いまジャーナリストとして

 いま私たちの目の前に、次々と現れるニュースをどうとらえ、どう判断するか・・・ジャーナリストの日誌。

TPPと安倍首相とボゴール宣言・・・ボタンの掛け違えを、ようやく直せそうです。

2013年02月27日 01時31分10秒 | 日記

 安倍首相は、オバマ大統領と会談し、TPP(環太平洋
経済協力)の交渉に参加する考えを明らかにしました。
ようやく、という感じです。

 TPPは、太平洋を取り囲む国々で、貿易をどんどん自
由化しようというのが大きな狙いです。簡単にいえば、関
税をなくそうというものです。
 これに、日本では、農業団体が猛反対しています。アメ
リカやオーストラリアから、安い農産物が入って来たら、
日本はやっていけないというのです。
だから、関税をなくすなんて、とんでもないというわけです。

 これまでに何度か書いたことがあるのですが、きょうは、
改めて、書き直します。
 何かというと、TPPに反対する人たちが、
   「えっ?」 「本当?」
と驚くような話です。

 1994年の11月、インドネシアで、APEC(アジ
ア太平洋経済協力会議)が開かれました。 
 東南アジア諸国に、日本とアメリカが入った会議で、い
まのTPPよりはるかに多くの国が参加した会議です。
 
 このとき、まことに画期的な合意が採択されました。
 合意内容を、次に掲げますので、ちょっと読んでみてく
ださい。びっくりしますよ。

 「APEC加盟国は、貿易と投資の自由化を、
  先進国は2010年までに達成する。
  途上国は2020年までに達成する」

 どうですか。
 貿易と投資の自由化を、2010年までに達成するとは
っきりうたっているのです。

 このときのAPECは、各国から首脳が参加する大がか
りな会議で、日本からは村山富市首相や橋本龍太郎通産相、
アメリカからはクリントン大統領が出席していました。。
 村山首相やクリントン大統領、アジア諸国の大統領、首
相による首脳会議で、この合意を採択したのです。
 
 目を疑うでしょう?
 「先進国は2010年までに自由化を達成する」
 と宣言したのです。

 これを、ボゴール宣言 といいます。
 ボゴールは、APECを開いたインドネシアの都市の名
前です。
 
 すごい宣言です。
 貿易と投資の自由化を、2010年までに達成するーー
というのですからね。

 でも、よく考えてください。
 この宣言は、これから交渉に入ろうというTPPが掲げ
る目標と同じです。

 それにしても、2010年に自由化を達成?
 そうです。
 ボゴール宣言が貿易と投資の完全自由化の年と掲げたの
は、2010年でした。
 いまは2013年ですから、とっくに過ぎてしまいまし
た。
 ところが、いまも、別に何も変わっていないでしょう。
 貿易と投資の完全自由化は達成されていません。
 ボゴール宣言、すっかり忘れ去られてしまったのです。

 ボゴール宣言って、本当にそんな合意、あったの?ーー
と、疑う方もいらっしゃるでしょう。
 しかし、本当にありました。
 当時の新聞をちょっと見てもらうと分かりますが、その
ころ、新聞の一面トップは、連日のように、インドネシア
のAPCECとボゴール宣言を取り上げています。
 私は、このとき、インドネシアの現場にいましたが、現
地は、すごい熱気でした。

 ところが、このときは、日本では、ほとんどなにも、と
いうより、まったく、反対運動は起きませんでした。
 農業団体も沈黙していました。

 ボゴール宣言が採択されたのは1994年です。
 いまからもう19年前です。
 そんなときに「貿易と投資の自由化」を宣言しているの
です。
 ところが、何も反対運動が起きなかった。

 それなのに、それから19年後のいま、ボゴール宣言と
同じような内容のTPPに、今度は、なぜ反対するのでし
ょう。

 おかしいでしょう。
 こんな不思議な話はありません。
反対するなら、19年前に反対してくれ、というところで
す。

 では、こんなとんでもないボゴール宣言に、なぜ、日本
で反対運動が起きなかったのでしょう。
 逆に、なぜ、TPPでは反対運動が起きるのか。
  
 ボゴール宣言を採択したAPECは、もともと、年に一
回開かれる国際会議なのです。 アジア太平洋地域の経済
協力など、経済問題をいろいろ話し合いましょうという会
議でした。
 その会議を続けているうちに、貿易と投資の自由化とい
うテーマが出てきました。
 国際会議を開くなかで、ごく自然に、貿易と投資の自由
化というテーマが出てきた。
 だから、交渉に入るにあたって、国会での承認も求めら
れることもなく、自由化の論議が始まりました。
 別にだれも、何を隠すわけでもなく、会議のプロセスは、
いつも、ちゃんと報道されていました。
 
 それなのに、何の反対もなかったのです。
どうしてでしょう。
 
 ひとつは、自由化の目標とする年がかなり先だったとい
うことです。
 ボゴール宣言を採択したAPECは、再三書いているよ
うに、1994年に開かれています。
 自由化の目標とする年は、2010年と定めました。
 16年も先のことでした。
 
当時の実感としてはどうだったかというと、
 「えっ? 2010年までに貿易と投資の自由化を達成
する? えらい先の話だなあ」
 というものでした。

 16年先も先なんて、日本もアメリカも、政権がどうな
っているのか、見当もつきません。16年後にまったく別
の政党が政権についていて、「ボゴール宣言なんて、知ら
ない」と言ったら、どうするのでしょう。
 16年も先のことなど、約束したってしようがないだろ
うという感じでした。

 しかし、紛れもなく、貿易と投資の自由化を実現すると
書いてあります。
 ものすごい合意です。
 こんなにあっさり合意しちゃっていいの?
 
 農水省も農業団体もなんで反対運動しないんだろうと
思いましたたが、なにしろ、16年も先のことですから、
反対運動をしようという気にもならなかったというのが、
正直なところではないかと思います。

 実は、16年後のことを決めるというのは、ほとんど精
神論の世界です。
 というよりも、簡単にいえば
 「加盟国のみなさん、自由化に向けて、努力しましょう
ね」
 という呼びかけです。
 そう。あれは、呼びかけだったのです。
 努力目標だったのです。
 それが分かっているから、どの国も、ボゴール宣言に賛
成したのです。

 同じように、今回のTPPも、政府が、一番初めに、あ
っさりと、
 「日本も交渉に参加します」
 と言って、交渉に加わっていれば、なにごともなかった
かのように、交渉が始まっていたと思います。 
10か国も加わった交渉ですから、一筋縄で進むはずが
ありません。
 何年もかかる。
 各国とも、それぞれに事情があるから、自由化の例外に
してほしいという話が各国から出てくる。
 いつ終わるともしれない交渉になります。
 しかも、最終的にまとまったところで、ボゴール宣言の
ように、自由化の目標は10年後とか、そういう話になっ
たら、結局のところ、「呼びかけ」に終わります。

 2009年、鳩山首相が、国連で「日本は温暖化ガスの
排出量を25%削減します」と宣言して、拍手を浴びまし
た。しかし、あれ、もう、だれも覚えていないでしょう。
 あれは、呼びかけというか、意気込みの表明だったので
す。

 TPPも、そうやって、すっと参加していれば、なにほ
どのことはなかった。

 TPPが、これほどもめてしまったのは、民主党政権の
菅首相の責任です。
 菅首相は、2010年に横浜で開かれたAPECのあと、
にわかにTPPを言い始め、
 「平成の開国をしなければならない」
 と訴えました。

 振り返れば、これが、ボタンの掛け違えでした。
 なにしろ、いきなり「平成の開国」とやったものだから、
みんな、びっくりしてしまいました。
 「平成の開国」などといわれると、それは、だれだって
ぎょっとしますよ。
 
 菅首相は、「平成の開国」という言い方で、なにか、新
しい日本を作るんだというようなイメージがあったのでし
ょう。
 しかし、実のところ、これだけ、人も物もお金も、自由
に行き来できていて、開国なんて、とっくに済んでいます。
 それなのに、なにか、新しい政策であるように、ことさ
ら「平成の開国」というものだから、みんな、びっくりし
ました。なにかあるのだろうかと。
 それが、すべての失敗の始まりです。

 菅首相という人は、本当に、センスの悪い人でした。
 菅首相が、初めに、ボタンを掛け違えてしまったのです。

 いまようやく、掛け違えたボタンをいったんはずし、ち
ゃんと掛け直すその第一歩が始まったということです。
 
 本当に、えらい遠回りをしたものです。