神なる冬

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[SF] あとは野となれ大和撫子

2017-09-04 21:42:22 | SF

『あとは野となれ大和撫子』 宮内悠介 (角川書店)

 

ソビエト時代の自然改造計画によって干上がってしまったアラル海。水が引いたその空白の土地に作られた独立国、アラルスタン。その後宮を舞台に、少女たちが国家の危機に立ち向かう。

あらすじを聞いたときは、荒唐無稽なファンタジーかと思ったが、そこは宮内悠介。何とも不思議な感じの“空想”+“科学”小説だった。というのが感想。

アラル海と言えば、ソビエト時代の失政、科学技術が環境を破壊した象徴として語られることが多い。しかし、この小説には、そのような自然保護観点の科学技術批判は見当たらない。それどころか、知識や科学を武器として、旧来の社会や政治に立ち向かう少女たちの物語になっている。

後宮とはいえ、初代大統領の時代には側室のために造られたにせよ、今では有望な少女たちの高等教育の場になり替わっている。そこには、身寄りのない少女たちや、教育を受けるために後宮を目指してやってきた少女たちが集まり、政治家や外交官、科学者へと育っていく教育機関へと変わっていた。イメージ的には、後宮ではなく、修道院とでも呼ぶべきかもしれない。

そんなときに突如として起こった大統領の暗殺と政治的空白。周辺国の軍事的圧力を恐れた議員たちは慌てて逃げ出し、議事堂はもぬけの殻。そこで、行くあてのない少女たちが臨時政府を立ち上げる。

少女たちは叩き込まれた知識と、鋭い洞察力と、若さゆえの無鉄砲さを持って、国内外の勢力と対峙していく。その様子を、時にコミカルに、時にスリリングに描き、読者を退屈させない。これはノンストップのエンターテイメントだ。

しかし、個人的に読んでいて心に残ったのは、アラル海をひとつの例とした科学技術の功罪の二面性だ。

自然を改造できると思い上がった科学者が大自然から大きなしっぺ返しを受けた。それが自然改造計画の唯一の成果だ。そんな短絡的な結論では終わらない。アラル海の干ばつは新たな土地を作り、新たな国を作り、ゆくあてのない民族や人々を受け入れ、塩分の多い土地での新たな農耕技術や真水精製技術を生み出した。さらには、干上がった白い土地は太陽輻射を跳ね返し、地球温暖化の抑制にも一役買っているかもしれない。

科学を自然破壊の元凶として全面的に否定するのではなく、かといってバラ色の未来をもたらすものとして全面的に肯定するのでもなく、社会を成り立たせるための必須の要素として、なおかつ、政治的、社会的にコントロールすべき要素として、バランスのとれた見方を提示しようとかなり気を使っているように思った。

さらにもうひとつ気になったのが、物語における日本という国の位置付け。

協力隊の家族としてアラルスタンへ赴き、そこで家族を失い、後宮に保護された主人公のナツキ。彼女は父の意志を継ぎ、塩の大地に緑を蘇らせようと夢見る。

狂言回しのように現れる、自転車で中央アジア横断にチャレンジ中の青年は、人々との交流の中で、アラルスルタンに役立つ研究のために、日本で復学する決意をする。

ふたりの登場人物は、もしかしたら日本人である必然性は無かったかもしれない。さらに言うと、「あとは野となれ」というセリフは出てくるが、「大和撫子」という言葉は出てこない。それだけ、日本という国が中央アジアとのかかわりを持ってこなかったことを象徴しているかもしれない。ウズベキスタンやカザフスタンはサッカーで戦う相手であって、商業や観光で滅多に訪れる国では無いのだ。

しかし、ナツキの夢には日本の農産物改良技術が役立つかもしれないし、チャリダーの彼はブログで国外脱出を記しながら、エピローグにも出演する。そういった日本人の係わり合い方にも、著者の込めた思いを読み取れるような気がした。