[TUP-Bulletin:0081] 速報937号 "勇気は伝染する"―マニング、ウィキリークス、ウォール街占拠

2012-03-12 14:19:29 | 世界
◎情報と権力
=============================

ウィキリークスの創始者アサンジが罪状もないまま逮捕され、英国で軟禁下に置
かれてから久しい。しかし国際規模の政治・軍事・金融犯罪や汚職を暴くウィ
キリークスの情報公開活動は勢いが衰えることなく継続している。

そのような中で、この3月6日の朝早く、アノニマス分派とされるLulzSecのハッ
カー5名と別の分派Antisecのメンバー1名が英国、アイルランド、米国で逮捕さ
れたというすっぱ抜きのニュースがFOXによって報道され、一瞬にしてインター
ネット各サイトが騒然となった。その後、BBC、ロイター、ガーディアンなどの
主流メディアもこの事件を追認する報道でもちきりとなった。さらにLulzSec
リーダー「Sabu」(実名:Hector Xavier Monsegur)が約半年前に密かに逮捕
されており、FBIの密告者となって若いハッカーたちをおびき寄せ、米国上院や
セキュリティ企業内の情報管理の不備を暴露したり、警察当局の電話会議盗聴
音声を公開したりするなど話題性の高いハッキングがFBIの監視下で行われてい
たのではないかという疑惑が浮上してきた。

この事件で最も注目されるのは、2月末にウィキリークスが情報公開を開始した
米国軍事セキュリティ企業、ストラトフォー社の500万件にもおよぶ電子
メールのデータをLulzSecがウィキリークスに手渡したのではないかという疑い
がある点だ。FBIは米国の軍隊や諜報部門の汚職や腐敗、無能や傲慢を芋づる式
に暴露するハッキングを許し、ストラトフォー社を犠牲にしてまでアサンジや
ウィキリークスを陥れようとしたのだろうか。それとも、FBIとCIA・諜報部門
との間に展開する権力争いの表出なのだろうか。現時点では全体像を把握できな
い。しかし、情報の透明性・公共性擁護を推進する勢力と情報統制の強化を求
める権力との葛藤がさらに深まっている。

3月初旬、アサンジのスウェーデン送還に関する最高裁裁定が目前に迫ってい
る。ブラッドリー・マニングの軍事裁判も間近だ。今目の前で起きている歴史
的な事件の文脈や背景を把握する一助になればと、岩波書店月刊『世界』3月号
に掲載した記事「勇気は伝染する――マニング、ウィキリークス、ウォール街占
拠」をTUP速報としてお届けいたします。

前書き・執筆:宮前ゆかり/TUP

=============================

勇気は伝染する――マニング、ウィキリークス、ウォール街占拠

――カタリスト(触媒):それ自身は変化しないまま、接触する周りの物質の化学
反応速度を増加させる物質。適切な触媒を用いると、通常では反応活性度の低
い分子を反応させることができる。
――光カタリスト:光を照射することにより触媒作用を示す物質の総称。

 ウィキリークスの創始者・編集長ジュリアン・アサンジは、スウェーデンへの
強制送還、秘密警察による超法規の暗殺、米国大陪審による死刑の可能性に直
面している。なりふり構わぬ米国政府の圧力に屈し、自国市民の保護を怠るオー
ストラリア首相ジュリア・ギラードの対応について、2011年11月4日、ノーム・
チョムスキーはこう発言した。「私たちは皆、権力に物申し、真実を果敢に要求
するアサンジのように行動するべきです」
 2011年11月27日、オーストラリアのピューリッツァー賞と呼ばれるウォークレ
イ基金「ジャーナリズム貢献最優秀賞」がウィキリークスとジュリアン・アサ
ンジに贈られた。「透明な情報提示で正義を実現するというジャーナリズムに
とって最も貴い伝統を実践し、勇敢に物議を醸してきた功績」、「ジャーナリ
ストが一生涯かけても達成しきれない大量の特ダネ報道を一年で果たし」「言論
の自由を守るために勇気、決意、独立した立場で戦い、世界中の人々に力を与
えてきた実践力」を評価したものだ。母国から遠いロンドンで事前に録画された
受賞スピーチでのアサンジは、ひげも剃らず、やややつれて見えたが、闘志の
衰えはなかった。「発言できる限り、出版できる限り、そしてインターネットが
自由である限り、僕たちは真実を武器として戦い続けていくつもりです」。ア
サンジは2日前の25日にもスペインの「国際表現の自由賞(西欧の声)」を受賞
したばかり。翌28日には香港で開催された国際ニュース・ジャーナリストのサ
ミット「世界編集者会議」にも基調講演で参加した。
アサンジは、2010年の夏頃から深刻な妨害にあって中断していたウィキリーク
スの内部告発情報投函システムの修復に取り組んでいた。そして「米国大使館
公電」の連続公開開始からちょうど一年目の11月28日には真新しいオンライン投
函システムのお披露目を行う予定だった。しかし直前にインターネット・セ
キュリティの深刻な危険が探知され、急遽、新システムの公開は延期となった。
 12月1日、アサンジはロンドンで記者会見を開き、市民監視・諜報技術企業と
国家権力との密接な癒着の歴史と実態を暴く「スパイ・ファイル」の公開を開
始した。今回のプロジェクトは、Bugged Planet 及び Privacy Internationalと
いうプライバシー・人権保護団体、ドイツの公共放送局ARD、英国の調査報道
通信局、インドの『The Hindu』紙、イタリアの『L'Espresso』紙、フランスの
『OWNI』、米国の『ワシントン・ポスト』紙という6社の報道機関と提携し
た。25カ国に及ぶIT企業約160社の技術がシリア、リビア、チュニジア、エジ
プトなどで独裁政権による市民弾圧や抵抗勢力の虐殺に利用されてきたこと、
国際規模で50億ドル以上の諜報技術の取引が行われていること、さらに、いわゆ
る西欧「民主国家」諸国内で大衆監視技術が秘密裏に取引され、闇の巨大市場
が展開している事実を暴露する特ダネ報道が世界中に広まっている。
 「スパイ・ファイル」の公開で、従来あまり知られていなかったスパイ企業の
醜悪な正体が表面化した。例えば、ムバーラク政権が自国市民の一挙一動を監
視するため電話通信機器に設置していた多様な盗聴傍受システムは、英Gamma
社、仏Amesys社、中国ZTE Corp社、南アフリカVASTech社などの製品を使ったも
のだった。米Blue Coat社や独Ipoque社は中国やイランの市民がオンライン手段
で抵抗運動を組織できないようにするために、これら圧制政府機関に技術を提供
している。公開された情報への各国の反応は早く、すでにEUではシリアへの
諜報機器の販売禁止を決めた。
 記者会見に同席したウィキリークスのボランティアの一人、著名なコンピュー
ター・セキュリティ研究家ジェイコブ・アペルバウムはこう述べた。「このよ
うな監視技術は私たち99%を弾圧する手段です。電話会社や諜報ソフト企業は市
民の命や人権には興味がありません。公益など考えていません。敵も味方も関
係ありません。金儲けだけが目的です」
 徹底した監視社会の中で弾圧と戦うにはどうしたらいいのか、という質問にア
サンジはこう答えた。「まず、自分たちが完全に無防備であることを理解する
必要があります。相手側に手の内をすべて見られている場合、何が起こるか予測
できない迅速な行動で対応するべきです」
 12月3日、アサンジは『ヒンドゥスタン・タイムズ』紙主催のリーダーシッ
プ・サミットで講演し、中国諜報機関や西欧諸国によるインド市民の電子メー
ル傍受などについての告発情報の公開を2012年初頭に開始する予定だと述べた。
 12月5日、スウェーデンによるアサンジの身柄送還要求をめぐり、ロンドン高
等法院で第二審の裁判が行われた。同じ日、英国議会では、2003年の施行以来
多くの矛盾や悪用が指摘されている欧州逮捕状(EAW)システムそのものの正
当性についての審議が始まった。
 第二審では世界的に著名な人権擁護弁護士ガレス・ピアースらが弁護団を組
み、前回第一審でアサンジ側の主張を却下した同じ裁判官らと激しく応酬し
た。弁護側は、(1)スウェーデンの法律でも例外的措置で任命された特別検察官
マリアン・ニーにはEAWを発行する正式な権限がない、(2)アサンジの身柄送
還は重大な公共的関心にかかわる、という根拠から英国最高裁への上告を求め
た。裁判官は前回の裁定を保持し、(1)の観点を却下したものの、アサンジに対
する世界規模の支持を考慮し最終的に弁護団の主張(2)を認め、紆余曲折した論
理で上告手続きを許可した。アサンジ弁護団は14日以内に書面による嘆願書提
出を行った。12年2月1日と2日に行われる最高裁の裁定以降も、アサンジ弁護団
は英国最高裁、欧州人権裁判所へと厳しい法廷闘争の道を切り開いていかなけ
ればならない。一方、アサンジは3月中旬から世界の視聴者六億人を対象に未来
の世界展望を語るテレビ番組シリーズの放映を開始する。
 八方から攻撃が降り注ぐ中、またもやしぶとく生き延び次の勝負に出たウィキ
リークス。しかし苦難の道は長そうだ。


<情報は力となりうるか>
 「米軍ヘリ無差別銃撃」ビデオや米国大使館公電をはじめとする膨大な国務省
機密情報をウィキリークスに提供した疑いで2010年5月末に逮捕されたブラッド
リー・マニング上等兵は、正式な裁判を受けずに一年半以上も小さな独房に一日
23時間監禁されてきた。夜は肌を突き刺す粗いスモックを着せられ、5分ごとに
起こされる。朝は全裸で複数の看守と他の囚人の前に立たなければならない。本
や新聞も読めず、テレビを見ることも人と会うことも許されない。一時間だけ
許されている運動の時間も、四人の看守に見守られながら部屋の中をぐるぐる歩
くだけだ。耐え難い屈辱、隔離、極度の心理的苦痛を強いるテクニックは「触
らない拷問」と呼ばれ、強制的供述を得るための典型的なCIAテクニックだと
ダニエル・エルスバーグは説明する。
 国連が求める人権擁護報告官との面会も許可されないまま、2011年12月16日か
ら一週間、マニング上等兵の軍事裁判に備える事前審査が行われた。政府側証
人は20名召喚されたが、弁護側はたったの二人しか許可されず、別件で進んでい
るウィキリークス大陪審の担当捜査官がマニングの事前審査の進行を牛耳るな
ど、極度に不公平な審査行程だった。応援にかけつけたエルスバーグがマニング
に声をかけようとして退場を強いられる場面もあった。政府検察はマニングの
情報漏洩は国家の敵アルカイダを利する行為だと主張し、死刑の可能性もちらつ
かせた。逮捕のきっかけとなった密告ハッカー、エイドリアン・ラモと交わし
たとされるチャットログの信憑性にはいまだに疑問が残っている。検察側の証拠
として提示されたコンピューター内のデータとウィキリークスが公開したデー
タとが一致しないことも判明した。それでも検察はマニングとアサンジが直接接
触したという前提で立件を試みているようだ。残虐な拷問の環境で行われてい
るマニングの供述は、ウィキリークスとアサンジをスパイ容疑で審議している大
陪審で使われるものと予想されている。
 ラモとのチャットで、情報漏洩の動機についてマニングはこう語ったと伝えら
れている。「情報は公の共有財産であり……情報は自由であるべきだ。……僕は皆
に真実を知ってもらいたい。なぜならば情報がなければ市民として道理にかなっ
た意思決定ができないからだ」「世界中で話し合いや議論、改革があればいい
な……そうならないんだったら僕らはもう駄目だ。人間としてね。……」
 「勇気は伝染する」というモットーを掲げるウィキリークスの方針と自分の役
割について、アサンジは次のように約束している。「身の危険を冒して告発情
報を僕たちに託した匿名の人々の勇気に応え、最大限の影響力を発揮できる形で
情報を公開していく」「声を出すことのできない人たちの代わりに、攻撃の矢
面に立ち、避雷針になることが僕の役目だ」
 マニングやアサンジが身の危険を省みずに伝えようとしてきた情報には世界を
変える力があるだろうか。より正確な情報を身につけた市民は、マニングが望
んだように勇気を出してより正しい意思決定へと動き、民主社会を実現してゆく
だろうか。そして報道機関やジャーナリストは、統治される側に立って権力に
物申す責任を充分に果たしているだろうか。


<非営利報道モデルに対する兵糧攻め>
 ウィキリークスの運営費用はドイツの非営利基金を通して寄付金で賄われてき
た。その大半(95%以上という)は世界各国のサポーターからクレジット・カー
ドを介して送金され、好調な時期には一日8万5000ポンド以上の寄付が集まった
という。2010年12月にリーバーマン上院議員による政治操作があり、ビザ(バ
ンク・オブ・アメリカ系列)、マスターカード、ペイパルなどは「違法な組織で
ある」としてウィキリークスへの寄付金の取扱いを拒否している。12年1月末時
点でも、ウィキリークスやアサンジに対し世界のどの国からも正式な罪状や違反
したとする法律は一切示されていない。ネオナチやKKK、麻薬や児童買春な
どに関わる数多くの違法組織への支払にこれらのクレジット・カードが使われて
いる矛盾について、金融機関による説明はない。『ガーディアン』紙はオンラ
イン読者に「寄付できるようになったらあなたはウィキリークスに寄付するか」
と問いかけた。86%が「寄付する」と答えた。ウィキリークスへの寄付を可能に
する複数の迂回手段が公開されているものの、資金不足が続く場合はウェブサイ
トの閉鎖も避けられない状況だ。
 2011年の春、すでに50万ポンド以上の弁護費用の工面に悩んでいたアサンジの
ところに思いがけない提案が持ち込まれた。英国の小さな出版社キャノンゲー
ト社がアサンジの自叙伝の出版に全面的な協力をしたいと申し出、契約に100万
ポンドを提供した。米国の名門Knopf社をはじめ、世界各国の出版社との出版契
約も取り付け、ゴーストライターを起用しアサンジへのインタビューを行って企
画が進行した。しかしライターが半分の粗稿を仕上げたあと後半が何者かに
よってつけ加えられ、前半を書いたライターの同意もアサンジの承認も得ていな
い原稿が秘密裏にキャノンゲート社の元に渡ったことがわかった。このため
Knopf社は契約を解除し、この書籍は「非公認自叙伝」として無理やりキャノン
ゲート社から出版されることになった。内容も売れ行きも悲惨だったようだ。
 ウィキリークスのサイトには、キャノンゲートとアサンジの弁護士との間で取
り交わされた契約書とその後の交渉文書が公開されている。最終的にキャノン
ゲート側の交渉をしていた人物の署名は、どういうわけか『ガーディアン』紙の
有名記者ニック・デイビスだった。


<米国大使館公電の生データ公開にまつわる背景>
 2011年9月2日、ウィキリークスは身元情報削除が施されていない米国大使館公
電ファイルすべて(25万1287件)を独自ウェブサイト上に公開した。検索可能
なデータベース形式に整備された公電ファイルは、人権活動家や告発者の身元を
明かす可能性があり、人命を危機に晒す無責任な行動であるとして、米国政府
当局だけではなく、これまで報道パートナーであった『ガーディアン』紙、
『ニューヨーク・タイムズ』(以下、NYT)紙など主流報道機関や協力団体
からも大顰蹙をかった。今まで多くの困難を乗り越え、世界中に支持者を確保し
てきたウィキリークスにとって、このスキャンダルは大きな痛手となった。
「ウィキリークスは終わった」という見出しが主流メディアばかりではなく、イ
ンターネットのあちこちのサイトを飾った。
 ウィキリークスがこの決断を下すことになったいきさつ、そして身元情報保護
の責任は米国政府、『ガーディアン』紙、アサンジの元部下ダニエル・ドム
シャイト=ベルクと「オープン・リークス」、ネット上に遍在する膨大な数の
ウィキリークス・ミラーサイト、そしてもちろんウィキリークスにそれぞれ同
等に問われうるという詳細について、ドイツの『シュピーゲル』誌が最も客観的
な考察を行っている。未削除の公電が全面的に公開された後、イラクで無防備
の子供たちが米兵に処刑された証拠など主流報道機関が手を出さなかった重要事
件が新たに明るみに出た点も指摘しておきたい。
 2010年の晩春、『ガーディアン』紙のニック・デイビスがアサンジに接触して
「アフガニスタン戦争ログ」を大々的に報道して以来、同紙はウィキリークス
にとって重要な役割を果たしてきた。しかし同年10月の「イラク戦争ログ」報道
の頃にはアサンジは主流報道機関に依存するだけではなく、非営利団体や人権
擁護団体、英語圏以外の報道機関やテレビ媒体をも巻き込む幅広い報道方針を考
えていたため、それまで「情報源」としてアサンジを「管理」しようとしてき
た『ガーディアン』紙はアサンジに手を焼きはじめた。従来の報道機関の権威に
従わないウィキリークスやアサンジは同紙にとって「獲物」ではあっても、決
して対等な報道パートナーではなかった。ニック・デイビスはアサンジの個人的
なトラブルをネタにしてスキャンダル記事を書き、プロジェクトを管理してい
た編集長デイビッド・リーはアサンジを表立って蔑視する発言を吐き始めた。
 かなり後になってウィキリークスが公開した『ガーディアン』紙との契約書や
アサンジ自身のインタビュー発言などによると、ウィキリークスは「大使館公
電」の米国パートナーとして『ワシントン・ポスト』紙や優秀な調査報道で知ら
れるマクラッチー社を念頭に置いていたらしい。「大使館公電」の公開前に
『ガーディアン』紙はウィキリークスとの契約を破って公電ファイルを
『NYT』紙に渡し、さらに『NYT』紙がホワイトハウスに内通する裏工作
を行って、アサンジが想定していた米国での報道体制の戦略を封じ込めた。この
摩擦と裏切りは深刻な人間関係の亀裂をうみ、アサンジと『ガーディアン』紙
との間の信頼は破綻した。
 当初、『ガーディアン』紙がウィキリークスから米国大使館公電の暗号ファイ
ルを受け取る際、アサンジは編集長デイビッド・リーにダウンロードの方法を
手取り足取り教える必要があった。そして暗号解除のパスワードを教えた。情
報管理の最も基本であるパスワード管理について、リーはどれほど無知だったの
だろうか。アサンジとの縁が切れた時点で急遽出版されたリーとルーク・ハー
ディングによるウィキリークス暴露本(邦題『ウィキリークス:アサンジの戦
争』2011年、講談社)第11章の扉には、54文字のパスワードが堂々と印刷され
ていた。このパスワード公開によって、そしてダニエル・ドムシャイト=ベルク
がファイルの隠し場所を意図的に拡散したことによって、ネット上に拡散遍在
していた公電ファイルは誰でも暗号解除できることになった。これまで周到に削
除されてきた身元情報保護の努力は水の泡となった。
 このパスワード公開という驚くべき非常識な行動が、権威ある『ガーディア
ン』紙のトップによって行われたことは信じがたい。そして責任のありかをア
サンジ一人になすりつけようとする態度は欺瞞と傲慢に満ちている。
 公電にどんなことが書かれているのか、身元情報が公電に明かされている本人
にいち早く伝えるべきだろうと苦悩したアサンジは、まずツイートでウィキ
リークスのフォロアーにこう質問した。「未処理の公電を公開するべきか、否
か」。3対1の割合で全面公開を是とする意見が優位を占めた。8月25日、アサン
ジは在英米国大使館と米国の国務省に連絡をとり、身元情報未削除の公電ファイ
ルを全面的に公開する予定であることを事前に通告し、保護すべき情報提供者
に通知するように促した。他の先行情報源や過去のメディア報道によってすでに
身元が暴露されていたケースは確認されているが、これまでに今回のアサンジ
の決断に直接由来する具体的な被害者は報告されていない。さらに、この公電は
国家の安全を害するものではなかったとホワイトハウスがとっくに結論を出し
ていた事実が2011年11月末に漏洩された。


<情報は光カタリスト>
 公電の情報保護の責任はもともと米国政府が負うべきである点を明確に指摘す
る報道は少ない。この公電は非公開のSIPRNetという国防総省機密インターネッ
ト・システムを介して配信され、300万人の米国政府職員や兵士がアクセスを許
される情報だった。現在、国務省や主流報道機関が情報削除した文書と未処理
文書とを比較分析する調査が進んでいるが、漏洩された公電は「主権者である国
民が知ってはならない」機密情報ではなく、政府の悪事醜態を暴露する内容
だった点にも大いに注目するべきだろう。
 2009年、着任間もないオバマ大統領は行政命令13526を発行し、政府各機
関に対し機密文書認定を制限するよう命じ、内部告発者の保護と政府の透明性
を強化する方針を打ち出した。しかし、2010年、オバマ政権が認定した機密文書
は前年より40%も多い7700万件であった。内部告発者に対する保護も後退し、米
政府の不透明性も増している。
 一方、報道機関には政府を自由に監視し批判する権利を実践する責任と、統治
される市民のために行動する義務がある。
 欧米ではメディア企業の統合化が進み、言論界の多様性が失われる傾向にあ
る。2012年現在、米国ではたったの6社が90%のメディア(テレビ、ラジオ、新
聞、映画)を牛耳っている(1983年には50社が90%のメディアを所有してい
た)。急速に萎縮する報道空間で、非営利報道モデルを打ち出したウィキリー
クスの人気は、既存の企業報道体制にとって、その特権を蝕む脅威と見做されて
いるのかもしれない。調査報道の命綱である内部告発の可能性を提示して公共
の言論空間を押し広げようとするウィキリークスの試みは、すでに世界中で
ジャーナリズムを活性化させ、「アラブの春」や「ウォール街を占拠せよ」な
ど健全な民主政治を求める市民運動の糧となっている。
 米国で非営利ジャーナリズムを切り開いてきたエイミー・グッドマンは、ウィ
キリークスが物議をかもしている問題点をさらに深く掘り下げたディベートの
場を提供し、ジャーナリズム甦生の可能性を示す。西欧文化圏の外で若手のレ
ポーターを駆使した斬新なジャーナリズムの取組みで注目を集めているアル
ジャジーラやロシア・トゥディ(RT)は、ウィキリークスが公開した貴重な記
録に基づく地道な調査報道を続けている。また、スペインやイタリアなど英語
圏外の国、開発途上国と呼ばれる中南米諸国やインドなどでウィキリークス発信
情報を元にした報道活動が格段に活発である。国際政治の場面で真の民主主義
を推し進めるために情報がいかに重要な触媒的役割を担っているか。世界市民の
公益を押し広げるためには、報道という光照射の正確なタイミングがいかに重
要であるか。ウィキリークス編集長アサンジの手腕は、情報という光カタリスト
の本質に関する深い洞察力に由来するものであろう。
 米国議会で審議中の「オンライン海賊行為防止法案(SOPA)」(下院)及
び「知的資産保護法(PIPA)」(上院)は、巨大企業や米国の利権を優先した
ネット情報規制法案だ。法制化を求める国務省はこれまでにも同様の法案を他国
に強いる圧力をかけてきた(ウィキリークス公開公電)。12年1月18日、ウィキ
ペディアなど7000件以上のサイトが世界規模で24時間サービス停止の抗議行動を
行い、20日に議会を両法案採決延期に追い込んだ。言論・情報の自由を国際的
な環境で法律的に確保してゆこうとするネット世代が力を示した。しかし抑圧的
情報統制を退け、透明な情報空間を求める戦いは今後さらに激しくなるだろう。


<スウェーデンの誘惑>
 2010年春の「付随的殺人・米軍ヘリ無差別銃撃」ビデオ公開以来、ウィキリー
クスは「アフガニスタン戦争ログ」「イラク戦争ログ」「米国大使館公電」と
たてつづけに内部告発情報公開を世界規模で実現した。そして編集長アサンジ
は、世界政治・金融・軍事の権力構造中枢を動かす米国を敵にまわす身の上と
なった。
 それまで世界各国を自由自在に渡り歩いてきたオーストラリア国籍のアサンジ
は、「米軍ヘリ無差別銃撃」ビデオの公開以降、ウィキリークスの活動をさら
に一歩進めて、国境を越えた言論・報道の自由を確保するための本格的な拠点を
求めていた。強力な言論保護の法律を持つ北欧、特にアイスランドやスウェー
デンなどを候補地として検討していたところ、2010年8月にスウェーデン社会民
主党内の主流派閥が主催するイベントに招待された。移住・労働許可の可能性
も示され、アサンジは希望を抱いてスウェーデンに足を踏み入れた。
 滞在先として、主催者である社会民主党で広報を担当する若い女性アナ・アー
ディンが自分の一部屋のアパートを提供した。アサンジ滞在中は留守にするは
ずだったアーディンはアパートに突然戻ってきた。滞在中にアサンジは彼女及び
彼女の同僚ソフィア・ヴィレンと性関係を持つに至り、コンドーム使用を怠っ
たという理由で女性二人は警察に苦情を届け出た。待っていたかのようにメディ
アは性的暴行の疑いを一斉に報道し、世界中に汚名がとどろいた。現地での事
情聴取を求めたアサンジの意向はかなわず、出国の許可を得て英国に渡航した
が、スウェーデン検察当局は欧州国際刑事警察機構を通し、アサンジの身柄送
還を求めて逮捕状を発行した。アサンジ弁護団はこのスウェーデン送還は究極的
には前年から秘密の大陪審が進行中である米国への政治的強制送還を前提にし
ていると主張し、さらに陳腐化した1917年スパイ法の復活があれば米国送還は死
刑の危険があるため、「人権擁護」を根拠にスウェーデン送還却下を要求し
て、英国における全面的法廷闘争を続けてきた。
 スウェーデンには保釈のシステムがない。アサンジがスウェーデンに送還され
た場合、裁判で罪状が審議される前に即時に身柄が拘束される。弁護士にも家
族にも面会が許されない音信不通の監禁状態となるため、秘密裏に米国へ送還さ
れる可能性は高い。スウェーデンの法律では、性犯罪に関する裁判は非公開で
行われる。四人の裁判官のうち三人は複雑な法律上の教育を受けていない、政治
的に任命された素人が担当するため、政治的意図が反映されやすい。米国の軍
事同盟国スウェーデンではアサンジにとって公平な裁判は行われないと発言して
いるスウェーデンの元裁判官をはじめ、人権問題や政治犯の保護を専門とする
多くの司法関係者が強い懸念を示している。
 また、ウィキリークスの活動を非合法とする法律がこれまでに見つかっていな
いため、超法規的手段として、スウェーデンの秘密警察(SAPO)が秘密工
作でアサンジの身柄を東ヨーロッパやエジプトなどにあるCIA拷問サイトに送
還する可能性も充分に考えられる。
 一方、米国で進行中の秘密の大陪審は、米国軍事関係者や軍事諜報企業の家族
が集中的に住んでいるバージニア州で行われており、四人の検察官が証言・証
拠の提示を許されている一方、弁護側による証拠提出は許されない。
 スウェーデン政府はブッシュ時代に秘密の航空手段を米国CIAの違法拷問プ
ログラムに提供する「特例拘置引渡し(extraordinary rendition)」に協力し
たことが明らかになっている。表向きは高度に自律した民主国家スウェーデン
で、このような秘密のプログラムが国民の目の届かないところで実行されるに
は、政府最上層部による秘密かつ高度に組織された協力体制が必要だったはず
だ。アサンジを訴えている女性たちの弁護士トマス・ボドストロムは、当時ス
ウェーデン司法大臣としてCIAの要望に応じ、2001年に政治的亡命希望者二名
を拷問のためにエジプトに送還する手助けをした人物だ。法治国スウェーデン
の面目をつぶす事件は暴露され、国際的世論の圧力によってスウェーデンは後に
拷問の犠牲者二人に損害賠償を支払うことになった。
 スウェーデンは従来から米国の強力な同盟国であったが、特にブッシュ政権時
代に両国間に緊密な軍事協力体制が形成された。ジョージ・ブッシュをテキサ
ス州知事から米国大統領の地位に押し上げた手腕で知られる元上級政治顧問カー
ル・ローブは、自身がスウェーデン移民の家系で、米国外の唯一の政治活動と
して、1980年代からスウェーデン穏健党(名前とは裏腹に非常に保守的な政党)
の顧問を務めてきた。2010年にはスウェーデン首相フレデリック・ラインフェ
ルトの再選挙で広報分野の顧問を引き受けた。2011年1月、米国同盟国スウェー
デンの地位に大きな影響を及ぼす事件としてウィキリークスの扱いが注目され
ると、ローブによるスウェーデン政界での活動に関する報道も浮上した。
Justice Integrity Projectの主宰者アンドリュー・クレイグはアサンジ関連の
スウェーデンの報道や検察、ローブの動きを調査分析している。


<情報の信頼性はどこに由来するのか>
 ウィキリークスは終わった、と宣言する陣営は、各国政府当局、情報セキュリ
ティ企業や主流報道機関だけではない。多くの「漏洩サイト」がウィキリーク
スよりも「安全で信頼できる」内部告発システムを開発中であると主張し、新し
いプラットフォームを披露している。例えば2011年1月にアルジャジーラが設置
した「透明性ユニット」(http://www.ajtransparency.com/en/projects)は、
「パレスチナ文書」を公開し、パレスチナ解放への道をふさいできたパレスチナ
当局内にはびこる政治的欺瞞を暴露した。ヨルダンのカジノ・スキャンダルに
関する内部告発情報も公開された。アルジャジーラのこの試みは、アラブ諸国に
民主的な情報公開の気風を紹介しようとする画期的な取組みではある。しか
し、現在は技術的欠陥を理由に「透明性ユニット」の匿名投函窓口は閉鎖されて
いる。
 オープン・ソースで内部告発用匿名ソフトウェアの開発を進めているとする
「グローバル・リークス」(http://www.globaleaks.org/)もまた、アサンジ
という個性の強いリーダーを持つウィキリークスの運営体制を批判し、民主的
運営で内部告発を支援すると宣言して話題になった。しかし2011年10月26日に開
催されたRevolutionTruthのパネルディスカッション(http://www.revolutiontruth.org/ )
で、西欧文化圏(特に米国)の抑圧的影響力を過小評価
する「グローバル・リークス」主催者は、米国政府から資金援助を受けているこ
とを認めた。米国政府にとって都合の悪い内部告発情報を、米国政府が支援し
ている組織に委託できるだろうか。その情報はどのような扱いを受けるのだろう
か。つまり権力に物申す内部告発手段としてグローバル・リークスは「信用」
できるのかどうかということだ。そして命をかけた内部告発情報を「責任を取る
リーダーのいない曖昧な組織」に託せるのかどうか。
 ウィキリークスのような政治的アジェンダを持たずに「中立的な立場で」内部
告発者と主流報道機関との仲介役を果たすことを目的に「オープン・リーク
ス」を立ち上げたダニエル・ドムシャイト=ベルクもまたウィキリークスを批判
している人物の一人であり、「信用できるかどうか」が問われている人物である。
 2008年頃にウィキリークスの活動に本格的に参加しはじめたドムシャイト=ベ
ルクは、2010年初頭までダニエル・シュミット(またはスミス)の偽名のもと
ドイツ担当のスポークスマンを務め、一部サーバーの物理的メンテナンスにも関
わっていた。しかし「米軍ヘリ無差別銃撃」ビデオ公開のプロジェクトには参
加しておらず、この画期的な時期を境に活動への妨害と思しき行動が表面化した
ことからアサンジとの関係が悪化し、2010年初期に解雇が公になった。
 ドムシャイト=ベルクはウィキリークスを去る前にその情報投函システムとシ
ステムに保管してあったいくつもの重要な内部告発情報を持ち出した。ドム
シャイト=ベルク自身が破壊したことを発表した情報には、公開が熱望されてい
た米国連邦政府の「搭乗禁止(No Fly)リスト」やバンク・オブ・アメリカの内
部告発情報など、公共の利害にとって重要な漏洩情報が含まれている。
 ドムシャイト=ベルクがウィキリークスの情報を破壊したと発表した直後、
2011年8月15日に、中南米で人権擁護活動を行っている女性弁護士レナータ・ア
ビラがネット上でウィキリークスとカオス・コンピューター・クラブ(CCC)
に同報する形で公開書簡を披露した。アビラは2008年の夏にブダペストで開催
された「グローバル・ボイス・コンファレンス」でアサンジとドムシャイト=ベ
ルクに出会った。2009年5月にドイツを訪問したときに南米の国々で拷問が行わ
れていることを証明する文書の唯一のハードコピーをウィキリークスに託す意図
でドムシャイト=ベルクに手渡したという。しかしこの重要文書は未だに公開
されていない。アビラは公開書簡の中で、グアテマラやシリアなど、世界中の内
部告発者たちが命の危険を冒して伝えようとウィキリークスに委託した貴重な
文書を破壊・隠匿したとして、ドムシャイト・ベルクを激しく糾弾した。
 ドムシャイト=ベルクの素性や意図は未だにはっきりしていない。ウィキリー
クスを離れた後、ドムシャイト=ベルクはマイクロソフト社のドイツ政府担当
の女性と結婚した。彼はウィキリークスの広報活動を通してドイツのハッカー仲
間の信用を築いてきた。しかし、ドムシャイト=ベルクがウィキリークスの投
函システムと重要な文書ファイルを盗んだとされる件について、ウィキリークス
とドムシャイト=ベルクとの仲介交渉を続けていた著名なカオス・コンピュー
ター・クラブのスポークスマン、アンディ・ミュラー・マグーンは、2011年8月
15日に「彼には誠意が見られない」「オープン・リークスに対する信頼を失っ
た」として、ドムシャイト=ベルクのクラブ追放に幹部全員が合意したと発表した。
 ドムシャイト=ベルクはウィキリークスのボランティアの中でたった一人実名
で参加していなかった人物であり、またウィキリークス内部関係者で米国大陪
審の対象として指名されていない唯一の人物である。そしてなによりも「信用に
関わる」点は、「オープン・リークス」は未だに内部告発情報公開に貢献した
履歴がないということである。「信用」は実績の上に築かれるものであるからだ。


<アサンジの運命や、いかに>
 2010年12月7日にロンドンで逮捕勾留され、後に保釈となったものの、アサン
ジはロンドン郊外にある友人バーン・スミスの邸宅で一日24時間体制の監視を
強いられ、毎日定時までに警察に出頭しなければならない。監視用の足かせをつ
けられ、何か故障があれば即時に監視員が乗り込んでくる。アサンジの在宅軟
禁を管理するSerco社は、英国の核兵器施設運営に関わる軍事企業でもある。
 型破りの客人アサンジを自宅に迎え、過去一年に亘って活動の場を提供してき
たスミスは、ロンドンの軍事記者クラブ「フロントライン・クラブ」の創立者
でもある。アサンジがいつスウェーデンに送還されるかもしれぬ緊迫した状況の
中、稀なインタビューで次のように語った。
 「自分は従軍ジャーナリストとして多くの友人を戦場で亡くした。彼らの死を
無駄にしないため、彼らの供養のためにも、戦争の真実を伝えるアサンジを全
面的に支援している」
『ローリングストーン』誌掲載の最新記事でマイケル・ヘイスティングスは、最
高裁裁定を控え、スミス邸を離れ隠遁を許されたアサンジの様子を伝えている。


<国境なき世界市民の蜂起と国際的警察機構の台頭>
 2011年10月31日、世界人口が70億人に達したという。言語・文化・歴史に基づ
く人為的な「国境」の線を引いて、小さな地球に人類がひしめきあっている。
近代以降は「国民国家」(Nation State)の名目のもとに各国が「国益」を主張
し、究極的には資源の奪い合いから戦争を繰り返してきた。多くの市民は自国内
での労働搾取の構造や人権弾圧に苦しみ、戦禍に巻き込まれた地域では正義の
ない血みどろの苦しみが続いている。一方、国境や文化圏を容易にまたいで流通
し、金融や軍事産業を統括する巨大多国籍企業の利害は一般市民の福利を犠牲
にし、各国の軍事政策や移民政策にすり替えられている。労働に勤しむ人々は忙
しい生活の中で政治的影響力を及ぼすことができず、沈黙を強いられてきた。
 しかし、2011年に大きなパラダイムシフトが起きた。チュニジアのベン・アリ
独裁政権の汚職を暴露する「米国大使館公電」がウィキリークスによって暴露
され、貧困にうちひしがれていた若者たちが軍事政権に逆らい立ち上がるきっか
けのひとつとなった。チュニジアの「ジャスミン革命」からエジプト、リビ
ア、シリアと野火のように広がり続けている「アラブの春」。スペインや英国で
勃発した暴動と盛り上がる労働運動。ニューヨークのウォール街から全米、そ
して世界へと広がる「占拠せよ」の呼びかけ。ロシアでも反プーチンの大規模な
デモが起きている。情報という光カタリストが照射されたネットの公共空間か
ら、超国家資本の搾取の仕組みと軍事経済の構造に一般市民が目覚め、急速な政
治変革の連鎖反応が国境を越えて広がっている。
 2011年初頭に世界中の人々が目撃したチュニジアやエジプトの革命的市民運動
は、丸腰の民衆が公共の場で一緒に立ち上がり、ソーシャル・メディアを駆使
して分散型の非暴力行動を組織する強靭な連帯のあり方を示した。
 米国では、オバマ大統領が政権交代を果たした後も二大政党が癒着したまま革
新は起こらず、企業の金が力を振るう議会ではどんな法案を練っても何も変わ
らない、という失望が深い。タハリール広場の群衆の勇敢な姿は、米国にも変革
が可能かもしれない、という希望に火をつけ、選挙で政党の利害に惑わされる
よりも大衆が直接行動に訴えるほうが政治構造に変革をもたらす効果が高いかも
しれないという新しい展望が生まれた。
 「我ら、99%」というスローガンは99%の民衆が1%の富裕層に搾取されている資
本主義の構造を端的に伝えている。さらに、米国資本主義経済に連結している
英国、カナダ、オーストラリアなどでは「自国の99%にとって不正なものは他国
の99%にとっても不正である」というメッセージが広がった。ロンドン証券取引
所に抗議する「占拠せよ」集会にはアサンジも参加し「貪欲な多国籍企業の支配
を退けるために連帯しよう」と呼びかけた。各地の「占拠せよ」運動は参加者
の民意を確認する民衆総会を開き、直接民主主義の実践を展開している。メルボ
ルンの民衆総会では「ウィキリークス支持」の決議が確認された。
 全米で「ウォール街を占拠せよ」運動を展開している主導陣は、現在、2012年
7月4日の独立記念日にフィラデルフィア国民総会の開催を企画しており、経済
的不平等を解消するための「99%宣言」の草案を練っている。2012年の大統領選
挙で二大政党が民意を反映できない場合は、第三政党を結成し、2014年と2016
年の議会選挙で選挙区全域に候補者を出す計画だ。
 一方、アノニマスという匿名集団の活動も注目される。政治的抗議手段として
コンピューター・ネットワークを麻痺させるハッカー・グループで、世界各地
に散在する十代から二十代の若者たちから成ると言われるが、伝説的ハッカーの
老舗、カオス・コンピューター・クラブの「長老たち」が活動を指導している
という噂もある。2011年、巨大な軍事予算の傘下で開発が進む情報セキュリティ
企業の専門家たちとアノニマスの対決が激しくなった。アノニマスはこれまで
にもチュニジア、エジプトなどで民衆革命を弾圧する政府や軍隊のコンピュー
ター・システムに侵入したり、ウィキリークスの活動を妨害するビザやマス
ターカードなどの金融サイトを一時停止に追い込んだりしてきた。特に大きな
ニュースになったのは、HB Gary Federalという米国軍事情報セキュリティ専門
会社のサーバーに侵入して5万件近くの電子メールを公にした事件だ。ジャーナ
リスト・法律家のグレン・グリーンワルドなどウィキリークス支援者たちを政
治的に陥れる計画を同社がバンク・オブ・アメリカに持ちかけていたビジネス戦
略の詳細を暴露した。アノニマスによると、これは16歳の少女による手柄だと
いう。
 アノニマスはネット上で主に画像を使った広報活動を行っており、賛同する一
般の人々も「無名なる大衆」の象徴として漫画や映画に登場する「復讐のV」の
キャラクター、ガイ・フォークスの仮面をつけて各地のデモや集会に参加している。
 一方、アナーキーで分散型の大衆運動の鎮圧方策を練るために、米国各州及び
各国の政府当局、軍事・警察組織、セキュリティ企業は協力体制の構築を進
め、警察幹部リサーチ・フォーラム(PERF)と呼ばれる連携体制の活動が表
面化している。「占拠せよ」の大規模な集会が進行している各州の知事や市長
たちが電話会議を行い、PERFのアドバイスを受けていたことも明らかになっ
た。監視カメラやテーザー銃を搭載した無人飛行機など連邦政府の軍隊が保持
する武装資産や大衆監視手段を地方自治体の警察に提供する傾向も強まっている。
 米国上院では、民主党カール・レビンと共和党ジョン・マケイン両者が推進す
る「国防権限法案」の中に「米国内外を問わず、米国政府の方針に叛意を示す
米国市民を『テロリスト』として逮捕し、民事法廷ではなく軍事法廷を介して永
久的に勾留する権限を軍隊に与える」、「米国全土及び世界全域がテロの戦場
である」とする条項が盛り込まれた。2011年12月月1日にこの条項を削除する動
議は否決された。31日、大晦日のどさくさにまぎれてオバマ大統領が署名し、
「恒久的勾留条項」は正式な法律となった。文民統制に基づく米国の民主主義は
さらに一歩崖っぷちに追い込まれた。
 1931年、大恐慌下のケンタッキー州で労働組合幹部を殺害しようと侵入した企
業暴力団に恐喝された妻フローレンス・リースは、その直後に台所で「Which
Side Are You On(あなたはどっちの味方なの?)」という歌を書いた。大恐慌
時代を生きた放浪詩人ウッディ・ガスリーが歌い、1960年代にはピート・シー
ガーやジョーン・バエズが広めたこの歌が、今あちこちの市民集会で歌われて
いる。
 世界的搾取の構造がくっきりと浮かび上がると同時に、世界市民による民主主
義闘争の連帯の可能性もますますよく見えるようになってきた今、私たちは
「国境なき帝国」と「国境なき世界市民」のどちら側に立って行動するのだろうか。


----------------------
掲載誌: 月刊『世界』 2012年三月号 (88-100頁)
発行社: 岩波書店
http://www.iwanami.co.jp/sekai/
発行年月日: 2012年3月1日
原題: 『“勇気は伝染する”――マニング、ウィキリークス、ウォール街占拠』
----------------------

<関連TUP速報>
速報896号 ジョン・ピルジャー: アサンジへの不当な攻撃
http://www.tup-bulletin.org/modules/contents/index.php?content_id=928
速報881号 ウィキリークス宣言:情報は民主主義の通貨だ
http://www.tup-bulletin.org/modules/contents/index.php?content_id=913
速報868号 使者を撃つな
http://www.tup-bulletin.org/modules/contents/index.php?content_id=898
速報864号 ウィキリークスとジャーナリズム
http://www.tup-bulletin.org/modules/contents/index.php?content_id=892

本速報は、TUPウェブサイト上の以下のURIに掲載されています。
http://www.tup-bulletin.org/modules/contents/index.php?content_id=970

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
TUP速報 http://www.tup-bulletin.org/
配信責任者:坂野正明

TUPへの問い合わせ:
http://www.tup-bulletin.org/modules/main/index.php?content_id=8

過去の TUP速報:
http://www.tup-bulletin.org/modules/contents/


よろしければ、下のマークをクリックして!


よろしければ、もう一回!
人気ブログランキングへ


最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。