法華経の行者 十
「はい、近くの民家にわけを話して休ませてもらいました。火傷もな
いようなので元気になったら、何か着る物を与えて帰すよう、銭を少
し渡しておきました。」
「それはよいことをなされた。女人に罪はないからの。時孝はどうし
た。」
と小源太が問うたのに、
「はい、弟はよく働いて私が着いた頃には、類焼している民家から逃
げる人びとを助けていました。
動けない老人や病人は背中におぶって、安全な場所に避難させていま
した。」
「そうであったか。そなたも時孝もよい働きをなされた。わしが常々
言い聞かせているように、我が家の家訓は、領主あっての領民ではな
く、領民あっての領主だからの。領民を親のように大事にしなくては
ならないということだ。
ご苦労であった。疲れていよう、早く帰って休むがよい。」
義昭は立ちかけて、
「母上がみえませぬが、」と訊いた。
「母上は、頭痛がすると言って休んでおる。」
「おかげんが悪いのですか。」
「いや、いつもあることだ、心配するほどのことではない。」
「そうですか、お大事になさいますよう、それでは失礼致します。」
と、義昭は父親に誉められて嬉しそうな顔で下がって行った。
続く