神なる冬

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コンサドーレサポーターなSFファンのブログ(謎)

[SF] これはペンです

2011-11-02 22:28:54 | SF
『これはペンです』 円城塔 (新潮社)




表題作の『これはペンです』は、なんと芥川賞候補作品。

芥川賞候補になったおかげで非SF者が読んで、しきりに「わからないわからない」と言っているのが聞こえてくるが、円城塔の作品としては随分わかりやすい入門編だと思う。というか、個人的には表題作は実にシンプルでストレートな作品だと思う。

この作品で語られているのは、以下のような諸々だ。

[[[[文章を書く文章(プログラムだったりDNAだったり…)]を書く文章]を書く文章]書く……]ということ。
文章であり、文章となる文章のこと。
そして、世界が文章であり、文章である世界のこと。

暗号は翻訳であり、復号は解釈である。文章を書くことは暗号化であり、文章を読み解くのは復号処理である。それが置換タイプライターヘッドであろうが、ABCパスタであろうが、RNA転写であろうが、何かを書きつけるという処理と、そこから何かを取りだすという処理はこの世界にありふれている。そして、取り出されたものが、書きつけられたものと同一であることを誰も保証しない。

神林長平のワーカムとか、言葉使い師にも通じるものがある。そういえば、『言壺』のハヤカワ文庫版解説は円城塔だったんだっけ?

「叔父は文字である。」はOjiとMojiを掛けた駄洒落であり、叔父が書く文章はプログラムによって書かれていることを示唆する。つまり、そのプログラムは叔父という存在をシミュレートするプログラムであり、それゆえに、叔父の存在がいつの間にか叔父という存在ではない何かに入れ替わっていしまっているのではないかという疑念を覚える。

そしてまた、自動的に文章が生まれるのであれば、文章を作る作家という存在も危うくなり、それと同時に文章を読んでいる読者の存在も危うくなり、世界は揺らぎ、反転し、底が抜ける。この世界の揺らぎこそが、SFで言うところの《センス・オブ・ワンダー》なのである。


もうひとつの収録作品、『良い夜を待ってる』は、超記憶を持つ父親のことを息子が回想する。読んでいくとすぐにわかるのだが、この息子が『これはペンです』の叔父。姉の娘が姪。

父親は頭の中に想像上の街を持ち、そこに登場人物や物語として記憶を焼き付ける。つまり、それはVRであり、ある意味フェデッセンの宇宙である。その頭の中の街で、父親は文章を変換し、圧縮し、すべてを記憶しようとする。

こんな違う世界を生きていた父親を理解するために、叔父は自動論文生成の研究を始めるのである。父親のような文章を生成する仕組みを解明するために。

『良い夜を待ってる』は『これはペンです』に比べ、抒情的で登場人物の心象描写が多いためか、非SF者にとってはとっつきやすいようで、こっちの方がわかりやすいという感想を多く見た。しかし、どう考えてもこっちの方が難解だろうと思う。というか、読み終わってもいまいち納得がいかない(笑)


ところで、芥川賞というのは純文学系の新人が書いた作品に与えられる賞だと理解しているのだが、円城塔って新人なのか。というか、そもそも、これって純文学なのか?

もしかして、わからない部分をすべて文学的暗喩だと思っている読者がいたりするんだろうか。それで“純”文学として評価されているとか?

いやまぁ、俺は“純”文学とはその昔に教科書で読まされたようなオチの無い日常スケッチみたいな作品のことだとしか思っていないので、よくわからないのだけれど。

SFマガジンやVOVAに掲載されるとSFで、文学界や新潮に掲載されると純文学だとでもいうのか。でもそれじゃぁ、ラノベレーベルから出版されたものがラノベというのと一緒ではないか。もし本当にそうならば、純文学はもはやラノベと変わらないとしか言い様が無い。

「もしこれがまかり通って受賞となったら、小説の愛好家たちを半減させただろう」というのは石原“反非実在”慎太郎の芥川賞選評だが、これは図らずも大当たりだと思う。ただし、半減するのは【小説】の愛好家ではなく、【純文学】の愛好家だけどね。だって、『これはペンです』は「お前らが有り難がっているブンガクとやらは、サルがタイプライター叩いたって生まれてくるし、それをお前らはどうせ気付かないんだろ」という、文学に対する痛烈な挑発でもあるのだ。

純文学の関係者はこんなものに賞を与えるより、SFやミステリーには不可能な純文学のみが達し得る高みを目指した方がいいと思うよ。もっとも、そんなものがあるのかどうか知らないけどね。


あー、村上龍が阿呆をさらした件はそこらじゅうに書かれていて付け加えることも無いので省略。


最後に、万が一、こんなところを読みに来ちゃった非SF者への警告。『これはペンです』が面白かったのであれば、次に読むのは『オブ・ザ・ベースボール』か『烏有此譚』をお勧めする。ハヤカワで読んでいいのは『後藤さんのこと』くらい。『Self-Reference ENGINE』とか『Boy's Surface』を読んで、まったくわからないと嘆いても知らん。

……でも、『天地明察』の後に『ばいばい、アース』を読むほどの衝撃はないかもなぁ……。



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