叙事詩 人間賛歌

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「目覚める人・日蓮の弟子たち」 四十四

2010年09月28日 | 小説「目覚める人」

 法華経行者 十八

 梅は、りょうが足音をたてて外に飛び出す音で気がついた。自分の
上に重なったままだった男の体をはねのけると、急いで着物をきて表
の戸口まで来たが、もうりょうの姿は見えなかった。かりに娘がいて
も言い訳のできることではなかった。

 <取り返しのつかないことになった>

梅は悔やんだが後の祭りだった。屋敷に出入りしていた、こうがい屋
の男とねんごろな仲になっていた梅はその日、男が来るのがいつもよ
り遅かったので、娘が帰ってくるかもしれないと恐れていた。
それとなく外に気を使っていたが、男の動きに応じているうちに、夢
中になっていつの間にか忘れてしまっていたのだ。

 <夫の六助に知れたら、どんな目にあうか分からない。殺されるか
もしれない>
梅は恐れた。梅が家を出たのは、その次の日だった。それ以来生きて
いるのか死んでいるのか皆目分からない月日が過ぎてもう十年近くが
経っていた。窮屈な武家の生活が性に合わないようだったが、母の梅
は色の白いきれいな女だった。
   
 <あのとき自分が見ていなかったら、母も家を出て行くこともなか
っただろう>

りょうはそのことが、母を思い出す度に悔やまれた。生きていればも
う四十五歳になる。どこかで生きていてくれればよいが、父親も戦で
亡くなりひとりぼっちになったりょうは、祈るような気持ちでいたの
である。

父親も亡くしこれという身寄りも無かったりょうは、主家の小源太の
館に引き取られた。いずれしかるべき男を婿にして、小岩家を再興さ
せたいという小源太の思いやりだったのである。

続く

 



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