イスラエルによるガザ攻撃・川上泰徳/朝日新聞

2009-01-19 23:09:28 | 世界
14日時点での論説ですが・・・。

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イスラエルがまた中東で大規模な武力行使を始めた。昨年12月27日からパレスチナ自治区ガザへの空爆を始め、1月4日に地上部隊の侵攻を開始した。空爆初日に200人以上の死者を出し、半月を過ぎて、死者は970人を超えている。攻撃の規模は、67年の第三次中東戦争以来の大きさという。国連安保理は8日夜、停戦決議を採択したが、イスラエルは攻撃停止を拒否している。ハマスも受け入れを拒否している。

 イスラエルはガザを実効支配しているイスラム過激派ハマスが、イスラエル南部にロケット弾を撃っていることへの報復だとする。しかし、イスラエルが空爆を開始するまで、半年間でのロケット弾によるイスラエル側の死者はゼロである。イスラエルの空爆開始に対して、国連の潘基文事務総長は即座に「過剰な武力の使用」であると非難し、即時攻撃停止を求めた。

 1月6日にはガザ市や、隣接するジャバリヤ難民キャンプにある国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)が運営する3つの学校を戦車で砲撃し、避難していた50人近くの民間人を殺害した。ジャバリヤキャンプの学校では、1校で40人が死んだ。ガザは海岸沿いに150万人が住むが、その中でもジャバリヤキャンプは、1.4キロ平方キロに10万人以上が住む超過密地区だ。1948年のイスラエル独立で故郷を追われ、難民化した人々が住み、人口の増加に伴って、コンクリートブロックで家を建て増しして、4、5階の住居がひしめき合う。砲撃やミサイルが命中すれば、住居全体が崩壊しかねない脆弱な建物である。住民たちにとっては、UNRWA学校はキャンプの中で空爆や砲撃から唯一安全な公共施設である。 

 イスラエルは「学校からハマスが迫撃砲を撃ってきた」とする。これに対して、UNRWAガザ事務所のギング代表は、学校から武装勢力が砲撃したことを否定した上で、「(誤爆を防ぐために)イスラエル軍にすべての学校の位置を通知している」と語った。イスラエルがいう学校から攻撃があったという主張は根拠が薄そうだが、もし、それが事実であるとしても、避難所となっている学校を砲撃して、多くの市民を殺傷させることは許されないはずだ。住宅地や公共施設など、非軍事地域を攻撃することは、国際法が禁止している民間人への無差別攻撃にあたる。

 国際的に著名なラジ・スーラーニ弁護士がガザで主宰する独立系のパレスチナ人権センターが、11日までに確認した死者764人のうち、189人が子供、50人が女性だったという。子供と女性だけで3割を超える。死者の多くが民間人である。国際的人権組織アムネスティ・インターナショナルは「イスラエルは違法な攻撃を停止せよ」と求めている。

 イスラエルの今回の攻撃が致命的なのは、負傷者が4000人を超えているのに、医療機関の対応能力が限られていることだ。ハマスが2007年末にガザを制圧して以来、イスラエルはガザを厳しく封鎖している。病院には医薬品は決定的に不足し、手術するのに麻酔ガスも払底している。私が2007年10月にガザに入った時に、ガザの中核病院であるシファ病院では麻酔ガスのストックがなくなったと大騒ぎになっていた。けがをしても手術もできないで、死を待つ者がどれだけいるかわからない。ハマスに懲罰を加えるという名目のもとに、国際法で禁止されている住民に集団的な懲罰を与える非人道的な経済制裁が続いた。それを許したのは、国際社会である、日本も同様に、この制裁に協力していた。

 今回のイスラエルの攻撃は、非人道的な制裁の延長として続いた。そして、ハマスではなく、民衆の生活を圧迫した非人道的な制裁を黙認した国際社会は、現在の非人道的な軍事攻撃も同様に黙認しているという構図が見えてくる。

 ハマスは2006年1月のパレスチナ自治評議会で、アラファト議長をつぐアッバス議長が率いるファタハを破って過半数の議席をとり、自治政府で政権をとった。ファタハの政権下での選挙であり、不正はない。強権政治が多いアラブ世界では、イスラム系の野党が政権党を破って政権交代をするのは、歴史上はじめてだ。しかし、中東の民主化をよびかけていた米欧は、勝利したハマスが、イスラエルの存在を認めていないなどとして、ハマス政権を承認せず、逆に援助の停止など、制裁を加えた。一時、ファタハと連立政権ができたが、米欧は制裁を解除しなかった。ハマスの武装部門がファタハを排除して、ガザを制圧した後、イスラエルのガザに対する封鎖はさらに厳しくなる。それでも、ハマス支配は崩れなかった。厳しい中で、人々がハマスから離反しなかったからだ。

 そもそもの問題として、パレスチナの人々は、なぜ、選挙で、ハマスを支持したのか。ハマスが政権をとれば、状況は悪くなることは、誰が考えても分かる。そこにあったのは、ファタハが政権を維持しても、和平の道が開けるわけではないし、イスラエルの占領を終わらせることはできないという絶望感だろう。

 自治評議会選挙が行われたのは、2000年秋から始まったインティファーダ(反占領民衆蜂起)が起こり、それに対して、シャロン元首相はパレスチナに対する"対テロ戦争"を掲げて、ヨルダン川西岸への大規模な軍事侵攻を繰り返した。米国はイスラエルの攻撃を支持し、国際社会は沈黙した。解放闘争の象徴だったアラファト議長はラマラに監禁され、最後は移送されたパリの病院で死亡した。

 インティファーダが終わって、西岸もガザも荒廃した。自治政府は機能せず、町は破壊され、若者は拘束され、パレスチナには抵抗する力は、ほとんど何も残っていなかった。世界の関心も、イラク情勢に注がれて、中東和平も忘れられた。それでも腐敗したファタハ指導部だけが残った。パレスチナ人はそのファタハに「ノー」を突きつけ、ハマスを選んだ。前に進む希望がつきた時、人々は踏みとどまる足場をハマスに見いだしたといえるだろう。

 ハマスを選んでも何も進まないが、ハマスの理念の頑固さ、経済的な清廉さ、行動の純粋さについての信頼はあった。アラファト議長を失い、その後継者と目され、インティファーダを率いた若い世代のバルグーティ氏はイスラエルの獄にある。古い世代のアッバス議長らがファタハを率いる限り、理念も、道徳も、行動でも後退するしかないという状況だ。パレスチナ人はインティファーダの手痛い敗北の後で、踏みとどまるためには、強硬派のハマスしかなかったということである。

 パレスチナ人をそこまで追い込んだのは、国際社会の責任である。2001年の米同時多発テロの後、米国がアフガニスタン、イラクへと対テロ戦争を拡大させ、何がテロとの戦いなのかが、迷走する中で、米国のブッシュ大統領はもう一つ、対テロ戦争で大きな誤りを犯した。それは、シャロン元首相が、パレスチナ自治政府を相手に「対テロ戦争」を進めることを認め、支持したことである。その結果、1993年に歴史的な和平合意だったはずのオスロ合意と、始まった中東和平プロセスは、破綻してしまった。

 ファタハを支持しても、和平の展望がないということは、一昨年11月に、ブッシュ大統領がイスラエルのオルメルト首相とアッバス議長に働きかけて、中東和平交渉を再開させた後の経過をみても明かである。和平が進展しなかったどころか、イスラエルは交渉開始にあわせて、ヨルダン川西岸のユダヤ人入植地の拡張を打ち出してきた。米国はイスラエルに対して何ら強い姿勢をとることができなかった。入植地の拡大さえ阻止できないのに、中東和平交渉が進展するわけがない、というのがパレスチナ人の見方だった。

 ハマスがガザを制圧した後の2007年10月にガザに訪れた時に、私が取材した21歳のハマスの武装部門の若者の話を思い出す。なぜ、ハマスの武装部門に入ったのかという問いに、彼は、「生きる意味を見つけるためだ」と言った。彼がハマスに入ったのは高校生2年の時。ハマスの武装部門に入るために地区の責任者を通して7回手紙を書き、その後、3カ月間の厳しい軍事訓練を受けて、武装メンバーになった。「イスラエルに包囲されているガザでは、将来の展望も目的も見いだすことができない。意味があるのは、ハマスの武装部門に入って、イスラエルと戦うことだけだ」という。

 F16で空爆し、戦車で侵攻してくるイスラエルに対して、戦うといっても、カラシニコフや対戦車ロケットであり、命中精度も極めて低いロケット弾しかないような戦いが成り立つのかと思う。しかし、戦わなければ、どんどん追い込まれてしまい、最後は屈服して、人間の尊厳まで奪われてしまうというのが、パレスチナの若い人々の危機感である。 私は、昨年が1948年のイスラエル独立でパレスチナ人が難民化してから60年を迎えるという節目に、パレスチナのいまを取材した。最初にレバノンのベイルートにあるシャティーラ難民キャンプを訪れ、最後にヨルダン川西岸のジェニン難民キャンプにいった。ジェニン難民キャンプは2002年春、イスラエルの大規模侵攻で激戦地となり、難民キャンプが大規模に破壊された場所だ。

 ジェニンの難民キャンプと町と周辺を2週間、動き回ったが、一回もイスラエル軍を見なかった。平穏そのものだったが、イスラエルが建設した分離壁によって、出稼ぎはできなくなった。ハマスの幼稚園や社会施設は、閉鎖させられていた。ファタハが抑えている難民キャンプの事務所に行くと、3カ月、貧困家庭に支援金を出しているとか、お金を配っているということだった。ファタハがハマスから離れてから欧米の援助が再開した。ファタハはその金を、支援者たちに配っている。

 ジェニンで、パレスチナ社会の荒廃に驚いた。人々をつなぐものがなく、相互不信と疑心暗鬼が広がっている。ビジネスマンが何をするにも、イスラエルとつながり、許可を得なければならない。防護壁があるから昔のように無許可でイスラエルに働きに行くことはできない。イスラエル兵はいないが、イスラエルによって支配されている状況。まさに、占領である。生きていくためには、イスラエルの協力者になるしかない。

 社会の荒廃は、若者の中に絶望として広がっていた。ヨルダン川西岸に残って自分の未来が開けるという展望がなにもない。戦う道も閉ざされている。誰もが、パレスチナから脱出して、ヨーロッパに行こうと考えている。考えるのは、ラマラにある旅行代理店に行って、非合法でヨーロッパに行くにはどうしたらいいかということだ。

 全く同じような救いのない状況を、私は昨年5月にナクバ60年の取材で訪れたベイルートのシャティーラ難民キャンプでも見た。戦いもない、和平もない、帰還もない、そして、パレスチナ難民に対して職業が制約されているレバノンでは、社会的にも、経済的にも成功する道もない。その中で、若者はただ、難民キャンプからの脱出だけを考えている。私は「パレスチナ60年 シャティーラの記憶」の中で、トルコまで行き、その後、ギリシャへの密航しようとして海でおぼれ死んだ若者の話を書いた。

 レバノンのシャティーラ難民キャンプと、ヨルダン川西岸のジェニン難民キャンプの、それぞれの若者たちの状況があまりにも似ているのに驚いた。それは「生きている意味」を失っているということだ。一方で、ハマスの武装部門に入っている若者が「生きている意味」と語ったことの真意が分かってくる。若者たちが、「自分の未来を開きたい」という思いが、職業や社会活動に向かうのではなく、絶望的な戦いに向かうのは、悲劇である。悲劇を終わらせるためには、占領を終わらせることによって和平を達成しなければならない。和平交渉とは、イスラエルによる占領を終わらせるプロセスである。占領を維持したまま、戦いを終わらせることはできない。

 87年に始まった第一次インティファーダで、当時のかつて国防大臣だったラビンは、「投石者の腕の骨をへし折れ」と言った。この時は、若者がイスラエル軍に石を投げたり、民衆が商店や役所のストライキをするという、いまから考えれば牧歌的な抵抗だった。ところが、2000年に始まった第二次インティファーダではパレスチナ人も武器をとり、ハマスもファタハも自爆戦術をとった。それに対して、シャロン元首相は、F16や武装ヘリコプターなど圧倒的な軍事力で、ヨルダン川西岸の都市を制圧し、パレスチナの抵抗の骨をへし折った。それも手足の骨ではなく、背骨である。

 ハマスについては、イスラエル国内で民間人を標的にした無差別テロをはじめたことが、世界の支持、少なくとも共感を得ていたパレスチナの解放運動を孤立させ、パレスチナ社会に深い傷を与えたと、私は考えている。政治指導者のアラファト議長は、政治生命をかけてでも、抵抗運動の一部でもテロに踏み込むことを制止しなければならなかった。そうしなかったアラファト議長の指導者としての責任は重いと思う。

 しかし、ハマスはアルカイダのようなテロ組織ではない。保育園、学校、利用施設を運営し、貧困救済のネットワークを持つ幅広い社会部門をもっているし、パレスチナ自治評議会の選挙に参加して、議会を通して、社会を変えようとするような政治部門を持っている。ハマスをテロ組織と単純化することはできない。ハマスは、実際にイスラエルとの間で停戦を実施したこともあるし、ファタハとの間で連立政権をつくったこともある。ハマスを「テロ組織」と決めつけ、支持する民衆を無差別に攻撃するような対テロ戦争の論理だけで、事態は悪化するばかりだ。

 ちょうど一年前に、パレスチナ子供キャンペーンの招きで来日したガザ聾学校のジェリー・シャワーさんに、ハマスについて聞いた。彼女は「彼らはガッツがある」といった。ジェリーさんは米国人で、夫はアラファトの友人だった人だ。その人がハマスに対して、「ガッツ」といったのが非常に印象的だった。パレスチナ人の残った最後のものは、まさにガッツである。しかし、ガッツしかない。

 今回のガザ空爆と侵攻で、イスラエルがつぶそうとしているのは武装組織としてのハマスではなく、ハマスを足場として踏みとどまろうとするパレスチナ人そのものである。だから、イスラエルの攻撃は、民衆に対して無差別にならざるを得ないし、このままでは、さらに民間人の犠牲を増やすだけになっていく。
http://aspara2.asahi.com/club/user/column/kawakami/TKY200901140254.html

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1 コメント

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改革派と称する暴力組織に騙されるな日本国民 (堀江)
2009-06-28 02:26:20
川上泰徳の中東ウォッチという笑止な歪み
https://aspara.asahi.com/column/chutowatch/entry/0wzVQZiZSw
 の記事などはその際たるものだが、イランの民主体制をことごとく妨害し、侵害してきたアメリカの関与を都合よく抜け落とさせている。挙句に「民主派」と称する、欧米のや日本のようなその従属国によるイラン傀儡化勢力に支援された連中に対する国民の怒りによって誕生した現政権を独裁と歪曲する有様である。しかも改革派などと称して国民を扇動し、暴動を各地で扇動している反政府勢力を「抗議」などとこれまた歪曲している次第だ。この程度の人間が中東ウォッチとはまさに笑止である。朝日の程度が知れるというものだ。
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