三流読書人

毎日の新聞 書物 など主に活字メディアを読んだ感想意見など書いておきたい

ドングリ小屋住人 

安倍内閣「教育再生会議」とは何か

2007年04月01日 17時40分49秒 | 教育 
  安倍氏のいう「美しい国」は教育をどう考えているのか

 「美しい国」は「にくいしくつう」と読むそうだ。
 彼の内閣の(かれはよく「私の内閣」)という)「教育再生会議」なるものが、新しい提言を行う。なにをするというのか。
 特にやり玉にあがっているのは、「ゆとり教育の見直し」。
 1970年代頃より、当時からつめこみ、おちこぼれ、受験地獄など今日の教育荒廃、学校荒廃の萌芽はすでにあった。国民の期待は、楽しい学校、良く分かる授業、現場ではひとりも落ちこぼさない教育をと望んだ。
 そこで、文部省学習指導要領はまず「ゆとりの時間」の強要、ついで「新学力観」による評価基準の転換の持ち込み、「総合的な学習の時間」の新設、習熟度別授業、学校五日制などを、三次にわたる学指導要領の「改訂」によって持ち込んだ。おまけにこの「学指導要領」は法的拘束力を持つのだとして現場に強いた。が、しかし、条件整備はほったらかし、教育内容の精選は明らかに失敗。すし詰め教室はそのまま、教師の負担は増すばかり。
 当然のことながら学校は荒れ、学力低下を招いた。そのことは教師の責めとして喧伝されている。マスコミまたそうである。
 子どもにとっての競争の激化、教師に対しては管理の強化、教師にも親にも子どもにも有無を言わさぬシステムを作ろうとしている。
 「教育再生会議」の目玉は、①基礎・基本の反復・徹底、②全国一斉学力テスト、③習熟度別指導と学校選択制の導入。これが果たして解決策になるか。現場の論議もないままに。
 歴史の改竄、地方教育行政の崩壊、道徳教育の押しつけ、これらは罰則と処分によって徹底される。
 もの言わぬ教師、怯えた教師が、仲間同士で論議をしてよりよい教育実践を、などとは望むべくもない。
 かつて、文部省自身が音頭をとった「ゆとりと充実」は「言うとおりと忠実」に姿を変え、作られようとしているのは「新しい教師像」である。
 その布石として「教育基本法」を改悪し、やがて憲法を変えたいと望んでいるのであろう。
 
 「教育再生会議はその名称を裏切り、今や『教育困難再生産会議』に変質してしまっている。」(梅原利夫氏 和光大学)
 
 あなたの子どもはどう育てられようとしているのか。覚悟は出来ていますか。
  
 

最新の画像もっと見る

コメントを投稿