小室圭と眞子の結婚問題、ここまで批判を浴びてしまう「根本的な理由」

2021年06月03日 | 芸能ニュース

小室圭と眞子の結婚問題、ここまで批判を浴びてしまう「根本的な理由」

6/1(火) 7:02配信
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現代ビジネス
「逆玉」は歴史的にも珍しい

〔PHOTO〕Gettyimages

 秋篠宮家の長女・眞子さまと小室圭さんの結婚問題は、婚約内定の会見が実施されてから3年8か月を経過しながら、いまだ出口の見えない状態にある。

【写真】「小室圭君と母が私に送ってきた6通のメール」元婚約者が明かす

 進展を阻んでいるのは小室圭さんの母親、小室佳代さんの抱える金銭トラブルで、金額の多寡ではなく対処の仕方に多くの疑念が寄せられている。苦しいときに経済的な援助を続けてくれた元婚約者に対し、不誠実にすぎるのではないかという信義の問題である。

 旧華族でも高額納税者でもない一般家庭出身者と内親王の縁組には、ただでさえ多くの困難が予想されるのに、これでは先が思いやられる、と思う人も少なくないだろう。

 週刊誌やテレビのワイドショーは盛んにこの問題を取り上げ、先行きの不透明さ、本当にこの結婚が成っていいのかという疑問を口にしている。

 じつは、古今東西の王室を眺めても、一般の身分の人と貴族など高い身分の人の結婚(それを「貴賤婚」という禍々しい言葉で呼んだりもする)は、様々な意見にさらされてきた。過去の事例を見ることで、なぜ小室さんの問題が注目や批判を集めるのかについて考えるヒントが得られるかもしれない。

 王室の歴史を眺めれば、王族の男性と平民女性の縁組は「玉の輿」と見なされた。正室にはなれないが、一夫多妻制の社会であれば側室となることは可能。中国・朝鮮のような儒教文化圏の王朝の場合、生まれた男子が後継者に選ばれれば、太后として富貴を得ることが可能だった。

 「玉の輿」は中国伝来ではなく、日本固有の成句だ。江戸幕府の三代将軍徳川家光と側室であったお玉という女性に由来する。八百屋の娘や商家の娘など諸説あるが、市井出身だったのは確かで、彼女の産んだ男子が五代将軍徳川綱吉となったことから、江戸城大奥の頂点に立つ身となった。

 このように、歴史上、身分の低い女性が「玉の輿」に乗った例は、珍しいとはいえ決して稀有ではない。それに対し身分の低い男性が王女と結ばれる、男性目線で言う「逆玉の輿(逆玉)」の例は、一夫一婦制の社会では極めて稀であった。それだけに世間の注目も集まることになるわけだが。


駆け落ちした王女

 比較的新しいところでは、中東バーレーンの例が挙げられよう。バーレーンの王女メリアム・アル・ハリファ王女はアメリカ海兵隊員と恋に落ちるが、部族制社会の慣習法では女性に結婚相手を選ぶ自由は認められず、思い余った王女は1999年、海兵隊員との駆け落ちに踏み切った。

 当時の報道には、「偽造書類を使ってアメリカ入国を図ろうとした」とあるから、おそらくビザ(査証)が偽造、事によるとパスポート(旅券)からして偽造だった可能性もある。王女はアメリカ移民帰化局(INS)に身柄を拘束されるが、「帰国すると殺される」との主張が認められ処分は保留。1年半に及ぶ審議のすえ、永住権を認められた。

 イスラーム世界の宗教法(シャリーア)では異教徒との結婚は認められず、なおかつ駆け落ちは保護者の同意なき性行為、姦通と見なされ、死刑の対象となる。中東地域の慣習法からしても「名誉殺人」(「誤った婚姻」をした女性を殺すこと)の対象であるから、親族がみずからの手で始末しなければならない。

 まさかと思われるかもしれないが、同じく中東のサウジアラビアで1977年に先例があった。外国人異教徒と駆け落ちをしようとした王女が公開処刑されたのである。

 国籍はもとより、相手男性の素性は当時も現在も不明のままだが、王女は射殺、相手男性は大なたで斬首されたことが、見物に訪れた英国人技師の証言と隠し撮りした写真によって国外に知れ渡った。

 シャリーアの規定には、姦通の罪を犯した者は石打ちの刑とあるから、親族の情により処刑方法に配慮がなされたとの見方もできようが、この王女には祖父の決めた夫がいて、不倫の罪も重なったことから、あえて特赦の権限が行使されなかったとの見方もある。

 サウジアラビア現王室のサウード家はワッハーブ派という、戒律を厳格に重んずる思想を奉じているから、身内にだけ甘い顔をするわけにはいかなかった。王女による貴賤婚が命がけであることは、地域によっては現在も同じである。

雑用係と関係を持つ

キャサリン・オブ・ヴァロア〔PHOTO〕WikimediaCommons

 以上は一夫多妻の社会の話だが、一夫一妻制の社会ではどうかと言えば、周囲の反対を押し切り、護衛官との結婚を強行したノルウェーの王女ラグンヒルがいる。彼女は王族としての諸権利をすべて奪われたことに加え、好奇の眼差しが煩わしく、1953年には故国を捨て、夫が事業の拠点としていたブラジルへ移住してしまった。

 北欧王女の「貴賤婚」はこれが唯一の例と思われ、あくまで王室内の問題に留まった。

 それに対して西欧で確認される唯一の例は、英国史全体に関係した。当事者はフランス王女キャサリン・オブ・ヴァロアである。ときに英仏百年戦争の最中、キャサリンは政略結婚の道具としてイングランド王ヘンリー5世に嫁ぐが、それからわずか2年2か月後、ヘンリーは遠征先のフランスで赤痢に感染し、あっけなく息を引き取った。

 次期国王は彼女の生んだ生後9か月に満たない男児となったが、王太后となった彼女には長い余生を寡婦のまま静かに過ごしてもらわねばというので、議会は枢密院の同意がない限り、彼女の再婚を認めないとする決議を採択した。

 しかし、まだ若く健康なキャサリンは空閨(くうけい。一人で寝る部屋)に耐えられず、いつしか自身の納戸係秘書オーウェン・テューダーと男女の関係になっていた。

 オーウェンは父母両系ともウェールズ王家の血を引く名門の出身だが、イングランドから見れば亡国の民の一人にすぎず、何とか宮廷の雑用係にありついたところ、ヘンリー5世が戦勝で上機嫌なときの褒賞人事で、ヘンリー5世取り巻きの騎士の従者に抜擢された。ヘンリーの死後は王太后付きとなるが、納戸係秘書の仕事はその日に着用する衣服のコーディネイトで、やることも身分も、騎士の従者と変わりなかった。

 キャサリンとオーウェンの関係は公然の秘密で、5人もの子をもうけたが、彼女の生前に夫婦関係が公認されることはなかった。

 けれども、バラ戦争という激しい内戦を経て、ランカスターとヨークの両王家を抑え、1485年にはキャサリンとオーウェンの孫ヘンリー・テューダーがヘンリー7世として即位。テューダー朝を創始するに及んで事情は変わり、ウェストミンスター聖堂に安置されたキャサリンの棺に、オーウェンとの再婚が事実として刻まれることとなった。テューダー朝はヘンリー7世以下、エリザベス1世が亡くなる1603年まで5代118年の命脈を保つ。

 同じく一夫一妻制の社会でありながら、11世紀のビザンツ帝国は15世紀の英国とはまったく異なる経験をする。男子継承者が途絶えたことから、コンスタンティノス8世(在位1025~1028年)の上の娘ゾエを軸とした婿入りによる帝位継承が繰り返されたのである。

 結婚と死別または廃位を繰り返すこと3回。最初の夫ロマノス3世アルギュロスは貴族家系、三番目の夫コンスタンティノス9世は帝都コンスタンティノープルの名門出身だったが、二番目の夫ミカエル4世パフラゴンは両替商の家系出身だから貴賤婚に当たる。

 パフラゴンはロマノス3世の存命中からゾエと愛人関係にあり、ロマノスの死はゾエとパフラゴンによる暗殺とも伝えられる。

 パフラゴンがゾエに接近できたのは、兄弟のヨハネスが宮廷で宦官を務めていたからで、これなどは実家による後ろ盾が何ら期待できず、頼れるのは実の兄弟のみという状況が逆に幸いしたケースと言えよう。貴族たちからすれば、有力な後援者がいなければいつでも廃位させられるので、他に適当な人材のいない場合は拒む必要もなかった。

中国の場合

 話を一夫多妻制社会に戻すと、王朝時代の中国では一代の皇帝につき十数人から数十人の皇女(公主)が生まれ、全員を釣り合いの取れる家系に嫁がせることは不可能だった。日本のような臣籍降下という身分の変更は採用されず、実施されたのは臣下の中から適齢期の若者を選び、公主と釣り合うよう名目上の格式だけ引き上げるというやり方で、これらの男性たちは「皇帝用の予備の替え馬」を意味する「駙馬」の名で呼ばれた。

 駙馬については、中国文学の大家・故澤田瑞穂氏の著作『中国史談集』(ちくま学芸文庫)所収の「駙馬小史」に詳しい。

 それによると、公主は結婚とともに、独立した屋敷と多くの使用人を皇帝から与えられ、夫の父母と同居することはなかった。夫である駙馬も公主と自由に会えるわけではなく、皇帝の特旨により配属された「管老婆」という目付け役から、その都度許可を得なければならなかった。

 顔を合わせて会話を楽しむために手数料、夜の同衾を楽しむにもまた手数料。公主側もこれを支払わねばならず、「管老婆」の機嫌しだいではいくら金銭を積んでも夫婦の時間を作れなかった。「管老婆」の駙馬に対する侮辱や折檻は不問に付され、皇帝も公主の訴えより「管老婆」からの報告を重んじたことたから、公主と駙馬は「管老婆」に監視されるどころか、完全な管理下あると言ってよかった。

 これでは子づくりもままならず、徐珂という文人による野史(民間史料)の収集『清稗類鈔』には、「清朝の公主には子を産んだ者がなく、あったとしても、それは駙馬の側室から生まれたものである」と記されている。澤田瑞穂氏もこれに関連して、「管老婆」の配属には、「産児制限をせよとの内意が込められていたのではないか」との所見を示している。

 膨張を続ける帝室経費を抑えるには皇族の際限なき増加に歯止めをかける必要があり、公主が一番の標的にされたというのだが、この推測の真偽はともかく、「逆玉」に乗るのは一族の名誉にはなっても、貴賤婚をさせられた当事者にしてみれば、結婚生活の持続は忍耐と屈辱の日々に他ならなかった。

 こうした過去の実例が示すように、貴賤婚はたとえ挙式にこぎつけても、大変なのはむしろそれから。思い込みやプライドだけで乗り越えられるものではなく、前途多難という言葉があまりにもピタリとあてはまる。

島崎 晋(歴史作家)

なぜ彼に1億5000万円を?…日本の「国民的憎まれっ子」になった皇女の男

5/26(水) 10:14配信
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中央日報日本語版

「日本は“コロナ禍”と言われているが、皇室は“小室禍”となっている」。

最近、日本のある週刊誌に掲載された内容だ。ウイルスと同級に扱われるこの人物、数年間にわたって日本国民からの厳しい視線を一身に注がれている小室圭さん(29)だ。現・徳仁天皇の姪、すなわち天皇の弟である秋篠宮文仁親王の長女、眞子内親王(29、以下、眞子さま)の婚約者だ。

キャンパスカップルの2人は2017年に恋愛の事実を公開して婚約発表をする。久しぶりに皇室から届けられた結婚の便りに人々は喜んだ。眞子さまはもともと「好感型」だった。国際キリスト教大学(ICU)に通っているときは学生食堂でよく目撃され、飛行機のエコノミークラスで海外旅行をしたこともあり、「気さくな方」と評価されていた。結婚相手も「眞子さまらしく」選んだ。小室さんは名家の出身ではないうえ、ローファームで弁護士ではなく事務員として働く青年だった。

しかし、まもなく小室さんの複雑な家庭事情が公開されて世論はジェットコースターに乗る。核心は小室さんの母親の「金銭トラブル」だった。2002年に夫と死別した小室さんの母親が2010年から交際を始めた男性から、数年にわたって400万円を借りたが返さなかったという。相手男性がこれを週刊誌に暴露し、小室さん側は「借りたのではなく贈与だと思っていた」と主張した。これに続いて、小室さんの母親が皇室から金を借りようとしたとかしないとか、新興宗教にハマっていたとかいないとか、次々と疑惑が出てきている。

結局、眞子さまは「2020年まで結婚を延期する」と発表し、小室さんは2018年に米国ニューヨークのフォーダム大学ロースクールに留学した。そして3年が過ぎた今月23日、小室さんがロースクールを卒業したというニュースが流れた。米国弁護士資格証を取り次第日本に帰国するとみられ、「年内に結婚となるのでは」という観測が出ている。

◆小室さんは「日本版メーガン・マークル?」

その間に人々の気持ちは落ち着いたのだろうか。全くそうではない。今年3月、週刊朝日が眞子さまと小室さんの結婚に対してどう思っているか、世論調査を実施した。その結果、回答者の97.6%が反対意思を明らかにした。事実上「全国民反対」水準ではないか。

これまで皇室内から結婚にまつわるさまざまなニュースが続いたためだ。小室さんの母親が亡くなった夫から出る遺族年金を受け取るために新しい恋人の存在を周辺に隠し、交際男性の生命保険の受取人に自分の名前を書いたという話があった。小室さんが学生時代に同級生をいじめたというニュースも出てきた。先月は小室さんが今までの疑惑について説明すると言ってA4用紙28枚、文字数にして4万字に達するコメントを発表したが、「態度が独善的すぎる」という評価で、マイナスイメージだけがついた。そしてまだ400万円を返済しないでいる事実も明るみになった。

これほどなので、小室さんを英国王室ハリー王子の妻であるメーガン・マークルさんと比較する記事も出ている。マークルさんも家族の金銭トラブルや態度問題などによってあらゆる非難を受けて、結局英国を離れて米国に向かうことになった。しかし試練が高いほど愛は大きくなるのだろうか。眞子さまは昨年末、「私たちにとっては、お互いこそが幸せな時も不幸せな時も寄り添い合えるかけがえのない存在」とし「結婚強行」を発表する。父親の文仁親王も「多くの人が納得し喜んでくれている状況ではないと思っているが、親として本人たちの気持ちを尊重するべき」とし、事実上承諾意思を明らかにした。

◆「皇室典範」改正にまで影響

結婚は憲法が保障した自由なのに、民主主義国家でこれは何の騒ぎかと思う人もいるだろう。だが、日本国民が「口出しする資格」を主張するのにも一理ある。皇室というのは、結局国民の税金で営まれている国家機関で、日本憲法第1条に「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」と記されている。

国民統合に寄与しなければならない天皇が率いる皇室だが、ある人物のせいで国民が皇室に対する愛情を持たなくなれば、皇室が持つ意義は損なわれるということだ。しかも、日本ではかなり長い間、戦争犯罪の責任を問いながら「皇室を廃止せよ」という厳しい主張があった。そのうえ、明仁上皇の温和なイメージに支えられて皇室が7割を超える国民の支持を得ているが、その点数を小室さんが崩しているということだ。

直接的な金銭問題も関わっている。現在、日本皇室は「男系男子」継承のみが認められ、女性は結婚と共に皇族資格を失う。代わりに結婚時、元皇族としての「品位維持」のための持参金を最大1億5000万円まで受け取ることができるという。このお金が小室さん一家の「借金祭り」などに使われることに対して我慢できないという意見も多い。

この問題は本格的に議論され始めた「皇室典範」改正にまで影響を及ぼしている。皇室では数十年間男児がなかなか生まれず、現在の皇室後継者は文仁親王と文仁親王の息子であり眞子さまの弟である悠仁親王(14)の2人だけだ。このままなら、それほど経たないうちに代が断絶する可能性があるので、女性天皇や女系天皇を認めようという議論だ。

眞子さまが皇室典範改正後に結婚をすれば、皇族の身分を失わない可能性があり、内親王と結婚した小室さんは堂々と皇室の一員となる。「小室さんが皇族になるのは耐えられない」という意見が圧倒的なので、皇室典範改正議論が落ち着くまで2人の結婚以降に先送りされる可能性がある。

ひとまず眞子さまの意志は固く、相手側が皇族との結婚を拒否するのは「有り得ないこと」なので、2人は結婚にゴールインする可能性が高い。どの時点で進めれば国民の反感が少しでも弱めることができるか、皇室は深い苦悶に陥っているという。「長丁場の泥沼ホームドラマ」のように続く眞子さまの結婚話の中に、日本政治体制の簡単ではない悩みが隠れている。
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