昨日の句会の話、ちょっと書き足らなかったことを…このブログを読んで下さっている方は、きっと俳句に関心があるか、もしくは俳句をなさっている方が多いですよね。
だとすれば、俳句というものはとにかく省略を効かせることが大切だと、いちいち言われなくても分りますね。ムダを省くこと!
ところが、これがやっかいなもので、〝言うは易く行うは難し〟なんです。
そこで、昨日の中からもう一句、例を挙げてみましょう。
鶏小屋の卵生みたて柿若葉
季語は「柿若葉」です。ただの若葉よりは、具体的に木を指定した方が場面がはっきりしてきて、周辺の景色もよく見えてきます。ましてや「鶏小屋」があるのですから、この句は農村などの田舎の景でしょう。
この句もそれなりに出来ていますが、何か今一つ物足りない…
きっと上五中七の、何となく放り出したような表現がそう感じさせるのでしょう。だからせっかくの良い句材を生かしきっていない、勿体ないですね。
それでは考えてみましょう。この句で省略してもよいものは?お分かりですか?それは「鶏小屋」なんです。だって「卵生みたて」と言っているんですから。鶏が卵を生む場所は、誰にでも容易に想像できるでしょう!これを削れば5音の空きが出来ますね。そこに何か考えて入れるのです。例えば、
生みたての卵両手に柿若葉
とでもしましょうか。そうすると作者が鶏小屋に卵を取りに行って、まだ温かい生みたての卵を手に…ここでも考えましたよ。
〈生みたての卵手にして…〉でもいいかなと。でもここは「両手に」とする方が卵がたくさんあるようだし、生みたての温かさもよく伝わってきそう…。
さらに、これは朝の場面でしょうから、柿若葉の眩しいほどのもえぎ色と卵の白さが清々しく自然に見えてくるでしょう。いかがですか?是非その違いを比べて読んでみてください。
昨日ほどではないけど、今日も小雨。 我家の柿若葉がもうこんなになりました。アラ!こんな所に柿の花が…まだ蕾で葉と色が同じ、ちょっと分りにくいですね。