ちわきの俳句の部屋

メカ音痴おばさんの一念発起のブログです。
人生の後半を俳句にどっぷりと浸かって、…今がある。

兼題は〝春泥〟だよ!

2021年02月15日 | 俳句

 今朝起きたときは昨夜の雨がまだ残っていて木々から雫が垂れていましたが、そのうち日が差してきて…、草や木の水滴が宝石のように光ってとってもキレイ!まだ地面はしっとりと濡れていても、気温が高いので寒さは全く感じませんでした。だから朝のラジオ体操をしているうちにはだんだんと暑くなり、家に帰り着く頃には少し汗ばむほど。見ると今日の最高気温は16度になっていましたものね。夜も暖かいそうです。

 13日の第2土曜日は、午後と夜間のダブル句会でした。1月は、午後の部は第3週に変更していたのでよかったんですが、夜の部は大雪のために通信に。だから何だか久し振りで…ということはこの句会は今年になっての初句会ということになるんですよね。

 さて、昼の部の兼題は〝立春〟、夜の部が〝春泥(しゅんでい)〟でした。

 では、今回は〝春泥〟について少し書いてみましょうか。

 意味は字の通りで、春の泥のこと。すなわち春になって雨や雪解けなどでできたぬかるみのことです。都会では舗装道路が殆どで、今ではどろんこ道に行き悩むという光景が見られなくなったとはいえ、公園や神社などにはまだ地面が残っているところもあるでしょう。また、田舎の方へ行けばぬかるむような道はまだまだたくさんありますし、北国では雪解けの頃だったら当然あちらこちらに見かけるのが普通でしょうから…。

 昔は春になると、畦道などのどろんこ道をわざわざ通って、そのどろんこで遊んだりして靴などを汚して帰る子などもいましたね。それで親に〝また靴を汚してきて!〟と叱られたり…。しかし、この季語は、ただ汚いということだけで詠むものではなく、困惑しつつも芯には春の到来を喜ぶという気持ちを潜ませる。いわば〝痛し痒し〟のような複雑な心情を詠むところに面白さがあるように思います。

  春泥や遠く来て買ふ花の種        水原秋櫻子

 この句には季語が、〝春泥〟と〝花の種〟の二つあります。が、主季語はもちろん〝春泥〟。春雨の後か、道がぬかるんでいるものの、何か大事な用があって遠くまで来られたのでしょうか。もしかしたら句会の指導だったのかも。そう考えれば、〝花の種〟を買うためにわざわざ来たのではないのだと思います。帰り道で…ふと種物屋が目について、花の種でも買って帰ろうか。このところよく降る雨で土もしっかり潤っていることだし…と。

 このよく潤った土に植えれば、きっと見事な花を咲かせるでしょう。このぬかるみ、すなわち水と土は植物を育てるのにいい。そして、それは私たち動物の食べ物にもなる。ということはこの泥土こそが全ての生物の命の源という感じがしてきませんか。更にその泥の中からやがて咲く美しい花たちを想像すれば、それはこの上ない喜びでしょう。あの蓮の花だって泥から…、いやいや、そこまでは秋櫻子先生も考えなかったと思います。私の深読み!これはいけませんね。ハイ!

 とにかく〝春泥〟と〝花の種〟がうまく響き合って、心地よい余韻を残してくれる句になっていますね。

 ところで、この句は、句集『餘生』(1977年刊)に収められています。秋櫻子先生も既に80歳を過ぎた頃で、死ぬほどの大病を患った後の句集ですから、本の題名となった〈余生なほなすことあらむ冬苺〉の句のようにこれからの〝生〟を考えさせてくれる句が目につきます。

 話は変わりますが、新型コロナウイルスの行方は未だにはっきりしていませんね。このコロナとよく似たスペイン風邪というパンデミックに秋櫻子先生は遭遇されているんです。日本は疎か世界中に流行したスペイン風邪は1918年~1920年。その頃、秋櫻子先生は東大の医学部を卒業されて医局勤め。そこで俳句にも目覚められ、またその渦中に結婚されての新婚生活。特にこのスペイン風邪での日本の死者は約39万人だったとか、それも20代の若者が一番多かったと。

 秋櫻子先生は医者としての立場もあったでしょうし、新しい家族も守らなくては…。この苦境をどんな思いで乗り切られたのでしょうか。春郎先生に聞いておけばよかったなあなんて…ああ、それはダメ!だって先生は1922年生まれなんですもの。スペイン風邪が終息した後なんです。秋櫻子先生も医学者、その恐ろしさはイヤと言うほど感じられたことでしょうから、春郎先生が無事にお生まれになった時はどんなにか喜ばれたことでしょう。だからほら、春郎先生にもこんな句がありましてよ。

  春泥や父の大靴捨てかねて        水原春郎 

 スペイン風邪に限らず戦中から戦後と、いろいろなことを乗り越えられての晩年。花を植えてその花が咲くのを楽しみに穏やかに過ごされている…そんな秋櫻子先生の目には、〝春泥〟も難渋するものとしてではなく、花の咲乱れる春をもたらしてくれる美しい光景として映ったのでしょうか。

 写真は、先日常盤公園を散歩したときのマンホールの蓋。一瞬ネス湖の〝ネッシー?〟かと…(笑) よく見ればこの常盤公園の、わが宇部市のシンボルだった白鳥のデザインでした。雨の日も風の日もウォーキングする沢山の人たちに踏まれてこんなに…。その下の写真は町中にある同じデザインのマンホールの蓋です。踏まれる度合いが想像できるでしょうか。

獅虎連@廣域鐵蓋搜査旅團 على تويتر: "5/8は #松の日 だったので #松 ...

宇部市マンホール  宇部市マンホール

コメント (10)
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