老人雑記

生活の中で気づいた浮世の事

しりとり遊びどこかで誰かが長き夜

2016-09-26 00:10:59 | 俳句
本屋へ排誌「俳壇」を買いに行く。
時々立ち寄る本屋では、俳誌は角川の「俳句」しか見かけない。
県下にチェーン店を張り巡らしている大きな本屋でだ。
10月号の「俳壇」が発売されたら、取り寄せてくださいと頼む。
店員が、それは9月16日に発売されていますから、早速、取り寄せますとの応え。
最近は俳句関係の本は少しも売れません。
「NHKの俳句」でも以前はそこそこ、出ていたのですがそれも、がたんと落ちていますと、問わず語りのやりとりを店員と交わす。
「俳壇」10月号には、前主宰の(浅間山)25句と、主宰の(大仙)25句の競詠が掲載されているそうである。
それが読みたく、本屋へ足を運んだ。

    

俳句の結社は900社くらいあると聞かされている。
俳句人口はさて何人か?
自分の周囲を見渡すと色んな趣味人がいるが、俳句をやっている人は俳友以外には見当たらない。
四国の片田舎。本屋に「俳壇」が並んでいないのも無理はないか。
俳句人口が減ったと言う本屋の嘆きは押して図るべしだ。寂しいな。

    

さて(しりとり俳句)
今日は7句繋いだ。

    🌛    振り向けば水平線を月上る    月 を

    🌛    世界一低い山とか小鳥来る    (せ) を

    🌛    わがままな飼い主猫の秋思かな    猫 を

    🌛    野分あと何と綺麗な空と雲    空 を

    🌛    太刀魚や死しても銀の色はなつ    (太刀魚)の季題

    🌛    夜顔が咲いてゐたよとふつと夫    (夜顔) の席題

    🌛    もしかして花野でキスしたあなたかしら   (も) を


しりとり俳句は何人が楽しんでいるのかしら。
千人、それとも一万人、いや十万人、桁を足して百万人(そんなことはないだろう)
顔の見えない人が、シリトリ俳句のページを開いて、問題?言葉を投げあって頭の体操をやっている。知的な遊びで大いに結構ではありませんか。
中には575と季語は入っていても句意が支離滅裂なのもある。(私です)
何回か推敲を重ねている間にちょと句意が表れる。
心が無いとか、類句、類想だと切ったり捨てたりやっているうちに1、2句は辛うじて句帳に残しておこうと思えるのがある。

行きづりの大きなダイヤの指輪をはめている貴女。新幹線で隣あわせの眼鏡の似合うダンデーな彼。ひょとしてしりとり俳句のお仲間だったり。。。。
妄想も時にはよろしいでしょう。

今夜も更けていきます。
今日は少し食欲の無い猫ちゃんが、大きく腹を波だたせて、私がパソコンを打っている椅子の下で眠っている。



コメント
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