牧師雑感

聖書のことばを中心に毎日の出来事を書いています。

聖書的教会観

2006-08-12 08:41:50 | Weblog
 昨日から生駒聖書学院チャペルで、エリム・グループの聖会が行われています。子どもたちは学院のホールで宿泊。大人の参加者はすぐ近くのふれあいセンターで宿泊している。

 ふれあいセンターは最初はモトクロスの遊び場だったが倒産。生駒市が買収市周辺の山も含めて憩いのセンターを始めました。風呂もあり食事もできる。遊び場やキャンプ場もあり夏休みは特ににぎわいます。

 聖会も同場所で行うつもりでしたが、歌うことが集会室では禁止と言うことで、礼拝は学院で行い宿泊だけになってしまいました。学院から車では10分以内。歩くと直線距離で昇れるので15分くらいです。宿泊者は必ず朝食をとするのが決まりなので、朝食後学院まで下りてきて朝の聖会です。

 聖会後の昼食はバーベキュー大会です。昼の暑さを心配する者もありましたが、今日は暑さはあっても曇り日なので感謝です。あまり先々の心配ばかりしなくてもいいのでは・・・。

 昨夜の講師のメッセージは、「聖書的教会観」-教会に対する健全な信仰ーでした。

 いただいたレジメより。

 私たちは教会を信じる。私たちはキリストを信じ、キリストに人生を捧げた一人ひとりのクリスチャンからなる、「キリストの愛によって堅く結び合わされた愛の共同体」であり、私たちは一つの家族であることを信じる。

 また、私たちは教会がキリストのからだを現し、キリストの御業を行い、神の栄光を現す、「生きたキリストの体」であり、私たち一人ひとりが、その体に不可欠な一つ一つの器官であることを信じる。

 神はこの時代、教会に最高の権威をお与えになり、教会を通してこの世界に働かさせることを信じる。

 私たちは教会を通して人々が救われ、家庭が回復され、地域社会が変革され、サタンの働きが打つ砕かれ、神の国がこの地に実現されることを信じる。

 教会はキリストが愛し、ご自身をお捧げになったキリストのであり、私たちはキリストご自身が教会を建て上げ、やがて栄光の教会として、これらを完成されることを信じる。

 私たちは教会こそがこの世界で最も重要なものであり、この世界の希望であり、私たちのすべてを捧げるに値するものであることを信じる。そして神の目には、世界中のすべての教会がひとつのキリストの体に属しており、私たちの教会はその一部分であることを信じる」

 上記のメッセージを力強く語られました。

ヨハネの福音書

13:34 あなたがたに新しい戒めを与えましょう。互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。
13:35 もし互いの間に愛があるなら、それによってあなたがたがわたしの弟子であることを、すべての人が認めるのです。」





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