地球族日記

ものかきサーファー浅倉彩の日記

風が吹き抜ける場所

2008年04月30日 | 梅月荘の思い出
商店街から薬屋さんの角を曲がると、
人が二人並んで歩くのにちょうどいいくらいの幅の
路地に入る。

夕方になると、古い平屋の木造家屋からお味噌汁の香りが漂い、
そのことは裏道を通る地元の人だけが知っている、そんな場所だ。

全部で60mほどしかない道のちょうどまんなかあたり。
そこだけ胸くらいの高さに盛り土がされていて、
梅月荘は、その上に建っていた。
私たちが合宿所と呼んでいた103号室は
1階の道に面した角部屋で、正面に腰高窓、道から見た左側面にもはき出し窓があり、
右側面の玄関ドアを開ければ3方向から風が通る。
とは言っても入り組んだ路地の中のこと。
オープンで心地いい高級ヴィラのデッキにはほど遠く、
でもどこか開放感のある部屋だった。

冷暖房は、ほこりだらけの扇風機と、
オーブントースターの熱源が10本くらい並んだ電気ヒーターだけ。
だから、夏はキャミソールやタンクトップから出た
生手足を惜しげもなく蚊の猛攻にさらし、
冬はダウンジャケットや寝袋にくるまって寝るのが当たり前だった。

ここで、毎週日曜日の「正規練」と呼ばれる全員集合の練習の後、
この合宿所の中で輪をつくり、一人ずつ順番に今日の練習の反省を言う
「ミーティング」が行われる。

冬のあるミーティング中、突然電気ヒーターから黒い煙が上がった。
全員が火元に注目すると、そこにいたのは天然キャラのTM(♀)。
決まり悪そうに、ヒーターのカバーのもようにこげた、白いダッフルコートのすそをたたいている。
150cmしかない彼女が、160cm以上ある妹と一緒に使っているロングコートの、
さっきまで地面に引きずりそうになっていたすそだ。
みんながいっせいに彼女のコートに視線を移すと、
食パンだったらちょうど食べごろ、というぐらいこんがり焼けて茶色になっている。
ありえない。
「ありえない!」「大丈夫?」「なんで?」
みんなが絶句して、それぞれがあきれたり心配したり爆笑したりする中、
本人は人間に囲まれた子犬のように上目遣いで顔を見渡した。
その後、無言で体育座りに丸まって小さくなってしまった。
一瞬表情がこわばったので、泣き出すのか?!と肝を冷やしたりもした。
ありえないことをやってのけるのが、まぎれもない天然キャラなのだ。
その年に流行っていた、(つまり買ったばっかり)フリース素材のかわいい白いコートが
再起不能になるかわりに、TMはサークル内のキャラクターを不動のものにしたのだった。

ミーティングにまつわるエピソードは他にもあるけど、それはまた今度。

さて、合宿所には、まくらがない。
なぜかというと、あそこに置いてある布類には、
さすがに顔を直接つける気にならないからだ。

合宿所は基本的に誰のものでもなく、だから全員が無責任。
例倉庫も炊飯器もテレビもこれ以上ないくらいぼろぼろで、
盗まれて困るのはプレステのソフトぐらい。
だから、夕方練習を終えて帰ると、布団や畳に猫が残して行った黄色いシミを
発見することになる。
「あ~また!」「誰だよ開けっ放しにしたの!」「最後に出たの誰?」とか
一応言ってはみるものの、前にもやったし、どうせまたやる。

それに、基本的にシーツとかカバーとかいう概念がないので、
夏にかいた寝汗は、そのまま布団が吸収する。
合宿所歴が長い布団ほど、蒸され熟成された匂いを放つことになる。
みんな一度は、自分の家から自分用のタオルケットや寝袋を持ち込む。
でも、あまりにもあっけなく合宿所の匂いになるし、
そうなるころには、自分も合宿所の一部になっているので、
「自分用のきれいな布団」という二度目のチャレンジをした人はいない。多分。

だから、少しでも心地よい眠りのために、合宿所に着いたらまず、
今夜の寝具を確保するのがセオリーなのだ。
その取り合いに、容赦はない。上下関係も、通用しない。















梅月荘103号室

2008年04月29日 | 梅月荘の思い出
ここに、一見鍵のような形をした、緑がかった小さな鉄のかたまりがある。

ある秋の日、
地主さんは、家賃3万2千円の風呂なし木造アパート「梅月荘」を解体することにした。
バカではない大学生だった私たちは、わりとあっさり、そのことを受け入れた。

「こんないい場所にたったの3万2千円ってありえないよね」
「なんで残ってるんだろう。地主さんお金なくて建て替えられないのかな」
「住んでる人がなかなかどかないらしいよ」
なんていいながら、どこかで予感はしていたからだ。

立ち退きの日、私は微風でもガタガタいう2枚の窓ガラスを
貫通させてくるくるまわして閉める鍵の貫通させる棒の部分を、
引きちぎって持って帰った。それが、この小さな鉄のかたまり。

今ここにあって、もうすぐなくなってしまう
兄弟のような空間の、時間と風と闇と空気を思い出せるように。
そして、鍵を壊しておけば、またここに来られると思ったから。

海まで歩いて3分。ウィンドの道具を置いている艇庫セブンシーズまでも歩いて10分。
近所には100mほどのちいさな商店街がある。
薊(あざみ)という中華料理屋や、アメリカ屋というおもちゃ屋、
そば屋に八百屋に米屋、しらす屋、魚屋、貸しボード屋、薬局。
魚屋の店先には水を張った大きな樽の上にまな板が渡してあって、
そこでいつもおばちゃんが何かしらの獲物をさばいていた。

夏の夜は甘い。そして、暑苦しい。
窓を開けっ放しにしてほこりのたまった扇風機をまわしても、
6畳に4人以上雑魚寝すると、さっきまで海水にさらされ、
セブンシーズでシャワーを浴びたばかりの髪や肌が
すぐにベタっとしてくる。
誰かがいびきをかく。寝言を言う。夏の虫がキンキン鳴く。
布団の中ではダニが元気いっぱい動き回る。
そんな時に妙に頭が冴えてしまったりすると、
まくらの湿り気が気になりだし、明日のハードな練習のためには
睡眠が必要なのに、眠れなくなってしまう。

そんなとき、浜に行く。
私たちはビーチのことを、浜と呼んでいた。
「海」では範囲が広すぎる。
艇庫も、レース会場も、海上の集合場所も、材木も逗子も坂下も、
全部海だから。
「道具を浜まで運ぶのが大変」「バーベキューは浜でやるから」
「バニ弁買って浜で食べよう」「もう浜に集合してるよ」

合宿所のある路地から商店街に出て、
左に少しいけばすぐに浜がある。
材木座海岸。と書かれた丸いバス停とベンチが右手に見える。
その頃は、海上に海水浴ゾーンを示すブイが打たれ、
昼間はパラソルとビキニが浜を彩る真夏でも、
夜は静かだった。
今みたいに、東京をそのまま持ち込んだみたいなやたらうるさい野外クラブも、
夜遅くまでやっているバーもなかった。

つかの間の休息をとる材木座ビーチ、じゃなくて材木の浜で、
闇に沈む海の家のデッキに座って、
えんえんと、浮かんでは消える白い波を眺めていた。
アイスなんかあると最高なんだろうけど、
一番近くのコンビ二まで歩くほどじゃない。
そして、アスリートのはしくれは、ビールなんて飲まない。
だから酒屋の店先の自動販売機でお茶を買って、一人で飲んだ。

スタッスタッと音を立てていたビーチサンダルを脱ぐと、
砂はひんやりと湿り気を帯び、
昼間の日焼けで火照った足の裏に心地よい。

そうしてしばらく波の音を聞き、
海岸線をふちどって坂の下海岸へと続く134号線のライトを
眺めていると、眠気が下りてくる。
そのままデッキで寝てしまうぎりぎりのところで起き上がって、
またスタッスタッと仲間のいる寝床に戻るのだ。

明日はどんな、風が吹くのかな?



プロローグ

2008年04月29日 | 梅月荘の思い出
映画「In Gods Hands」のラストシーン。
マウイ島の大波JAWSに散った親友を想って、
主人公がある質問をする。
「一緒にいるだけで心底笑いが絶えない。そんな仲間がいるか?」
列車の席で隣り合わせ、
質問を向けられた女性は、少し顔を曇らせながら首を横に振る。

「そうか。それは残念だ。僕にはいる」

私にも、いる。

鎌倉と呼ばれる古都。
都心まで1時間ということもあって、
休日には観光客が歩道をうめ、
次々と建てられるマンションが憧れの”湘南ライフ”を求める人々を呼び寄せる。

そんな中心部を横目にバスに揺られて、
海が見えるあの角を曲がり、
でこぼこ道を進んだその先に、梅月荘という今にも崩れそうな木造アパートがあった。

大学生だった私は毎週、
金曜日の夜にリュックに海道具をつめこんで、
101号室のカギがかかった試しのないドアを、ワクワクしながら開けていた。

これから始まる週末に、起こるすべてに期待して。

そんな日々のことを、小さなことから書こうと思う。
もう多くのことを忘れてしまった。
忘れるということに、ありがたみを感じるくらいに大人にもなった。
だから思い出した。
”あの頃”の輝きは、なんでもない星の数ほどのきらきらした瞬間が
時間とともにとけあってできた結晶。
結晶を眺めてうっとりするのもいいけれど、
忘れてしまうには惜しすぎる愛しい瞬間を
少しでも書き留めておきたい。やっぱり。

ウィンドサーフィン、正しくはヨットのimcoクラスでのコースレーシング競技に
夢中になっていた日々は、きっとずっと、
心の奥の宝箱に大切にしまわれ続ける。
そして時折、何かの拍子で記憶の海から浮かんできては、
私を幸福感と少しの喪失感で包みこむ。

その先の人生を、海から続く道をもうとっくに歩いている私の、原点。








じゃがいもとベーコンのローズマリー風味

2008年04月29日 | じゃがいも料理日記
日曜日の朝の定番メニュー。
じゃがいものほくほく&半熟目玉焼きのとろみのもったりに、
ベーコンの塩けがワイルドさを、そしてときおり香るローズマリーが色気をそえる一品です。

わがベランダハーブガーデンで一番活躍してるローズマリーは
じゃがいもと出会うために生まれてきた子

おじゃがはレンジでチンして皮むいてから、
包丁の腹でつぶすのが流儀です。