茨城から発信しますⅡ

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昔の写真から旅の思い出を紹介します。

イギリス列車の旅 7  ケンブリッジを経由して帰国

2015-09-02 07:00:00 | イギリス列車の旅

8月21日

食堂に行くとB&Bの主人が「昨日、列車が遅れ大変だったね。

今日は何処に行くの?」「ケンブリッジへ行きます」。

ケンブリッジに行く列車の発車時間を教えてくれた。

列車に間に合うようなタクシーをお願いした。

駅に着いてハッダースフィールドの彼女に電話をすると

「娘がオックスフォード大学の 受験に合格しました」

飛び上がって喜んでいる姿が目に浮かぶ。

「おめでとう、おめでとう」と心から祝福した。

ケンブッリジには11時半に着き, 観光バスで市内を一周した。

ケンブリッジの大学が布に描かれた記念品を買って来た。

8月22日

ケンブリッジを発ち再びキング・クロス駅に着いた。

ロンドンのホテルを予約して三越デパートへ行った。

MITSUKOSHI

22-08-00 11:02 UTAGAWA GOZEN £23.00
 SAPPORO £ 3.00

「松花堂弁当にサッポロビールが旨かった」メモ帳に記してあった。

8月23日

ヒースロー空港から成田空港へ飛び立った。

今度の旅は不思議な事の連続であった。

楽しいこと、寂しいこと、不安なこと、想い出一杯の旅だった。

無事成田から上野駅に着いた。

1日早く帰国して、再び長野での勤務が始まった。

 私は彼女に写真とお世話になったお礼の手紙を出した。

彼女のその後;彼女から9月10日にフランス旅行から帰国したこと、

娘が父親に大学入学合格の報告をするために中国へ行ったこと、

大学が10月2日に始まったことが記されていた。

2001.5.26

彼女から博士試験合格のメールを受け取った。

I am pleased to tell you that I have passed

my PhD examination on 21 May 2001,

I am a Doctor of Philosophy now.

After all the hard work, I have reached my goal,

I am very happy.


「2001.5.21 に PhD 試験に合格したことをお知らせします。

長い間の努力が実り ゴールに着きとても幸せです」

彼女はハッダースフィールドからジェーシー島へ移り、その後交信は途絶えた。

長く利用していたPCが壊れ、彼女のメール・アドレスが消えた。

しかし彼女はどこかで幸せに過ごしているだろう。

2001年9月11日にアメリカ合衆国で同時多発テロ事件が発生した。

サンディゴで行われる予定の国際会議参加には出席不能となった。

2002年 長野での委託業務も終わり水戸へ帰って来た。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

追記;イギリス・ドライブの旅を二回同伴した同僚のK君が今春 不帰の人となった。

家族の方からK君の撮ったイギリス旅行の写真が届けられた。

彼はドライブが好きで、写真を撮るのも好きだった。

彼の撮った写真をここに掲げることにした。

 

①エディンバラ城と市内見物 

ネス湖へネッシーを見に行った  


 宿泊したB&Bはインバネス城の対岸だった。

③ ④ テームズ川に架かるウォタールー・ブリッジからの眺め ビッグベン 

⑤ビクトリア・バスステーションとトラガルファー広場  

長いお付合いに感謝します。

 

 

これまでの旅の栞

イギリス列車の旅  1   キングクロス駅にて  

イギリス列車の旅  2  キングクロス駅から ハッダースフィールド へ  

イギリス列車の旅  3  ヨークシャー州の古城を訪ねて 

イギリス列車の旅 4  ハッダースフィールドさようなら グラスゴーへ 

イギリス列車の旅 5  グラスゴー市内見物

イギリス列車の旅 6 列車は遅れました・悲しい旅

 

 


イギリス列車の旅 6 列車は遅れました・悲しい旅

2015-08-28 07:00:00 | イギリス列車の旅

8月21日

ロンドンに行く前にどこかを見物がしたい。

ガイドブックにピーターバラでSL蒸気機関車トーマス号が走っている。

イギリス列車の旅に憧れて来たのだからSLに乗ってみよう。

ピーターバラのB&Bに予約すると15時迄に来るように云われた。

グラスゴーからピーターバラまで約4時間、10時発で十分間に合う。

列車は順調にエディンバラに向かったが急にスピ-ドが落ちてきた。

何故だろう、減速、停車の繰り返し・・・・

エディンバラ駅構内で人身事故のアナウンスがあった。

3時間以上も遅れ発車した。

不安になったとき車内放送が始まった。

「ロンドン到着が19時過ぎになるのでホテルの紹介を致します。

御用件があったら車掌に伝えてください」。

15時までにとてもB&Bに着きそうもない。

メモ用紙に”自分の名前、B&Bの名称、電話番号”を書いて車掌に渡し

「15時迄に着く事で宿の予約をしたが、とても出来ない事をB&Bに伝えて欲しい」

暫くすると車掌が来て「B&Bに連絡が取れました。

玄関と部屋の鍵は分かる所に置きます」全く酷いことになった。

4時間(18時に到着)も遅れてピーターバラに着いた。

タクシーの運転手にB&Bのメモを見せるとすぐ走り出した。

2キロ足らずの所にB&Bが見つかったが誰もいない家だ。

玄関の扉に3通の封筒が画鋲で留められ、その中に私の名前があった。

封筒に玄関と部屋の鍵が入っていた。

「車掌へメモを渡し、宿へ連絡をすること」に気付いたのは嬉しかった。

それにしてもこんな経験は初めてだった。

シャワーを浴びていると、土砂降りの雨が降ってきた。

SL機関車見物も駄目になり、イギリス列車の旅は悲しくなってきた。

雨が上がると遅いのに夕日が射してきた。

表通りに出ると大きなパブがあり、躊躇わずに入っていった。

素晴らしいパブで、カウンターの廻りに常連客が飲んでいる。

丸い木製のテーブル、頑丈な椅子、床もぴかぴかの板張りだった。

これが本当のパブかも知れない。

大ジョッキーにフィッシュ&チップでやっと甦った。

残念ながら闇夜の烏で展示する写真が無い。

 

 

 こんな列車に乗る予定だった     YouTubeをクリックして全面画像で見てください。

 

これまでの旅の栞

イギリス列車の旅  1   キングクロス駅にて 

イギリス列車の旅  2  キングクロス駅から ハッダースフィールド へ 

イギリス列車の旅  3  ヨークシャー州の古城を訪ねて

イギリス列車の旅 4  ハッダースフィールドさようなら グラスゴーへ

イギリス列車の旅 5  グラスゴー市内見物


   イギリス列車の旅 5  グラスゴー市内見物

2015-08-26 07:00:00 | イギリス列車の旅

8月19日

天気の良い朝だった。

朝食が終わりホテルを出ると観光バスが止まっていた。

一日乗り放題の切符を買い、市内観光をすることにした。

ダブルデッカーの二階に乗ると、風に吹かれて寒さを感じる。

次の停車場でショートパンツに半袖の男が乗って私の隣に座った。

寒い国から来た人は薄着をし、暖かい国からの人はその逆だ。

隣の男が「貴方は日本人ですか?」日本語で質問され驚いた。

「そうです」と答えると「私はオーストラリアから来ました。

筑波大学でスポーツ医学を2年間勉強しました。

言葉を忘れたので今日は日本語で話したい」珍しいことがあるものだ。

「では貴方は日本語で、私は英語で話します」何を話したか覚えていない。

グラスゴーの街は重厚な古い建築物と近代的な建築物が調和して建っていた。

市庁舎、グラスゴー大学、大聖堂、美術館&博物館
(Kelvingrove Art Gallery & Museum)

の前を通り、クイーン・ストリート駅前で降りた。

グラスゴー大学で竹鶴正孝・マッサンがここで学んでいたことを知らなかった。

ここの広場で大道芸人や音楽家達のグループがパフォーマンスを行っていた。

グラスゴーの市内は十分見物したが、次の目標地は決まっていなかった。

今夜もパブでビールを飲みながら、次に行く所を考えた。

ロンドンには未だ戻りたくない。

ホテルに帰ってガイドブックを調べるとアイルランドが意外に近い。

そうだ、ベルファーストだ! ベルファーストへ行こう。

 

8月20日

7時30分、朝食開始時間に食堂へ行った。

一番最初と思ったが、もう食事をしている人が何人もいた。

私はトーストにバターを付けて、ベーコン・エッグとサラダを食べた。

中年のアジア系の男が前の椅子に掛け「お早うございます。

久しぶりに日本語で話が出来る」とにこにこしながら話しかけた。

私はそんなに日本的だったのか?

しかし、英語でからかうほどの語学力はなかった。

「お早うございます」と答えると彼は

「私はアイスランドからアイルランドに渡り、昨日

エディンバラに行きました。

宿がないのでグラスゴーに来てこのホテルに泊まりました」

凄く行動力のある人だ。本当に日本語で話したかったのだろう。

「私は中学校の教師で、夏休みの海外旅行中です」

アイルランドのことを聞くと、

彼は「アイルランドは良い所ですよ、今日は日曜だから

案内所はお休みです。宿を探すのは大変ですよ」

彼の答えにアイルランド行きの計画はもろくも壊れ、

急遽計画の練り直しになった。

 

これまでの旅の栞

イギリス列車の旅  1   キングクロス駅にて 

イギリス列車の旅  2  キングクロス駅から ハッダースフィールド へ 

イギリス列車の旅  3  ヨークシャー州の古城を訪ねて

イギリス列車の旅 4  ハッダースフィールドさようなら グラスゴーへ

 

 

 


     イギリス列車の旅 4  ハッダースフィールドさようなら グラスゴーへ

2015-08-21 07:00:00 | イギリス列車の旅


8月18日

おじいさんへ宿代を支払った頃、彼女が車で迎えに来た。

「もう一度娘の指導教官に会うので、ここで待っていて下さい」

校庭の隅の駐車場に私を残して出て行った。

彼女が戻って来て、大学の研究室に戻りコーヒーを飲みながら私の次の計画を聞いた。

「エディンバラの国際フェスティバルを見たいが、

混雑すると思うのでグラスゴーへ行くことにします」

彼女はガイドブックをめくりながらグラスゴーの宿を見つけた。

「有りましたよ、予約をしましょうか」

私が頷くと直ぐに電話をしてB&Bが決まった。

「Great Thomson Hotel  140 Elderslie street」

ハッダスフィールド駅まで一緒に歩いて行きましょう。

4日間もハッダースフィールドに滞在したのに街を歩くのは初めてだ。

彼女に随分お世話になったので、何か記念品を贈りたかった。

イヤリングが欲しいようで、気に入ったものを選んで貰った。

出発時間は11時48分、定刻に列車はやって来た。

別れることは本当に寂しいことだ。

列車のドアが閉まり、手を振ると彼女も寂しそうな表情をした。

写真を見るとヨークシャーディルの旅と彼女のことを思い出す。

列車は草原を走り抜け、ヨークに予定通り12時43分に着いた。

エディンバラ、グラスゴー方面行きの、列車が30分も遅れて到着した。

エディンバラに着くと、予想通りに殆どの乗客が降りていった。

エディンバラの国際フェスティバルを楽しむ人達だろう。

グラスゴーまでの車内は殆ど空席になった。

線路の両側の丘に多くの羊の群れと、ゴルフを楽しんでいる人が見えた。

余生はこんな所でのんびりゴルフを楽しむのも良さそうだ。

一時間遅れて(17:30)グラスゴーに着いた。

駅前広場

彼女の書いた宿の住所をタクシーの運転手に渡すとすぐに走り出し

大きな川、クライド川(River Clyde)を通り過ぎB&Bを見つけてくれた。


今夜は1人でパブに行き、フィッシュ&チップにタルタルソースを

たっぷり付けて、ギネスビールを思いっきり飲んだ。

[ジョージ・スクウェアには ウォルタースコットやジェイムズ・ワット

偉人達の銅像が並んでいた。

 

 左上の「拡大地図をクリックし次にストリートビューでジョージ・スクウェアをクリックしてください」

グラスゴー市内見物が出来ます。

 

これまでの旅の栞

イギリス列車の旅  1   キングクロス駅にて

イギリス列車の旅  2  キングクロス駅から ハッダースフィールド へ

イギリス列車の旅  3  ヨークシャー州の古城を訪ねて

 

 

 


  イギリス列車の旅  3  ヨークシャー州の古城を訪ねて

2015-08-19 07:00:00 | イギリス列車の旅


8月17日

朝9時、彼女とバス停まで歩いて行った。

ヨークシャーディル行きの観光バスは30分以上も遅れて到着した。

彼女は運転手に”行き先”を確かめ、私が乗り込むのを見届けて立ち去った。

団体の観光客はいなくて、数人の家族旅行や私みたいな1人旅が多かった。

 

ようやく出発、昨日通ったブラッドフォード、リーズを通過し

温泉療養地で人気のある ハロゲイトに着いた。

(ミステリー作家の女王として有名なアガサ・クリスティが、

夫の浮気に耐えかねて11日間失踪したときのお話を

映画化したものが、1979年公開の『アガサ愛の失踪事件』

このときのアガサの失踪先がハロゲイトだった。

かつてアガサ・クリスティの有名な隠れ家だった(Old Swan Hotelは、

美しい芝生と庭園に囲まれ、専用バスルーム付きのモダンな客室)

ここで4~5人のお客が運転手と打ち合わせをして降りていった。

エステを楽しんでくるのだろう。ハロゲイトには綺麗な建物が並んでいた。

リポンを過ぎて、”Middleham Castle”で昼食をした。

ここの城は"English Heritage"と記されていたが、印象に残っていない。

さらに北上して、丘の上のリッチモンドの街に着き、ここでで自由行動になった。

大きな教会があって、集合場所の目印に都合がよい。

”Richmond Castle”も丘の上にあり、一周するとヨークシャーの街や草原がよく見えた。

この城は、廃城だが実に綺麗に壊れていて、城内の人形も面白い。

ここの写真を時々見るが、私の好きなイギリスの田園風景と田舎の町を思い出す。

「嵐が丘」の舞台になったマラム(Malham)、「ディルで一番美しい駅」セトル(Settle)

また行きたいところが沢山見つかった。

左上の「拡大地図を表示」クリックして79枚の写真を見てください。

こんな旅はなかなか出来ないが、今日はゆっくりヨークシャーディルの旅を楽しめた。

駅に着くと、彼女が迎えに来てくれてた。

中華飯店で食事中、旅行に行けなかった事を話してくれた。

彼女は今日、娘の大学進学で指導教官との面談があったのだ。

娘の成績はオックスフォード大学の合格にはボーダーラインのようだった。

「アドバイスを貰ったので大丈夫でしょう」と云いながらも不安な様子が窺えた。

私も答えてあげるにふさわしい言葉を持ち合わせていなかった。

受験生を持つ親の心境はどこの国も同じだった。

「お休みなさい。明日9時に迎えに来ます」と言って門の中に消えて行った。

 

これまでの旅の栞

イギリス列車の旅  1   キングクロス駅にて

イギリス列車の旅  2  キングクロス駅から ハッダースフィールド へ