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一公の将棋雑記

将棋に関する雑記です。

第3回 新春CI寄席(4)

2020-02-03 11:59:11 | 落語
若干険悪な雰囲気が流れたが、その客が退場し、平穏が戻った。仏家シャベルの噺が再び熱を帯びる。仏家ジャズルの効果音も冴え、そのたびに私たちは「ひっ」と背筋を伸ばしてしまうのだ。
旅人はついに鉄砲で命を狙われる。海に飛び込んだ旅人の命運やいかに……というところで意表の下げとなった。会場はやんやの拍手である。掛時計を見れば、予定終了時刻を20分オーバーしていた。やはり、シャベルのマクラが長過ぎたか。
最後は演者が勢ぞろいし、お客は盛大な拍手をもって感謝の意を表した。全5席はバリエーションに富み、大満足であった。

このあとは湯川邸で新年会である。もちろん私も参加させていただくが、出演者はまだいろいろあるだろう。私はKan氏や美馬和夫氏といっしょに向かえばいいのだが、孤独が好きな私はそれができない。私は湯川恵子さんに断りを入れると、ひとりで歩いて行く意を示した。
「道は分かる?」
「大丈夫です」
まずは駅前に行き、立ち食いそばの店に入る。ここの信州の蕎麦が美味かった記憶がある。このあと湯川邸でたらふく食事ができるのだが、時刻は午後4時を過ぎているし、軽く入れておきたい。
もりそば(390円)は期待に違わぬ美味さだった。
そのまま20分ほど歩き、見覚えのある道、というか景色になった。湯川邸の住所は3丁目15番だが、ここは3-11、向かいの建物は3-16だ。ああもう着いた、と思うが、その先がどうもはっきりしない。
ここで私は堂々巡りし、同じ道を行ったり来たりする。また大道路に戻ったりして、二股の根もとにある焼肉店は何回通っただろう。
郵便局の前に来た。なぜ開いているのか分からないが、今日は平日だったのだ。
また少し歩き、番地を見ると4丁目である。民家に入って3丁目を聞くが、分からないという。期待外れだが、私だってひとつ前の数字の丁は分からない。
こういう時、スマホの地図で確認すればいいのだが、焦っている私はその余裕がない。思えば昨年は、武者野勝巳七段と詞吟の先生とで向かったがやはり道に迷い、大幅に遅刻したものだ。今年も同じ轍を踏むとは……。
あたりはすっかり暗くなってしまった。もう湯川氏一行はとっくに新年会を始めているはずで、私がまだ到着していないことに立腹しているに違いない。
あ、スマホに電話が来ているかもしれない……。しかしそれも確認する余裕がない。
ある整骨院に入って道を聞く。スタッフはこっちだと言うが、マッサージを受けている人はあっちだと言う。
混乱する中、スタッフの言うことを信じて、そちらに舵を切る。結局、いちばん最初に来た景色のところに戻ってきた。その先を思い切って行くと、見覚えのある景色になった。こっちだったか!
近くの家で湯川邸を聞き、やっと着くことが出来た。時刻は5時20分。ざっと40分間迷っていたことになる。
恐縮してドアを開けると、恵子さんと岡松三三さんが出た。
「あらあどこ行ってたの! 何度も電話を掛けたのよ」
「すみません、スマホの着信音を消していたので、分からなくて」
これは咄嗟についたウソである。確かに落語のときケータイの消音を促されたが、私は何もしなかった。とはいえ大幅な遅刻で、私は平身低頭で陳謝である。
そしてここに、私の人生の縮図が表れている。ヒトのいうことを信じて行動すればいいのに、身勝手な行動をしてみなに迷惑を掛ける。その結果がいまのザマだ。
「もう奥の席しか残ってないわよ」
宴席には関係者が勢ぞろいし、だいぶ飲み食いした跡があった。奥の席がポッカリ空いていて、恐縮である。そしてそれは上座を意味していた。奇しくも、私が昨年座ったところでもあった。
「さっきからこの席が空いてるんで、どんな人が来るかと思ったよ」
と、右に座っていた石畑梅々氏。
ビールをもらい、遅ればせながら乾杯である。私には苦いビールだった。
宴席はテーブルを2つ繋げている。テーブルには美味そうな料理がズラリ。いずれも恵子さんのお手製で、今日は午前4時起きで作ったと言っていた。
改めて参加者を記すと、私の向かいは湯川博士氏。以下時計回りに小川敦子さん、参遊亭遊鈴さん、Tanさん、永田氏、長照寺・寺川俊篤氏、台所に湯川恵子さんと三三さん、折り返してSuwさん、Hiw氏、Kan氏、美馬氏、梅々氏、そして私の総勢14名だ。ヒトは無意識に定位置があるもので、連続参加の人は、だいたい昨年と同じ席だった。
早速料理を食べると、美味い! 恵子さんは料理が本当に上手で、小料理屋でも開けば繁盛すると思うが、そうしないところがいいのだろう。
そんな恵子さんが焼菓子をくれた。
「私だけに…?」
「そう、君だけに」
と、これはTanさん。どうも、皆さんに配られたようだ。恵子さんの配慮には頭が下がる。
「もう、電話してくれればよかったのに。なんでこんなに遅くなったの」
と恵子さん。その通りだが、電話をすれば「こちらの負け」になるという気持ちもあった。だがそんな意地を張るべきではなかった。
「いや実は駅前の蕎麦屋に寄ってまして」
「ああそれで」
いや、蕎麦屋にいたのはせいぜい10数分だ。
「いえいえ、私が道に迷いました」
永田氏に今日の演奏の出来を聞かれる。もちろん素晴らしく、
「(演者)5人の中で、いちばん感銘を受けました」
と返した。しかしほかに演者がいる中でこれは、失言だった。
俊篤住職は、当ブログを読んでいてくれたようだった。「今年の大いちょう寄席をやる時に、去年の様子はどうだったのかと思って、検索してみたんですよ。そしたら大沢さんのブログが先頭に出て……。他人の目にはどう映っていたのか分かって、興味深かった」
大いちょう寄席の模様をSNSに上げるのは私くらいだから、当然そうなるのだろう。とはいえ俊篤住職が読んでいてくれていたとは感謝である。「CI寄席のも、ブログに書いてくれるんでしょ?」
「はあ、そのつもりですが、今回は将棋ペン倶楽部にも書く予定なんで、ブログは軽めに書こうと思っています」
俊篤氏の期待はありがたいが、そうせざるを得ない。しかし文章制限のないブログにこそいっぱい内容を書けるわけで、結局、ブログのほうも5日間くらいの連載になりそうな気はする。しかしそうすると編集部のほうから、「先に発表しないでくださいよ」的なクレームが来やしないか?
「湯川先生、今日の落語もよかったです。江戸の風俗が勉強できました」
「うん、今日は落語と同時に、江戸の文化も話そうと思った。ある種の講義だね」
狙いはバッチリ当たって、博士氏も満足そうだ。
梅々氏は酒をグビグビやっている。本来は私が「今日の講談はよかったです」と酒をつがなければいけないのだが、半井源太郎よろしく、私はかしこまっているだけだった。
(つづく)
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第3回 新春CI寄席(3)

2020-02-02 00:22:30 | 落語
後半1本目は、仏家ジャズル(永田氏)の「ミニミニライブ・童謡&ブルース」である。
ジャズルは音楽家で、将棋ペンクラブ大賞贈呈式のBGM担当でおなじみだが、あらたまって生演奏を聴くのは初めてである。
「仏家ジャズルです。新春ということで、ヒゲを10センチ切って参りました」
私たちは首を傾げる。それでも顎ヒゲはかなり伸びていたからだが、そうか、ここは笑わせるところなのだ。「私は仏家一門の三番弟子なんですが、二番弟子の仏家スベルが失踪しまして、私が二番弟子に上がりました……」
ジャズルは静かな語り口だが、地味なギャグが私にはかなりヒットしている。
「和光市駅の南口……私はCIハイツ口と呼んでるんですが、この前に清水かつら先生の石碑が立っていますね。まずその曲を弾きたいと思います」
ジャズルはピアノを軽快に弾き、粘っこい口調で歌いだした。
「おぅてぇてえぃ、つぅないでぇい……」
これは作詞:清水かつら、作曲:弘田龍太郎「靴が鳴る」である。年配にも馴染みの童謡を、ジャズとブルースで聴かせるという趣向だった。
ジャズルの編曲は見事で、童謡がゴージャスな着物をまとい、豪華になっている。歌声はレイ・チャールズのごとくで、またもお客が聴き入っている。
2曲目は作詞:北原白秋、作曲:草川信「ゆりかごのうた」である。
「ゆぅりかご、の、う、たは、カァナリヤ、が、う、たう、よ」
これもジャズならではの郷愁が漂い、その情景が浮かび上がる。そしてなんだかクセになる歌い口である。こうなると、次の曲が楽しみになってきた。が、
「早くも次の曲が最後になってしまいました」
お約束の「えーー!?」を叫びたいところである。
最後は作詞:相馬御風、作曲:弘田龍太郎「春よ来い」である。これも渋く歌い上げ、私はアンコールをかけたくなった。
今回の寄席では甚だ異色だったが、ジャズルの演舞は大ヒットだったと思う。
ひとつ思うのは、駅前の石碑の話が出たが、あの碑を見たから「靴が鳴る」を演奏曲に入れたのか、それともたんに偶然だったのか……。
前者なら永田氏は恐ろしき力量の持ち主、後者なら凄まじき偶然ということになる。
トリは仏家シャベル(湯川博士氏)である。凄まじき貫禄で高座に上がる。
「仏家シャベルでございます。私は60過ぎて落語を演るようになったんですが、お陰さまであちこちからご依頼をいただくようになりました。最近は埼玉病院からお話をいただいたんですが、ギャラが出ないというんですね。
だけど交通費だってかかるしねぇ……。でも引き受けました。というのは、オヤジが埼玉病院で亡くなったからなんですね」
シャベルは小丸を連れてお邪魔したという。
「落語といのは、トリだけじゃできないんです」
ほう。「落語は前座がいてはじめて、トリができるんですね」
なるほどこれは真理で、野球もいきなり4番バッターじゃ味がない。1番から順番に行くから、4番が引き立つ。小丸も、前座以上の重要な働きをしていたわけだ。
そしてシャベルと小丸は病院で噺をするのだが、場所柄シュールな出来事が多く、それが妙に可笑しい。それだけで一本の噺ができてしまいそうだ。
「病人に笑いは特効薬ですから、ゆくゆくは病院が噺家を雇うかもしれません」
なおもマクラは続く。「私は落語が好きで、上野の鈴本にはよく行きました。そこでよく聞くマクラが『皆さまもう少しの辛抱でございます』。これは1万回くらい聞きました。そこで私は、高座に上がったら、プロが演ったギャグは使わない、と決めました。
私の知り合いに木村家べんご志というのがいるんですが、彼はマクラがあまりうまくなかった。ところがある日、新ネタを作りましてね。木村家はその名の通り本業は弁護士なんですが、ある裁判のとき、口の悪い検事がいた。それで木村家が、『なに言ってやがんだ、それなら出るところへ出ようじゃねぇか! …あ、もう出てるのか』って、これはうまかった」
ヒトのマクラを紹介するのもどうかと思うが、確かに可笑しい。
さらに江戸の犯罪やそのお仕置き方法などを面白く語る。
「江戸のお役人は約10万人、そのうち同心は約300人、与力は約30人だったらしいですナ。ずいぶん少人数です。
盗みなどの軽犯罪を働くと、腕に黒の輪っかを入れられる。これを入れ墨というんですね。入れ墨も三両くらいまででね、十両になるとあぶない。一発でコレです」
死罪ということだ。「二度目の盗みは2つめの輪っか。もう夏になってもこう、袖で隠してね。ところが3つ目はない。死罪になるからです」
ちなみに背中などにある緋牡丹や昇り竜は入れ墨とはいわず、「彫り物」というらしい。このあたりの蘊蓄はなかなかタメになる。
心中なども重罪で、恥辱罪になるらしい。生き残ったほうは日本橋の袂などで晒し者にされる。これは経費がかからないからお上も好都合だったという。
「いまはそういう刑はなくなりましたが、復活させて晒したほうがいいかもしれない、というヒトはいますよねえ……」
さらに花魁の話も出る。花魁は25歳~26歳が花の盛りだったらしい。
マクラが長すぎるが、もう噺に入っているのだろうか。
今日の噺は「鰍沢」。身延山久遠寺の参詣を済ませた旅人が、鰍沢で吹雪に遭い、道に迷ってしまった。
ここで「ヒラヒラ」という降雪の効果音が入る。永田氏の協力によるもので、なかなか斬新だ。
ある一軒家に辿り着くと、そこには妙齢の美人・お熊がいた。旅人は一夜の宿を頼むとお熊も快諾し、旅人は人心地が付いた。
その夜、旅人はお熊から卵酒をいただく。だが、旅人は全身にシビレがきて、横になってしまう。
旅人が大金を持っていたこと、さらにお熊はもと花魁で、旅人がその過去を知ったがために、お熊から命を狙われたのだ……。
今度の噺は笑いがなく、サスペンス調である。それをシャベルが緩急よろしくシャベル。
だが、傍らで誰かがしゃべっている。客のひとりの帰宅時間が過ぎたらしく、付添いが迎えに来たのだ。
だがそのヒソヒソ話さえ邪魔に聞こえ、客席の数人はそちらを向き睨みつけている。つまりそれほど、お客は噺に聞き入っていたのだった。
(つづく)
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第3回 新春CI寄席(2)

2020-02-01 00:15:34 | 落語
「仏家小丸です。むかしは将棋ライターをやってたんですが、いまは引退して、貧困老人です」
いい滑り出しである。「最初はてっきり1回だけの出演かと思っていたんですが、3回も招んでいただき、ありがたいことでございます。
知り合いを自宅に招いて落語を披露しますでしょ。でも皆さん、明日があるからと、早く帰ろうとするんです。それでその方が言うんですよ。いいですね仏家さんちは、明日がないから――」
なかなか自虐的なマクラのあと、噺に入った。
「まんじゅうこわい」は「寿限無」と並んで、前座噺の定番である。「まんじゅうこわい」にはバリエーションがあり、そのカスタマイズが腕の見せどころ、とも言える。小丸は登場人物の年齢を下げ、噺をいっそう親しみやすくした。
「テツが言いました。実は、まんじゅうがこわいんだ」
テツは、友達が面白がって出した「こわい」まんじゅうを、たらふく食べる。終いは
「実は、苦いお茶がこわいんだ」
おなじみの下げとなった。
小丸、サラリと話し終えたが、実はここまでに相当な練習を積んだはず。それを気取らせないのが素晴らしい。ややあっさりの感もあったが、前座なので、あえて控えたのだろう。
客席には、長照寺の若住職・寺本俊篤氏の姿もあった。長照寺での「大いちょう寄席」は毎回好評だが、今日は運営の勉強にいらしたのだろうか。
二番手はこのブログでもおなじみ、参遊亭遊鈴である。昨年この場で演じた「子別れ」は熱演で、多くの客の涙を誘ったものだ。
今年の演し物は「別れ話は突然に」。桂文枝の創作落語である。「鞠と殿さま」のお囃子で登壇した。今日も鴇色のきものが艶やかである。
「参遊亭遊鈴でございます。この名前は、落語のお教室で付けてもらったものなんです。でも、湯川一門にも誘われたこともありましてね。湯川一門は『ル』で終わる名前が多いんですよ。ルで終わる言葉はいっぱいありますね。流れる、落ちる、走る、語る……これはシャベルですわね。『ツモル』はどうでしょう。私は麻雀やってるから、最高でしょ?」
遊鈴も巧みなマクラだ。
さて「別れ話――」は全編電話での会話で成り立っている。
「電話はいいですね。こちらがバスタオル1枚で話していても、相手に分からない。でも最近はオレオレ詐欺があります。皆さまもお気を付けくださいませ」
噺は高齢の父親が韓国・ソウルに赴任中の息子に離婚話を切り出すところから始まる。遊鈴は扇子を受話器代わりにする。万能の扇子だ。
「父さん、我慢しなよ。あと10年も我慢しなくていいんだからさ」
このブラックが可笑しく、客席もクスリと笑う。
場面が変わり、今度は母親が、北海道帯広に嫁いだ娘に、同様の話を切り出す。遊鈴は女性のおしゃべりが実にうまい。素で話せばいいのだから当然ともいえるが、噺をしっかり咀嚼して自分のものにしているから、セリフが自然である。
2人の子供は離婚話に異口同音に反対するが、二親は愛犬を亡くしたこともあり、ガンとして聞かない。しかし、両親にはあっと驚く奸計があったのだ。
最後は、意表のどんでん返しで幕となった。
私が言うのも何だが、遊鈴は毎年噺がうまくなっていると思う。たぶん時間通りにピッタリ終了し、抜群の安定感だった。
三番手は講談・石畑梅々(ばいばい)である。講談といえば私などは真っ先に神田山陽をイメージするが、梅々は好々爺然とした風貌である。
今回梅々をスカウトしたのは湯川博士氏だろうが、博士氏はどれだけアンテナを張り巡らせているのだろう。
梅々は「お江戸日本橋」のお囃子で登壇した。
「石畑梅々でございます。コーチョーさんデス!! コーチョーさん!! アタシは石の畑、ですから何もできません。
今日の場所は『わこうし』というから、さぞ若い人がいるかと思ったら――ちょいと昔の若い人……」
ここで客が笑う。「このCIハイツは人気があって、物件が値下がりしないらしいですナ。……そう言えばみんなよろこぶだろうと……」
梅々のマクラもなかなかである。「アタシは南千住の、イトーヨーカドーの駐車場跡地に建ったマンション住まい。毎朝休まずラジオ体操をしています。
だから! いまぐらいの時分がいちばん眠い!
落語と講談とどちらが難しいか。もちろん講談です。落語はバカになり、講談は利口になるって言いますね。でもアタシは両方やってるんですけど。
講談は5W1H、情報がすべて入っている。そこへいくってぇと落語は八っつぁん熊さんですからね……」
梅々のマクラも、なかなかブラックが入っている。ここで噺に入る。講談「男の花道」である。「時は徳川十一代将軍家斉公の文化文政のころ……」
東海道の宿場町・金谷宿で、歌舞伎役者の三世中村歌右衛門が眼病に罹り苦しんでいた。すると、眼科医の半井源太郎がたまたま同宿していることが分かった。
半井は長崎での修業を終え、江戸への帰り途だったのだ。半井は歌右衛門の眼病を三日三晩かけて治すと、謝礼金ももらわず、江戸まで付き添った。歌右衛門はたいそう感謝して、半井先生に一大事があったときは何があっても駆けつけます、と約束して別れた。
梅々の語りはちょっとハナにかかり、俳優の篠井英介の声に似ている。もちろん弁舌は滑らかで、そこに張り扇の「パンパン!」という音が効果的に挿入される。
ところがその3年後、半井に、本当に危機が訪れた。公用人・土方縫殿助の招きで料亭に出向いたが、半井は酒に酔った土方所望のピエロになれず、逆鱗に触れてしまう。結果、歌右衛門をそこへ呼ばざるを得なくなってしまった。
歌右衛門のもとに使いが来たが、歌右衛門はいま堺町中村座の舞台に立たんとするところだった。歌右衛門の、八方を丸く収める奇想天外な解決策とは……!?
梅々の語りはだんだん熱を帯びてきて、客も引き込まれているのが分かる。
「男の花道とは、男が男に惚れて約束を果たすことなり」
最後もピッタリ決まり、心地よい余韻が残った。私は講談を初めて聴いたが、落語とは違う味があって面白い。梅々は張り扇をやたらに叩かず、それが却って好感が持てた。
ここでお中入りである。あたりではスタッフの奥さま方が、お客にお茶出しをしている。2時間ばかりの寄席だが、多くの人がボランティアで動いているのだ。
私はスマホを繰る。今日は折田翔吾アマの棋士編入試験第3局が行われているのだ。局面を見ると、抑えこまれ気味だった山本博志四段の飛車が捌け、閉塞感はなくなっている。さすがにうまく捌くものである。
ただし形勢はまだ折田アマのほうがよさそうだ。そしてそのまま折田アマが勝ちそうな気がした。
さて後半は、いよいよ永田氏の登場である。
(つづく)
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第3回 新春CI寄席(1)

2020-01-31 12:41:52 | 落語
24日(金)夜、私のスマホに電話が入った。求職先からではなく、湯川恵子さんからだった。27日(月)に和光市の「CIハイツ」で行われる、新春寄席への招待である。恵子さんと博士氏が出演するやつだ。今年で3回目になる。
「ああ、ああどうも、(案内をいただいたこと)半分忘れてました」
「来てくれるとうれしいんだけど」
求職中の身では平日に遊ぶのも気が引けるが、ニートの私に声を掛けてくれるだけでもありがたい。
「よろこんでお伺いします」
「ありがとう! 寄席のあとはまた新年会をしましょう」
その向こうで、博士氏の声がする。結局、博士氏に電話が代わった。
「ああ博士です。今度の寄席、レポートを『将棋ペン倶楽部』にも書いてよ。アンタ、ブログに書いてるのは知ってるけど、私は読まないからさ。やっぱり印刷物に書くのがいいよ。将棋とは関係ないけど、会員が参加してるんだから、書いても大丈夫だよ」
「はあ、そうですか」
レポートを書くのは吝かでないが、ブログも書きたいところである。ペンクラブの会員は約450名、当ブログのアクセスは日/約750名だが、読者のダブリは1割もないだろう。だがそれでも両方書くとなれば、内容の重複は避けねばなるまい。すなわち「将棋ペン倶楽部」は真面目にコンパクトに。ブログは視点を変えて、落語前後のやりとりをマニアックに、となろうか。
「ところでアンタ、会社辞めたんだって?」
「はあ、仕事は面白かったんですが、社長とソリが合わなくて……。いまでは失敗したと思ってます」
「私にも経験あるけど、自営をやってると、ヒトの指示が聞けなくなるんだよな」
「……」

27日(月)午前11時、私は家を出た。あのあと恵子さんから再度電話があり、和光市駅前に12時集合で、みんなでCIハイツへ向かうことになったのだ。
だが私は財布を忘れたことに気付き、取りに帰った。11時52分和光市着の電車に乗るつもりで家を出たから、遅刻確定である。
出直して山手線に乗り、池袋で東武東上線に乗り換えである。ちょうど、11時45分の急行があった。この和光市着が11時59分。ギリギリ遅刻は免れたようだ。
ところが駅に着いても、改札口に誰もいない。南口に出ると、音楽担当の永田氏と画家の小川敦子さんがいた。思ったのだが、2人は醸しだす雰囲気が似ている。
しかし肝心の湯川夫妻がいない。私はスマホから恵子さんに連絡すると、一旦切れて、博士氏から折り返し電話がきた。そしてすぐに博士氏が現われた。
「おお大沢君! ……もうひとり、行く人がいるんだ」
私たちは改札前で待つ。「ところで今日は月曜日だけど、アンタ仕事はいいの?」
「……」
先週の会話は、何だったのだろう。

しばらくすると、白髪の実年男性が改札口を出てきた。男性氏も今日の演者で、博士氏によると、元中学校の校長先生で、現在は活弁士だという。「カツベン」は周防正行監督の映画で脚光を浴びたが、その職業が現在も残っているとは知らなかった。
参遊亭遊鈴の学友であるTanさんとも合流し、荷物が多い永田氏、小川さんを残して、4人でCIハイツに向かう。
集会棟の前には、恵子さんがいた。そうか、恵子さんは最初からこちらにいたのだ。
だが2階に入ると、まだ客席の準備中である。私は客なので片隅に腰を下ろすが、どうも入室が早すぎたようだ。というか、私が演者の入りに合わせる必要はなかったのだ。
客がポツポツ入ってきた。その中に、カメラマン・岡松三三さん、Hiw氏の姿があった。
近くの客は「1時半から……」とか言っている。つまり開場午後1時、開演1時半からということだ。これなら、昼食を摂る時間もあったはず。和光市駅前の立ち食いそば屋で、もりをたぐりたかったところである。
瞑目していると、係の人がパンフレットをくれた。今日は仏家シャベル(湯川博士氏)以下5人の出演。永田氏が仏家ジャズルとして出演するのに注目だ。
しばらくすると、今度はほうじ茶をくれた。ありがたいことで、スタッフはこまめに動いている。
会場では高座が作られ、仏家小丸(湯川恵子さん)が座り、高さを確認している。
「ついでですからこのまま落語を始めます」
とジョークを飛ばしている。
通路を隔てた向こう側に、幹事のKan氏が座った。その向こうはライターの美馬和夫氏ではないか? こういう時、若年の私が真っ先に挨拶に行かなければいけないのだが、礼儀知らずの私はそうしない。こんなことだから私は出世できなかった。
客席は全部で72。7割方が埋まり、ほかに立ち見のスタッフもいるから、まずまずの入りである。
定刻になり、開演である。まずは司会者の挨拶。
「この催しは、さわやか会と自治会共済委員会の共催です。私は会長の井上と申します。
健康長寿の秘訣は、笑いのある生活だそうです。ない生活は、脳卒中の恐れもあるらしいですね。今日は皆さん、落語で大いに笑いましょう」
開口一番は仏家小丸。演し物は「まんじゅうこわい」。井上氏が小丸のプロフィールを読み上げ、永田氏演奏「桃太郎」のお囃子に乗って、小丸が登壇した。
(つづく)
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第3回 大いちょう寄席(後編)

2019-10-29 00:05:37 | 落語
木村家べんご志の羽織姿も貫禄十分。こちらも本職の噺家のごとくである。
「木村家べんご志でございます。
先ほどの俳句の詩吟は、いいですね。
……短くて」
私たちはドッと笑う。「言ってる意味が分かりますよね」
べんご志、将棋のほうは冴えないが、落語になると実にキレがある。
「私は高座名でも分かる通り弁護士をやってまして、今年72ですからもう半世紀になるんですが……皆さん子供の頃はヒーローがいたと思うんですが、私は月光仮面でしたね。こうオートバイに乗って、白装束でね。毎週テレビを楽しみに観ていました。
だけどいつの頃からか、月光仮面の生き方に違和感を覚えましてね」
私たちは笑う。「月光仮面に生活感を感じないんですよ。だって、悪者を退治しても、被害者から謝礼をもらわないんですよ。オートバイに乗るのだって、ガソリン代が要るでしょう? これじゃマズイだろうと」
フムフム、と私たちは頷く。「私は別のヒーローを探しました。そこで目を付けたのが、弁護士ペリー・メイスンですね。彼はしっかり謝礼をもらう。これなら生活できますナ」
仏家シャベル同様、マクラだけで聴かせる。
「だけど依頼人には殺人の容疑がかかっていて、どの証拠も彼のことを犯人と示している。ペリー・メイスンはその証拠をひとつひとつ覆して、依頼人を無実にするんですナ。
……毎週ですよ」
ワハハハ、と私たちは笑う。なるほど木村家べんご志は、ハナシの最後にぼそっと下げを言うパターンなのだ。
「それで私は弁護士になろうと思ったんですね」
べんご志は22歳で司法試験に合格し、今に至る。司法を面白おかしく説く著書も多数だが、2007年に上梓した「キムラ弁護士、ミステリーにケンカを売る」は名著だ。これもペリー・メイスンの影響があるのだろう。
噺に入る。今日の話は「宿屋の富」。神田馬喰町の流行らない宿屋に、ある男が宿泊する。男は貧乏臭いナリだが、これは世を欺く姿で、実は使い道に困るほどおカネがあるという。もちろん大ウソである。
そこで宿屋の主人は、副業で売っていた富札の、最後の1枚を男に勧めた。料金は一分である。一分は1/4両だから、かなりの高額である。しかし男は購入し、「金が邪魔でしょうがない」と言った手前、「もし一等の千両が当たったら、半分の五百両を主人にやる」とまで約束した。
しかし男は、これが最後の所持金だった。男はヤケになって、湯島天神に赴く。ちょうど富札の抽選が終わったところだった。
男が番号を確認すると、「子の一千三百六十五番」。一番富の一千両が当たってしまったのだ……。
べんご志は、この男の困惑と喜びを、巧みに演じる。なるほど本当に宝くじに当たったら、こんな反応をするのではと思われた。
「長照寺の和尚に頼んで……」のフレーズも大いちょう寄席バージョンで、相変わらず芸が細かい。
しかし私はといえば、飯野愛女流初段との投了の局面がチラチラと脳裏に映り、難しい顔をしていた。寄席で寄せを考えているのだからどうしようもない。
何となく下げが入り、会場は爆笑のうちに終わった。べんご志は腹から声が出ていて、とても聞きやすかった。落語の玄人と素人の差は声量、と私は信じるが、べんご志はその溝をかなり埋めつつあると思った。
これで「第3回 大いちょう寄席」は終了である。今年も面白い演目ばかりだった。
時刻は16時過ぎ。予定を30分オーバーし、これから懇親会となる(1,000円)。湯川恵子さんが「まだお席がありまーす」と言って回るが、私はこれで退席せざるを得ない。飯野女流初段との食事会が待っているからだ。
来年も大いちょう寄席は行われるだろうが、平日開催であろう。そして来年も私が出席するようだと、人として本当にまずい。いやもう今の時点で、すでにまずいのだが。
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