その日その時 写真で見る歳時記

気ままに写した写真に気ままな言葉たちの集まり

恋衣(こいごろも)

2008年02月18日 | Weblog

 

恋衣(こいごろも)

 

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涙しむ着れば想いの恋衣

 

***

 

恋衣ってなぁあに~~

 

近ごろやたら大人びた質問

 

さて・・困った~

 

なんて答えよう

 

うっかりなこと言えば

 

思わぬところで使われ

 

赤面することになる

 

子どもの知識欲にも

 

色恋が進入してきた

 

・・・・

 

***

 

恋は来い

「恋衣まとっている・・・・」

恋をしている人を

優雅に言い表しています

きっと ふわふわと身も心も

舞い上がってしまいそうな衣でしょうね

ところで 「恋」は「来い」なのです

古くは 人に限らず

土地 季節 植物など

自分から遠く離れている物事を

思い慕う気持ちを言いました

つまり

「自分のそばに来てほしい。こっちへ来い」・・

そんな気持ちが「恋」なのですね

だから 身近な存在になったとき

恋が冷めてしまうのも

当然のことなのかもしれません

恋衣も知らず知らずのうちに

脱ぎ捨ててしまっているもの

そこから

着飾らないもの同士の

新しい物語が始まるのですね

(山下景子著「美人の日本語」より)

 

 

 

 

 


幸い

2008年02月16日 | Weblog

 

幸い

 

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「幸」の象形文字を見ていたら

 

字からイメージしていたことが

 

まるで見当はずれだったような気がしてきた

 

「幸」の字の成り立ちは

 

象形文字の手枷(てかせ)の形

 

両手にはめる

 

刑罰の手枷の形なのだ

 

この刑罰は報復刑といって

 

手による犯罪に

 

枷をはめることを報いるということ

 

そして

 

思い刑罰を手枷だけで免れる

 

だから幸せという考えかたなのだ

 

しあわせって

 

とっても大変なことだった昔

 

今の幸せを人々は

 

どれだけ真剣に幸せと思っているのだろう

 

~~~

 

***

 

はじめから幸せ

古くは「さきわい」といい

「さきわう」の連用形が

名詞化したものです

「わう」は 「味わう」や「賑わう」と同じく

動詞を作る接尾語

そして

「さき」は「さち」と同じで

もともと 獲物を取る道具や

その道具のもつ霊力のことだそうです

獲物があることが幸せ

これはマズローという心理学者の

欲求段階説では

第一段階の生理的欲求にあたります

人間の欲望は

五段階の順を追って

満たされてゆくと言うもので

その後に安全の欲求 親和の欲求

自我の欲求 自己実現欲求と続くわけですが

日本では殆どの人が

第二段階までは満たされていることでしょう

私たちは すでに

多くの幸せに恵まれているのですね

(山下景子著「美人の日本語」より)

とても仲のよい鳥が

まるでお互い甘えているように

くびをくねくね~~そして鳥語もどこか甘ったるい声で・・

でも本当はただの毛づくろいだったのですが

幸せ一杯に見える夫婦の鴨でした

 

 

 

 

 

 

 


本命(ほんめい)

2008年02月15日 | Weblog

 

本命(ほんめい)

 

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毎年本命が変わるスタッフがいる

 

いわく・・・

 

だって~飽きちゃうんだもん

 

それって・・

 

本命と違うのでは?

 

でも瞬間はそう思うんだから

 

仕方ないでしょう~

 

まぁあ・・あなたのことだから

 

いいけど・・

 

そろそろ落ち着けるといいね

 

今年は絶対大丈夫なんだっ

 

そうだといいね・・

 

さてさてどうなることやら~

 

~~

 

***

 

運命の選択

もともとは 陰陽道の用語で

「ほんみょう」と発音したそうです

今の星占いのような感じで

その人の誕生日にあたる星のことを

「本命星(ほんみょうしょう)」といいました

それぞれの本命星を

一生懸命祀ったり

拝んだりしたことから

頼みとするもののことを

本命と言うようになったようです

やがて

最有力候補をさす言葉になり

いつのまにか「ほんめい」と

読むように変わっていきました

人はひとりひとり

違った環境や条件の下に生まれてきます

本当は それぞれ

違う星の下に生まれついているわけですね

そして 数限りない選択肢から

選ぶことを繰り返してきた結果が人生ですね

どんな選択をしても

それが きっとあなたの本命だったのです

(山下景子著「美人の日本語」より)

写真はたんぽぽの綿毛が風で飛び出した瞬間

こうやって綿毛は新しい場所を求めて

そしてその地で本命として花開くことになるのですね 

 

 

 

 

 


甘い一日が過ぎて・・

2008年02月15日 | Weblog

 

甘い一日が過ぎて

 

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セントバレンタインデー

 

269年にローマ皇帝の迫害下で殉教した

 

聖ウァレンティノス(テルニのバレンタイン)に由来する記念日

 

時代は変わり

 

いまやチョコレートを

 

食べる日だと思っている子供がいた

 

世界各地で愛情交換を

 

チョコや贈り物に心を込めて

 

本命だの義理だのと

 

かしましいこと・・(笑)

 

我が家もご他聞に漏れず

 

チョコの山

 

子どもたちに不評を買っている

 

それは・・

 

わたくしが甘いもの苦手で

 

苦いチョコが多いから・・

 

甘いものは私以外が大喜び

 

苦いチョコかじりながら飲む

 

ウイスキーは格別な味です

 

~~~

 

***

 

お隣韓国のバレンタインは・・

同じように2月14日(バレンタインデー)です

お返しの日も同じ3月14日(ホワイトデー)

でももうひとつ面白いのが

バレンタインのチョコを

もらえなかった人の日があるんです

それは 4月14日(ブラックデー)

ピンク、ホワイト、そしてこの日がブラックなんですね・・

このブラックデーには何をするかというと

チョコをもらえなかった人が集まって

ジャージャー麺を食べるのだそうです

うっかり旅行中にこの日だったら・・

間違ってもジャージャー麺食べないように?

食べている姿を見た人が・・

あぁあかわいそうに

チョコもらえなくて独り寂しくしてるんだと

勘違いさせるとは・・

韓国通?の人の話の受け売りですので

話半分として・・話のネタにどうぞ~~~

定かではありませんので責任は持ちません(爆)

それにしても チョコは今・・

味を楽しむものと遊び心を楽しむものがあります

デザインや面白みのあるものを

いただいた中から選んで写真に

味優先のものは写っておりませんが

ねこの絵のチョコはとても素敵な絵が一杯でした

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


氷面鏡(ひもかがみ)

2008年02月14日 | Weblog

 

氷面鏡(ひもかがみ)

 

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凍った湖の一角に

 

少しだけ溶けているところがある

 

そこに対岸の景色が

 

まるで絵に描いたように

 

自然は嘘や偽りがないね

 

ただ逆さまになっているだけで

 

全く同じ風景が写っているもん

 

わたしの心を

 

写したらきっと・・・

 

どこか違うところが

 

きっと写るかもしれない

 

だって・・だって~

 

こういうときに使うのでしょう?

 

謙譲の美徳

 

うぅ~~うん

 

・・・・

 

***

 

きらめく思い

氷の表面に風景が映って

鏡のように見える様子を氷面鏡(ひもかがみ)といいます

この言葉は

中世の歌人の造語なのだそうです

万葉集に出てくる

「紐鏡(ひもかがみ)」

これは 紐をつけるようになっていて

儀式などに使う鏡のことでした

「紐」も「氷」も

つまり とけるものですね

どちらも「とく」を

導く言葉として使われていたので

そこから生まれたと言われています

ますます

ロマンティックな言葉に生まれ変わりましたね

「とく」は 帯を解くにも通じ

とっても意味深なのです

もちろん

氷がとけて春になる

心がとけて親しくなる・・

氷面鏡に映った美しい情景に

さまざまな思いがきらめいています

(山下景子著「美人の日本語」より)

 

 

 

 

 

 


雪晴れ

2008年02月13日 | Weblog

 

雪晴れ

 

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先日降った雪

 

綿帽子をかぶった

 

メルヘンの国の家が

 

目の前にある

 

朝日がまぶしく

 

光のシャワーを浴びるよう

 

すがすがしい朝

 

すでに気分は

 

トップギアー

 

今朝の気温の低さが

 

雪国モード

 

昨年は確か~

 

寒いから・・などと

 

火燵モードだったのに~

 

随分の変わりようだ(笑)

 

~~~

 

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待ちに待った日差しと洗濯の山

雪がやんで青空が見えることを

「雪晴れ」といいます

雪の白さに太陽の光が反射して

まぶしいこと!!

でも 子どもたちは

雪だるまを作ったり

雪合戦したり大騒ぎ

久しぶりに外で子どもがはしゃぎます

大人たちもうれしそうに

ニコニコ顔です

「雪の挙句の肌かん坊の洗濯」

という言葉があります

雪国では

雪の日が続くと

洗濯しても乾かないので

洗濯物が溜まります

ようやく雪が降り止んで晴れた日には

もう着るものがなくなって

みんな裸で洗濯をしなければ

ならなかったと言うわけです

雪晴れは

大人も子どももうれしい一日なのです

(道行めぐ著「美しい日本語帳」より)

 

 

 


雪持松(ゆきもちまつ)

2008年02月12日 | Weblog

 

雪持松(ゆきもちまつ)

 

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日ごろの生活圏には

 

雪がない

 

そんなきみは

 

雪となると

 

がぜん行動が活発になる

 

仕事便乗の家族旅行に

 

神様も粋な計らい?

 

まさに願ったりの雪

 

もう朝から食事もそこそこに

 

外に飛び出す

 

雪に寝そべり

 

雪に戯れる姿は

 

まるで子ども

 

朝から元気な声がこだまする

 

同じように雪に戯れる家族が

 

次第次第に増えてゆく

 

雪は神様がくれた

 

家族のための

 

遊び道具かもしれない

 

・・・

 

***

 

待ち姿の風格

おめでたい木といえば

百木の長 松です

神の宿る木と言われ

長寿を祝う

縁起のいい木とされてきました

着物などの文様にも

雪持松というのがあります

松に雪が降り積もっている風景を

図案化したものです

常緑の松に 真白な雪

本当に美しい取り合わせですね

松の語源は

神様が降りてくるのを待つ

神を祭るという意味に

つながっていると言います

待つことには

心配やつらさが伴います

それなのに 寒い冬でも

雪が積もっても いつも変わらない

堂々とした姿で 待っている松

そんな松の姿を

人々は 感動を持って

見続けてきたのでしょうね

(山下景子著「美人の日本語」より)

 

 

 

 

 


笹鳴き(ささなき)

2008年02月06日 | Weblog

 

笹鳴(ささなき)

 

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茂みの中で

 

チチチ・・

 

うぐいすが鳴いています

 

母親に甘えているのかな

 

いえいえ~

 

特訓中かもしれません

 

春には

 

毎年恒例の

 

発表会があるから

 

そのイベントに向けて

 

猛烈な特訓中かも?

 

すてきな声でがんばってね

 

・・・

 

***

 

冬の鶯は鳴き方も静か

毎年春になると

美しい鳴き声を聞かせてくれる鶯

そんな鶯も

冬の間は藪伝いに庭垣や木の枝などを

飛び移りながらチャチャッと

舌打ちするように低い声で鳴きます

これを笹鳴といいます

以前は子どもの鶯が

まだ上手に鳴けないから

こんな鳴き方をするのだと言われて

「笹子鳴き」(笹子=鶯の幼鳥)という言葉がありました

実際には大人の鶯も同じように鳴きます

鶯らしい美しい声ではありませんが

この鳴き声を聞くと

厳しい寒さの中にも

春が近づいてきたという

ほっと心やわらぐ思いがするものです

(道行めぐ著「美しい日本語」より)

写真は鶯を写す機会がなかったので

南風のメッセージさんから

お借りしました

 

 


冬萌(ふゆもえ)

2008年02月05日 | Weblog

 

冬萌(ふゆもえ)

 

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バレンタインデーが近い

 

日ごろ見向きもしない

 

織り込みチラシ

 

きみがしげしげと見ている

 

どうしたのと聞くと

 

少し照れて

 

どんなチョコくれるかなってさ・・

 

なんと

 

もらえることを前提に

 

見ているカタログ

 

ちなみに~

 

どんなチョコがお気に入り?

 

これなんかさぁ~

 

色とか形がいいよねぇ

 

目を輝かせているではないか

 

気がつかなかったけど

 

成長してるんだね

 

~~~

 

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ささやかな芽生え

枯れ木のように見える幹や枝にも

よく見るともう新芽が用意されていることに気づく

冬に草の芽や木の芽が

わずかに萌え出していることを

冬萌とよぶそうです

落葉樹の場合

本当は葉を落とした後

ちゃんと次の準備をしていて

冬を越すのですね

冬眠する動物たちとよく似ていますね

春になると

突然 芽をふき 花を咲かせるような

印象を受けますが

そうではないのですね

立春といえば

外はまだ寒いけれど

木々たちの暦にも

ちゃんと記されているようです

固くちぢこまって

冬の寒さに耐えている小さな芽

あなたの心の中にも

ささやかな冬萌がのぞいていませんか

(山下景子著「美人の日本語」より)