漂海民バジャウ、驚異の潜水能力を「進化」で獲得していた、研究成果

2018年04月28日 | Science 科学
漂海民バジャウ、驚異の潜水能力を「進化」で獲得していた、研究成果
4/23(月) 18:34配信 ナショナル ジオグラフィック日本版
漂海民バジャウ、驚異の潜水能力を「進化」で獲得していた、研究成果
マレーシア、マンタブアン島のサンゴ礁で魚や貝を獲るバジャウ族の青年ディド。(PHOTOGRAPH BY MATTHIEU PALEY, NATIONAL GEOGRAPHIC)
東南アジアの「海の遊牧民」、脾臓が大きくなるようDNA変異か
 息を止めて顔を水に浸すと、体は自動的に潜水反応を起こす。心拍数が低下し、血管は収縮し、脾臓(ひぞう)も収縮して、酸素が少ない環境でエネルギーを節約できるようにする。

ギャラリー:海とともに暮らす漂海民バジャウ 写真7点

 ほとんどの人は、水中で息を止めていられるのは長くて2、3分ほどだろう。しかし、バジャウ族の人々は素潜りでどんどん潜ってゆき、水深60メートルのところに10分以上もとどまることができる。彼らは、フィリピン、マレーシア、インドネシアの周辺海域で、素潜りで魚を獲ったり、手仕事の材料にする天然資源を採集したりして暮らす漂海民族だ。

 このほど学術誌『セル』に発表された論文で、バジャウ族の人々には脾臓が大きくなるDNA変異があり、遺伝的に水中での活動に適した体になっていることが初めて確認された。

脾臓が1.5倍の大きさに
 人体には多くの器官が備わっているが、脾臓はあまり目立たない存在だ。実際、人は脾臓がなくても生きられる。しかし、脾臓は免疫系をサポートし、赤血球のリサイクルにも一役買っている。

 これまでの研究から、ほとんどの時間を水中で過ごす海生哺乳類のアザラシは、脾臓がかなり大きいことがわかっている。論文著者であるデンマーク、コペンハーゲン大学地理遺伝学センターのメリッサ・イラード氏は、潜水を得意とする人々にも同様の特徴が見られるかどうか調べたいと考えた。タイに旅行した際、彼女は漂海民族の話を聞き、その伝説的な潜水能力に興味を持った。

「まずはインドネシアのバジャウ族の人々に会いに行きました。いきなり検査機器を持って乗り込み、自分の用事が済んだらすぐに帰るようなことはしたくなかったからです。2回目の訪問で、ポータブル超音波画像診断装置と唾液採集キットを持って行きました。そこで数軒の家を回り、脾臓の画像を撮影させてもらいました」とイラード氏は言う。

「たいてい見物人がいました。私が彼らの存在を知っていたことに驚いていました」

 イラード氏は、バジャウ族と遺伝的に近いサルアン族の人々からもデータを収集した。コペンハーゲンに戻ってから両者のサンプルを比較してみると、バジャウ族の人々の脾臓の大きさの中央値が、サルアン族の人々より50%も大きいことがわかった。

「バジャウ族の人々の体に遺伝子レベルで何かが起きているなら、脾臓の大きさが変化しているはずです。実際、大きな変化を確認できました」


 また、バジャウ族では、甲状腺ホルモンの制御にかかわるPDE10Aという遺伝子について特定のバリアント(多様体)が多く見られたが、サルアン族ではそのような傾向が見られないことも明らかになった。マウスでは、このホルモンは脾臓の大きさと関連づけられており、このホルモンの量が少なくなるように操作したマウスは脾臓が小さくなることがわかっている。

 バジャウ族の人々は、この海域で1000年以上暮らしてきた。そうした長い歳月の間の自然選択の結果、遺伝的に有利な特徴を備えるようになったのだろうとイラード氏は推測している。

 米デューク大学医学部のリチャード・ムーン氏は、脾臓の大きさがバジャウ族の人々がすぐれた潜水能力をもつ理由の一つになっているのは確かだが、ほかの器官の適応も寄与しているかもしれないと指摘する。「脾臓はある程度収縮することができますが、甲状腺と脾臓との直接的な関係は知られていません。ただ、その可能性はあると思います」

 米ケース・ウェスタン・リザーブ大学の人類学者シンシア・ビール氏は、「世界の屋根」と呼ばれるチベットなどの高地に住む人々を研究している。彼女は、イラード氏の発見がきっかけになって面白い研究が始まるかもしれないと期待しているが、バジャウ族の人々が遺伝形質のおかげで潜水が上手になったと納得するためには、生物学的な数値データがもっと必要だと考えている。「脾臓の収縮力など、測定できることはもっとあるはずです」とビール氏は言う。

海から見えてくるもの
 イラード氏は、今回の発見は、バジャウ族の人々が潜水の名手になった理由を明らかにするだけでなく、医学的にも重要だと考えている。

 潜水反応は、酸素の急激な欠乏によって起こる急性低酸素症に似ている。急性低酸素症になると短時間で命を落とす人も少なくない。バジャウ族の研究は、低酸素症の解明につながる可能性がある。

 しかし、漂海民族の生活様式は、近年、脅威にさらされている。彼らは社会から取り残され、陸上に暮らす人々のような公民権を享受することができずにいる。しかも、大規模漁業の増加により、自給自足のための漁はますます困難になっている。結果として、多くの人々が海から離れるようになった。

 イラード氏は、漂海民族の生活を保護していかないと、バジャウ族も、彼らがもたらしてくれるかもしれない医学的な研究も、そう長くは続かないのではないかと心配している。

文=Sarah Gibbens/訳=三枝小夜子
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