茨城から発信しますⅡ

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茨城から発信します  国営ひたち海浜公園のできるまでの事

2014-08-27 07:00:00 | 茨城紹介

国営ひたち海浜公園には四季折々の綺麗な花が咲き

大勢の人が訪れて今は平和を象徴する場所となった。

広大な公園が出来る前の1938年、

この場所に水戸陸軍飛行学校、陸軍水戸飛行場が建設された。

第2次世界大戦後には米軍水戸射爆撃場として利用されていた。

私が茨城に着任したのは1958年で職場は射爆場から数Kmの所だった。

大洗や阿字ヶ浦へ海水浴へ行く途中に米空軍の低空飛行で

耳をつんざく轟音に恐怖を感じた。

(記念の森レストハウスと歴史ギャラリー)  

その広大な射爆練習場は1973年に日本政府に返還され

「首都圏整備計画」の一環として1979年に事業着手、

1984年に工事が開始され、1991年に約70haが公園として開業した。

公園の総面積は350haで東京ディズニーランドの約5倍に相当する。

実際に公園として利用されているのは南側の191.9haで

全体の約55%にとどまっている。


国営ひたち海浜公園が出来るまでの歴史的記念物が展示されている。

         
その中には米軍の不発弾や武器などが展示されている。

この公園を訪れる人たちは飛行場の事、米空軍の射爆場の事を

知らない人が多いと思う。

この公園に来ると改めて平和の尊さを感じる。

(上の2枚の写真は国営ひたち海浜公園管理センター

広報 担当の方より提供お受け掲載しました。