![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/hiyo_do.gif)
人ってのは結局の所、楽な事しかしていないんだな。
まあ、この楽な事って感性の問題だから、人によって感じ方が違うんだけど、だから、100の事しても楽だと感じる人もいれば、10の事でも楽だと感じる人もいる。
人によって感じ方は違うけど、色々調べてみると、結局、それぞれ楽な事しかしていないんだな。
だから、100している人を見ると、くるしんでんだなって思うかもしれない。だから100している人を見ると、とかそう言う人の話を聞くと、やはり苦しまなきゃとか、苦労しなきゃとか思っちゃうんだな。また100を楽してしている人とかが偉い人だったり、成功者として君臨しているからね。(最も楽だとは言わないけどね)
で、楽なのは10までの人は、100しなきゃと、その苦しいことするんだけど、苦しいのは続かないから、結局、庭でぼけーとしちゃうんだな。そんで、いかんと思ってまた苦しい事始める。またぼけー、、繰り返し。
それ以外の時間はゲーム雑誌かなんか見て、楽しているんだな。で、楽な方は頭に入ったりして、ゲームの情報とかやたら詳しくなっちゃうわけだ。
肝心の難しい方は、難しいから頭に入らないし、苦しいから思い出したくもないしで、結構悪循環。
つまり、難しい事やできない事に没頭して苦しむよりも、楽な事を沢山した方が良いんだ。結局、楽なものからしか身につかないし、頭にも入らない。
重要なのは、難しい事をこなしている人も、難しいと感じてしているのでなく、簡単とか楽だとか感じてしているんだ。だから苦しくないし、難しくもない。(まあ本人は難しいとか苦しいとか言っているかも知れないけどね)
囲碁の勉強と一緒だな。簡単なのを沢山繰り返す方が、難しいのを1回やるよりずっと身につくらしいんだな。勉強や仕事も一緒だ。
神様はみんな同じ様には作っていないって事だ。
ってな感じだ
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます