いまジャーナリストとして

 いま私たちの目の前に、次々と現れるニュースをどうとらえ、どう判断するか・・・ジャーナリストの日誌。

文学は、はたして人生に必要なものであろうか?・・・そう聞かれたら、どう答えますか?

2011年06月15日 01時46分50秒 | 日記

 もう亡くなられて何年にもなりますが、京都大学の文学
部に桑原武夫さんという教授がいました。
 もともとはフランス文学の専攻で、その分野で数多くの
足跡を残しています。
 しかし、むしろ、登山や冒険の分野の活躍のほうが有名
かもしれません。南極で日本の遠征チームが初めて越冬した
とき、やはり京大の教授の西堀栄三郎さんが越冬隊長だった
のですが、桑原さんは、その西堀栄三郎さんの流れをくみます。
 探検と冒険の時代の京都大学ーーです。


 その桑原武夫さんに、『文学入門』という本があります。
岩波新書に入っています。

 『文学入門』の書き出しは、こう始まります。

 「文学は、はたして人生に必要なものであろうか?」
 
 『文学入門』という本の書き出しですから、インパクト
があります。
どう答えますか?
 こう質問されたら、つい
 「必ずしも必要ではない」とか
 「文学は人生に潤いを与えてくれるが、必要かどうかと
いわれたら、なくても生きていけるように思う」とか
 答えてしまいそうです。
 インテリほど、「必ずしも必要ではない」と言いそうで
すね。
 
 実際、桑原先生は、京大の文学部の試験に、この問題を
出したのです。1950年のことです。
 そのとき、京大の学生に、後に作家となる高橋和巳さん
がいました。
 高橋さんは、予想もしなかった試験問題に、うんうん言
いながら、「文学は必ずしも必要ではない」に近い答えを
書いたそうです。

 そして、試験が終わってしばらくして、「文学入門」が
出版されました。

 その冒頭に、
 「文学は、はたして人生に必要なものであろうか」
 と書いてあったのです。

 『文学入門』は、そのあと、こう続きます。

 「文学は、はたして人生に必要なものであろうか? こ
の問いはいまの私には、なにか無意味なように思われる。
私はいま、二日前からトルストイの『アンナ・カレーニナ』
を読んでいるからだ。私がこの傑作に接するのは、おそら
く四度目であろう。家庭教師のフランス女を誘惑したオプ
ロンスキイが、怒る妻にわびる言葉ーー”あやまるだけだ。
これまでの九年間の忠実が、数分間の不貞をあがな
うことは出来ないだろうか?”
 この”数分間”という言葉の持つ愚かしい露骨さ、した
がって、それを聞いたときの妻ドリーの怒り、そうしたこ
との意味さえとらえられなかった少年時代から、多少の人
生経験を経て、たとえば・・(略)・・
 『アンナ・カレーニナ』は読み返すたびにいつも新しい
喜びを与えてくれたのだ。
 レーヴィンはキティと結婚し、アンナは鉄道自殺をする
に決まっているのだが、いちいちの描写のあとをたどるの
が楽しく、読み上げるまではこの原稿も書き渋る。
 文学は人生に必要か、などということは問題にならない。
 もしこのようなおもしろい作品が人生に必要でないとし
たら、その人生とは、いったい、どういう人生だろう!
 この傑作を読んだことのある人なら、おそらく私ととも
に、そう言いたくなるだろう。
 そして、文学の傑作は『アンナ・カレーニナ』だけでは
ないのだ」

 というのが、問題を出した本人、桑原武夫さんの答えで
す。


 「もしこのようなおもしろい作品が人生に必要でないと
したら、その人生とは、いったい、どういう人生だろう」
 これが答えです。

 いいでしょう。
 桑原先生は
「文学は人生に必要か、などということは問題にならない」
 とまで、言うわけです。


 桑原さんの文章は、大きな特徴があります。
 なによりもまず、堂々と人生を肯定する姿勢です。
 そして、明るく陽気で、楽天的ななたたずまいで
す。おもしろいものはおもしろいと言おう。
 なにか、力づけられるような文章です。

 学生時代に、東京・巣鴨のとげ抜き地蔵の古本屋さんで
この本を買い、読んで、衝撃を受けました。
それからずっと、この本は、私にとって大きな支えとな
っています。
 もっといえば、この本ですっかり桑原武夫ファンになり
ました。新聞記者になって何年かして、岩波書店から桑原
武夫集・全10巻が出たのを知って、すぐに買いました。
まったく、予想通りの全集でした。

 電子書籍が出て、活字の本はどうなるかという議論があ
ります。
 『文学入門』で、すでに答えは出ています。

 「電子書籍か活字の書籍か、などということは問題にな
らない。もし、アンナ・カレーニナのようなおもしろい本
が人生に必要でないとしたら、その人生とはいったい、ど
ういう人生だろう。アンナ・カレーニナが読めるのであれ
ば、電子書籍であろうが活字の書籍であろうが、関係ない
のである。
  そして、そういう傑作は、アンナ・カレーニナだけで
はない。そういう傑作は、無数に存在する。赤と黒、坊っ
ちゃん、ジャン・クリストフ、茨木のり子詩集、用心棒・
日月抄、GANTZ、蒲生邸事件、鉄道員・・・などなど
無数に存在する。
 そういう傑作が読めるのであれば、電子書籍でも、活字
の書籍でも、その人が読みやすいもので読めばいいのだ。
 電子書籍か活字の書籍かという問いは、私には、無意味
なものに思える」





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