この週末。
私の出身校・霞台中学の同窓会が(はじめて)催されることとなり。
・・・霞台は新設校で、私は一期生でした・・・
友人、メメと電話にて。
「どうする? 行く?」「あんまり行きたくないけど・・・」
「私も・・・」「どうしようか」
ぐずぐずと話していたら。
幹事役の同級生から連絡が入り。
バレー部の顧問をしてくださっていた蘇畑瑠璃子先生が、
故郷で五年前に亡くなられていたことを知らされ、
メメも私も愕然といたしました。
蘇畑先生は、奄美大島出身。
南国風の顔立ち、ボリュームのある長い黒髪が印象的な、
バイタリティー溢れる女性でした。
黒板にチョークをぶつけるように、独特の文字で勢いよく描く板書。
三年間、私が主将をつとめたバレー部でも、たいへんお世話になりました。
発足当時はサーブレシーブもまともにセッターに返らない、一年生だけの弱小チーム。
というのに、先生は練習メニューなど、とても詳しく研究なさっていて。
クイックや、バックアタック。
新しい技をたくさん教えてくださいました。
残念ながら未熟者の私たちには、とてもついてゆけず、
試合はいつもボロボロでしたね(笑)
猫だらけのお宅に招いていただいたり、
バレー部のみんなを鎌倉に連れていってくださったこともありましたね。
今、手元にないのが残念ですが。
春先の鎌倉の海岸で。
寒そうに、でも、みんな楽しげに笑って写った写真があったこと。
記憶しています。
あれって、先生がカメラマンとして撮ってくださった写真でしたよね。
そういえば。
「どうしても見せたい映画がある」と
新宿の映画館に連れていってくださったこともありました。
それは『サウンド オブ ミュージック』
映画館は、はじめてだった私たちにとって、
大きなスクリーンで観るその映画は、
とても感慨深いものでした。
たしか。先生がもう一度観たいというので。
二度観た覚えがあります(笑)
蘇畑先生・・・
あなたが何を伝えたくて、この映画に連れて行ってくれたのか、
当時は、なにもわかりませんでした。
でも、今なら、少しだけわかる気がいたします。
先生は、『サウンド オブ ミュージック』のマリアと
ご自身を重ねあわせていらしたのかもしれませんね。
後日。私は先生と同じ教師という道を歩むこととなりました。
教壇に立ち、やんちゃな生徒たちを前にしたとき、
あのマリアの慈悲深い微笑みを思い出しました。
いつしか年賀状のやり取りも途切れ・・・
知らなかったこととはいえ、先生が都内の病院に入院中。
お見舞いにも伺えず、ごめんなさい。
なにも知らせず、逝ってしまっただなんて。
人との出逢いは、一期一会。
今日は、勇気をだして、
先生が愛してくださった霞台の一期生たちに逢いにいってまいります。