ヘルストピアダイアリー

ヘルス(健康)とユートピア(理想郷)の造語、「健康天国」「健康別天地」。健康を楽しむ三セク施設。

青木選手も来た?ヘルストピア

2008年02月29日 | その他
   ヘルストピアは平成6年3月30日にオープンしました。間もなく、14周年を迎えます。年でいうと、中学2年生です。オープン当時、小学高学年か中学生の年齢の子がいたとします。今その子は何歳になっているかと考えると、答えは簡単。その当時の年齢に14を足せば良いだけの話ですから。

 何故、その数字をここで紹介したかと申しますと、
2月、3月は子ども会のお別れ会シーズンに入ります。
地区の6年生を5年生以下の後輩と保護者が送り出す
そのシーズンなわけです。3月30日が来ると、
オープンした年を思い出し、その季節がお別れ会と重な
っているという単純な話? でもありません。

 そして、この時期その団体利用は、地元延岡よりも日向
市の方が多いんですね。多いときはバス3台を連ねて100
人以上の大規模な団体入館もありました。
しかも、オープン当初から日向の人気は不動ですから。
しかし、どこも最近は少子化と子ども会組織に入らない世
帯も増えて、グループの数も入会者も減少はしておりますが。
10数年前までは、子どものいるほとんどの世帯が半ば強制的
に入っていました。家庭環境や考え方ももちろんあるのでしょうけど。


 ここではそのかつての話のついでに、ひょっとしてという疑問。
先の14年の数字。オープン以来の年数ですが、
ここでひょっとしてを紹介。

 プロ野球セリーグを代表する選手と言って思いつくのは
たいてい巨人の選手でしょう。キャンプ地でもあるし、
人気、実力ともに集中されますし。
さらに、日本代表に絞って考えますと、誰を想像しますか。

 ヤクルトスワローズの青木宣親(のりちか)選手を
思いつきませんか。そう、青木選手はお隣りの日向市出身です。
日向高校から早稲田大学に進学し、大学3年の2002年には東京
六大学野球秋季リーグ戦首位打者のタイトルを獲得(打率.436)。
ベストナイン3回、と個人記録を樹立。2003年の ドラフト4巡目
指名を受けヤクルトに入団1年目の2004年シーズンは一軍出場は
わずか10試合に終わったものの、二軍では打率.372でイースタン・
リーグ首位打者、最高出塁率のタイトルを獲得。また、リーグ2位
の21盗塁を記録し、自慢の俊足をアピール。同年のフレッシュオー
ルスターゲームではMVPを獲得。入団二年目にしてイチロー以来20
0本安打を記録するなど、安打を放つ技術から、イチローに一番近
い男とも言われております。

 その青木選手、1982年1月5日生。年齢は26歳。
さて、ここで問題。26歳-14歳(年)は

12歳。

12歳ということは、おそらく小学6年生。
オープン当初から日向市の子ども会の人気は不動。
ということは、ということは、ひょっとして。

そう、もし、6年生だったら、だったらお別れ会は?
ヘルストピアに・・・来たことがあるかもしれない事実。
いや、子ども会以外に家族で来てたかもしれない事実。

それは青木選手のみ知る。

来てくれないかな、ヘルストピアに。
トークショーできないかな、
帰省する年末年始のオフシーズンにでも。

日本を代表する選手なんだがな。
今や200本安打が打てる選手は、青木選手か、
ほかにいても巨人に移籍したラミレスくらいじゃ
ないかな。青木選手が活躍するたびにいつも
そう思っている私です。

今年も何かやってくれそうな、五輪で活躍しそうな
青木選手に皆様も応援していきましょう。
まずは地元の選手からですよ。