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窓辺の父

2008年12月03日 | Weblog

 父は、晩年、肺気腫を患っていました。そのために、酸素療法を行っていました。部屋の片隅に機械を置き、そこから、ホースで体に酸素を入れていました。肺気腫は、肺の機能が弱まり、酸素を十分に体に供給できなくなる病気です。

 ちょっと歩くと、「ハアハア。」と息切れをしてしまいます。唯一の足は、車でした。ジャスコなどに母とよく行っていました。ジャスコの中を歩く時は、酸素ボンベを引きずっていました。数年して、体調が悪化をしてからは、母をジャスコに送っていくだけ。それでも外に出ることができる喜びを感じていました。


 外になかなか出ることができず、父の部屋の窓辺が父のコミュニケーションの場でした。孫たちが学校に行くのに見送るときも窓から手を振っていました。また、姉たちや近くの親戚の人たちが来ても、笑顔で窓から顔を出し、出迎えたり、見送ったりしていました。近所のみんなもよく知っていて、選挙のときなどは、窓のところまで候補者の方が来て、手を握っていました。

 夏には、窓辺に連れ合いが朝顔を植えていました。きれいな朝顔に囲まれた窓から父の姿を見ることができました。今も朝顔を植えています。しかし、そこには、もう父の姿がありません。この間の休みに朝顔の弦を切りました。ただの冬の冷たい窓となってしまいました。

 弦を切ったあと父の顔が見えない窓を見ながら、何となく寂しく感じました。家に来た人も、よく、

「この窓から、おじいちゃんが顔を出していたのね。」

と言ってくれます。いろんな人と記念写真を撮るときもこの場所が多く、たくさんアルバムに貼られています。父は窓から、コミュニケーションと共に、四季も感じ、社会の様子や変化も見てきました。家に帰ったとき、この窓から父が顔を出してくれるのではないかと錯覚をするときもあります。みんなにとって、この窓は父との思い出が詰まっています。


 写真は、窓辺の父と父がいなくなってからの窓辺です。