平成太平記

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強い国会」前に立ちすくむ韓国新政権

2013年03月12日 17時40分28秒 | Weblog

強い国会」前に立ちすくむ韓国新政権
任命遅れ、「目玉閣僚」は怒って辞退も
2013.03.11(月)
玉置 直司:プロフィール
2013.03.11(月)
朴槿恵(パク・クネ)大統領は3月4日、国会での与野党対立により組閣任命が遅れていることについて国民に謝罪した〔AFPBB News〕

2013年2月25日に発足したばかりの韓国の朴槿恵(パク・クネ)政権の前に「強い国会」が立ちふさがっている。省庁再編関連法案が成立しないことなどから、政権発足から2週間にわたって主要閣僚を任命できない状態が続いた。

 3月11日にようやく初の国務会議(閣議)を開催できる見通しになったが、それでも未来創造科学相や国防相の任命はできそうにない。

 米ベル研究所出身の「目玉閣僚」がこうした事態に嫌気を差して指名を辞退するなど、大統領選挙で50%を超える得票で当選した新大統領が「強い国会」に翻弄される異例の事態になっている。

 「国家の未来と国民の運命がかかっている重大な局面で国会が機能せず、未来創造科学部(の新設)に関連した省庁再編法案をめぐる混乱ぶりを見て、祖国のために身を捧げようとした決心を断念せざるを得ない」――

 3月4日午前、韓国の国会内で記者会見を開いた金鍾勲(キム・ジョンフン)未来創造科学相内定者は、こう語って閣僚就任を辞退することを表明した。

幻に終わった目玉省庁の目玉人事

 未来創造科学部は、「理系出身」の初の大統領である朴槿恵氏が「ICT(情報通信技術)を核にした新しい成長戦略」という政策を実現するために新設する巨大省庁だ。

 初代長官に指名されたのが金鍾勲氏。10代の時に貧困から脱するために父親とともに渡米。

苦学の末に名門大学で博士号を取得し、通信関連のベンチャー企業を設立し、株式公開のあとでこの会社をルーセント・テクノロジーに10億ドルで売却して「アメリカンドリーム」を実現させた。

 さらにノーベル賞受賞者を多く輩出したことで有名なベル研究所の所長に就任して「IT業界で最も成功した韓国系米国人」となった。

朴槿恵氏はこんな経歴の金鍾勲氏を米国からスカウトして未来創造科学相に起用しようとしたのだ。
 ところが、金鍾勲氏は、新政権が発足しても閣僚に就任できない。それどころか、いつ就任できるのかのメドさえ立たない。

その間に、金鍾勲氏の経歴や二重国籍問題、家族の資産問題などに関する虚実が入り混じった情報が連日メディアやネットなどで飛び交い、「特に米国在住の家族が閣僚就任に強く反対した」(韓国紙デスク)という。

 金鍾勲氏は、「閣僚就任辞退」を発表すると、翌5日午前に仁川国際空港から米国に向けて飛び去ってしまった。

新政権の「目玉人事」はこうして政権発足から10日間で、就任もできないまま「幻」に終わってしまった。

金鍾勲氏だけでない。新政権がスタートしてから10日以上経過した3月9日現在で正式に就任したのは首相だけだ。閣僚に代わって青瓦台(大統領府)の首席秘書官が事実上日常業務を切り盛りしている。

韓国国会の本会議場〔AFPBB News〕
 どうしてこんなことになっているのか。それは「強い国会」のためだ


 新政権は、発足1カ月前に未来創造科学部の新設など大規模な省庁再編案を発表している。

当然、省庁再編のためには関連法案を国会で通過させなければならない。野党の反対で、この法案が国会を通過しないのだ。

 法案が通らないから未来創造科学部は発足できない。だから長官が就任できない。他の省庁再編関連法案も国会審議が進まず、ついにそのまま2月の臨時国会は3月5日に閉会してしまった。

 金鍾勲氏は、臨時国会で省庁再編案が通過しないことが確実になった4日に「これ以上我慢できない!」とばかりに指名を辞退してしまったのだ。

 「大統領は朴槿恵氏だが、国会は野党が多数を握っているのか」――。

ここまで読まれて、そう考える読者の方も多いはずだ。だが、そうではない。

韓国の国会で単独過半数の議席を握っているのは与党のセヌリ党だ。欠員を除く297議席のうちセヌリ党の議席数は過半数を上回る152なのだ。

与党が議席の過半数を握るのに法案が通らない理由


 2012年12月の大統領選挙で、朴槿恵氏は50%を超える得票率で圧勝した。国会でも、与党が単独過半数を占める。

本来なら、野党が抵抗しても最後は与党が多数決で押し切ればよいはずだ。だがそれができない。なぜか。韓国では昨年、国会関連法の改正で「強行採決」が事実上禁止になってしまったのだ。

 この法律は一般的に「国会先進化法」と呼ばれるもの。この法律に「議長による職権上程の制限」が盛り込まれたのだ。

 韓国でも、国会審議は、「所管委員会→本会議」という順番で進む。与野党間で対立が続き、委員会審議が進まない場合、議長が職権上程して採決することがよくあった。与党による強行採決だ。


肉弾闘争を防ぐ「国会先進化法」

国会での乱闘騒ぎは半端ではなかった〔AFPBB News〕

 議会(国会)で与党が強行採決をしようとして、これに野党が激しく抵抗する。どの国でも見られる光景だが、韓国の野党の抵抗ぶりは半端ではない。

 時に暴力行為に発展することもあった。ここ数年でも、野党議員が大きなハンマーを振り回して器物を壊したり、議場内で火炎瓶を投げるなどの「激烈抵抗」があった。

 議員同士がつかみ合いになってワイシャツが破けるなどの騒動は頻繁に見られた。
 10年ほど前にニュージーランドで韓国の国会の乱闘劇を背景に「どんなことがあっても破けません」というワイシャツのテレビCMを流した会社があった。

 韓国大使館があわてて抗議する騒ぎにもなったが、こうした「肉弾闘争」を何とか防止しようという声は与野党議員の間でも根強かった。

 「国会先進化法」はこうした「良識派議員」の声を反映してできた。議長による職権上程を事実上禁じることで、対立法案についても与野党間でよく話し合って合意点を見つけ出せということだ。

だから今回の省庁再編関連法案についても、与野党が合意できないと採決ができない状態なのだ。

少数意見ばかりが強くなる弊害

 「暴力国会をなくす」という趣旨は正しいのだろうが、朴槿恵新政権はこの法律が大きな障害となって、発足早々立ち往生してしまった。

 国会は議論の場であるとともにルールに基づいて多数決で物を決める場であるはずだ。
多数決で物を決める乱闘劇が起きるからと、「多数決による採決」に制限を加えた。すると今度は少数意見ばかりが強くなる弊害が出ているというわけだ。

新政権を縛っているもう1つの国会の「力」が「人事聴聞会制度」だ。


2000年に導入されたこの制度は、高位公職者の適格性を国会で審査する制度だ。当初は、首相や大法院(最高裁判所)院長などだけが対象で、これら一部高位公職者については国会の承認決議が必要だ。

 だが、制度導入後、決議は必要ではないが、「国会聴聞会」の対象である高位公職者がどんどん増えている。

 国会情報院長、検事総長、国税庁長、警察庁長の4人のほか、閣僚も対象となり、今では「60人前後」に増えている。

「聴聞会」での野党の攻勢で辞退に追い込まれる例も

 朴槿恵新政権はこの「聴聞会」での野党の攻勢にもさらされている。最初に指名した首相候補者は、聴聞会直前に不動産投機疑惑などが次々と提起され、結局、辞退に追い込まれている。

 4日に辞退した金鍾勲氏も、聴聞会を前にさまざまな「疑惑」が出ていた。
 首相など一部高位公職者以外については、国会の承認決議が必要ではないから、聴聞会の審査は「参考」に過ぎない。

理屈上は、どんな問題が出ても違法行為でない以上は無理やり就任させることも不可能ではない。だが、問題が生じた場合、聴聞会前後に集中攻撃を浴びてメディアなどもこれも大きく報じ、「辞退」に追い込まれる例が少なくない。

 政権発足の事実上の遅れは、重大な安保問題でもある。

 国連安全保障理事会が3回目の核実験を強行した北朝鮮への新たな制裁決議を全会一致で採択した3月8日午前。北朝鮮はこれに強く反発して「侵略者の本拠地への核先制攻撃の権利を行使する」などとする外務省報道官による声明を発表した。

 朝鮮半島での緊張が一段と高まったこの日、新政権は青瓦台で対策会議(国家安全保障会議)を開いた。

現職閣僚不在の安保会議、「北朝鮮危機」に対応不能

 だが、この会議はきわめて異例なものとなった。参加者に1人も現職閣僚がいなかったのだ。というのも、国会での閣僚に対する聴聞会手続きが遅れ、外相や統一相が正式に就任できていないからだ。

この2人の閣僚候補者は、正式に就任していない民間人身分のまま会議に出席した。

 ここへ来て11日に国会での聴聞会を終えた閣僚を任命し、政権発足から2週間経て、ようやく何とか初の国務会議を開ける見通しになったものの、8日の国家安全保障会議は、国防相が出席すらできなかった。

この日も国会の聴聞会に呼ばれ、自身に対する土地投機や退役後に防衛関連企業で勤務した前歴などの「疑惑」について追及を受け、就任のメドさえ立っていなかったのだ。

 8日には大統領も出席して、陸軍、海軍、空軍士官学校の合同修了式(任官式)が開かれた。

軍にとってはきわめて重要な行事だが、大統領とともに出席したのは、法的にはまだ職にとどまっている李明博(イ・ミョンバク)政権が任命した国防相だった。
 

「北朝鮮危機」にとても対応できる状態ではないのだ。
 国会の聴聞手続きの本来の趣旨は、高位公職者の適格性を国会で審査するということのはずだが、現実には、大昔の土地売買などを掘り起こして徹底追及するなど「個人攻撃」の場になっている感もある。

 「疑惑の人物を平気で高位公職者に起用するという『一般国民が到底納得できない人事』がなくなったという利点はあるが、一方で聴聞会でプライバシーが不必要に暴かれることを恐れて有能な人材が閣僚などの打診を受けても断る例が出てきた」(韓国紙デスク)という弊害も出ている。

 「国会先進化法」と「人事聴聞会制度」はいずれも、結果的に大統領に対して国会の力を相対的に強くしている面は否めない。 

韓国の大統領と言えば、強大な権限を持っているよう印象ばかり与えるが、特にここ10年は、国会の力が相対的にどんどん強くなっている。

盧武鉉(ノ・ムヒョン)元大統領は国会で一度、弾劾されている。「政治嫌い」と言われた李明博前大統領も国会対策で苦労させられた。

歴代大統領も苦しめられた発足初期の政権叩き

2008年6月、ソウルの国会議事堂前で政府による米国産牛肉の輸入制限解除に抗議する野党議員ら〔AFPBB News〕

 野党が攻勢を強めているのは、発足初期に政権を叩いておこうという政治的思惑からだ。

 李明博政権も発足直後に米国産牛肉輸入緩和問題で野党の強い批判を浴びた。多くの国民もこれに同調して大規模街頭デモが起き、政権発足直後に大きな危機に見舞われた。

 朴槿恵大統領に対しては、「主要人事などで国民に対する説明が足りない」「選挙公約をどう実行するのか道筋が見えない」などの批判が野党を中心に出ている。

 政権発足直後にもかかわらず、各種世論調査でも支持率が50%を下回るなど、新政権に対する不安感も意外と高いことから、野党は絶好の機会と見て攻勢に出ているのだ。

 朴槿恵大統領も、就任早々、国会の力の強さを思い知らされる格好になっている。