ジャン・アレチボルトの冒険

ジャンルを問わず、思いついたことを、書いてみます。

原発の見直しは不可避

2011-03-30 03:35:32 | 原発事故
福島第一原発1、2、3号機のタービン建屋に、高濃度の放射性物質で汚染された水が大量に存在することが判明した。また、原発敷地の土壌からはプルトニウムが検出された。

衝撃的なニュースだ。

原子炉本体か、それにつながるパイプ・バルブ系のどれかが大きく破損して、本来、原子炉内部に閉じ込められるべきものが、外部に大量に漏れ出た可能性が高いからである。

放射性物質の「閉じ込め」は、原子力発電の安全性の基本をなす思想で、原子炉は「どんな事態が起こっても」内部の物質を外部に出さないように、設計されているはずだった。

だからこそ、事故の見通しについて、多くの専門家がテレビで楽観論を述べることが出来たのだろう。

しかし、それが大破してしまった。しかも、1号機から3号機まで、程度の差はあれ三つとも壊れている可能性が少なくない。

原子炉の設計をもう一度根幹から考え直すべき深刻な事態である。

東京電力は事故の原因が「想定外の津波」だったことを強調するが、津波によって原子炉系が破損したとは思えない。原子炉が入った建屋が津波で壊れた形跡はない。また、海水が侵入して電気系が故障したとしても、原子炉の機械系が物理的ダメージを受けるとは考えにくい。

恐らく破損の原因は、地震そのものの揺れ、メルトダウンによる内部圧上昇、水素爆発のどれかだと思われるが、そのいずれにしても、チェルノブイリ事故、スリーマイル島事故、阪神大震災など、近年に参考とすべき貴重な教訓がある事態で、「想定外」という言葉を使うことは出来ない。

中国電力の山下社長は、上関原発(山口県)の建設計画を今後も進めていくと表明したが、従来の原子炉設計に重大な疑問を投げかける事態が起きている以上、あまりにも時期尚早というべきである。

原子炉建屋に入ることすら出来ない現在、福島第一原発事故の全容はほとんど何も明らかになっていない。それどころか、汚染水の発見により、事態収束への道筋も完全に見えなくなってしまった。

電力会社のトップは、今回の事故が、どれほど深刻で危機的なものなのか、理解できていないようだ。そして、その姿勢こそが、彼らに原発を任せるべきではない一番の理由である。

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「買いだめおばさん」「買占めおじさん」という仮想敵

2011-03-24 04:18:03 | 政治
以前、ココアとその関連商品が売り切れて、スーパーの棚が空になったことがあった。テレビの人気番組で「ココアは体に良い」と放送されたのが原因だった。

普段より多くの人がココアを求めて店に行けば、一人一人が普通の量を買っても、ココアは簡単に品切れになってしまう。少数の消費者がココアを大量に買い占めたわけではない。小売店は需要と供給のバランスを常時取りながら仕入れを行っているので、急な需要増に対して、すぐには応じられないというだけの話である。

このときは、「誰かがココアを買い占めてる」という批判は聞かれなかった。ところが、今回の地震を発端とする品不足では、「米を買いだめしている奴がいる」「ガソリンの買占めをやめるように」「乾電池を大量に買う連中がいる」など「買占め」批判が連日のようにメディアやネットを駆け巡った。

しかし、品不足の原因は、本当に「買いだめおばさん」や「買占めおじさん」だろうか?

冷静に考えれば、卸売り業者ならともかく、少数の一般消費者が米やトイレットペーパーを大量に買い占めて、何日にも渡って首都圏のスーパーから商品がなくなるなど起こる筈がない。品薄の商品に関しては、「お一人様一点まで」といった購入制限がすぐに掛かる。自分だけには米を二袋売ってくれと店員に迫る人が後を絶たないというニュースは見たことがない。

そして、米を一袋、牛乳を一本、トイレットペーパーを12ロール一袋と、決められた分量だけ買い物籠に入れてレジに並んでいる人物を指して「買いだめ」「買占め」に走っているとは言わない。

むしろ、そういう客を見かけたのなら、見かけた人はラッキーである。今なら、米、牛乳、トイレットペーパーが棚に残っている可能性が高い。従って、「買いだめおばさん」を見かけたと掲示板に書き込んでる投稿者は、大抵の場合、自分もその際に米やトイレットペーパーをゲットしているだろう。実に、目出度い話ではないか(笑)。

地震発生以来、首都圏の多くの消費者が目撃したものは、空っぽになったスーパーの棚である。米を何袋も抱えたおばさんや、牛乳を何本も籠に入れるおじさんどころか、そもそも米や牛乳自体に滅多にお目に掛かれなかったのではないだろうか。

さらに、ガソリンに関しては、どんなに頑張っても満タンにするのが精一杯で、そもそも「買占め」「買いだめ」する手段がない。スタンドにドラム缶を持ち込んで、ガソリンを入れて欲しいとしつこく頼んでいるドライバーでもいたのだろうか。

今回の品不足は、製油所や油槽所の稼動が一週間近く停止したことによって、ガソリンや軽油の供給が不足したことから起こっている。日本全体としては十分な量の品物が存在するのだが、燃料が不足しているために、それらをスーパーや商店街まで運ぶためのトラックが動かせない。

一方、計画停電や燃料不足から休業や短縮営業を行う飲食店が増えたため、家で食事を作って食べる機会が急増し、その結果、米や麺類を求める消費者が増えた。ガソリン不足による供給減にエネルギー不足による需要増が重なることになり、品不足が加速していった。

首都圏における今回の品不足は、原発事故や製油所の緊急停止が現実のものとなった以上、数日間はどうしても起こってしまう不可避の需給アンバランスで、むしろこの程度の規模で済んでいるのは、多くの消費者が極めて冷静に節度を持って行動した結果だと言ってよいと思う。

しかし、必要なものが手に入らない、いつ買えるかも分からないという不安は、人々の心に強いストレス生み出してしまう。そのストレスから逃れるために、はっきりと攻撃できる対象が欲しくなる。

「あいつが悪い」とみんなで言える対象。自分のやり場のない怒りをぶつけられる相手。「買いだめおばさん」や「買占めおじさん」は、消費者の不安心理が生み出した仮想敵ではないだろうか。

問題なのは、消費者に食品やガソリンを供給する側の一部と、そして政府が、この仮想敵に便乗したことである。安定した商品の供給が出来なくなった流通側の一部の人間が、消費者の怒りに圧迫を受けて、品不足の言い訳として、巷で噂になっているルールを守らない不届き千万な消費者像、すなわち「買いだめおばさん」「買占めおじさん」の実在を暗に示して、そこに責任を転嫁しようとした。

その消費者像の原型は、開店前から行列に並んで、ガソリンや米をちゃっかり買っていく客ではなく、品切れのガソリンスタンドで店員に食って掛かるドライバーかもしれないし、米を買えなかった怒りからスーパーのレジ係に嫌味を言うおばさんだったかもしれない。

流通側から見れば、お目当ての商品を買うことが出来た客よりも、買えなくてなぜ商品がないと文句を言う客のほうが、精神的プレッシャーを受ける鬱陶しい存在で、「モンスター・カスタマー」と言いたい誘惑に駆られるだろう。

「買占めないで下さい」「買いだめしないで下さい」。流通側や政府がそう言えば言うほど、多くの国民は「買いだめおばさん」「買占めおじさん」の実在を確信するようになり、不満の矛先は、流通側や政府に向かうことなく、その仮想敵に集中することになった。

残念なのは、政権中枢にいる枝野氏や蓮舫氏が、首都圏のスーパーやガソリンスタンドで実際に起こっていることをよく見ないで、「買占め」「買いだめ」批判を繰り返したことである。

もし彼らが、スーパーやガソリンスタンドの状況をもっと真剣に見ていれば、「買いだめおばさん」や「買占めおじさん」ではなく、忍耐強く何時間も行列に並び、決められた量の商品を文句も言わず整然と買っていく消費者がほとんどであることを、すぐに理解しただろう。

記者会見で「買占める消費者」に憤慨して、「買占め・買いだめ」の定義すら明らかにしないまま「法的措置もあり得る」と発言する枝野氏。スーパーの視察で、空っぽの棚の横で何とか買える物を探している女性に向かって、「買いだめはやめて下さい。品物は十分ありますから」と話しかける蓮舫氏。

こういう政治家の方が、「買いだめおばさん」「買占めおじさんより」ずっと迷惑なのは間違いない。何と言っても、確実に実在するのだから(笑)。

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