秋は人をセンチメンタルにしますね。
こういうの書くとまた、いろいろを知ってる人々に心配をかけそうですが笑
書けちゃったので、載せちゃいます。
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秋が来た。
涼しさは目の奥を明晰に冴えさせ、
夏に溶けていたものごとの輪郭が、細く濃い線で描かれた絵のように
くっきりと刻まれて見え始める季節。
あの秋。
海の色は群青に深まり、乾いた風が高く晴れ渡る空を
軽やかに吹き抜ける秋。
海水はまだあたたかく、夏の狂乱を終えた砂浜が
ホッと一息つくころ。
私たちの、勝負の時がやってくる。
全日本学生ボードセイリング連盟は、11月に控えた全国大会を前に、支部選考会を開催する。通称「支部戦」は、学連セイラーにとって学年末テストみたいなものだ。ふだんから練習をしている者にとっては、地道な努力の積み重ねに審判が下る日。ふだんさほど打ち込んでいない者にとっても、通らないとなんともバツの悪い日。だから支部戦前の海には、最後の追い込みをする選手に、申し開きのための一夜漬け練習をする選手が加わり、セイルがあふれる。
「カツカレーが食べたい。」
私たちは、つき合う直前で、それは支部戦の前夜だった。
白くて四角くて大きくて、ドアを閉めるとやたらと大きな音がする、中古のバンに乗って、湘南のどこかを走っていた。
彼は、正直なところ、海で費やす時間のわりに結果が出ないタイプで、
支部戦に通るかどうかは五分五分だった。
私は、それでも、支部戦の前夜、という特別な夜に、彼と一緒にいるのが私だってことにウキウキしていて、ウキウキしながら、レースの結果を案じて緊張していた。
珊瑚礁というカレーの有名店で、カツカレーを食べられるかどうか、私たちは知らなかった。超貧乏学生だった私たちにとって、ガイドブックに載らないことのないレストランなんて、壁の向こう側の世界だった。もとより、若くて大いに気負っていた私たちにとって、ヨソモノが並んで入るオーシャンビューのデートスポットなんて、邪道ですらあった。私たちの主食は、あくまでも路地裏の伊藤牛肉店であり、給食のおばちゃんみたいなおばちゃんが盛ってくれるバニー弁当だった。
でも、その日は特別だった。
「珊瑚礁に行く?」と言い出したのがどちらだったかはもう覚えていないけれど、私たちはあっという間にそのアイデアに夢中になった。不思議とその夜に限っては、ごはんを食べるのに一番ふさわしい場所に感じられたのだ。そして、たぶん104で調べた番号に電話をし、カツカレーがメニューにあることを突き止めた。
場違いな、私たちだったと思う。1999年の今ごろ、たいまつが焚かれたテラスのカップルシートで、ウィンドサーフィン三昧の夏にたっぷり日焼けをした2人の若者が、浮かれた様子で目をキラキラさせながら、初めて文明に触れた原始人のようにメニューを読んでいたはずだ。
あれから12年経った今でも、彼が夢中でほおばっていたカツのお肉が、やけにピンク色だったことを覚えている。
今誰かとデートをすることになって、その行き先が珊瑚礁だったとしても、あれほど浮かれることはないでしょう。こうして、手のひらからもうあらかたこぼれ落ちてしまった時のかけらをぼんやりと拾い集め、思い出に身を浸す秋が来ることなんて、想像もしない私がそこにいたのです。
こういうの書くとまた、いろいろを知ってる人々に心配をかけそうですが笑
書けちゃったので、載せちゃいます。
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秋が来た。
涼しさは目の奥を明晰に冴えさせ、
夏に溶けていたものごとの輪郭が、細く濃い線で描かれた絵のように
くっきりと刻まれて見え始める季節。
あの秋。
海の色は群青に深まり、乾いた風が高く晴れ渡る空を
軽やかに吹き抜ける秋。
海水はまだあたたかく、夏の狂乱を終えた砂浜が
ホッと一息つくころ。
私たちの、勝負の時がやってくる。
全日本学生ボードセイリング連盟は、11月に控えた全国大会を前に、支部選考会を開催する。通称「支部戦」は、学連セイラーにとって学年末テストみたいなものだ。ふだんから練習をしている者にとっては、地道な努力の積み重ねに審判が下る日。ふだんさほど打ち込んでいない者にとっても、通らないとなんともバツの悪い日。だから支部戦前の海には、最後の追い込みをする選手に、申し開きのための一夜漬け練習をする選手が加わり、セイルがあふれる。
「カツカレーが食べたい。」
私たちは、つき合う直前で、それは支部戦の前夜だった。
白くて四角くて大きくて、ドアを閉めるとやたらと大きな音がする、中古のバンに乗って、湘南のどこかを走っていた。
彼は、正直なところ、海で費やす時間のわりに結果が出ないタイプで、
支部戦に通るかどうかは五分五分だった。
私は、それでも、支部戦の前夜、という特別な夜に、彼と一緒にいるのが私だってことにウキウキしていて、ウキウキしながら、レースの結果を案じて緊張していた。
珊瑚礁というカレーの有名店で、カツカレーを食べられるかどうか、私たちは知らなかった。超貧乏学生だった私たちにとって、ガイドブックに載らないことのないレストランなんて、壁の向こう側の世界だった。もとより、若くて大いに気負っていた私たちにとって、ヨソモノが並んで入るオーシャンビューのデートスポットなんて、邪道ですらあった。私たちの主食は、あくまでも路地裏の伊藤牛肉店であり、給食のおばちゃんみたいなおばちゃんが盛ってくれるバニー弁当だった。
でも、その日は特別だった。
「珊瑚礁に行く?」と言い出したのがどちらだったかはもう覚えていないけれど、私たちはあっという間にそのアイデアに夢中になった。不思議とその夜に限っては、ごはんを食べるのに一番ふさわしい場所に感じられたのだ。そして、たぶん104で調べた番号に電話をし、カツカレーがメニューにあることを突き止めた。
場違いな、私たちだったと思う。1999年の今ごろ、たいまつが焚かれたテラスのカップルシートで、ウィンドサーフィン三昧の夏にたっぷり日焼けをした2人の若者が、浮かれた様子で目をキラキラさせながら、初めて文明に触れた原始人のようにメニューを読んでいたはずだ。
あれから12年経った今でも、彼が夢中でほおばっていたカツのお肉が、やけにピンク色だったことを覚えている。
今誰かとデートをすることになって、その行き先が珊瑚礁だったとしても、あれほど浮かれることはないでしょう。こうして、手のひらからもうあらかたこぼれ落ちてしまった時のかけらをぼんやりと拾い集め、思い出に身を浸す秋が来ることなんて、想像もしない私がそこにいたのです。