今日は「子供の日」ですが、もうみ~んな大きくなって、孫もいないし…
だから私にとっては、今日が「立夏」ということの方が大切なんですよ。
この季語の傍題には、「夏立つ」「夏来る」「夏に入る」「今朝の夏」があります。
要するに、今日から暦の上では夏になるということなのですが、最近の地球温暖化による
気温の変動で、立夏前なのに早々と真夏日などいって騒がれたりして、
「立春」や「立秋」と比べると、本当に実感のない季語になってしまいました。
毒消し飲むやわが詩多産の夏来る
これは中村草田男の句です。ちなみに、今では当り前のように使われている「万緑」という夏の季語も、
草田男が〈万緑の中や吾子の歯生え初むる〉と詠んでから定着したものですよ。
草田男という人は本当に夏が好きだったのでしょうね。実際彼には夏の句が多いようですが。
また、草田男に限ったことではなく、夏という季節そのものが創作意欲を湧かせるエネルギーを
持っているのかも。だって、歳時記は夏の巻が一番分厚いんですもの。
夏になると滾々と水が湧くように草田男には句が生まれたのでしょう。何とも羨ましい限りです。
こちらは夏になる前にもう詩嚢は空っぽ、いつも青息吐息というのに…。
イヤ、イヤ、名人と比べてはいけませんね。最初から空っぽだったのかも。(笑)
ところで、「毒消し」ご存じですか?子供の頃「毒消しゃいらんかねぇ~」という歌を聞いたような…。
夏になると食中毒や暑気あたりなどの薬を越後地方から売りに来ていたという「毒消し売り」。
これも夏の季語になっていて、富山の薬売りとは違い、歳時記の説明では「紺絣の筒袖に
紺の手甲脚絆、黒木綿の大風呂敷を背負った二人連れの娘の行商」だったそうな。
そうなると、この「毒消し」の句は「夏来る」との季重ねになりますね。
しかし、ここは「夏来る」がメインの季語で、「毒消し」は副。
それにこの薬は当時常備薬のようなもので、お腹の調子が悪い時にはすぐに飲んでいたのでは?
ならば季語にならない薬でもよかったのでしょうが、やはりここはこの毒消しという語が面白いのですよ。
いわゆる体の中に溜まった毒(精神的に悪いもの、今で言えばストレス?)を消し去って、
「さあ!思いっきり俳句を詠むぞぉ~」と、気合いを入れている感じが「夏来る」に
よく出ていると思いませんか。これが「夏に入る」や「今朝の夏」ではダメでしょう。
口に出して読み比べてみて下さい。「ナツキタル」というこの音の張りが効いているのです。
さて、さて、今日は子供ならぬ母を誘って〝エビネ展〟に行って来ました。
朝友人からの電話で、「昨日行って来て、くじが当りエビネを1鉢貰ったんよ」ですって。
そりゃ行かなくちゃ、母はエビネ蘭を育てて、毎年綺麗に咲かせているんですもの。
もちろんどれも綺麗でした。が、私にはその違いが分りません。最優秀賞の花より新花優秀賞の方が
綺麗だと思ったし、好きでしたので、それを撮ってきました。他にも好きなものを…。
でも、一番好きなのは私が籤で当ったこの花。(母は残念ながら当らなかったんです。)
今日が最後の日でしたので、花の咲いている鉢はもうこれしか残っていなかったのですが。
でもいい色でしょう。来年はきっと母がもっと綺麗に咲かせてくれるでしょう。楽しみ!