神なる冬

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コンサドーレサポーターなSFファンのブログ(謎)

[SF] あなたのための物語

2009-09-07 22:43:02 | SF

『あなたのための物語』 長谷敏司 (ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)





余命半年、ITP(Image Transfer Protocol)、とキーワードを並べると、傑作『ハーモニー』を残して逝ってしまわれた伊藤計劃を想起してしまうのだが、そういう話ではないらしい。

タイトルからは、テッド・チャンの名作『あなたの人生の物語』を想起してしまうのだが、そういう話でもないらしい。

ITPは脳内のイメージ(まさしく、日本語の、カタカナの“イメージ”)をデータとして取り出したり、脳の気質損壊による機能不足を補完できたりするらしい。さらに、人工知能にのっけると、人格のシミュレーションができちゃったりするらしい。テキストとかいう説明が出てくるけど、HTTPからの類推でしょうか。このへんは敢えて細かく突っ込まないけど。

余命半年を宣告された仕事人間の女性研究者サマンサが、死を目前にして脳内イメージを伝達するためのITPの研究に残りの人生を掛ける。様々なものに呪詛を吐きながら、ITPによる人工人格《wanna be》だけを相手にして。そして、《wanna be》はITPの欠点、感情の平滑化を洗い出すために小説を書くという作業を続ける。

死とは何かということよりも、小説=物語とは何か、物語るとは何かというメッセージ性を強く感じた。小説を書き続ける道具としての《wanna be》の存在は、著者にとってどのような意味があったのか、それともなかったのか。名前からして“ワナビー”って。作中で説明された意味以上のものがあるでしょ、それ、と思う。

サマンサの苦しみは読んでいて辛い。それは決して本当に不治の病に苦しむ患者さんの感覚とは掛け離れているのかもしれないが、読んでいる最中は自分も下痢になって便座の上でもだえてしまうくらい。ひどい二日酔いで、内蔵を全部捨ててしまいたいくらいの時のことを思い出したり。特に女性はこれに生理が加わると、どんなことになってしまうのかと、まったく想像できないが心配だけはする。

サマンサと《wanna be》、サマンサと新鋭研究者のケイトの論戦は実はあまり共感できない、というか、理解できないのだが、いずれ死ぬ身体を持った人間として、物語を書くことを義務付けられた作家として、極限まで自分自身と見詰め合った結果の言葉は果てしなく重たい。

読んでいて気分のよくなる話ではないのだけれど、理解しきれなかった部分を理解しなければいけないという気分になっているので、いずれ再読しようと思う。忘れなければね。