今年の4月より来年末まで、14回シリーズで「時代祭展」が岡崎みやこめっせで開催されており、第1回の明治維新時代から第5回の安土桃山時代―1(織田氏上洛列)が終わった時点で10月22日に2008年時代祭を迎えた。
京都三大祭の「祇園祭」と「葵祭」は平安時代からの歴史があるが、「時代祭」は平安遷都1100年を記念して、明治28年(1895)に平安神宮創建とともに奉祝行事として始められた新しいもので、今年は途中10回の中止をはさんで104回目の時代祭であった。当初は500人規模の行列であったが、年々規模が大きくなり、今年は2000人の行列となった。
私は、「時代祭展」で行列の最初の部分を勉強してあったので、混雑度の少ない三条通で行列が到着する30分くらい前に到着したが、京都御所を12時に出発した行列は途中から小雨模様となり、行列が到着した14時には本格的な小雨の中の見学となった。
今年の11月にマカオで開催される「ミスインターナショナル世界大会」のために来日していた各国代表が、賛否両論の中で参加が決まり、約60名が民族衣装で最前列に参加した写真が夕刊を飾ったが、雨のため途中で取り止めとなり、三条通に来たときは着物姿の6名が横断幕を掲げて最前列を行進した。そのあと明治の馬車に乗った烏帽子姿の人物二人が続いたが、見物人が京都市の正副市会議長であると教えてくれた。
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レインコートを着用したミスインター外人候補 明治の馬車に乗った京都市正副市会義長
最初の列は「維新勤王隊列」で、維新に際し幕臣が東北地方で反乱したとき、丹波の有志が山国隊を組織し、官軍に加勢したときの衣装が採用され、楽士(笛)のピ-ヒャラ・ラッタッタの音色と勇ましい鉄砲隊の行列に元気付けられた。
続く隊列は「維新志士列」で、名前は確認できなかったが、橋本佐内・姉小路公知・吉田松陰・高杉晋作・坂本龍馬・西郷隆盛ら維新の志士が一人ずつ小さい名札とともに行列し、藁蓑をつけた志士(真木和泉・久坂玄瑞)や七卿(三条実美ら七名)がつづいた。
江戸時代列―1は「徳川城使上洛列」で、将軍の名代として大名を派遣したが、その服装・器具は豪華を極めた。江戸時代列―2は「江戸時代婦人列」で、皇女和宮ら6名の行列がつづいた。
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時代祭でも最大の行列となる徳川上洛列 皇女和宮・輿入れ前の宮廷内のお姿
「安土桃山時代―1」は豊公参朝列で、天下統一を果した秀吉が最高様式の牛車に乗っており、「安土桃山時代―2」は織田公上洛列で、馬上姿の織田信長が姿を見せている。
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秀吉は牛車の中として行列には姿なし 京の粟田口に到着した馬上の織田信長
私が事前に見学した「時代祭展」はここまでであるが、昨年の時代祭に比べてかなり詳しく見学をすることができた。登場人物の姿が、歴史本や映画の姿と一致しないことが多く、行進に耐えられない老人の姿が多いことが気になった。報道によると、学生の参加希望者が減少し、要員確保に苦労したようである。見学する立場からみても2000人の行列は多過ぎるし、名称を示す布旗も風に揺れて見えにくく、大きい活字の板にして、理解し易い行列にしてほしいと思う。