禅的哲学

禅的哲学は哲学であって禅ではない。禅的視座から哲学をしてみようという試みである。禅を真剣に極めんとする人には無用である。

ロゴス中心主義と仏教的無常観

2023-10-24 07:39:24 | 哲学
 いくら言葉を重ねてみても人の心は語りつくせねぇもんさ、そいつを口に出しちゃ味ない味ない。 
   by 長谷川平蔵(「鬼平犯科帳」より)

 新約聖書「ヨハネによる福音書」第1章 の冒頭は「始めに言葉ありき」で始まっている。ここで「言葉」と日本語訳された部分のギリシャ語のもとの言葉は logos であり、それは神の言葉=理性の意味である。英語の logic もこの辺が語源であろうと考えられる。言葉と論理の近さを象徴しているという意味で非常に興味深いことである。ロゴス中心主義というのは、言葉と論理によってこの世界をすべて語りつくすことができるという考え方のことを言うのだろう。

 さて、いままで「論理は絶対正しいみたい」なことを言っておきながらなんだが、ここらへんで少しちゃぶ台返しをしたいと思う。古代インドの哲学者ナーガルジュナは大乗仏教の祖であり、日本では龍樹菩薩と呼ばれている。その龍樹の空思想的世界観はロゴス中心主義ではまったく語ることはできないからである。

 なぜ言葉と論理だけでは仏教的世界観を語れないのか、それは言葉と論理は必ず抽象化を伴うからである。論理規則の同一律はAとなっているが、常にあらゆるものが変化してとどまることのない無常の世界においては、Aが同一のAとしてとどまるタイミングはないのである。Aとするためには固定的なAを観念の中で「恣意的に」措定するしかない。それが抽象化ということである。言語が抽象的であるということは言うまでもないことだが、多くの人々は言語の指示対象がイデア的に実在すると信じている。しかしソシュール以後の言語学では、言葉は世界を二つに分節するだけの機能しか持たないということになっている。つまり、「犬」という言葉は犬と犬以外を区別するだけの働きしかないというのである。
 
 ソシュールのいうことが正しければ、言葉による情報は膨大かつ複雑でもそれを解きほぐし分解していけば、「~である」かまたは「~でない」の2値に分解できるということになる。実はこれは論理にも言えることで、どんなに難しい理論も結局は真か偽か、「=(同じ)」かまたは「≠(同じではない)」とかの2値に還元できるのである。そしてこれはよく知られていることだと思うが、コンピューターの素子も on と off の2値をもつ。つまり、言語も論理もコンピュータととても相性がいい。どんな理論や思想も言語で語れるし、又それをコンピューターで処理することもできる、ということになる。
 
 ChatGPT というAIソフトが今話題になっている。そのソフトにいろいろな話題を投げかけてみると、本当に人間が答えているような答えが返ってくるらしい。その答えの例を見てみると、知性のかなり高い教養のある人が完全にこちらの意図を理解し、かつ深く考えて答えているとしか思えないほどである。しかし、ChatGPT は本当に言葉の意味を理解していると言えるのだろうか?という疑問は依然として残る。というのは、例えばあなたが「夕焼けが赤い」という時、のその時の「赤い」は真っ赤に燃えている夕焼けの赤い色そのものがその「赤い」が指示する意味だと思っているからである。その「赤い」という感覚は ChatGPT には欠落しているのではないかと考えられるからである。もしそのあなたが思い浮かべる「赤い」という感覚(クォリアと言う)が「赤い」の意味であるとすれば、明らかに ChatGPT は言葉の意味を理解していないということになる。ひいては、そのことがソシュールの「言葉には指示する対象としての意味はない、世界を二つに分節するだけである。」という主張の正しさを裏付けているのである。

 ChatGPT にあるのは膨大な言葉の使用例とそのつながりに関する確率統計情報のみである。つまり、ChatGPT は確率で言葉を選んでいるのである。ただし純粋に確率だけで文章を組み立てると画一的で不自然な言葉遣いになるので、「温度」と名付けたパラメーターで揺らぎを与えてやるらしい。経験的に0.8度のランダムさを加味すれば小論文にはもっともよいらしいが、その理論的根拠などは分かっていないらしい。しかし、基本的には確率によって処理していることには変わりない。ChatGPT は言葉の意味は知らないが、その使用法について熟達しているのである。ウィトゲンシュタインは「言葉の意味はその使用である。」と言っていた。あらためてその洞察の深さに感じ入るばかりである。
 (次回記事に続く)

 
横浜 象の鼻パーク
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