出して大騒ぎしたことがあったのです。」

「ほう、香は驚いただろう。それにこりてもうそんないたずらはして
いないだろうな。」

「それが殿、そのときは香もびっくりしていたようですが、面白がっ
てまた毎日、棒でモグラの穴をつついていますよ。」

続く

  


「目覚める人・日蓮の弟子たち」 四十七

2010年10月23日 | 小説「目覚める人」

 法華経の行者 二十一

 冬の日は低く、江ノ島の上にあったが香たちはまだ帰ってくる気配
がなかった。
  
 <今日はたくさん捕れたので、またじいやが明日の仕掛けをしてい
るのだろう>

と思いながら、りょうが外の方を見た時だった。こちらに向かってく
る馬の足音が聞こえた。

 <こちらに近づいて来るのはとのだろうか。でも馬の足音は一頭の
ようだから、とのではなく、彦四郎どのかもしれない>

りょうが外を窺っていると、馬の足音に驚いたのか庭の木に止まって
いたひよどりが二羽急に飛び立った。ギャ、ギャッ、というひよどり
の鳴き声が暫く聞こえている内に、馬の足音が家の前で止まった。

「りょういるか、りょう、」小源太の大きな声が聞こえた。

「あっ、とのだ、」

りょうは急いで立ち上がると、土間に降りて家の外に飛び出した。

「りょう、すまんが着物を出してくれ。この通りぬれねずみだ。」

「まあとの、お召し物が濡れて、海にでもお入りになったのですか。」

「この寒いのに海遊びもないだろう。訳は後で話すからとにかく着物
を出してくれ、風邪をひきそうだ。」

小源太は土間で海水で濡れた袴を脱いだ。そのまま居間に上がって囲
炉裏の側に腰を下ろすと、冷えた足を暖めた。

「この寒いのに海に入って、自殺しようとしていた女を助けたのだ。
おかげでずぶ濡れになってしまった。」

小源太はりょうが囲炉裏の火で暖めてくれた着物に着替えながら言っ
た。

「まあ自殺、それでその女の人は助かったのですか。」

りょうが目を見張って聞いた。

続く  


「目覚める人・日蓮の弟子たち」四十六

2010年10月06日 | 小説「目覚める人」

 法華経の行者 二十

「なに、わしの側にいたいと、」

小源太はりょうの心が分からなくて、彼女の目を見ながら訊いた。

    「はい。」

正面から見返したりょうの目に光るものがあった。りょうはそのまま
訴えるような目で小源太を見た。暫く無言でいた小源太はりょうの側
に来ると、彼女の肩を引き寄せた。
崩れるりょうの体を、膝の上に抱き上げると仰向けになったりょうの
顔に、自分の顔を近づけた。

薄い着物の上から、小源太の手で乳房を触られるとりょうは、ビクッ
と体を震わせた。口をあけ熱い息をだしあえいでいるりょうの口を小
源太の口がふさいだ。

 との、と言ったが言葉にならなかった。

張りつめたりょうの乳首を、胸元からすべりこんだ小源太の手が掴む
と、りょうは体をそらし小源太の膝からすべり落ちると、畳の上に仰
向けになった。
着物の裾を開いて熱いものであふれているところを、指で触られると
りょうは夢中で小源太にしがみついた。

そのことがあってから、数年が経った。子を身ごもったりょうのため
に小源太は名越領内にある民家を手に入れて住まわせていたのだ。
    
 生まれたのは女の子だった。香と名付けた子供は成長するにつれ男
の子みたいに活発な子に育っていった。香は、四十歳を過ぎてできた
小源太の最後の子だったのである。
りょうは女の子でよかったと思った。もし男の子だったら、否応なし
に武士の子として育てられただろう。
娘は武家にはいかせたくない、というりょうの希望どおり香は町家の
娘として育っていたのである。

続く

     


「目覚める人・日蓮の弟子たち」 四十五

2010年10月01日 | 小説「目覚める人」

 法華経の行者 十九

 ある日の夕方、りょうは小源太に呼ばれた。

「りょう、話がある。こちらに来てくれ。」小源太はりょうを近くに
招いた。

「北条家家中の本田景近の二男で、景次という者がいるが、そなたの
婿にして小岩家を継がせたいと思っている。人を介して先方に当たっ
てみたが、先方は乗り気なようなので、そなたの考えを聞きたいの
だ。どうだろうか」

小源太はりょうにたずねた。二十歳になっていたりょうは、いつ結婚
してもよい年頃で当時としては、むしろ遅すぎるほどだった。
小源太はりょうが喜んで承知するものと思っていたが、りょうの口か
ら出たのは意外な言葉だった。

「私は、お武家さまと結婚するのは嫌でございます」

「ほう、武家が嫌とは町家にでも嫁したいと申すか」

小源太が怪訝そうに聞くのに、りょうは、

「いいえ、そうではありません。できればこのままとののお側でお仕
えしたいのです」

りょうは、小源太の身の回りの世話をしながら、行儀作法を学んでい
た。肉親の愛情に飢えていたりょうに、小源太の人を思いやる態度と
優しさが、彼女の中に恋心を生んだのだ。身分が違えば違うほど彼女
の中の秘めた思いは大きくなっていった。

続く

     


「目覚める人・日蓮の弟子たち」 四十四

2010年09月28日 | 小説「目覚める人」

 法華経行者 十八

 梅は、りょうが足音をたてて外に飛び出す音で気がついた。自分の
上に重なったままだった男の体をはねのけると、急いで着物をきて表
の戸口まで来たが、もうりょうの姿は見えなかった。かりに娘がいて
も言い訳のできることではなかった。

 <取り返しのつかないことになった>

梅は悔やんだが後の祭りだった。屋敷に出入りしていた、こうがい屋
の男とねんごろな仲になっていた梅はその日、男が来るのがいつもよ
り遅かったので、娘が帰ってくるかもしれないと恐れていた。
それとなく外に気を使っていたが、男の動きに応じているうちに、夢
中になっていつの間にか忘れてしまっていたのだ。

 <夫の六助に知れたら、どんな目にあうか分からない。殺されるか
もしれない>
梅は恐れた。梅が家を出たのは、その次の日だった。それ以来生きて
いるのか死んでいるのか皆目分からない月日が過ぎてもう十年近くが
経っていた。窮屈な武家の生活が性に合わないようだったが、母の梅
は色の白いきれいな女だった。
   
 <あのとき自分が見ていなかったら、母も家を出て行くこともなか
っただろう>

りょうはそのことが、母を思い出す度に悔やまれた。生きていればも
う四十五歳になる。どこかで生きていてくれればよいが、父親も戦で
亡くなりひとりぼっちになったりょうは、祈るような気持ちでいたの
である。

父親も亡くしこれという身寄りも無かったりょうは、主家の小源太の
館に引き取られた。いずれしかるべき男を婿にして、小岩家を再興さ
せたいという小源太の思いやりだったのである。

続く

 


「目覚める人・日蓮の弟子たち」四十三

2010年09月21日 | 小説「目覚める人」

 法華経の行者 十七

 見てはならない。と一瞬本能的にりょうは目を閉じたが、また悲鳴
をあげた梅の声に目を大きく見開いた。
男の首に手を廻してしがみつき、顔をのけぞらせている梅の顔は、り
ょうが今までに一度も見たことの無い女の顔だった。

白い梅の両足が男の腰に巻きつき男の動きに合わせて、生き物のよう
に動いていた。
放心したようにそれを見ていたりょうは、耐えられなくなってその場
を逃げ出し、家を飛び出していた。

どうやって履物をはいて、戸を開けたのかも分からなかった。母親の
信じられない姿に動転し、りょうは雑木林のなかをあてどもなく彷徨
いながら、先刻見た梅の顔を思い出していた。

 それはりょうが初めて見た顔だった。眉をひそめて目は閉じていた
ようだったが全部閉じてはいなかった。うっすらと半分開いた目は男
を見ているようでもあり目に見えない宙を見ているようでもあった。

梅はりょうが見ているのに気づいてないようだった。
上の唇は閉じようとしていたが、下の唇は開いていた。不思議な口の
表情だった。
りょうは、絵で見たことの有る天女より美しいと思ったが、男のアゴ
を伝って汗の玉が梅の白い首に落ちていたのが、とても卑猥なものに
みえた。
十六歳になっていたりょうは、ぶるっと体を震わせて妄想を追い払っ
た。

りょうが家に帰ったのは夕方で、辺りは暗くなっていた。梅はいつも
と変わりなく夕食の支度をしていたが、りょうは梅と目を合わせるの
を避けた。

つづく

   

    


「目覚める人・日蓮の弟子たち」四十二

2010年09月18日 | 小説「目覚める人」

 法華経の行者 十六   

 風で庭に散った枯葉を片付けたりょうは、囲炉裏のある茶の間でお
茶を飲んでいた。外で冷えた体に、囲炉裏の火と熱いお茶は寒気を吹
き飛ばすようで心地よかった。

娘の香はじいやについて出て行ったまま、まだ帰っていなかった。
昨日、じいやが川に仕掛けたウナギ取りの竹筒を引き揚げ、中に入っ
た獲物を捕りに行ったのだが、香も見たいと言ってついて行ったの
だ。

 <まるで男の子みたいな勝気な子だわ>

りょうは香のことをそう思っていた。香のいない家の中はシーンとし
て静かだった。りょうは、行方の知れない母のことに思いをめぐらせ
た。母の梅のことを思い出す度に、忘れられない光景が脳裏に蘇って
りょうは、眉をひそめるのだ。

 それは、りょうが十六歳になった夏の日のことだった。
手習いの師匠のところでつい遅くなり、急いで家に帰ったときだっ
た。見慣れない男物の履物が玄関の土間に脱いであった。京に行って
いる父は帰っていないはずだが、誰か客でも来ているのだろうか、
りょうは不審に思いながら、

「ただいま」

と言って、座敷の方に行こうとした時だった。仏間のある奥の部屋で
女のうめくような声がした。

 <なんだろう、>

思わず足音をひそめてりょうが奥の間に近づいたとき、それまで聞こ
えていたうめき声が途絶え、突然女が悲鳴をあげた。
りょうが聞いたことがない言葉だった。
 たしか、「あれえー 」と叫んだようだった。

薄暗い家の中に慣れたりょうの目に入ったのは、母親とは思えない梅
の姿だった。
裸になった梅の体に、馬乗りになった男が両手で乳房を掴み、激しく
腰を上下に動かしていた。

つづく
  


「目覚める人・日蓮の弟子たち」四十一

2010年09月13日 | 小説「目覚める人」

 法華経の行者 十五  

 その小柄な兵が小岩六助だった。小源太の近習たちが駆けつけたと
きには敵に囲まれて切り倒され、すでに息が絶えていた。もう十年ぐ
らい前のことである。
 小源太はふと我に返った。

「彦四郎、お女中を屋敷に連れて帰って丁重に看病してやってくれ。
水は飲んでいないから大丈夫だが、このままでは風邪をひく。わしの
屋敷では人目について恥ずかしがるだろうから、暫くそちの家で看病
してやってくれぬか」

と言って小源太は時宗からもらった頭巾をぬいで、

「寒いからこれを頭に着せてやってくれ、顔も見られなくて丁度よい
だろう。」

と言って彦四郎に頭巾をわたした。

「とのはお一人で、」

「うん、一人でよい、幕府のお膝元だ、昼間から人を襲うような無法
者はいないだろう。早く行ってやれ。」

彦四郎は砂の上に泣き伏したままの女を抱き起こした。

「すぐに暖かいものをとらすから、しっかりするのじゃ。」

と励まして彦四郎は、自分の馬に女を乗せた。

「との、」

彦四郎の心配そうな顔に、早く行け、と目で合図すると小源太は馬に
跨った。
海水にぬれた袴が足にまといついて急に寒さを感じた。彦四郎が遠ざ
かっていくのを見届けると、小源太は激しく鞭をふった。

続く