商店街から薬屋さんの角を曲がると、
人が二人並んで歩くのにちょうどいいくらいの幅の
路地に入る。
夕方になると、古い平屋の木造家屋からお味噌汁の香りが漂い、
そのことは裏道を通る地元の人だけが知っている、そんな場所だ。
全部で60mほどしかない道のちょうどまんなかあたり。
そこだけ胸くらいの高さに盛り土がされていて、
梅月荘は、その上に建っていた。
私たちが合宿所と呼んでいた103号室は
1階の道に面した角部屋で、正面に腰高窓、道から見た左側面にもはき出し窓があり、
右側面の玄関ドアを開ければ3方向から風が通る。
とは言っても入り組んだ路地の中のこと。
オープンで心地いい高級ヴィラのデッキにはほど遠く、
でもどこか開放感のある部屋だった。
冷暖房は、ほこりだらけの扇風機と、
オーブントースターの熱源が10本くらい並んだ電気ヒーターだけ。
だから、夏はキャミソールやタンクトップから出た
生手足を惜しげもなく蚊の猛攻にさらし、
冬はダウンジャケットや寝袋にくるまって寝るのが当たり前だった。
ここで、毎週日曜日の「正規練」と呼ばれる全員集合の練習の後、
この合宿所の中で輪をつくり、一人ずつ順番に今日の練習の反省を言う
「ミーティング」が行われる。
冬のあるミーティング中、突然電気ヒーターから黒い煙が上がった。
全員が火元に注目すると、そこにいたのは天然キャラのTM(♀)。
決まり悪そうに、ヒーターのカバーのもようにこげた、白いダッフルコートのすそをたたいている。
150cmしかない彼女が、160cm以上ある妹と一緒に使っているロングコートの、
さっきまで地面に引きずりそうになっていたすそだ。
みんながいっせいに彼女のコートに視線を移すと、
食パンだったらちょうど食べごろ、というぐらいこんがり焼けて茶色になっている。
ありえない。
「ありえない!」「大丈夫?」「なんで?」
みんなが絶句して、それぞれがあきれたり心配したり爆笑したりする中、
本人は人間に囲まれた子犬のように上目遣いで顔を見渡した。
その後、無言で体育座りに丸まって小さくなってしまった。
一瞬表情がこわばったので、泣き出すのか?!と肝を冷やしたりもした。
ありえないことをやってのけるのが、まぎれもない天然キャラなのだ。
その年に流行っていた、(つまり買ったばっかり)フリース素材のかわいい白いコートが
再起不能になるかわりに、TMはサークル内のキャラクターを不動のものにしたのだった。
ミーティングにまつわるエピソードは他にもあるけど、それはまた今度。
さて、合宿所には、まくらがない。
なぜかというと、あそこに置いてある布類には、
さすがに顔を直接つける気にならないからだ。
合宿所は基本的に誰のものでもなく、だから全員が無責任。
例倉庫も炊飯器もテレビもこれ以上ないくらいぼろぼろで、
盗まれて困るのはプレステのソフトぐらい。
だから、夕方練習を終えて帰ると、布団や畳に猫が残して行った黄色いシミを
発見することになる。
「あ~また!」「誰だよ開けっ放しにしたの!」「最後に出たの誰?」とか
一応言ってはみるものの、前にもやったし、どうせまたやる。
それに、基本的にシーツとかカバーとかいう概念がないので、
夏にかいた寝汗は、そのまま布団が吸収する。
合宿所歴が長い布団ほど、蒸され熟成された匂いを放つことになる。
みんな一度は、自分の家から自分用のタオルケットや寝袋を持ち込む。
でも、あまりにもあっけなく合宿所の匂いになるし、
そうなるころには、自分も合宿所の一部になっているので、
「自分用のきれいな布団」という二度目のチャレンジをした人はいない。多分。
だから、少しでも心地よい眠りのために、合宿所に着いたらまず、
今夜の寝具を確保するのがセオリーなのだ。
その取り合いに、容赦はない。上下関係も、通用しない。
人が二人並んで歩くのにちょうどいいくらいの幅の
路地に入る。
夕方になると、古い平屋の木造家屋からお味噌汁の香りが漂い、
そのことは裏道を通る地元の人だけが知っている、そんな場所だ。
全部で60mほどしかない道のちょうどまんなかあたり。
そこだけ胸くらいの高さに盛り土がされていて、
梅月荘は、その上に建っていた。
私たちが合宿所と呼んでいた103号室は
1階の道に面した角部屋で、正面に腰高窓、道から見た左側面にもはき出し窓があり、
右側面の玄関ドアを開ければ3方向から風が通る。
とは言っても入り組んだ路地の中のこと。
オープンで心地いい高級ヴィラのデッキにはほど遠く、
でもどこか開放感のある部屋だった。
冷暖房は、ほこりだらけの扇風機と、
オーブントースターの熱源が10本くらい並んだ電気ヒーターだけ。
だから、夏はキャミソールやタンクトップから出た
生手足を惜しげもなく蚊の猛攻にさらし、
冬はダウンジャケットや寝袋にくるまって寝るのが当たり前だった。
ここで、毎週日曜日の「正規練」と呼ばれる全員集合の練習の後、
この合宿所の中で輪をつくり、一人ずつ順番に今日の練習の反省を言う
「ミーティング」が行われる。
冬のあるミーティング中、突然電気ヒーターから黒い煙が上がった。
全員が火元に注目すると、そこにいたのは天然キャラのTM(♀)。
決まり悪そうに、ヒーターのカバーのもようにこげた、白いダッフルコートのすそをたたいている。
150cmしかない彼女が、160cm以上ある妹と一緒に使っているロングコートの、
さっきまで地面に引きずりそうになっていたすそだ。
みんながいっせいに彼女のコートに視線を移すと、
食パンだったらちょうど食べごろ、というぐらいこんがり焼けて茶色になっている。
ありえない。
「ありえない!」「大丈夫?」「なんで?」
みんなが絶句して、それぞれがあきれたり心配したり爆笑したりする中、
本人は人間に囲まれた子犬のように上目遣いで顔を見渡した。
その後、無言で体育座りに丸まって小さくなってしまった。
一瞬表情がこわばったので、泣き出すのか?!と肝を冷やしたりもした。
ありえないことをやってのけるのが、まぎれもない天然キャラなのだ。
その年に流行っていた、(つまり買ったばっかり)フリース素材のかわいい白いコートが
再起不能になるかわりに、TMはサークル内のキャラクターを不動のものにしたのだった。
ミーティングにまつわるエピソードは他にもあるけど、それはまた今度。
さて、合宿所には、まくらがない。
なぜかというと、あそこに置いてある布類には、
さすがに顔を直接つける気にならないからだ。
合宿所は基本的に誰のものでもなく、だから全員が無責任。
例倉庫も炊飯器もテレビもこれ以上ないくらいぼろぼろで、
盗まれて困るのはプレステのソフトぐらい。
だから、夕方練習を終えて帰ると、布団や畳に猫が残して行った黄色いシミを
発見することになる。
「あ~また!」「誰だよ開けっ放しにしたの!」「最後に出たの誰?」とか
一応言ってはみるものの、前にもやったし、どうせまたやる。
それに、基本的にシーツとかカバーとかいう概念がないので、
夏にかいた寝汗は、そのまま布団が吸収する。
合宿所歴が長い布団ほど、蒸され熟成された匂いを放つことになる。
みんな一度は、自分の家から自分用のタオルケットや寝袋を持ち込む。
でも、あまりにもあっけなく合宿所の匂いになるし、
そうなるころには、自分も合宿所の一部になっているので、
「自分用のきれいな布団」という二度目のチャレンジをした人はいない。多分。
だから、少しでも心地よい眠りのために、合宿所に着いたらまず、
今夜の寝具を確保するのがセオリーなのだ。
その取り合いに、容赦はない。上下関係も、通用しない。