根無し草のつれづれ

日々の雑感をひたすら書き綴ったエッセイ・コラム。また引用部分を除き、無断掲載の一切を禁ず。

1日映画4本

2008-11-04 03:03:32 | エッセイ、コラム
先日の土曜日11月1日は「映画の日」という事で、その有効活用として映画を4本ハシゴしてきました。
最後はグッタリだろうと思いながら挑戦してみたのですが、全て邦画でジャンルも違い、ひどく重い作品もなく、単純な上映スケジュールの都合から朝昼と2本観たあとに90分のインターバルもあり、2棟に分かれているとはいえ同じシネコン内での移動だったお陰で、どの作品も楽しめ、大して疲れもしませんでした。
体調も良く慣れもあったせいもあるのでしょうが、意外と観られるもんだなっというのが感想でした。
違うシネコンに移動してもう1本観る事も可能でしたが、そうすると平日の楽しみが無くなってしまうので、それは勘弁してやりました(笑)。

しかし、さすがに精神的な高揚があったのか、その晩は明け方までなかなか眠れませんでしたけど…。

映画『ブタがいた教室』

2008-11-04 01:59:10 | エッセイ、コラム
原案:黒田恭史『豚のPちゃんと32人の小学生』、監督:前田哲、出演:妻夫木聡、6年2組の生徒役の子供たち26人、大杉漣、田畑智子、池田成志、ピエール瀧、戸田菜穂、原田美枝子、他、の映画『ブタがいた教室』を観てきました。


ストーリーは、とある小学校の新米教師・星先生(妻夫木聡)が、自分が受け持つ6年2組でブタを飼い最後には食べよう、と提案する事から始まる生徒の葛藤を描いた実話に基づいた話しです。
93年にフジテレビ系で放送されたドキュメンタリー番組を映画に脚色したものでもあります。


色々と考えさせられる内容の作品でした。
人間が生態系の頂点に立ち、色々な生命を奪いつつ、生きていかなければならない生物である、という事実を突き付けられる作品。

この作品には、生徒たちが学級会を開き最終的に豚の「Pちゃん」をどうするか、という事を話し合う場面が多く描かれていますが、これには台本がなかったそうです。
各生徒役の子供たちに自由に発言させたとの事。
カメラも7台回して各生徒の発言を逃さないように撮影したそうです。
よってスクリーン上には緊迫した、作り物ではありますが、かなりリアリティのある場面が映し出されています。

ただ私としてはもう少し深く掘り下げても良かったのではないかとも思いました。
どこか浅い感じもしたのです。
ただ、親子連れでこの作品を観て、子供とこの問題を話し合うのは非常に良い事だと思います。
しかし残念ながら、この作品は幼児向けには作ってありません!
なので小学校高学年未満の子供には少し難しく退屈すると思います。
ちゃんと躾が出来ていて2時間大人しくし、長時間の視聴に耐えられるお子さん以外は劇場に連れて行かないように!
土曜日に昼の回だったせいもあるのですが、私が観た時には私語をする子供が多く雰囲気を壊されて非常に迷惑しましたので…。
どうしても観せたいという親御さんはDVD化されるまでお待ち下さい。

映画『まぼろしの邪馬台国』

2008-11-04 00:43:05 | エッセイ、コラム
原案:宮崎康平、監督:堤幸彦、出演:吉永小百合、竹中直人、窪塚洋介、風間トオル、平田満、黒谷友香、麻生祐未、草野仁、宮崎香蓮、石橋蓮司、ベンガル、大杉漣、余貴美子、由紀さおり、他、の映画『まぼろしの邪馬台国』を観てきました。


ストーリーは、長崎の偉人・宮崎康平(竹中直人)の半生を後妻の女性・和子(吉永小百合)の視点から描いたものです。
タイトルから分かる通り、島原鉄道の社長で文化人でもあった宮崎康平という、破天荒・豪放磊落な人物が職務を忘れ「邪馬台国研究」に打ち込むあまり、社長の座を追われ生活も困窮を極める中、献身的に盲目の夫・康平を支える妻・和子の夫婦愛を描いた作品でもあり、その成果とも言える『まぼろしの邪馬台国』というベストセラー本が生まれる過程を描いたものでもあります。


長崎では有名人の宮崎康平氏を、こういう形で取り上げて頂けたのは長崎県出身者として、非常に有り難い事です。
何でも東映の岡田裕介社長が30年間温めていた企画との事。

宮崎康平が亡くなったのは私が小学生の頃。
小学校ではありがちなんですが、当時の私のクラスでは、生徒が朝のホーム・ルームの時間に教壇の前に立ち、日替わりで何人かずつニュース発表をする時間が設けられており、その日発表する全ての生徒が「宮崎康平氏の死」に言及していたのをよく覚えています。
小学生でまだ幼かった私たちは、宮崎康平という人物が何をしたの人なのかは分からなく、『長崎の偉い人が亡くなったんだ』、という程度の認識でしたが、たぶん長崎のメディアでは殊更大きく取り上げられたのでしょう。
小学生でもその死を悼むという現象が起きていたのです!

現在、10代・20代の方は祖父や祖母に

♪おどみゃ島原の(標準語で、「俺たちは島原の」意)、

というフレーズで始まる「島原の子守歌」という曲の事を尋ねてみて下さい。
たぶん知っていると思います。
この曲を作ったのが宮崎康平氏です。


邪馬台国が何処にあったかという研究はさておき、大陸に近かったが故に、九州が古代より朝鮮半島や中国と交流があった事は紛れもない事実でしょう。
そしてその研究に邁進し、長崎・島原の発展にも寄与した、忘れられた偉人・宮崎康平が現在こんな形で再認識されるのは非常に嬉しい、そんな事を思わせてくれる作品でした。

日本の古代史に興味がある方にも面白いと思います。