
2018年11月17日、日本交渉協会の第40回燮会に参加してきました。燮会は交渉アナリスト1級会員のための交渉勉強会です。今回はいつもより時間は短かったのですが、通常通り二部構成で行われました。

第一部は、僕が担当させていただいている「交渉理論研究」の第4回。今回は、第38回燮会から始まった「交渉者のディレンマ」三回シリーズの二回目。初めに「交渉者のディレンマ」を回避する糸口として、有名なロバート・アクセルロッドによる「囚人のディレンマゲーム」の実験を採り上げ、その結果最適戦略とされた「しっぺ返し(Tit for Tat)戦略」の可能性と限界について述べさせていただきました。
その上で、次にディレンマを回避する協力行動を引き出すための戦術を下記の通り六つ採り上げました。
1.条件や立場ではなく関心に注目する
2.協創プロセスの議論から始め、かつプロセスを細分化する
3.「協力」という規範を強調する
4.信頼構築のための簡単な課題から「暫定合意」する
5.繰り返し交渉に持ち込む
6.社会化
因みに、ゲーム理論では「囚人のディレンマ」の解決法として、①罰則と報酬、②競争における差別化、③繰り返しゲーム、④評判を利用する、⑤プレイヤーの統合、⑥ゲームの回避または退出を挙げていますが、①、③、④などは共通しています。
また、神経経済学者のポール・J・ザックは、オキシトシンという女性ホルモンが共感や思いやりといった協力活動につながる行動に影響を与えるという観点から、「道徳的な市場が最大の利益を上げる」ための条件として、以下の四つを挙げています。
1.つながり(単純接触効果)
2.信頼(競争と協力のバランス)
3.長期的視野
4.万人の利益を考える
これらを見ると、やはり上記の協力行動を引き出すための戦術とほぼ同じであることが分かります。
しかし、現実の世界が難しいのは、相手が心から「協力」しているかどうかなかなか分からないという点にあります。前述のアクセルロッドの実験で最適戦略とされた「しっぺ返し」も、指摘されている欠点の一つは、現実世界では相手が裏切ったかどうかが分からないので、「しっぺ返し」が有効とは言えないのではないかという点にあります。そこで第2回の締めくくりとして、そのような「偽りの協力行動」と考えられる幾つかのパターンと、相手がそのような行動に出る誘因を低下させる戦術についてお話させていただきました。

続く第二部は、交渉アナリスト1級会員、富士フイルムホールディングスの森田良さんより、「調達からみた低成長時代における交渉現場の現実と今後必要となる交渉スキル」と題してお話いただきました。
ご存知の通り、カメラ用フィルムの需要は、2000年をピークにわずか10年でほぼ消滅してしまいました。2001年に売上比率で19%あったフィルム事業は、2018年にはわずか1%。ある年齢以上の方であればご記憶かと思いますが、かつてカメラフィルムで米国市場の90%を占めていた巨人、コダック社は2012年に経営破綻、インスタントカメラの代名詞だったポラロイド社も2008年に破綻してしまいました。富士フィルムにとって、平成の30年間とはまさにそのような激変する外部環境への適応の時代だったと言えるでしょう。
今回お話しいただいたのは、その中でも「調達」という視点で起こった環境変化ですが、森田さん曰く、調達業務に起こったこの30年の変化は次のようなものだったそうです。
1.調達環境の変化
1)日本の名目GDPの伸び悩み
かつて調達部門の機能は売上増のためのサポートであったが、経済が成長しない時代に入りコストダウンによる利益確保の重要性が増し、相対的に調達に注目が集まるようになった。
2)企業による設備投資抑制
市場在庫が減少し、サプライヤーの目から見た売り手市場となった。特に素材メーカーが市場シェアを決める時代となり、買い手だから強いとは限らなくなった。
3)グローバル化
現地調達の拡大。
2.調達人材の意識変化
1)対等な関係作り
サプライヤー選定から、パートナーへ。また、事業の多角化により、会社間の関係にも変化が(同じ企業が仕入先でもあり得意先でもある)。
2)パートナー企業の選定
適正価格の確認。
3)社会との関係を重視
コンプライアンス等の厳しい時代、明確な調達方針が求められる。
3.環境変化、意識変化の中で「交渉理論」をどう活かすか?
上記のような環境変化、それに伴う調達人材の意識変化の中で、現在森田さんは交渉理論を応用し、こうした変化へより良く適応するための試みに取り組んでおられるそうです。具体的には、交渉研修を実施したり、事例集や交渉準備の情報を共有したりということですが、要点は「当たり前のことを確実に行う」ことだそうです。そのために、交渉プロセスを細分化し、情報を整理することが役立っているのではないかと思いました。一方課題としては、グローバル化の進展の中で、言葉よりも価値観を共有できる海外人材を育成していくことなどが挙げられていました。
我々外部から見ますと、富士フィルムは激変する環境変化に極めて巧みに適応した、変革のお手本のような印象があります。その要因として森田さんは、トップのリーダーシップと社員による危機感の共有があったからではないかとおっしゃっていました。
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さて、燮会終了後は、日本交渉協会副理事長、土居弘元先生の喜寿お祝い会が催されました。


僕も交渉理論研究で大変お世話になっている先生ですが、「これからも交渉学の普及に努めていきたい」というお言葉がありました。我々もまだまだ教えを請わなければならないことが山ほどありますので、次は米寿を目指し末永くお元気でいていただきたいと思います。おめでとうございます!
繻るに衣袽あり、ぼろ屋の窪田でした
