日本の牛、和牛の受精卵が日本から中国に持ち出されながら、
なんと、中国の空港で検疫にひっかかって日本に戻されたという事
件が、先日、起きました。
日本の大事な資源が中国に持ち出されかかったのに、それが、中
国側で阻止されるとは、皮肉というほかありません。
農産物、畜産物の分野では、和牛の受精卵や、イチゴの新製品、
あるいは、改良した穀物や植物の種子が、日本から国外に持ち出さ
れて、大きな問題になっています。
工業製品では、かつて、新しい工場や新製品の情報が、ほとんど
無防備で海外に漏れていたようです。
ひとくくりにすると、「知的財産」といっていいと思いますが、
日本は周囲を海に囲まれていたため、よくもあしくも周辺諸国とは
海という自然の障壁があり、こうした知的財産は、なんとなく守ら
れていました。
そのため、生産者、製造業者、企業も、日本政府(具体的には
霞が関の官庁)も、新聞やテレビのメディアも、そして、消費者も、
知的財産には、無頓着だったというのが、残念ながら、実態でしょ
う。
メディア、とくにテレビの情報番組が知的財産に勉強不足で、見て
いて驚くことがあります。
もう2年近く前のことになりますが、民放の情報番組で、日本の
農家からイチゴが韓国に持ち出された話を流していました。「情報
番組」と書いたのは、テレビの場合、純粋なニュースなのか、ニュ
ースショーなのか、あるいは、バラエティ番組なのか、よく分から
ないからです。
純粋なニュースという場合、それは、ジャーナリズムの領域に入
ります。しかし、ニュースショーやバラエティ番組は、ジャーナリ
ズムとは言いにくい。なぜなら、ショーやバラエティには、演出が
入るからです。
ジャーナリズムは、事実を、手を加えず、そのまま伝える仕事です。
そこへ、演出が入ると、もう、ジャーナリズムではなくなります。
いまのテレビは、ジャーナリズムとはいいにくいのです。
しかし、そこに出ている人たちが、自分たちはジャーナリズムに
携わっていると勘違いしているから、話は余計やっかいになります。
その民放の情報番組では、日本のイチゴが韓国に流出したことを
特集していました。番組のスタッフが日本のイチゴ農家に出向き、
インタビューしていました。農家の方は、おおむね、次のように話
していました。
・・・韓国の農家の人がやってきて、私のところのイチゴの苗を
ひと株でいいから分けてほしいと言うのです。このイチゴは
私たちが長い間苦労して品種改良し、ようやく、たどりついたイチ
ゴです。甘くて、人気なんですよ。我々にしてみれば、大事なイチ
ゴだから、そんなものを、あげるわけにはいかない。だから、もち
ろん、断りましたよ。
でも、その韓国の人は、拝むようにして、頼むのです。ひと株で
いいから、たったひと株でいいからと。それに、いただいたイチゴ
の苗は、私の農園で使ってみるだけだから、というのです。あまり
にお願いされるものだからね、私も、情にほだされて、じゃあ、ひ
と株だけ分けてあげましょう。そして、その苗は、あなたのところ
だけで使うんですよ。決して、よそに分けたり、広めてはいけませ
ん。いいですね、と念をおして、ひと株、分けてあげたのです。
そうしたら、1年、2年たつうちに、そのイチゴが、韓国産のイ
チゴとして出始めたんです。韓国のイチゴが評判だというので、調
べてみると、私のところで分けてあげたイチゴとおんなじなんですよ。
私もびっくりして、その方から連絡先をもらっていたので、連絡
してみようとしたのですが、全然連絡がつきません。
たったひと株だけ、それも、あなたの農園でだけ使うんですよと、
あれだけ念を押してのにねえ・・・
日本のイチゴ農家の方は、概ね、そんな話をしていました。
平昌五輪で、女子カーリングの選手が、休憩時間のもぐもぐタイ
ムで食べたイチゴがおいしかったと話して、いろいろ話題になって
いましたが、もしかすると、そうやって日本から持ち出されたのか
もしれません。
インタビューに応じた日本の農家の方は、見るからに、困惑した
表情で、イチゴが持ち出された事情を説明していました。
ところが、そのインタビュー映像が終わったあと、横にいた若い
アナウンサーが、こう言ったのです。
「いやあ、まあ、決して悪いことではないと思うんですが、でも、
せっかく日本で開発した品種ですからねえ」。
これを聞いて、びっくりしました。
日本産のイチゴが韓国に持ち出されたのに、「悪いことではない
と思うんですが」というのです。なぜそういったか、想像はつきます。
彼は、日本の高い品質のものが、世界に広がり、世界で利用され
るとすれば、それは素晴らしいことだと、そういいたかったのでし
ょう。
その番組のメインのキャスターも、この言い方をたしなめようと
はしませんでした。
残念ながら、これが、知的財産に対する日本の感覚かもしれません。
日本の高品質のものが世界に広がるのは、悪いことではない。む
しろ、いいことだ。
そういうのです。
これまで長い間、日本の各分野の知的財産は、こうやって、タダ
で、海外とくに韓国と中国に漏れていきました。
インスタントラーメンでは、1960年代初め、日本のインスタ
ントラーメンの会社が、韓国の会社に、製造方法から技術、レシピ
まで、すべて無償で教えています。
半導体も、韓国のサムスンが日本の経団連に技術提供を依頼して
きて、経団連の仲介で、日本の企業が、製造技術を教えました。
もちろん、当時、韓国はまだまだ貧しい国であり、日本としては、
お隣りの国を助けるという気持ちがあったのでしょう。
イチゴの苗の番組で、若いアナウンサーが「悪いことではないと
思うのですが」と解説したのは、そういう時代の名残りがあるのか
もしれません。
しかし、もう、そんなのどかな時代は、遠くに過ぎ去りました。
とっくに、昔の話になってしまったのです。
中国に対しても、同じことが言えるでしょう。
2004年、JR東日本と川崎重工は、中国で、高速鉄道のプロ
ジェクトを受注し、中国鉄道省に、東北新幹線「はやて」の技術を
供与する契約を結びました。
ところが、中国は2011年、日本から技術供与を受けて開発し
た中国の新幹線を「独自開発」とし、アメリカで特許を申請をした
のです。
日本は高い技術を持っている。
それを、世界に提供するのはいいことだ。
・・・そんな時代は、もう、昔話になっているのです。
2019年の私たちは、遅まきながらも、そのことをはっきり自
覚し、対応する必要があるでしょう。
(続きます)