事件・事故報道で考えたいメディアの責任と体質①/藤代 裕之@ガ島通信

2005-05-10 20:03:25 | ジャーナリズム
ボウリング大会、ゴルフに温泉(ゴルフ場の空撮や居酒屋の店員のコメントに意味があるようには思えません)…。4月25日に起きたJR西日本の脱線事故から約2週間、マスコミ各社は猛烈なJR西日本バッシングを繰り広げています。

もちろん、事故を起こしたJR西日本の責任は重大です。事故後の対応や救出活動が続く中でのレクリエーションなどは遺族の感情を逆なでする行為ですし、硬直化した組織体質が事故を生んだ要因のひとつでもあるのでしょう。

しかし、JR西日本のすべてを悪と決め付けたお祭り騒ぎのような報道は、最も大切な「なぜこのような事故が起き、どうすれば再び大惨事を繰り返さずに済むようになるのか」という視点を忘れ去り、冷静な議論を行う土壌を奪い去っています。

事故の原因は複合的なはずで、組織にも悪い部分と良い部分が必ず存在します。「JR西日本と名前がつけば何でも悪い」というような決め付けによる報道は、何も生み出しません。このような、お祭り騒ぎや書き散らし(節操なく書くこと)報道は世間の注目を集める大きな事故や事件の度に繰り返され、非難されてきましたが、一向に改まる気配がありません。

「未熟な運転士に仕事をさせていたなんて」。ある新聞の事故翌日の見出しです。最終的な事故原因がどうであろうと、翌日には原因がマスコミによって「断定」(見出しや記事をよく見れば、仮設や想像であることが分かりますが、印象として断定的であるという意味です)されていました。

「何度もトラブルを起こしている若い運転士が引き起こした事故。スピードの出し過ぎが招いた大惨事」という仮説が立てられ、それがその後の「JR西日本は何をやっているのだ」というヒステリックな論調につながっていきました。JRが当初主張していた置石説(現時点で否定されているようですが、最終的な結論が出たわけではありません)の可能性が薄くなると、「JR悪」のレッテルはより強固なものとなり、バッシングは一層エスカレートしました。

事故原因などについて連日ニュースが洪水のように流れていますが、よく読めばいくつもの疑問を感じます。列車の運転手は厳しい検査をパスしなければなれないと言われていますが、23歳は本当に「未熟」なのでしょうか? 現場のカーブは半径300メートルで制限速度は時速70キロ。他のカーブでの制限速度はどうなっているのでしょうか?(あくまで例です。他にも読者の見方によってたくさんの疑問があると思います)。

事実は一つしかないはずなのに、二つの異なった記事が出たこともあります。線路のブレーキ痕と粉砕痕について4月26日の朝日新聞は『県警捜査本部の調べで、現場のカーブ手前に非常ブレーキ痕があることがわかった…粉砕痕についても確認した』と書き、共同通信は『鉄道事故調査委員会は、現場でブレーキや石粉砕痕を確認できなかったと発表』と書いています。

一方、マスコミでほとんど取り上げられない事もあります。今日も各地で列車は走っています、なぜJR西日本だけがこのような大惨事を引き起こしたのか、なぜ他の鉄道会社は事故が少ないのか。少ないならどのような取り組みをやっていて、JR西日本との違いはどこにあるのか。JRバッシングの材料として他社との比較が取り上げられることはありますが、冷静な分析には程遠いものがあります。

今回の事故を教訓として安全な交通体系を構築していこうという意識があれば、トラブルが頻発したJALの対策や、昨年、原子力発電所で死傷事故を起こした関西電力の安全対策の現状なども取材対象となるはずです。JALや関電の取り組みや問題点を明らかにすることは、安全対策の側面から言えば非常に参考になりますが、ほとんど報道されません(結局のところ関電やJALでも何が問題で、どう改善されたかは分かりません)。

それは、事故が「安全」ではなく、「JR西日本」や「関電」といったキーワードによって報道されていることを示しています。

奈良女児誘拐殺人事件の際には、不審車の色や車種が連日報道されました。「黒」、「紺」、「白」とめまぐるしく変化し、車種もマーチだと具体名が挙げられました。しかし、結局は深緑色のカローラ2でした。

神戸連続児童殺傷事件でも、さまざまな年齢の不審者が次々と新聞やテレビで報道され、容疑者が逮捕される前から専門家らがさまざまな犯人像や動機を分析していましたが、多くが結果的に外れていました。事件のたびに「ネット」、「2ちゃんねる」、「フィギュア」、「オタク」(このようなレッテル貼りにネット上で反論を行っているサイトもあるのでぜひご覧ください)など、さまざまなキーワードが設定され、議論が的外れなものになっていきました。

JR西日本の経営陣が退任し(マスコミ内では「首を取る」と言う)、福知山線(宝塚線)に新型ATS導入が決まれば、急速に「熱」は冷めていくでしょう。JRの体質はほとんど変わらぬまま、ニュースは消費され、終わってゆく。どうしてこのような事故が起き、どうすれば再び大惨事を繰り返さずに済むのかは分からないまま…。マスコミの役割は、JR西日本を「裁き」「許す」ことではないはずです。

さまざまなブログで、JR西日本の社員を記者会見で罵倒した記者が批判されていますが、マスコミ組織内部にいながらも被害者や報道姿勢に心を痛めつつ現場で取材を続けている記者やカメラマンもいるはずです。しかし、外側から見れば変わらない。それはなぜなのか。次回の(下)では、マスコミの事件・事故報道の手法と問題点について書いてみたいと思います。


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