今日は、第二話です。
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では、はじまりー、はじまりー。
第二話
それ以来、毎週木曜日に、店に行くようになった。話をするにつれ、少しずつ、サラのことが分かってきた。
高校は、都内の女子校で、服装やら、化粧やら、とにかく規則が厳しかった。とくに、出席に関しては、めちゃくちゃに厳しい。休むと、先生が、家までやって来るくらい厳しい。
だから、死にかけるくらい調子が悪くても、這ってでも学校に行った。お陰で、三年間、ほとんど、無遅刻無欠席。その反動なのか、授業中はよく寝ていて、勉強は大嫌いだった。
もっとも、出席して、規則さえ守っていれば、成績が悪くても、先生は、怒らなかったそうだ。
まるで、就業規則だけは守るが、仕事はしない、たちの悪い公務員のような生き方を、生徒に、薦めているみたいだ。
サラの化粧や、髪型、雰囲気がキャバクラっぽくなかったのは、校則を守ったまま、店に出ていたからだった。
しかし、卒業する前から、なぜキャバクラで働こうと思ったのか、その辺は、よく分からない。それで、サラに聞いてみた。
「なんか、やりたいこととか、目指してる職業とか、あるの?」
「専門学校に行こうかなと、思ってるの」
「どういう専門学校?」
「んー、音楽か、体育の専門学校がいいなあ」
「体育?そんな学校あるの?」
「あるよ、多分。で、音楽関係の仕事に就くか、体育の先生になりたい。でも、学校行くには、お金が要るから。いま貯めてる最中かな」
「じゃあ、趣味とか、好きなこととか、ある?」
「香水集めるの、好きだよ。いっぱい持ってるの、家の部屋に飾ってて」
しかし、サラは、まったく香水をつけていなかった。そのことを指摘すると、怪訝そうな顔をした。
「つけないよ。とくに、ここでは。香水集めるの、遊びだから。仕事じゃないから」
五月に入って、暑い日が続いた。その木曜日も、駅から店まで、十分ちょっと歩くだけで、夜なのに、汗ばむほどの陽気だった。
喉が乾いたので、サラに、バドワイザーを注文して貰った。背の高い、ひょろっとした感じの黒服が、ビールとグラスを持って来た。
ところが、栓抜きがない。サラも気が付いて、その黒服の方を見ながら、右手を胸の前で、小さく動かしている。黒服は、不思議そうにサラを見ていたが、別のテーブルに呼ばれて、居なくなってしまった。
それは、ビールの栓を抜く仕草のつもりらしい。なおも、手を動かしていると、通りかかった、中肉中背の別の黒服が、サラを見て、すぐに栓抜きを持ってきた。
「やっぱり、ジンナイさんじゃないと、だめね。ウツミくん、使えない」
サラは、私に聞かせる風でもなく、独り呟いた。その日は、途中で、サラに指名が入って、代わりに、クミコという子が、席に来た。
「お客さん、いつもサラを指名してるひとでしょ?私ね、サラちゃんと、仲良しなの」
クミコは、二十二、三歳くらいの感じで、サラより、明らかに年上だった。サラの独り言が気になったので、クミコに聞いてみた。
「ジンナイって、どういうひとなの?」
「ジンナイさんは、サラの担当さん。私の担当も、ジンナイさん」
「ウツミくん、というのは?」
「ウツミくんは、また別の担当さん。でも、ジンナイさんの方が、人気があるの。仕事が出来るし、かっこいいし。ヨーコとか、担当、ウツミくんだけど、ジンナイさんに変わって欲しいって、いつも言ってる。ウツミくん、いいひとなんだけど、ちょっと抜けてるのよね。お酒、薄目がいいですか?」
クミコの話によると、十人から十五人くらいの女の子を、一人の黒服が担当していて、出欠の確認とか、店からの連絡とか、注意とか、アドバイスとか。直接の上司というか、世話係みたいな存在らしい。人気のジンナイは、歳は二十五、六で、確かに、かなりのイケメンだった。
三十分ほどして、サラが戻ってきた。
「ジンナイって、サラちゃんの担当なんだ」
「そうそう。そうなの。ジンナイさんって面白いんだよ。この前ね、仕事上がりで、ジンナイさんと、ファミレス行ったの。そしたら、ジンナイさん、回りの知らないお客さんに、こんにちは、暑いですねー、って、平気で話しかけるの。相手も、びっくりしちゃうよね。ジンナイさん、沖縄出身って言ってたけど、沖縄のひとってみんなそうなのかな。そんなわけないよね。きゃっ、はっ、はっ」
帰るとき、店の前まで、見送りに出たサラが、空を見て言った。
「あっ、雨が降りそう。傘、大丈夫?」
雨はすぐに降り出した。カバンを頭に載っけて、駅まで走った。夜の街は、突然の雨で、ひとびとが右往左往していた。
第三話へつづく
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では、はじまりー、はじまりー。
第二話
それ以来、毎週木曜日に、店に行くようになった。話をするにつれ、少しずつ、サラのことが分かってきた。
高校は、都内の女子校で、服装やら、化粧やら、とにかく規則が厳しかった。とくに、出席に関しては、めちゃくちゃに厳しい。休むと、先生が、家までやって来るくらい厳しい。
だから、死にかけるくらい調子が悪くても、這ってでも学校に行った。お陰で、三年間、ほとんど、無遅刻無欠席。その反動なのか、授業中はよく寝ていて、勉強は大嫌いだった。
もっとも、出席して、規則さえ守っていれば、成績が悪くても、先生は、怒らなかったそうだ。
まるで、就業規則だけは守るが、仕事はしない、たちの悪い公務員のような生き方を、生徒に、薦めているみたいだ。
サラの化粧や、髪型、雰囲気がキャバクラっぽくなかったのは、校則を守ったまま、店に出ていたからだった。
しかし、卒業する前から、なぜキャバクラで働こうと思ったのか、その辺は、よく分からない。それで、サラに聞いてみた。
「なんか、やりたいこととか、目指してる職業とか、あるの?」
「専門学校に行こうかなと、思ってるの」
「どういう専門学校?」
「んー、音楽か、体育の専門学校がいいなあ」
「体育?そんな学校あるの?」
「あるよ、多分。で、音楽関係の仕事に就くか、体育の先生になりたい。でも、学校行くには、お金が要るから。いま貯めてる最中かな」
「じゃあ、趣味とか、好きなこととか、ある?」
「香水集めるの、好きだよ。いっぱい持ってるの、家の部屋に飾ってて」
しかし、サラは、まったく香水をつけていなかった。そのことを指摘すると、怪訝そうな顔をした。
「つけないよ。とくに、ここでは。香水集めるの、遊びだから。仕事じゃないから」
五月に入って、暑い日が続いた。その木曜日も、駅から店まで、十分ちょっと歩くだけで、夜なのに、汗ばむほどの陽気だった。
喉が乾いたので、サラに、バドワイザーを注文して貰った。背の高い、ひょろっとした感じの黒服が、ビールとグラスを持って来た。
ところが、栓抜きがない。サラも気が付いて、その黒服の方を見ながら、右手を胸の前で、小さく動かしている。黒服は、不思議そうにサラを見ていたが、別のテーブルに呼ばれて、居なくなってしまった。
それは、ビールの栓を抜く仕草のつもりらしい。なおも、手を動かしていると、通りかかった、中肉中背の別の黒服が、サラを見て、すぐに栓抜きを持ってきた。
「やっぱり、ジンナイさんじゃないと、だめね。ウツミくん、使えない」
サラは、私に聞かせる風でもなく、独り呟いた。その日は、途中で、サラに指名が入って、代わりに、クミコという子が、席に来た。
「お客さん、いつもサラを指名してるひとでしょ?私ね、サラちゃんと、仲良しなの」
クミコは、二十二、三歳くらいの感じで、サラより、明らかに年上だった。サラの独り言が気になったので、クミコに聞いてみた。
「ジンナイって、どういうひとなの?」
「ジンナイさんは、サラの担当さん。私の担当も、ジンナイさん」
「ウツミくん、というのは?」
「ウツミくんは、また別の担当さん。でも、ジンナイさんの方が、人気があるの。仕事が出来るし、かっこいいし。ヨーコとか、担当、ウツミくんだけど、ジンナイさんに変わって欲しいって、いつも言ってる。ウツミくん、いいひとなんだけど、ちょっと抜けてるのよね。お酒、薄目がいいですか?」
クミコの話によると、十人から十五人くらいの女の子を、一人の黒服が担当していて、出欠の確認とか、店からの連絡とか、注意とか、アドバイスとか。直接の上司というか、世話係みたいな存在らしい。人気のジンナイは、歳は二十五、六で、確かに、かなりのイケメンだった。
三十分ほどして、サラが戻ってきた。
「ジンナイって、サラちゃんの担当なんだ」
「そうそう。そうなの。ジンナイさんって面白いんだよ。この前ね、仕事上がりで、ジンナイさんと、ファミレス行ったの。そしたら、ジンナイさん、回りの知らないお客さんに、こんにちは、暑いですねー、って、平気で話しかけるの。相手も、びっくりしちゃうよね。ジンナイさん、沖縄出身って言ってたけど、沖縄のひとってみんなそうなのかな。そんなわけないよね。きゃっ、はっ、はっ」
帰るとき、店の前まで、見送りに出たサラが、空を見て言った。
「あっ、雨が降りそう。傘、大丈夫?」
雨はすぐに降り出した。カバンを頭に載っけて、駅まで走った。夜の街は、突然の雨で、ひとびとが右往左往していた。
第三話へつづく