地球族日記

ものかきサーファー浅倉彩の日記

[cinema]the moon

2008年12月04日 | 読み聞き日記
いろんな意味で鳥肌モンの映像が満載です。
1月に全国で公開される映画「ザ・ムーン~IN THE SHADOW OF THE MOON」。
アポロで月に行った宇宙飛行士たちの当時の映像と
最近撮られた回想談で構成されたドキュメンタリー映画なんだけど、
とにかく宇宙級に視野が広がり、深まり、感動した。
生きてるだけで奇跡!って当たり前のように思った。

まず、コンピュータが今ほど進化していなかった1969年~70年代に、
ちゃんと月面着陸できたってことがスゴい。
9回の月面着陸の映像が今までにない規模でまとめられていて、
砂漠のような月を車で走ったり、掘り返して白い砂のサンプルを採取したりしてた。
映像には月の上を歩きながらしゃべってる宇宙飛行士の音声も入ってて、
臨場感たっぷり。

そして、初めてのとき、世界中の人々が同じ気持ちで
人類にとっての大きな一歩を見守り、歓喜に沸き返った一体感もすごい。
今、そんな風に世界中の人が同じ感動を味わえることってあるだろうか。
考えてみれば、世界中どこにいても見られるものって、月と太陽ぐらいなんだね。
だから、「そこに行く。見えているけど遠いあの月に人間が行く」っていうことの
ロマンをみんなが共有できたんだ。
月というはるかかなたの対象物によって、
金持ちも貧乏も白人も黒人も黄色人種も男も女も大人も子どもも「人類」というひとつの
共同体になることができた。
黒船がやってきて、藩単位だった所属意識が「日本」にスケールアップしたのと似ている。
今はなんで、月に行かなくなっちゃったんだろう。
人間が月の表面を歩くライブ映像を流したら、
戦争してる人だって、弾をこめるのをやめて
ワクワクしながらその様子を見るんじゃないかな。

そして、最後のほうにまとめられたおじいさんになった宇宙飛行士たちのコメントが圧巻。
生きてるだけで奇跡。
その奇跡に感動して生きれば、
すっごく楽で幸せでたのしい。
かれらの言葉はどれも、その真実を訴えてた気がする。

「我々は月を知ることで、実は地球について知った
遠く離れた月で親指を立てると
親指の裏に地球が隠れる
すべてが隠れる。
愛する人たちも仕事も地球自体の問題も
すべて隠れてしまう
我々は、なんと小さな存在だろう
だがなんと幸せだろう
この肉体をもって生まれてきて
この美しい地球で人生を謳歌することができて」

「私は月に行ってから、
天気に文句を言ったことはない。
天気があるだけ幸せだ」

「私たちは、科学技術の成果で月に行くことができた。
でも月に行って感じたことは、科学技術のすばらしさではない。
地球は偶然の産物にしては美しすぎる。
人間がつくった宗教と神を越える大いなる存在、
霊的なものの存在を確信した。」

「シャトルの窓から地球を眺めていたとき、ふと感じた
圧倒されるような経験だった
自分の肉体もスペースシャトルも地球も、
その原型ははるか昔に宇宙でつくられたものだと
すべてはつながっていて、ひとつなんだと
他と私ではなく、万物は一つなのだと」

人間が個に分断され、格差の中で苦しんでいる。
その苦しみのあまり興味と努力は自己へと向かい、
さらなる孤独を生んでいる。
人と人、人といのちを涵養する自然とのつながりが途絶えた
この時代に、必要な映画だと思った。

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