今年はヘビ年です。金沢能楽美術館で蛇のお話の講演がありました。
金沢の昔話「蛇の婿入り」
昔あったといの。あるどこ(所)に娘の子を3人持ったじいじがおったといの。ある年に日照りばかり続いて、雨がひとつぶも降らんもんやったさかいに、田んぼに水がないがになってまっ白に干し上がって、稲が皆しおれて枯れて終いそうになったがやと。堤(用水の溜池)の水もないがになってどうすることもできんがになったがやと。ほんで、じいじが、
「だれかわしの田んぼに水充ててくれんかのう。わしの田んぼに水入れてくれたら、何でも言うことを聞くだらけどなん」
と独り言を言うとったと。ほいたらそこへ、ふうと若いもん(若い男)が出て来て、
「じいじ、じいじ、田んぼに水充てたら、何でも言うことを聞いてくれるか」
と言うたと。じいじは、「おぉ、おぉ、水さえ充ててくれりゃのう」と言い言い、雨が降らんもんで川も堤も干し上がって、水がひとしずくもなんがなっとるがやに、どうして田んぼに水が充てらりょうか。と思い思い、家に戻ったがやと。
ほいて(そして)あくる日の朝、田んぼに行って見たら、じいじの田んぼに波が立つほど水が一杯に充たって、稲が青々と生き返っとったがやといの。じいじがびっくりして、こりゃどうしたこっちゃら、と思うとったら、きんにょ(昨日)の若いもんがまたふうと出て来て、
「じいじ、じいじ、わしが田んぼに水充ててやったさかいに、約束のとおりなんでも聞いてくれるやろうのう?」
と言うたといの。ほいたらじいじが、
「お前ゃ、何が欲しいがやいの、言うてみさっしゃいの」と聞いてみたら、若いもんが、
「じいじ、お前ゃ、娘3人もっとるやろ、ほん中の一人をわしの嫁さんにくたいの(下さい)」
と言うたといの。じいじはびっくりして、こりゃ弱ったこっちゃなん、と思うたけど、田んぼに水を一杯に充ててもろうたがやし、その若いもんを家へ連れて帰ったがやといの。
ほいて、にわ(土間)の梯子の下に待たいといて、一番姉娘に、
「たぁたいのう(娘よ)、お前ゃ、梯子の下のあんまんどこ(若者の所)へ嫁に行ってくれんかのん」
と聞いたがやと。ほいたら姉娘は、
「いゃやわいね」
と言うて、じいじの言うことをちっこしも聞いてくれなんだがやと。ほれで(それで)しょうがないさかいに、じいじは二番目の娘に、
「おまぃや、梯子の下のあんまのどこへ嫁に行ってくれんかのん」
と言うたがやと。二番目の娘も、
「たあた(姉さん)がいやなもんを、わてかていゃやわいねん」
と言うて、やっぱりじいじの言うことを聞いてくれなんだがやといの。じいじはますます弱ってしもうたがやと。これじゃ、末の娘もだっちゃかん(だめ)やろなん、と思うたがやけど。
「お前もやっぱり梯子の下のあんまのどこへ嫁に行くがは、いややろのう」
と聞いたら、末娘は、
「じいじが約束しましたがやさかいに、わて(わたし)は嫁に行くわいね。ほんさかいに、他になんもいらんけど、でかいふくべ(ひょうたん)を一つと、針を千本だけわてに持たせてくだんせ(下さい)」
と言うと、じいじは喜んで、
「おお、おお、嫁に行ってくれるかいの。ふくべでも針でも、好きなだけ持たいてやるわいの」
て言うて、ふくべやら針やら用意したがやといの。
ほいて、末娘が嫁に行くことになって、じいじに用意してもろうたでかいふくべを一つと針千本を、風呂敷で背中に背負うて、にわの梯子の下のあんまに連れられて行ったがやと。いくつもいくつも山を越して、いくつもいくつも谷を越して行ったがやと。ほいて、山奥へ着いたら、どす黒い水が一杯になっとるでっかい池があったがやと。ほいたら若いもんが、「さあ、着いたぞいや」と言うて、その池にドボンととぼしこんで(飛び込んで)、娘に、
「さあ、はよう入ってこいや」
と呼っぼった(呼んだ)と。娘が飛び込むような格好して、でっかいふくべを池の中へ放り込んだがやと。ほいたら若いもんな大蛇の姿を現いて、ふくべを娘やと思うて、鱗を逆立てて巻き付いて来たがやと。ほんどき(そん時)に娘が、じいじにもろうてきた千本の針を、池の中の大蛇に向こうて撒き散らがいたがやと。ほいたら、逆立った大蛇の鱗の一枚一枚の間に針が突き刺ったがやといの。大蛇が苦しんで池の中でのたれうち回ってあばれるもんで、山中ぬけるような大嵐になったがやと。ゴオオ、ゴオオオと、雨やら風やら雷が鳴るやら大変な嵐になったがやといの。
ほいて、そのうちに大蛇がだんだん弱って、池の深い深い底へ沈んでいってしもうたら、雨も風もだんだん静まって、雷もならんがなってしもうたがやと。
娘はやっとほっとして、家へ戻ろうしたがやと。ほんじゃけども、夜中でまっ暗になってしもうとるし、どっちから来たがやったやら、道も方向も何もわからんがになってしもうとったと。ほんでもこっちから来たがでなかったかと思う方へ、まっ暗な山の中をとぼとぼとあっちこっち歩いていっとると、ずっとあっちの方に、ぽつんと灯りが一つ見えたがやといの。娘が、ああうれっしゃ、あそこに行けば道でもわかるのではないかと思うてそこまで行って見ると、山姥のうちやたがやと。
「ばぁば、ばぁば、夜道に迷うてしもうたがやけど、助けてくだんせ」
と言うたら、山姥が、
「うら(わたし)の息子どもは鬼やさかいに、見つけられたら食われてしもうぞいの。押し込み(押入れ)に隠いてやるさかいに、ここへ入いらっしゃいの」
と言うて、、娘を押し込みの中に入れてくれたのやと。
ほしたら暫くして、山姥の息子の鬼らち(鬼たち)が帰って来て、
「ばぁば、人臭いぞ、人臭いぞ」
と言うたと。山姥は、
「お前らが朝食べた骨のかざ(匂い)やろう」
と言うたら、鬼は疑うということを知らんさかいに、
「ほうか」
と言うて、晩めしを食べてから、すぐにねぶって(眠って)しもうたがやといの。山姥は、鬼らちがねぶってしもうた時分に押し込みの中から、そっと娘を出いて、おぼけ(麻糸を紡ぐ時に使う桶)に入れて、「これに入って行けば村に出るわいの」と言うて、坂にころがしたがやと。娘の入ったおぼけは、村の方へコロコロ、コロコロところがって行ったがやといの。
ほいたら、その時分に、下の村の長者の家では嫁探しの最中やったがやと。長者は筵の上に真綿を敷いて、その上へわらじをはいた娘を歩かいて、ちょっこしも真綿がわらじにつかなんだ娘を、長者の息子の嫁にしるがに(するのに)なっとったがやといの。
「こんだ、わたっしゃ、こんたびは、わてや」
と、代わりがわりやって見たけども、皆だっちょかなんだ(だめだった)といの。隣の村やら遠いどころの村からも、娘らちが集まって来たけども、だれもだっちゃかなんだと。
ちょうどほんな時、山姥に助けられた末娘の入ったおぼけが、長者の門の前へコロコロところがり着いたがやといの。村の人がおぼけから出た娘を見て、
「おまえもやって見さっしゃいの」
と言うて、連れていったがやと。ほんで娘がわらじを履いて、真綿の筵の上を歩いて見たら、真綿がちょっこしもわらじに付かなんだといの。長者は大喜びで、
「この娘こそ探いとった、うちの嫁じゃ」
と言うて、娘を息子の嫁さんにしたがやといの。娘はじいじにも知らいて、幸せに長生きしたがやといの。
これは金沢能楽美術館の館長さんが昭和50年代に金沢市内のお年寄りから聞いたお話の一つを拝借しました。「金沢の昔話と伝統」と言う本になって出版されているそうです。