なんか、春のように暖かいですね、ぽかぽかって言いです。人生もぽかぽかと生きていきたい。
ちなみに、最近上記の本、略して認ガイを買いました。認知行動療法に興味が沸いてきて、ちょっと本屋さんでぶらぶらしている間に、出会いました。横文字文化からの翻訳は、文化的背景が違うのでそのまま導入はできないし、参考にも余りならないかなとか思っていたのですが、日本の著者で認知行動療法に対して実践的に書いてある本も余り無さそうなので、また内容を見て、どのようにしていけば良いか、枠組みだけは分かるので、勉強するには良さそうだと言うことで買ってしまいました。
今まだ、三章ぐらいまでしか読んでいませんが、いわゆるロジャーズの言うクライアント中心療法ではあるのですが、その対応はかなり違います。クライアントが中心なのですが、話すのを聴くだけでなく、能動的に治療者が関与しています。
テストを前もってしたり、色々診断中にメモを取ったりと、ちょっと医者が患者を治療していると言うような感じを受けます。クライアントをかなり客観的な方法で診断してから、そこから問題に焦点を当て、治療をしていくというように。
ロジャーズとかユングとかその他の伝統的なのも良いですが、そちらの本を読んで、認知療法の本を読んだ感想からすると、認知療法の方が、能動的で、クライアントが色々作業もするので、もし自分がクライアントであったなら、認知療法を選ぶかなという意味で、自分に合った方法という気がします。
また、この認知療法の方法はいわゆるカウンセリングでなく、色々な人と関わりを持つ仕事で応用できそうな気がします。
ただし、認知療法は治療者の介入が多くなるので、クライアント中心でなく治療者中心になる可能性が多いです。下手すると治療者の1人芝居で、クライアントがあまり付いてこないけれども、それに余り気が付かずに、続けて行ってしまう危険もあります。この方法では治療者が相当受動的な性格であることが望まれると言うことでしょうか。
認知行動療法は在る意味で科学的で客観的な方法という印象を受けるので、自分自身、困った時、ストレスが多くなったり、不安や挫折感を味わった時に、自分で治療者とクライアントの両方になったつもりで、分析し進めていける気もします。つまり、軽い場合には自分自身を自分で治療していけるのではないかという期待が持てます。
後は、友人などが困っている時にも、この方法なら相手との誤解なく、問題を明らかにして話し合い、解決していけるかなと言う気がします。アメリカから出ているので、在る意味で凄くオープンです。僕も、オープンソースを自分の信条としているので、こういうオープンな方法というのは尊敬しちゃいます。
最もオープンといっても、自分とクライアント(認知両方では患者という言い方をしている)の間でオープンなのであって、第三者にまでオープンと言うことはもちろんありませんが。
と言うことで、この本は認知療法、或いは認知行動療法について知るには大変優れている本だと思います。実際、サリーというクライアントの事例を通して説明しているので、わかりやすいです。分かりやすいと行っても、全くの初心者さんには、向きませんが、一通りどういう心理療法が在るか勉強した後で、認知行動療法について更に深めていきたいという人にとっては、良い本であると思います。
ただ、余りに具体的に書かれている本はその余りに具体的に書かれているために、その方法を逐一まねようとしてしまう傾向がある人もいると思いますが、そう言う意味では余り具体的すぎると自由度に欠けて良くないですね。本を読んでいるのでなく読まれてしまうと言うか。
こういう方法論になるとかなり難しいのですが、一番良いのは、この方法を行っている所に行って学ぶということが良いと思います。特に若い内は自分がまだしっかりしていないので、方法に振り回されて、自分が確立できないことが多いので。
この例だと、この著者はペンシルバニア大学かどっかなので、そこに行って学ぶとか。うぅ、若ければ学びに行きたかった。