地球族日記

ものかきサーファー浅倉彩の日記

11月29日(月)のつぶやき

2010年11月30日 | お仕事日記
17:19 from Echofon
共感。RT @niwanoniwa: あの至高の一夜は、交わした言葉じゃなかったんだよなあ。さりげなく訪れた一つの時間だった。あの日あの場所で時間を共有したという事実は、そこにいた闇と空気以外には誰にも教えていない。
18:00 from web
てすと
19:43 from web
I'm watching greenzjp's live broadcast on @Ustream! Come join me http://ustre.am/qBqN !
19:50 from Ustream.TV
植物の根っこ、私も見たい! (live at http://ustre.am/qBqN)
19:52 from Ustream.TV
大根とかニンジンの育ち具合が、引っこ抜く前に見えちゃうわけね! (live at http://ustre.am/qBqN)
19:54 from Ustream.TV
@JUNYAmori やっほう 見てるよ~ (live at http://ustre.am/qBqN)
20:44 from Ustream.TV
私は決まった脳内標語があります。出かける前に「財布ケータイたばこ手帳化粧ポーチ」。もうたばこやめたけど、標語はそのままw (live at http://ustre.am/qBqN)
20:59 from Ustream.TV
なんか、いけてる飲み会をのぞき見してるみたいでおもしろーい。 (live at http://ustre.am/qBqN)
21:02 from Ustream.TV
かわいさんが、しも振れしてます。 (live at http://ustre.am/qBqN)
21:04 from Ustream.TV
美忘録 (live at http://ustre.am/qBqN)
21:06 from Ustream.TV
確かに「忘れる」はうつくしい。「勿忘草(わすれなぐさ)」とか。 (live at http://ustre.am/qBqN)
21:09 from Ustream.TV
原稿を締め切り日に書いちゃうのは、セルフSMな気がする。自分で自分をぎりぎりまで追い詰めると、終わったとき征服感を感じられる! (live at http://ustre.am/qBqN)
21:24 from Ustream.TV
充電器忘れアプリほしい。カメラとかiPhoneとか、forsquareと連携して、近くにいて同じモデルの持ってる人を探し出したいときがある。 (live at http://ustre.am/qBqN)
21:29 from Ustream.TV
Craigs listのtwitterバージョン! (live at http://ustre.am/qBqN)
by ayaatagrica on Twitter

フリーライターというお仕事。6

2010年11月28日 | お仕事日記
房総R不動産さんのお仕事が始まったことで、
私の中にパラダイムシフトが起きた。

いなかに住んでいるということが、弱点ではなく武器になる
という、価値の逆転現象だ。

「ふつう」とか「当たり前」とされている常識が覆るのは、単純に楽しい。

ふつう、仕事は東京にある。

だから、フリーランスになってブラウンズフィールドに住み始めてからも、
打ち合わせや取材、入稿作業などで、週1~2回は東京に通うのが
当たり前だった。

リクルート時代の編集者の先輩からは、
「能力が同じで、『東京都渋谷区』に住んでいる人と、
あまり聞いたことのない郊外の県に住んでいる人がいたら、
間違いなく『東京都渋谷区』に住んでいる人に仕事を頼む。
何かあったときにすぐに飛んできてもらえるしね。
それに、住所のブランドってあって、名刺に『神宮前』って
書いてあったら、
それだけで、情報感度が高そうな感じがするじゃない?」
と教わった。
編集者のヒヨコだった私は、
その教えをそのまま受け止め、常識としてインプットした。

好きでいなかに住んでいる移住組も、
高度に発達した交通機関を利用して
東京に出稼ぎに行っているか、
インターネットとかけあわせて
商売をしている人がほとんど。

仕事は東京にある。は、「私個人の事情」ではなく、「社会通念」だ。

だから、いなかにライティングの仕事ができたという事実は、
社会通念が変わる、大きな変化の兆しなのじゃないかとすら思う。
だって、いなかに不動産を求めて物件を見に来る人がいるからこそ
仕事が発生するわけだ。
仕事ができたという事象のすぐ裏側には、
都心からいなかへ向かうニーズの潮流がある。

その大きな流れの中で、
いなかに住んでいて、土地勘があり、
移住希望者の期待や不安やニーズ、つまり"ツボ"がわかるライターが、
価値を持つようになったのだと思う。

長くなったので、つづきはまた。


フリーライターというお仕事。5

2010年11月27日 | お仕事日記
私が今お手伝いさせていただいているお仕事のひとつに、
房総R不動産さんの物件紹介コピーを書く、というものがある。

どんなお仕事が舞い込んでくるか、まったく予測不可能なのが、
フリーランスの面白さなのだけど、
このお仕事なんて、その最たるものだ。

きっかけは、今年の6月に、当時私が住み着いていた
ログハウス=greenz森の家で開かれたギャザリング。
ここに、房総R不動産の社長である佐々木真くんが来ていた。
大いに盛り上がった会も終わりかけた頃、
たまたま初めましての会話が始まって、
「何?フリーライターなの??じゃあ、お願いしたい仕事がある!」
ということになったのだ。

ちなみに、このときケータリングをしてくれたのは、
当時のライステラスカフェの料理長兼店長 澤畠以以奈ちゃん。
今は菜食料理家となって吉祥寺に住み、
Vege geekという菜食プレートのお店や料理教室を開いている。
彼女の料理は、とってもクリエイティブ。
人や自分と真摯に向き合い、凛として生きる彼女の
LOVE&SOULがたっぷり盛られた味は、
料理好きがみんなでつくっていた
ブラウンズフィールドのまかないの中でも、目立っていた。
「一口つまんで、あ。これはいいなちゃんかな」ってわかるぐらい。
機会があったら、ぜひ食べに行ってくださいね。

さて、房総R不動産さん、
「不動産屋さんの物件紹介」
に、わざわざ外部のライターを使う気合いがステキです。

それというのも、房総R不動産は、名前からわかるとおり
東京R不動産の房総バージョンなのだ。
スペックではなくストーリーで、人と物件をつなげる。
このコンセプトを明確に打ち出して、
新たな価値の発信源になった東京R不動産は、
「東京R不動産」という本にもなっている。

不動産って、モノだけど、モノじゃない。
時間の流れ方を変えて、インスピレーションを与え、
人間のクオリティ・オブ・ライフを上げる力を持っている。
その力に光を当てて、人の心を惹きつけるのは楽しい。

そのあたりの感性がきれいにはまり、
本当に楽しくてしかたがない仕事になっている。

しかも、房総R不動産が対象としているいすみ・一宮は、
私自身が気に入って住みつき、
「房総LOVEダイアリー」というブログまで立ち上げていたエリア。
(現在はおやすみ中。。。)
エリアをぐるぐるまわって、中でも特にクセのある(=魅力的な)家や土地に
立ち、空気を吸い、空を見上げ、時には海を眺め、写真を撮る。
「ここに住んだら、、、」という想像をワクワク膨らませ、
ぴったりの言葉を探し連ねて文章をつくる。

たとえばこんな。

「大自然に恋して」

「ながいきの村」

「ジョニーの家はサニーサイド」




長くなったので、つづきはまた。

人生一度きり。

2010年11月26日 | 自分日記
助手席の私は、最近67歳のラテン系ジャーナリストに口説かれた話をした。
「その人が、ほんとラテン系で『一人で部屋に来い。人生一度きりだ』とか言うんだよね」と。

頭の中には、
「あなたも出会って間もない頃、南の島の車の中でそう言ったのよ。
その時ちょうど、カーステレオから『人生一度きり』っていう歌詞が流れた。
あなたは、鬼の首でも取ったように『ほら!人生一度きりって言った!』って
叫んだの、覚えてる?」

という※付きの注釈文が浮かんでいたのけど、
彼がもし覚えていなかったら傷つくから、あえて口にしなかった。

そうしたら、フロントガラス越しに料金所の緑の光を見つめながら、「『人生一度きり』なんて俺みたいなこと言うな」と、つぶやいたのだ。
私は可笑しくなって、
「私も、それ聞いたとき、あなたもそんなこと言ってたなって思い出してたよ。」と、笑った口のまま、頭の中の※を言葉にした。
そして、2人で笑った。

そのあと、暖炉の火をみながらアンディ・アイアンズの急逝の話をして、
また「人生一度きりだね」と言いあった。
だから、目の前にある楽しいことは、全部やらないと。って。
「本当に、いつ死んじゃうかわからないよ」
いつになく真剣な瞳で、私をまっすぐに見てそう言った。

私は、いつ死んじゃうかわからないような人が好きなのかもしれない。

ある人との関係が、どんどん変わっていくさまには、ワクワクさせられる。
その人の存在が、肌に馴染んでいく感覚。
毎回、これが最後かもしれないと思って、
去っていく車に手を振る。
毎回、その前よりも、ゆったりとした気持ちで。

時が、緊張を解いていく。
時が、思い出をつくっていく。
時間が経つことが、こんなに楽しいなんて。
時間って戦う相手じゃないんだ。
時間が紡ぐ詩を見つめて生きればいい。

人生一度きりなのだから。

満月。

2010年11月25日 | たまに詩人になります
大人になるっていうことは、
持ちものを増やすのじゃなくって、
荷物を捨てていくこと。

かけちがってあったボタンから、
あつめちゃったがらくたから、
解放されていくこと。

裸の子になって、
おつきさまの光を浴びて、
ああ、生きているねって、
金色の夜風を胸いっぱいに
すいこむこと。

グレーの雲がしのびあしで近づいてきた。
さあ、ベッドに戻って夢のつづきを見よう。

カッ。プ。ル。

2010年11月24日 | 自分日記
カッ。プ。ル。

今夜は、すごく好きなカッ。プ。ル。のおうちで、
鍋をごちそうになった。

フェイオン、みたいな音の、
正確には忘れたけれど、どこか中国か韓国か、
そこいらの国の食べ方らしかった。
取り皿の中で、
塩とごま油と七味で味をつくって、
お湯もしたたる白菜と、
あぶらみがぷるんと半透明になった豚バラを入れて食べる。

これが、なんともはや、
シンプルで、おいしいのでした。
私と彼女はビールを、彼は最初から、泡盛を飲んでいた。
次に私は泡盛に、彼女はチューハイになりました。
誰の手にもあるグラスに、ついでは飲み、
ゴトリとテーブルに置いては、また飲んで。

ふだんぎの食卓だから、安心しておはなしは大盛り。
あっというまに夜は更けて、うっかり12時をまわってしまった。
とちゅう、彼が下のセブンイレブンでハーゲンダッツを買ってきてくれた。
それを見て、彼女は、「あ。いいアイスだ」と言いました。

3年くらい前に結婚したふたり。
書籍の編集者の彼と、誰かのおしごとにかかわるしごとをずっと続けている彼女。
2人の人柄がにじみ出たような、賢くて気取らないおうちだった。

こころの毛細血管まで、優しさが行き渡り、
なんだかぬくぬくとしたまま、
早稲田通りから環七へと続く家路を一気に踏破した。

その勢いで、
彼女が「これいいよ。」と言って貸してくれた
荒木経惟の「いい顔している人」を、読破した。

いい夜なのであります。

フリーライターというお仕事。4

2010年11月23日 | お仕事日記
「自分の限界は自分がつくる」って、
上司や先輩が部下や後輩を叱咤激励するときに、
よく使う言葉だ。
この言葉、営業マン時代は
「もっと売れ。数字をあげろ」
というふうにしか聞こえなかった。
「お前はまだがんばりが足りない。まだやってない。」って
責められている威圧感だけがあって、腹に落ちないフレーズだった。
それはきっと、“稼ぎ”のためだけに仕事をしていたからだ。

それが、自分がこんな社会にしたいというビジョンに
つながっている”働き”のための仕事になったとたんに、
心から納得できるフレーズに変わった。

「R水素社会を一日も早く実現する」っていう目標に近づくチャンスは
どこに転がっているかわからないんだから、
自分で勝手に限界をつくっている場合じゃない。
そう思えるようになった。
だから今、目上の人に、
「自分の限界は自分がつくる」って言われると、
私は目をキラキラさせてしまう。
「この人は、私が自分で無意識のうちにつくっている
限界をどうやってこわしてくれるんだろう!」ってワクワクするから。

数年前の私のように、「自分の限界は自分がつくっている」と言われて
心地よさよりもプレッシャーやストレスを感じている人がいるなら、伝えたい。

一日も早く、「こんな社会にしたい」という大きなビジョンを見つけてほしい。
そのために、「自分のやりたいこと」ではなく、
「誰の役に立ちたいのか」「何を守りたいのか」ということを、
必死で考えてほしい。

たとえば、私はサーフィンが大好きで、
サーフィンは「自分がやりたいこと」だけど、
サーフィンだけやっていても、はっきり言って空しい。

だけど、本当に海とサーフィンが大好きすぎるから、
そのワクワクして幸せな気持ちと、
社会に出てみて感じた閉塞感や違和感や嫌悪感とのギャップを、
「社会なんてこんなもんだ。サーフィンは週末の趣味でいい。」って
ごまかさないで、見つめ続けた。
営業マンや編集者として、動きながら、見つめ続けた。

そうして辿り着いたのが、
「人と自然が大切にされる社会にしたい。みんなが、
『人間は自然に生かされている』って意識しながら生きる社会にしたい。」
というビジョンだった。

自由人っていうのは、自分のやりたいことだけやっている人じゃない。
自由と背中合わせにある、社会に対する責任の果たし方、その方法論を、
自分で編み出して実行している人のことだと思う。

そして、社会に対する責任の果たし方がビジョンで、
方法論が職種、つまりお仕事だと思う。

だから、サラリーマンでも自由人はいるし、
フリーランスでも自由人じゃない人もいる。

私は、自由人でありたいと思っている。
フリーライターというお仕事は、私にとって
金猛営業マン時代や忙殺編集者時代を経て辿り着いた、
現時点で(あくまでも現時点で)最高の、「方法」だ。

「自然と人間が大切にされる社会にしたい」というビジョンに
向かうために編み出した、フリーライターという「方法」が
R水素(無尽蔵の自然エネルギー革命)という
「具体的な目標」と結びつくことによって、
私はすごく満たされて、充実したおしごとライフを送っていた。

そうしたらなんと、船に乗って地球を一周するチャンスが巡ってきたのだ!

長くなったのでつづきはまた。

すべての出会いに感謝。ありがとう。

フリーライターというお仕事。3

2010年11月22日 | お仕事日記
R水素に出会ってからというもの、
私はライターという枠にこだわらずに仕事をするようになった。

というよりも、こだわっていられなくなった、という方が正しい。
自分が見つけた世界をポジティブにひっくり返すカギを、
ひとりでも多くの人に知ってもらいたいわけだから、
知ってもらう”かたち”にこだわってはいられなくなったのだ。

どさくさにまぎれて超えてしまった一番大きな壁は、
「人前で話すのが苦手」という意識だった。

私はとっても小心者で器の小さい凡人なのに、
小さい頃から勉強だけはできて、親戚じゅうから褒められて
育ってきたので、褒められたい気持ちが強く、プライドが高い。
すごくいやなんだけど、
これはもう、自分の宿命みたいなものだと思っている。
なので、なにかにつけて緊張する。

今でも忘れられないのが、社会人になって5日目に、
緊張のあまりプレゼン中に失神したことだ。


入社初日に、
「1週間で新しい広告媒体のアイデアを考えて、役員全員の前でプレゼンする」という課題が出された。
月曜日から始まった社会人生活の最初の金曜日、
人事総務の貫禄たっぷりの女性先輩社員が「誰からやる?」と私たち新人に問いかけた。同期は私を含めて7人。
私は、自意識過剰で、気負っていた。
だから、勢い余って「はい!」と手を挙げたのだ。
その数分後、プレゼン中に、
仏頂面(にしか見えなかった笑)をした役員たちの顔がぼやけ始めた。
頭から、すーっと血の気が引いていくのがわかった。
気づいたときには、床に崩れ落ちていた。
男子の同期が、とっさに2本の足を揃えてくれたのを覚えている。
そのまま隣の応接室に運び出され、ソファに寝かされた。
意識がはっきりした後、情けなさと惨めさと恥ずかしさで
しばらく涙が止まらなかった。

、、、というトラウマがことあるごとに蘇り、
マイクを持って人前でしゃべる、というシチュエーションから、
いつもすんでのところで身をかわしてきた。

ところが、R水素の仕事を始めて半年後、国連大学のホールで、
200人の前でプレゼンをするチャンスが巡ってきてしまった。

ちなみに、そのもようは、こちらです。
このWorldShiftForumでは、
R水素ネットワークを含め、約30の世界をポジティブにシフトするための提言がなされました。
政治・経済・思想・メディア・コミュニケーション・教育・市民運動などなどさまざまな切り口で。
脳みそをくすぐられるような、今までとは違った視点で世界が見えるような
本質的かつエッジの効いたプレゼンの数々を、ぜひ見てみて下さい!
まとめブログはこちら
WorldShiftの公式サイトはこちら

出番の前、舞台の袖で突然手に汗がにじみ出てきたことは
言うまでもない。マイクが滑り落ちるんじゃないかと思ったほど。
R水素は「水から生まれるエネルギー」なので、
とっさに「今緊張して手に汗をかいているんですけど、この汗の中にもエネルギーがあるんですね」というアドリブを挟もうかと思ったけど、
時間が18分しかなかったし、予定にないことなのでやめておいた。
後からYOSHに、言えばよかったのに!って言われたけど、
気持ち的にいっぱいいっぱいで、アドリブなんてムリだった。

でも、舞台慣れしていてしゃべりも上手なYOSHと、
見守ってくれるボスのハルさんや仲間に支えられ、
なんとか無事に、本番を終えることができた。

驚いたのはその後だ。
なんと、人前で話す気持ちよさに、すっかり魅入られてしまったのだ。
それからというもの、セミナーなどで話せるチャンスを、
自分から探すようになった。

長くなったので、続きはまた。
なかなかピースボートまで辿り着かない笑

フリーライターというお仕事。2

2010年11月21日 | お仕事日記
フリーライターというお仕事。に引き続き。

今のところ、この「仕事が来なかったらどうしよう」→「仕事が来ないなんて万々歳だ!」っていう
一連の思考は、はじめからおわりまですべて妄想。
ありがたいことに、途切れることなくお仕事は続いている。
でもその続き方は平坦ではなく、山あり谷ありなのが、また面白い。

仕事というやつは、
来るときも去るときも、いつだって突然なんだから。

ターニングポイントになったR水素ネットワークのお仕事も、
ある日かかってきた1本の電話から始まった。

私はそのとき、当時住み処にしていた房総ヒッピー村のログハウスの
キッチンで電話を取った。
ちょうどコーヒーメーカーでコーヒーを淹れたところで、
私はケイタイを耳と肩の間にはさんで
マグカップに淹れたてのコーヒーを注ぎながら、
相手の声を聞いていた。
2009年10月のこと。
そのときに見えた窓からの景色を、なぜか今でもよく覚えている。

「こんど、R水素のWebサイトをバージョンアップしようと思っていて、
それのディレクションを彩ちゃんにお願いしたいんだけど。」

お仕事のご依頼をいただくとき、
先方はまず、こんな私に、
興味と時間があるかどうかを尋ねてくださる。
勝手に仕事が降ってくる会社員時代とは大違いだ。

このとき、私は正直なところ雑誌の仕事がとても忙しかったので、
感情は、「これ以上忙しくなるのやだなあ」と言った。
でも、直感がワクワクしながら「やれ」と言ったので、気づいたら口が
「ものすごい興味ある!声をかけていただいて光栄です」と言っていた。

人生で大切な決断をするとき、
自分はただの器になっているような感覚に襲われることがある。
どこかからビビビッとやってくる直感に突き動かされるままになってしまう。
流されているだけのようだけれども、
そうやって進めたことは、たいていステキな結果につながる。

それから約1カ月後、忙しかった雑誌の仕事が、
その雑誌の休刊というかたちで去っていくことになった。
フリーランス1年生という一番不安な時期に、
この雑誌のお仕事を定期的にいただけたことは
本当に大きかった。

R水素ネットワークの仕事に関わるようになってからというもの、
ライターという枠を超えたいろいろな仕事を手がける機会が
グッと増えた。

R水素ネットワークの活動は、人々の目を、
「目先のエコ」から「本質的なエコ」へと進化(深化)させること。
本質的なエコとは、つまり、無尽蔵の自然エネルギー革命だ。
この無尽蔵の自然エネルギー革命は、環境問題のみならず、
化石資源の奪い合いによって起こる紛争や、紛争によって起こる難民や貧困。
有限な資源に頼ることによる不安定な経済。
高額な調達コストをまかなうための税金の無駄遣いによる、日本社会の生きにくさ
をも解決する。

世界をポジティブにひっくり返すカギを見つけた。
それは同時に、自分が夢中になれる仕事と出会えた瞬間でもあった。


長くなったので、続きはまた。

フリーライターというお仕事。

2010年11月20日 | お仕事日記
2009年1月のことで、もうすぐ丸2年になる。
フリーライターになってみて、私はびっくりした。

時間の使い方を自分で決められるっていうだけで、こんなにも生きやすいなんて!

どこにも所属していないことが、逆に武器になることもあるんだ!

ひとつの仕事がなくなると、面白いように別の仕事が入ってくる!


仕事と生き方は、ほぼイコール。
私は、フリーライターという仕事を通して
自分が望んだ自由な生き方をまっとうし、
多くのことを学び、自分がこの世に生まれた
使命を果たすことができていると感じている。
だからこれからも、こうやって生きていくつもりだ。

      *******************************************

「何をしてる人?」と聞かれて「フリーライター」と名乗ると、
みんな不思議そうな顔をする。
その顔には、
「本当にそれで食べていけるのかな?でもそれを聞くのは失礼かな」って、
書いてあるような気がする。
たまに出会うストレートな人とか、昔からの友達に、
「聞いてもいい?それって食べていけるの?」って聞かれることもある。

「そうか。」と、私は思う。
私のまわりには、フリーランスで仕事をしている先輩がけっこういて、
その人たちの存在が、やっていけることを証明してくれているから、
私は今日も平気な顔をして、鍋を火にかけながら仕事ができているんだ。

まあでも、やっぱり人間だから、不安でたまらなくなることもある。
一人で車を運転してるときとか、寝起きとか、夜とかにふと魔が差して。

「このままもう、仕事が来なかったらどうしよう。」っていう考えが
頭から離れなくなってしまう。
私はこれを、悪魔のささやき と呼んで、
できるだけ無視することにしている。
「明日、事故にあって死んだらどうしよう。」と同じレベルの
考えても仕方のないことだから。

不思議なモノで、悪魔がささやく時というのは、
やるべきことをやっていない場合が多い。
締め切りが迫った原稿があったり、
アポをとらなきゃいけない取材先をつかまえられていなかったり。
きちんと仕事を進められていない後ろめたさが、
悪魔が入り込む隙をつくってしまうらしい。

あーでもない、こーでもないと、大してよくもない頭をほじくり返して
悩んでるひまがあったら、
手や体を動かして、目の前のやるべきことを「進める」と、
気持ちがしゃんとして、悪魔を追い出すことができる。

そして思えるのだ。

仕事が来ないということは、時間ができるということ。
時間ができれば、棚上げしている勉強に手をつけられるし、
読みかけの本が読める。サーフィンの練習だってできる。
新しい料理のレシピに挑戦できる。
おじいちゃんやおばあちゃんに会いにいけるし、
ヒマな友達を探し出して、ご縁をあたためたっていい。
ずっと行きたかったカフェに行けるし、
旅もステキだ。

もちろん、
企画をつくって出版社にアタックしてもいい。
(やったことないけど笑)

時間があれば、なんでもできる。
仕事が来ないなんて万々歳だ!
って。

この、逆転の発想は、人生にも応用できるんじゃないかと思う。


長くなったので、つづきはまた。