叙事詩 人間賛歌

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「目覚める人・日蓮の弟子たち」四十三

2010年09月21日 | 小説「目覚める人」

 法華経の行者 十七

 見てはならない。と一瞬本能的にりょうは目を閉じたが、また悲鳴
をあげた梅の声に目を大きく見開いた。
男の首に手を廻してしがみつき、顔をのけぞらせている梅の顔は、り
ょうが今までに一度も見たことの無い女の顔だった。

白い梅の両足が男の腰に巻きつき男の動きに合わせて、生き物のよう
に動いていた。
放心したようにそれを見ていたりょうは、耐えられなくなってその場
を逃げ出し、家を飛び出していた。

どうやって履物をはいて、戸を開けたのかも分からなかった。母親の
信じられない姿に動転し、りょうは雑木林のなかをあてどもなく彷徨
いながら、先刻見た梅の顔を思い出していた。

 それはりょうが初めて見た顔だった。眉をひそめて目は閉じていた
ようだったが全部閉じてはいなかった。うっすらと半分開いた目は男
を見ているようでもあり目に見えない宙を見ているようでもあった。

梅はりょうが見ているのに気づいてないようだった。
上の唇は閉じようとしていたが、下の唇は開いていた。不思議な口の
表情だった。
りょうは、絵で見たことの有る天女より美しいと思ったが、男のアゴ
を伝って汗の玉が梅の白い首に落ちていたのが、とても卑猥なものに
みえた。
十六歳になっていたりょうは、ぶるっと体を震わせて妄想を追い払っ
た。

りょうが家に帰ったのは夕方で、辺りは暗くなっていた。梅はいつも
と変わりなく夕食の支度をしていたが、りょうは梅と目を合わせるの
を避けた。

つづく

   

    



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